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 やたらと残暑の厳しい日差しが道路を照りつけていた。
 山本剛は韓国大統領の外交戦争声明の内容をニュースで知った後で、日本政府がそれを宣戦布告として受け取った、と発表したことで腰を抜かさんばかりに驚いていた。
(えらいことになっちまった・・・)
 最初はその事に度肝を抜かれたものの、我に返った後で考えたことは「これをどうやって上手いキャッチに使えないか」という、広告代理店の企画部員として当然の事だったとしても誰も文句を言えないだろう。
 上の方からは既に、日本政府の武力行使容認姿勢を非難する意向が現場に伝えられてきている。
 報道番組などにも日本政府の暴走を食い止めるような方向性での報道をするように強く要請をしてあった。
 もともと電通という巨大な広告代理店には報道界に対する絶大な影響力があるのだ。
 普通の一般企業なら大々的に報じるはずの麻薬関連の事件さえ、電通社員の事件であるなら電通の名を伏せたり、場合によっては完全に記事を封殺するほどの影響力を振るうことが出来る。
 それほどの影響力を持つ広告業界トップシェアの電通の意向がそのまま日本の報道界の方向性を決定付けるといっても過言ではない。
 そのため、たとえ今回の日本と韓国の衝突が韓国側の問題に端を発したとしても、電通のトップが日本政府を封じる姿勢を見せた以上、報道界は日本政府非難の姿勢を取って報道を始めていたのだ。
 また放送業界では朝鮮総連・韓国民団などのクレームを恐れ事なかれ主義的ともいえるほど批判的な報道をせず、また、東アジア諸国との協和を重んじる創価学会・公明党の存在が放送業界に対して親アジア的、そして自虐的ともいえる戦後の反省風潮を作り上げてきたともいえるだろう。
 特に新聞業界に対しては創価学会の機関紙である聖教新聞の大量の印刷発注を行っているため、新聞業界に対して無視できない力を持っている。日本の放送業界はその親会社の新聞社が大株主として強い影響力を行使する構造をしているため、結果として新聞もテレビも同じような方向性の報道を行うことになるのだ。
 いずれにしても今の日本政府の対応は尋常ではない。
 山本は苦々しい思いで書類を開いていた。
 日本に生まれ育った人間として、そして戦前の日韓併合(彼自身は“日本による占領であり植民地化”だと教育され、信じていたが)による朝鮮人の受けた苦難を考えると、今の日本政府の動きはかつての大日本帝国の復活を連想させるものだった。実際には日清戦争における日本の勝利によって下関条約が結ばれた結果、朝鮮半島は初めて独立国家としての立場を得ることが出来たのだが。
 そして日韓併合にしても、当時の李王家が浪費した莫大な国家財政を支えきれなくなり、租借地や港湾使用権、鉄道の施設権などの権利をロシアや諸外国に売り払ったことから国家として立ち行きが行かなくなった結果、日本政府が莫大な資金を支払って債権を買い戻したのである。
 当時の日本の国家予算の三分の一にあたるほどの資金を投入して近代化を進めたために、日本の内地では東北地方などで非常に大きな負担がかかり、また、(朝鮮半島に比べて)遥かに割高に売る事が出来ることから膨大な米を本土に売りさばいたおかげで一部の朝鮮半島の業者は非常に潤ったものの、東北地方などの米の耕作地域では口減らしのために娘を売りに出すような不況に見舞われ、また、朝鮮半島でも米が大量に流出したことから米不足で大問題になったといわれている。
 現在、韓国最大の財閥の一つであるサムソン電子も当時、日本に米を売って資金を稼いだ創始者が作り出した財閥である。
 こうした史実にもかかわらず、民潭や朝鮮総連ではどれほど日本が支出をして負担をしたのかを一切教えていない。初代朝鮮総督であった伊藤博文に対しても、日本による朝鮮支配の象徴の様に教えているのだが、実際には伊藤博文は朝鮮併合には反対の立場であったにもかかわらず、安重根による暗殺の結果、朝鮮併合推進派の勢いを増してしまったのだ。
