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 事実上の鎖国体制をとる北朝鮮において平壌は、同国の経済事情を誇示する対外的な窓としての役割を担っている。そのため市内は整然とした街並みで美しく整えられていた。
 だが、少し裏通りに入ると整備が行き届おらず、慢性的な電力不足のため地下鉄車内の照明は通常消灯されており、デパートのエスカレーターも普段は止まっていることが多い。
 旧ソ連の影響下において、平壌の中には巨大なパレードを行える社会主義国特有の広場が整備され、スターリン様式建築が流行した。そして1968年には平安南道の道庁機能を平城市に移して、直轄市となり、1972年に正式に首都となった。
 1980年代以降、金日成や主体思想を称える記念碑や建築物、競技場やホテルが多数建設されたが、こうした無謀なまでの首都の壮麗化が国家財政を圧迫したのである。
 その東京から遥か離れた半島の中にある北朝鮮の首都平壌の目立たない一角にある建物。
 今、この奇形の共和国の独裁者はこの目立たない建物にひっそりと隠れるように閉じこもっていた。
 数人の側近以外は知らないのだが、ここは極秘の避難所であった。実のところ、金正日は極めて猜疑心が強く、そしてある意味で非常に臆病な性格をしている。暗殺を恐れて何人もの影武者を用意し、そして絶対に安全な場所の中から動こうとしないのだ。
 そして今、人間ではない未知の怪物の恐怖に怯えて、この鉄壁の防御を誇るゆりかごの中に逃げ込んでいる。
 この姿を見たものは、この男が無敵の将軍などではない、ただの図体の大きな子供でしかないと思い知らされるだろう。しかし、故金日成主席から引き継いだ権力はこの閉ざされた王国の中では絶対のものであり、彼に逆らうことができるものはこの国にはいないのだ。少なくとも表向きは。
 実際のところ、金正日の政治的な基盤は決して確たるものではない。
 北朝鮮の政治の中枢はむしろ、金日成の同志であった古参の政権幹部達と軍の中央であると断言しても過言ではない。北朝鮮は先軍政治を掲げることもあり、軍は全てに優先する、という政治が行われているためだった。
 そして金正日自身は軍に所属した、という経歴が無いのだ。
 北朝鮮の政権は実のところ非常に危ういバランスの上に成り立っているといっても良かった。
 事実、故金日成前主席の命令によって金正日は党の肩書きを剥奪されている上に、それを回復させる宣言や命令を発しないまま死去している。しかしながら、金正日が後継者であることを公表して、このことも撤回されていなかったため、完全な宙ぶらりんになったままで金正日は隠居せざるを得なかった事情がある。
 このことは金正日の政権基盤が決して磐石なものではないことをはっきりと物語っているのだ。
 もし仮に金正日が信望の厚い忠誠の対象であれば、いかに前主席の命令であろうが、あらゆる理屈付けをしてでも党の肩書きを復活させて即座に北朝鮮の最高統治者としての立場を確立していただろう。それを如何に本人が固辞しようとしても、周辺が説得に掛かったはずである。逆に、金正日を担ぐ価値が無い、と周辺が判断していたならば、彼は即座に抹殺されていた可能性が高い。
 その何れでもなく、数年もの時間を表舞台に出ないまま北朝鮮の事実上の首領としての名前だけが一人歩きしていたということは、何にもまして彼を担ぎ上げた勢力とそれを好ましく思わない勢力が厳しい対立を繰り広げていると考えるに足る理由だった。
 今までは。
 彼の王国は今、恐るべき敵によって大きく揺るぎ始めていた。
 それは人間ではない、巨大な昆虫やおぞましい姿をした怪物たちだった。
 人間であれば彼の権力によって簡単に排除できるだろう。しかし、人の言葉の通じない、そして人民解放軍の武器さえ通用しない怪物たちには彼の命令などただの雑音と変わりがない。
 当初の予想よりも敵が遥かに強力だということを人民解放軍の一個師団を全滅される、という高価な代償を払って知ったときには、もうこの国のいたるところで怪物が跳梁跋扈しているようになっていたのだ。