 如何なる理由があろうとも一国の首相を暗殺する、というのは明白なテロ行為であるにもかかわらず、韓国では安重根を英雄だと讃えているのは異常な教育だといっても過言ではない。
 北朝鮮では逆に安重根は日本による朝鮮併合を招いた極悪人として断罪されている。
 いずれにしても在日朝鮮人三世である山本には日本に対する親しみなど何処にも無かった。
 そもそも、『山本』という性を名乗らなければならないのも、日本による創氏改名が行われたためだ、と信じていた。これも実際には満州などで職を得る際に朝鮮名では差別を受けるから、と朝鮮人からの要望で日本政府が許可・・して初めて日本名を名乗ることが出来ただけのことである。
 ともあれ、山本は日本政府の強硬な対応への反対の報道をするように各報道機関に強力な要請・・を行っていたのである。
 しかし、どうも上手くいっていない。
 あの買収された放送局は電通からの要請に対して「報道の自由と国民の知る権利に干渉することは許さない」という奇麗事を言い放ってきたのだ。
 山本は苛立ちを覚えて広告をまわさないことを匂わせて強く警告したのだが、あろうことかその放送局は全ての広告業務を業界ナンバー2の広告代理店である博報堂とADLに切り替えてしまったのだ。
 これは大きな痛手となっていた。
 特に広告業界は非常に厳しい状況に置かれており、企業が特にテレビコマーシャルに金を出さなくなってきている。今の広告業界にとって絶対に公にはできないことの一つに、花王ショックというものがある。
 化粧品メーカーの花王が過去最高益を上げた年に、実はTVでの広告を半減させた予算を店頭販促に用いたことが理由だったとされる。それ以降、他の企業もそのやり方を踏襲し、TVコマーシャル業界に大打撃を与えたといわれているのだ。
 そして、トヨタもまた「レクサス」ブランドの広告展開において、TVコマーシャルを殆ど行わず、逆にテレビを使わない方が品が良いのではないか?という疑問を体現してしまった。
 その結果、企業からの広告費が大幅に落ち込みを続け、広告代理店業界も厳しい現実に直面しなければならなくなったのだ。
 そうした中でかつての「報道界の雄」と言われながらも近年では捏造報道や問題のある報道を繰り返して力を落としたとはいえ、放送局が一つ丸ごと電通からライバルである博報堂に乗り換えたのは非常に大きな問題だった。しかもその放送局を買収した青年実業家のコネなのだろうか、博報堂に多くの企業が広告代理を移してどんどんと電通の顧客を食い始めていたのである。
 この緊急事態に役員会は連日のように対策会議を開いている。
 一時はこの事態を生むきっかけの一つとなった山本の進退にまで火がつきそうだったのだ。
 もっとも、山本は電通の重役の甥であり、今や最大の広告主であるパチンコ業界でも最大手の一つのオーナーの娘婿であることからこの問題はうやむやにされていた。
 それ以上に日本政府や世論の右傾化が憂慮されていた。
 インターネットが情報共有のツールとして台頭してきたのと反比例するように、急激にTVの視聴率が下がり始めており、明確にTV離れの兆候が現れているのだ。そしてそのような匿名の個人の集合体が保守的、右派的な意見を堂々と論じるようになってきても、メディア側ではもはや対応することが出来なかったのである。
 在日朝鮮人の社会でも、日本人の世論の右傾化、過激化に不安を抱いているものが多かった。
 そして朝鮮総連や民潭の幹部たちや朝鮮人が教祖を務める新々興宗教の幹部や教祖自身、そしてサラ金やパチンコ業界のオーナー達などが次々に命を落としていることから、在日社会は完全に萎縮してしまっているような現状だった。
 その結果、今まで潤沢な資金力を誇り、広告業界やメディア界のみならず政界にも無視できない影響力を発揮してきた在日朝鮮人社会はその力を急速に失いつつあるのだ。
 特に創価学会の会長や幹部が不可解な事故で短期間に失われてしまったことで創価学会やそれを後援とする公明党は今や崩壊の危機に瀕していた。
 そうした事から彼ら電通マンたちは非常に厳しい営業活動を余儀なくされていたのである。
 山本ももう何日も家に帰っていない。
 連日の会議や営業対策に追われてそのような時間や余裕など無かったのだ。
 そもそも放送局自身が広告費の落ち込みで大幅な減収を余儀なくされているため、番組の制作費にまで影響が及びだしてきている。当然のことながら、電通もリサーチや企画業務などにも携わっているため、そうした広告業界周辺業務の落ち込みはボディーブローのように響いてきていた。
 近くのコンビニに飛び込んだ山本は、ありったけの弁当やサンドイッチなどをバスケットに入れてレジに向かう。もう飽きてきたコンビニ弁当の味だったが、会議などで缶詰になった後で忙しいスケジュールの合間に腹に詰め込むにはサンドイッチやラーメンよりマシだった。
 遅い昼飯になりそうだったが、今食べられるだけ営業部の幹部達よりも運がいい。
 大幅な営業利益減の為に青い顔をしながら対策会議を重ねている彼らは、当然のことながら家になど帰っている暇などない。
 自民党の保守派が民主党の一部を取り込んで国会の主導権を握ってから、戦前回帰を連想させるような法案が次々に提出、成立しているのだ。
 それに対してリベラル派のメディアや業界人からは電通の影響力を行使して保守派の暴走に歯止めを掛けるように強い要望が寄せられている。
 しかし現実問題としてキー局の一つを買収され支配されてしまったことで電通の影響力から解放されたメディアが生み出されてしまったという意味は余りにも大きなものがある。
 その報道局が特集を組んで放送しているスペシャルシリーズで自衛隊や海上保安庁の活躍を描く番組が途轍もない視聴率を叩き出している。左派言論人からは「戦前賛美である」と非難の声が上げられていたものの、インターネット上では圧倒的にこのスペシャル番組を支持する声が強かった。
 それどころかこの自衛隊賛美の番組に対して反対の立場を表明している作家や評論家、市民団体などが背後で新北朝鮮の組織や中核派、革マル派や連合などの左翼過激派と結びつきがある事を暴露されたため、政治的にも彼らは窮地に立たされているのだ。
 それを連日のように報道されて、幾つかの市民団体が裁判所に名誉毀損の訴えを起こしたものの、逆に事実認定で極左過激派との結びつきを指摘され、敗訴するという結果に終わっている。
 急速に日本の世論が動き始めていることを山本たちは実感させられていた。
 せかせかと足早に歩く山本に、突然背後から声がかけられる。
「おい、山本!」
 ひょい、と背後を振り返った彼の目に、同僚の秋山が小走りに走ってくる姿が見えていた。
 秋山は山本と同期の営業部の中堅営業マンで、中々の営業成績があることから上の人間からも期待が掛けられているホープの一人だった。
 体育会系の高い背に引き締まった身体をした好青年である。
 しかし、連日の厳しい営業活動のためか、少し疲れたような顔色をしていた。
「秋山、少し疲れてるんじゃないか?」
 心配になって尋ねたものの、秋山は「少し寝てないだけだ。週末にはたっぷり寝るから大丈夫だ」と答えて、手に持ったペットボトルのお茶をぐいっと飲む。
 流石に昼休みの時間帯から外れた今は歩道を歩く人もまばらである。
 二人は本社ビルの警備員に社員証を見せてエレベーターの前に立った。
 幾らも待たないうちにドアが開いて山本と秋山はエレベーターに乗り込む。
「やっぱ、このままじゃいかんよな・・・」
「そうだな、何としてでも日本政府の右傾化路線を阻止しないと、取り返しが付かないことになる」
 エレベーターに乗りながら、山本は同僚の秋山と今の社会の風潮についてぽつぽつと語り始めていた。
 あの北朝鮮の金正日総書記が日本人の拉致疑惑を認めて謝罪したことから、急激に日本の世論は保守的に右傾化し始めている。
 それをあの榊原を始めとする保守本流を僭称する戦前回帰派共が上手く政治利用しているのだろう。