 この建物の中に保存されている食料は、確かに彼と身の回りの側近や家族だけを養うなら数年分は貯蔵されている。しかし、この建物の外には人外の存在が我が物顔でのし歩いている事を考えると、このまま閉じこもっているということはいずれ死を招くだけだろう。テレビを見てみると、まだ昆虫の脅威に晒されていない韓国の首都ソウルの光景が映されていた。
 世界でも有数の経済力を持つ同胞たちの隣国は、未だに繁栄を満喫しているように見える。
 不意に彼の心の中に強い憤りの炎が燃え上がり始めていた。
 どうして此処まで違うのだ・・・。
 くらい憎しみの炎に取り付かれた哀れな独裁者は未だに豊かな生活を保っている南の国にその怒りの視線を向けていた。
 その夜、久しぶりに政権幹部たちは金正日総書記の姿を見た。
 何処と無くいつもと様子が違っていることに幹部達は何か今日は特別な意味を持つ会議であることを本能的に悟っていた。それは最高指導者の目に何かの決意の眼差しを感じたためである。
 そしてその事が何を意味するのかを何とはなしに悟り、彼らにもその何かの思いが伝わっていった。
「諸君。今、ここに集う者達は、この共和国のために全身全霊を持って尽くしてくれる愛国者であると信じる」
 金正日総書記は静かに演説を始めていた。
「我が国は今、建国以来の未曾有の危機にある。我らが血盟国である中国も怪物によって北京をはじめ、中枢の都市を滅ぼされたという。あの米帝さえも国土の中において怪物や魔物が暴れ周り、この半島からの軍の撤収を始めているのだ。然るに今、我らが同胞である南の人間はこの災いに脅かされている我らが共和国の人民の苦境を尻目に、己達だけの繁栄に酔いしれている・・・」
 そう言って、総書記はぐるり、と周囲の幹部たちを見回す。
 その視線を受けた者達は恐れ入ったように頭を下げて、最高指導者に対して敬意を表した。
 金正日はその幹部たちの様子に満足し、そして運命を決する言葉を口にする。
「今、我は大いなる決断を下すことを決意した。米帝と中国の取引で中断させられたこの朝鮮半島の正統を決する戦いを今こそ再開させ、そして共和国の飢えた人民に幸福を齎さねばならぬ」
 その言葉に幹部達ははっと息を呑んで、ついに来るべき時が来たことを実感していた。
 あの激しい朝鮮戦争から数十年の時を経て、いよいよこの朝鮮半島の正統を決する時がきたのだ。
 かつて中国軍の援護を受けたとはいえ、米帝の軍を味方につけた南の軍勢を朝鮮半島から駆逐する寸前までに至った北朝鮮軍は、地上戦においては極東でも有数の軍事力を持っているといわれている。
 在韓米軍が撤収を行っている今、南の軟弱な軍など間違いなく蹴散らすことができるはずだった。
 その勝利を願っての宴の場が設けられることとなっていた。
 でき得るならば米軍が完全に撤退を完了するまで待ちたかったのだが、そうは言っていられない。
 もう既に燃料の備蓄も危機的な状況になっており、この冬を乗り越えることは絶望的だった。そのため、まだ力に余裕があるうちに一気に勝負を決める必要があったのだ。
 その会議の進行中にもう一つの戦場では熾烈な戦いが繰り広げられていた。
 共和国の命運を握る政権幹部達が同席する宴の準備が全力で進められていたのである。会場となる大広間では些細な間違いさえも無いように厳密にテーブルの配置から席順、ナプキンに至るまでが整然と整えられ、塵一つさえ落ちていない万全の準備が整えられている。そして厨房では宴の時間に合わせて完璧なタイミングで料理を提供できるように秒単位でスケジュールされた調理が進められていた。
 戦場のような喧騒の繰り広げられる場所で他のことに気を取られているような者は一人として存在していなかった。
 そのため、陰に隠れたキムチを漬け置いている壷の蓋が誰も手を触れていないのに静かに開いて、そして小さな瓶から別のキムチが中に入れられる事に誰一人として気が付かなかったのである。
 再び静かに壷の蓋が閉じられた後、その小さな瓶もまた空中にすっと消えうせていった。
 後はその料理人たちが走り回るようにして準備を進めている厨房の喧騒の中で、そのキムチの壷はその中に眠っている朝鮮民族の代表的な料理として宴の場に出されるまで静かに放置されているだけだった。
 その中では何かが静かに増殖を始めていたことに誰も気付かないまま・・・。
 