 山本や秋山のような在日朝鮮人の存在を排斥するかのような動きが露骨になるにつれ、彼らは徐々に追い詰められているのだ。
 何人かの警察関係者の話に拠れば、どうも日本政府というよりも実権を握った榊原一派が怪しい団体と共謀して左派潰しの動きを見せているらしい。
 しかも連立政権のパートナーである公明党も、その支持母体である創価学会の会長や幹部が次々に死んでいることから混乱の真っ只中にあり、まともな役目を果たすことが出来ていないのだ。
 そうした動きに対抗するためには生き残っている良心的勢力や親アジア系のメディアに働きかけて何とか日本人の一般市民を正気に戻す必要があるのだ。
 キッチンに飛び込んだ二人は電子レンジで弁当を温める。
 流石にコンビニで温められると帰ってくるまでに冷めてしまう。一度暖められて冷めたコンビニ弁当を喜んで食うような物好きでない限り、食べて嬉しいものではない。
「さて、腹ごしらえして午後の部の再開だ・・・」
 そう気合を入れ直すように呟く山本に、秋山は恨めしげな視線を向ける。
「そんなに気合を入れ直すなよ・・・。俺達死んじまうぜ・・・」
 秋山がぼやいた瞬間、不意に非常ベルが鳴り響いた。

「あちちちっ!」
 若い社員が熱いカップラーメンのスープを指に引っ掛けて思わず悲鳴をあげてしまった。
 この忙しい最中だ。インスタントラーメンでも食べられるだけまだ良い。
 まだ新人である彼らには学ぶべきことが幾らでもある上に時間は限られているのだ。ラーメンを啜る間にもレポートや書類に目を通すことも珍しいことではない。
 特に彼らのような将来の幹部候補生として採用された新人達にとって、もう長い昇進競争が始まっているといっても過言ではなかった。
 ここで手を抜くような奴は出世競争に立つ資格さえも無いだろう。
 手にした書類を見ながら、まだ学生の面影をたっぷりと残したままの青年は大急ぎでラーメンを食べてキッチンを飛び出していった。
 その後姿をじっと見ている存在にはまるで気が付くことなど無かった。
 やがて誰も来ないことを確認したように、誰も触れていない・・・・・・・・ガスの栓が開かれる。いや、それは間違っていた。
 そのガスの栓を開いた者の姿は誰にも見ることが出来ない・・・・・・・・・・・・のだ。
 閉ざされたキッチンの中に十分にガスが充満したのを見計らったかの如く、トースターに雑誌が差し込まれてレバーが押し下げられる。
 そして見えない影はキッチンからするする、と抜け出していった。
 時刻は1時30分を丁度回ったところだった。

「ねえ・・・、ちょっとガス臭くない?」
 書類を束ねて社内回覧用の資料を作っていたOLが声を上げた。
 都市ガスの不快な玉ねぎのような臭いが鼻に付く。
「そうね、見に行かな・・・」
 同僚がそういった瞬間、凄まじい轟音が響いて二人は床に投げ飛ばされていた。
 思い切り背中を打ち付けて喘ぐOL達が周囲を見渡すと、同じように床に叩きつけられてもがく同僚や慌ててあたりを確認しようとする課長の姿が見えた。
 力が抜けて立ち上がれない彼女の耳に、誰かが「火事だーっ!」と叫んでいるのが聞こえる。その声は何故か遠い所から聞こえてくるような気がした。
 火災の発生を知らせる非常ベルが鳴り響いたとき、既に階下は炎に包まれようとしていた。
 キッチンに充満したガスが一気に爆発して、隣接する課の資料やサラリーマン達が着ていたスーツ、あらゆる可燃性の物に引火し、それが強烈な輻射熱を反射、増幅しあって一気に燃え上がり始めたのだ。こうした企業ビルでは当然の事として可燃性の物質が非常に多い。
 紙は当然の事として壁や天井などの内装材も可燃性の物質だ。
 パーティションの仕切り、机、椅子など室内に存在する殆どの物質が可燃性だといっても過言ではない。紙の発火温度は通常500度程度でしかないため、こうした火災では導燃材としての役割を果たしてしまうのである。
 仰向けに倒れたまま起き上がれない彼女の視界に真っ黒な煙と共に真紅の舌のように不気味に蠢く炎が見えた。恐怖に駆られて引き攣ったような悲鳴をあげながら必死に起き上がろうとする彼女の周囲で恐慌に駆られて逃げ出そうと出口に殺到する同僚達が狭い出口から出られずにパニックを起こし始めていた。