 かつて日本でも犠牲者を出した病原性大腸菌O-157:H7は極めて感染が容易な大腸菌である。
 低温や酸にも強く、僅か100個ほどの極めて少数の菌で食中毒を発症してしまうため、感染者の便などからも容易に二次感染が発生するとされている。この大腸菌が食中毒を起こす原因はベロ毒素と呼ばれている毒にある。このベロ毒素は、大腸の粘膜内に取り込まれたのち、リボゾームを破壊し蛋白質の合成を阻害するようになる。そして、蛋白質不足になった細胞は死滅してしまうため、感染してから2、3日後には激しい腹痛と腸内の出血を引き起こすのだ。また、血液中にこのベロ毒素が取り込まれてしまった場合、血球や腎臓の尿細管細胞を破壊してしまい、急性腎不全は溶血性貧血、急性脳症などを発症することもある。
 また、誤って下痢止めを使用してした場合、このベロ毒素が体内から排出されないため危篤状態になったり死亡する事もあるのだ。
 その宴の後、金正日総書記は平壌放送を通じて堂々と朝鮮戦争の戦闘再開を宣言するつもりだったらしい。
 だが、その宴の数日後に軍の上層部を含む政権中枢の要職を占める幹部たちが悉く食中毒に倒れ、北朝鮮の内部は大混乱に陥ってしまっていた。
 すぐに原因はO-157であることが判明したのであるが、どこからこの大腸菌が紛れ込んだのかは結局、不明のまま終わってしまった。
 感染はこの幹部たち宴に出たものだけでなく、平壌市民の間にも広がっていたのである。というのも、この調理人の中にキムチをくすねて闇市場に横流しをしたものがいた為、あっという間に市民の間に食中毒が蔓延してしまったのだ。
 僅か1週間で数千人が感染し、死亡者も百人以上を出すという大惨事になっていた。
 特に、この病原菌がO-157であることが判明する前に発症した幹部達は開戦の準備のために秒単位のスケジュールを組んでいたため、休むことができないと判断した彼らは胃腸薬を飲んで仕事を続けていた。
 そのため、この病原がO-157だと判明したときには彼らの多くは既に全身にベロ毒素が回って危篤状態に陥っており、そして中には死亡したものさえ少なくなかったのである。
 危険な毒が撒かれて労働党の幹部が死亡している、という噂は信じがたい速度で平壌中に広がり、そして戒厳令が敷かれていたにもかかわらず、数日後には世界中にニュースとして流れていた。
 連日のように怪物に脅かされて極限状態に達していた北朝鮮の市民たちは平壌に撒かれていた毒が各地でも撒かれ始めた、とエスカレートしていた噂に恐慌をきたして南に向かって雪崩をうったように脱出し始めていた。最前線の兵士達もそれを留めるどころか労働党の組織が崩壊寸前の状況である、との話に銃を投げ捨てて韓国側に逃げ出していったのだ。
 最初は韓国軍も押し留めようとしていたのだが、数十万人もの人の波に抗する事など出来ずにフェンスとDMZを乗り越えた群集は韓国の首都ソウルに押し寄せていたのである。
 北朝鮮による軍事侵攻か、との予測を裏切って、実際は飢饉と食糧補給が途絶えたことで、難民化した民衆が一気に雪崩をうつように比較的安全で発展している韓国側に命からがら逃げ出してきていたのだ。
 国境から離れていた地域では逃げ出すことも出来ずに民衆は震えていたのだが、首都平壌は既に無秩序状態になっていた。
 飢えた民衆が略奪を重ねて、もう既に都市としての機能は完全に麻痺状態に陥っていたのだ。この大規模食中毒が発生してから僅か一ヶ月で朝鮮労働党政権は崩壊し、そして無政府状態に陥った北朝鮮は徐々に瓦解していった。
 平壌の北朝鮮政府は韓国側による北朝鮮崩壊を誘導する策謀だ、と非難声明を出したものの、食料も燃料も底を付いた状態で社会を安定させられるはずも無く、また、巨大昆虫や危険な魔獣などに対抗できずにいた。そして、武力で脅威を排除できない、と悟った朝鮮人民軍の幹部は極秘裏に韓国に脱出、亡命を行い、それを知った北朝鮮の国民が「政府の幹部は人民を見捨てて自分だけ安全な場所に逃れようとしている」として、朝鮮労働党の施設などに押し寄せて略奪や放火を行うなど、一気にその北朝鮮の社会は崩壊に向かって走り出していた。
 金正日朝鮮労働党総書記もまた、脱出をしようとしたのだが住民に捕らえられ、嬲り殺しにされてしまったのだ。
 無政府状態に陥りつつあった北朝鮮から安全に脱出するために、朝鮮労働党の幹部や人民軍の幹部が自らが安全に脱出するべく、金正日書記長の居場所をわざとリークしたのだ、との憶測が流れたものの、数十万人を超える難民が押し寄せた韓国側ではそんなことはもう考える余裕など残されていなかった。
 これに困惑したのが韓国政府であった。
 親北派で固められたウリ党(正式名称:ヨルリン・ウリ党、開かれた我が党、という意味)政権は、その共感の相手であった北朝鮮が無残に崩壊していくのを目の当たりにし、しかも既に米軍が撤収し始めている状況であることから単独での南北朝鮮の統一、という難事業の遂行を余儀なくされていたのである。
 しかも、日本に対しては宣戦布告まがいの非難を行った挙句の果てに、日本からその「外交戦争」発言を宣戦布告と看做みなす、として経済的に封鎖状態に置かれてしまっているのだ。
 怪物の跳梁による世界的な混乱の中で中核部品の供給源である日本から取引停止などの経済制裁を受けたことから韓国の経済は大打撃を蒙っていた。そしてそれに加えて北朝鮮の突然の崩壊で大韓民国憲法が朝鮮半島全域を領土とする、と宣言していることから自動的に北朝鮮の領域に至るまでが韓国の領土となってしまった今、飢えて経済的に完全に崩壊した2000万を超える北朝鮮の人口を養うことなど最初から絶望的だったといえる。
 
 秋が過ぎ、季節は徐々に冷たい風が流れるようになっていた。
 日本政府が韓国大統領の発言を宣戦布告と見なす、としてから韓国は凄まじいまでのインフレと株価や不動産価格の暴落に喘いでいた。もちろん、韓国の国民は激しいデモを繰り広げて大統領の退陣を求めていたのだが、ついに十月に入って韓国の大統領は非常措置権を発動して外出禁止令を出すに至ったのだ。
 またこの非常事態を収めるために自らに権限を最大限に集約し、総動員体制を発動していた。
 その情報を聞いた水蓮は「どうして・・・」と激しい悲しみに胸を痛めていた。
 プロメテウスの働きかけで辛うじて両親を日本に脱出させることは出来たものの、彼女の友人の多くは未だに韓国にいるのだ。その上、日本政府は日韓法的地位協定を厳正に解釈し、日本国内の朝鮮半島出身の定住者の韓国への移送を決定したのである。
 そもそも、これは「朝鮮半島出身者のうち1945年8月15日以前から引き続き日本に居住している韓国籍保持者に限り永住許可を与える協定」なのだが、実際には第二次世界大戦終戦以前から定住している、いわゆる定住者は実は極めて少なくなる。この数字は在日韓国人自体の調査によっても裏付けられている。1988年2月に発刊された「アボジ聞かせてあの日のことを-我々の歴史を取り戻す運動報告書」(在日本大韓民国青年会中央本部)によれば、徴用が実施されていた1944年9月以降終戦までの一年分だけを算出すれば16人、すなわち全体の1.5%にしかならないとしている。「参照:在日コリアンの来歴(http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2463/zainiti_raireki.htm)」
 つまり、現在日本に住んでいる朝鮮半島出身の、本当の意味での日韓法的地位協定における永住許可対象者は数百人程度になってしまうのだ。
 また北朝鮮政府が崩壊した以上、憲法で「大韓民国の領土は朝鮮半島とそれに付随する島嶼とする(第一章総綱 第3条)」と定められているために半ば、なし崩し的に北朝鮮政府の支配下にあった地域も韓国政府が統治することになってしまったのだ。このことで、ただでさえ劣勢に追い込まれている戦力を分散して展開せざるを得なくなり、さらには未だに停戦状態であった朝鮮戦争自体も自動的に終戦、韓国側勝利となってしまったのだ。
 そのため、日韓法的地位協定自体も見直しの対象となり、在日朝鮮人の特別永住者の永住許可が終了することとなったのである。
 このことからも、在日コリアンに対する地位の見直しもまた榊原の命を受けた保守派議員を中心に進められ、そして朝鮮半島を統一した韓国に対しての大規模な帰還計画が進められることになったのであった。もっとも、これは日韓法的地位協定に定められた「1945年8月15日以前から引き続き日本に居住している韓国籍保持者に限り永住許可を与える」という部分を厳密に適用すれば、事実上、ほぼ全員の朝鮮半島出身者の永住許可を取り消すことが出来るため、日本政府が強い姿勢で交渉に臨んだのと同時に、韓国側でも軍の兵士を一人でも多く集めなければならない、という深刻な事情があったため、政府レベルでの合意が容易であった、という事もある。そのために日本側からも大量の弾薬を提供することになったのであるが、朝鮮半島の住民を見殺しにしないためにも必要な援助であった。
 そして民潭の資料を基に正式に該当する者、およそ数百名だけに許可を保留し、残る者を全員、韓国に強制送還することとなったのである。
 この発表が行われると同時に、全国各地で送還反対運動が起こったものの、統一を果たした韓国政府からの帰還命令と同時に在日外国人の日本への帰化申請が一時凍結されたことで、全国で60万人を超える在日朝鮮半島出身者が送還されることになったのである。また、これと同時に日本国籍に帰化した朝鮮半島出身者の中で、反政府的な活動や外患誘致に該当するような言動を行った者達の帰化を取り消し、朝鮮半島への送還を行っていた。
 この時既に、殆どの在日朝鮮人や在日韓国人、そして不法滞在中だった韓国人や中国人たちもプロメテウスの魔術によって精神を支配され、ほぼ無抵抗のままで退去させられることになったのだ。
 彼らが支配して使役している魔神の中にマリグドライ、という種族の魔神がいる。この梟の顔をした魔神は恐るべきことに相手の精神を支配する幻影の力を持っていた。この魔神の幻覚に襲われたものは精神を蝕まれ、マリグドライによって操られる存在となる。プロメテウスはこの魔神を数体支配して使役し、その幻影の魔力を以って日本の中枢に巣食っていた外国の情報工作勢力や中核派や革マル派などの危険な反政府勢力を逆に支配したり排除したりしていたのである。
 その作戦の中で、日本中にいる在日朝鮮人や在日韓国人、不法滞在の外国人の精神を支配していつでも行動を起こせるようにしていたため、比較的速やかにこうした退去作業が完了したとも言えるだろう。
 フェリー船を使って、北九州や博多から釜山にピストン輸送の要領で送るのだ。約200kmの距離ではあるが、それでも警戒を怠るわけにもいかず、日本の領海内では海上自衛隊が、そして韓国領海内では米海軍がそれぞれ護衛をしての移送となっていた。しかし、それでも日本での生活を捨てたくない者達が必死で抵抗したり、逃げ出したりしたのだが、それでもやがて警察に逮捕されたり、投降して朝鮮半島に帰るための船に向かうことになったのだ。
 非情ではあるが、戦時中に敵対する国からの不法滞在者を放置しておくわけにも行かないのである。また、日本人として帰化した者の中でも外患誘致や国家に対する脅威を与える活動をしたものの帰化を取り消して韓国に送還することとなったのである。
 水蓮は彼女の家族と共に帰化手続きを行っていたために既に戸籍上は日本人となっている。親戚や韓国にいる友人たちのことを考えると胸が張り裂けそうな想いで一杯になるのだが、それでも眞と共に未来を切り開きたい、という願いを捨てることは出来なかった。
 そして国民のことを考えずに宣戦布告と受け取られるような不用意な発言を公的に発表した韓国大統領の愚かさに怒りが爆発しそうだったのだ。
 日本と戦争になれば韓国軍はまったく歯が立たない。(参照:韓国人に衝撃を与えたシミュレーション・竹島で日韓もし戦わば http://blogs.yahoo.co.jp/karyudo111/archive/2006/7/1)
 一方的に敗北することを眞に教えられているのだ。そもそも、日本の自衛隊には世界最強の戦闘機の一つであるF-15J戦闘機203機を含む350機以上の戦闘機、またF-2戦闘機はプロメテウスの技術的バックアップを受けて更に高度なF-201に改良が加えられている。これは国産の技術実証機である心神で検証されている技術をフィードバックして改良を加えられた機体で、非常に高度なステルス性能と国産のXF5-1を大型化、大出力化を行ったJF5-1Aエンジンを実装している。このエンジンは比推力で世界最高の性能を誇るエンジンであり、また、アフターバーナーを用いない通常のミリタリー出力時でさえ10tを超え、アフターバーナー時では16tを超える推進力を発揮する。このため、単発のエンジンの戦闘機でありながら、ミリタリー出力時でさえ超音速で巡航可能なスーパークルーズを実現することに成功していた。また、機体下面に位置するエアインテークにも改良が加えられ、マッハ1.6以上の超音速領域でも効率が低下することを防いでいた。このため、F-2では最高速度がマッハ2.0であったのに対し、改良されたF-201では最高速度はマッハ2.4にまで向上している。
 最大で対艦・対地ミサイル4発、または500ポンド爆弾6発を搭載可能なため、非常に大きな攻撃能力を発揮することが出来る。更に、公にはなっていないのだが、付与魔法により創造された特殊強化ステルス装甲を装備しているため、レーダーにほとんど映らないだけでなく光学的にも完全に見えなくなるのだ。
 なぜステルス戦闘機はレーダーに映らないのか。
 それは最新のコンピュータによる補助を受けた設計で極めてレーダー波を反射しにくくする機体の構造をデザインし、その上でレーダー波を吸収してしまう素材で塗装されているためである。レチナールという物質があるのだが、それは「光のエネルギーを吸収する」という特殊な性質を持っている。レーダー波は電磁波であり、光の一種であるためこの素材に吸収されてしまい、結果としてレーダーに映らなくなってしまうのだ。(http://www1.accsnet.ne.jp/~kentaro/yuuki/rodopsin/rodopsin.html)
 プロメテウスはこの「光を吸収する」という性質を極限まで強化し、通常の戦闘機の装甲を換装するだけでステルス性を実現できるほどの強力なステルス装甲を開発していたのだ。もちろん、この装甲は通常のジェラルミンとは比較にならないほど強靭な装甲であり、90式戦車の正面装甲にさえ匹敵するほどの防御力をも兼ね揃えている。
 また、最新の戦闘機であるJVF-24が辛うじて6機のロールアウトに成功していた。これは眞が古代語魔法の技術を身につけて、フォーセリアに転移してしまった後で開発が加速されたプロジェクトである。もともと、日本では防衛省技術研究本部(技本)が三菱重工業を主契約企業として開発を行っている先進技術実証機(ATD-X)と称する研究機で、次世代戦闘機に使用できる国内の先進技術を、実際に飛行させて実証・確認をするために『心神』という機体を製作していた。
 その蓄積された技術と、フォーセリアでファールヴァルト王国が実現しつつある物理魔法工学を応用した最新の兵器の開発プロジェクトが進行していたのだ。
 このJVF-24は大型の空母を持たない日本の軍事力を補完するために、ヘリ空母から離発着を可能にする垂直離着陸機(VTOL)として開発された戦闘機である。それが飛行試験を行っている機体を急遽、初期量産型として整備しなおし、実戦配備をするに至ったのである。
 着々と戦争の準備が進むのを、水蓮は悲しい想いで見つめていた。
 自分が生まれた祖国と自分が生きていくことを決めた国とが争うのは見たくは無かった。しかし、それから目を背けることも出来ず、水蓮は二つの国が真正面からぶつかり合っていくのを止める術を持たない自分を責め続けていたのだ。
『水蓮、ごめん・・・。でも、こうするしかないんだ・・・』
 指輪に付与された眞の意識が優しく、しかし心の中に渦巻く悲しみを必死に押し留めながら語りかけてきた。
 彼は日本の政治に対してもある程度強い影響力を持つとはいえ、ここまで厳しい情勢に突き進んでしまった状況を覆すことなど出来ない。そんなことを許せば、日本という国家の政治において独裁者の出現の可能性にまで話が拗れてしまうのだ。
 その上で、眞は日本の政治家の孫息子であり、彼の後見人は今の政府自民党の重鎮である。
 立場を考えれば水蓮と彼女の家族に手を差し伸べたことで政治的にも大きなリスクを犯したとさえ言えるほどなのだ。もっとも、それを突かれたくらいでどうにかなるほど眞の今の影響力は脆弱ではない。
 だからこそ、水蓮は何とか60点の笑顔を作って眞に答えていた。
「うん・・・判ってるわ・・・」
 
 
 

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