 燃え上がる炎は見る見るうちに壁や天井に燃え広がり、まるで嘗め回すかのように広がっていく。高温の熱に晒されて机や椅子、内装材などから可燃性のガスが噴出し始めていた。
 怖ろしい勢いで酸素が失われていく中、激しい酸欠を起こした彼女の目に次々に折り重なって倒れていく同僚達の姿が見える。可燃性ガスの白い煙と化学製品である可燃物が激しく燃え上がる真っ黒な煙が部屋に充満していくのが、彼女が最後に見た光景だった。
 次の瞬間、部屋に充満してつつあった可燃性ガスが引火し、爆発的に炎が膨れ上がっていった。

 東京都港区東新橋電通本社ビルが火災を起こしている、との連絡を受けて消火隊員たちが現場に急行したときには、既に地上三階より上は相当な勢いで炎を吹き上げていた。
「どうなっているんだ!」
 壮年の消防隊長は部下に聞こえるように大声を上げる。周辺には野次馬や辛うじて脱出できた電通の社員達がごった返して大変な騒ぎになっている。
 隊長は半ば怒鳴りつけるように状況を聴きだそうとしながら、(これではもう手の施しようが無いぞ・・・)と心の中で呟いていた。
 ビル火災の怖ろしい一面である、密集した構造物の中での延焼が加速度的に被害を大きくしてしまうのだ。
 見たところ、既にフラッシュオーバーを起こしているようだった。
 密集した可燃物が熱で分解して引火性のガスを発生させ、爆発的に燃え上がってしまうのだ。他にも可燃物である天井や内装に使われている可燃性の建築材などが輻射熱によって一瞬で燃え上がってしまうこともある。
 焚き火などで最初に着火させる時に、木と木を組み合わせて隙間を作った間に着火材や紙を入れて燃やすとすぐに炎が燃え上がるのと同じ原理である。これは燃え上がった着火材の熱が木材に伝わり、それが反射しあうことで面と向かった木材が熱しあって最終的に燃え上がり始めるのだ。
 そして一度火が付いたらその熱が更に輻射熱を増幅して勢い良く燃え上がっていく。
 狭い部屋でこの輻射熱が増幅しあって燃え上がった場合、1千度を超える高温の熱が一瞬にして広がり、避難が出来なくなるのだ。
 紙の点火温度は約500度であることから、この熱の破壊力が想像できるだろう。
 さらに縦長のビルの場合、この高熱の塊がプリュームとなって上に向かって押し上げられていく。つまり、鍋が底から熱せられて沸騰していくように、巨大な熱の塊がビルの下から上に向かって上昇していくのだ。
 こうなってはもはや消火を試みることが出来ない。
 巨大な高温のプリュームが全てを飲み込んでいくのを見ている他にないのである。
「最悪だな・・・。こうなっては手の施しようが無い・・・」
 三階から出火した炎はあっという間に燃え広がり、そして上層階に至るまで瞬く間に燃え広がっていたのだ。
 巨大な熱の塊が生み出す激しい上昇気流に阻まれて消防のヘリも近づくことが出来ない様子だった。
 消防隊員たちが見ている目の前で、逃げ場を失った人々がある者は足を滑らせて落下し、またある者は自ら飛び降りていく。
 何とか救助用のマットを敷いてはいるものの、地上四十七階建てのビルから飛び降りた人間を救う事など不可能だった。しかも、激しい乱気流に撒かれてマットから遠く離れて落ちる者が硬いアスファルトに叩きつけられて、見るも無残な姿に変わり果てている。
 幾たびもの修羅場を潜り抜けてきた消防隊員たちでさえ吐き気を抑えきれずに嘔吐してしまう者達が続出していた。
 もはや消火など出来なかった。
 驚きと恐怖の視線が交錯する中、日本のマスメディアに隠然たる影響力を行使して事実上の支配下においてきた巨大広告代理店はその会社を維持するための資料や機材のみならず従業員や幹部、経営陣などをほぼ丸ごと失い、炎の中に消えて行ったのである。

 画面の中で炎上する電通ビルを見ながら、TV旭の三木本報道局長は苦々しい思いを噛み締めながら視聴率の事を考えて頭を抱え込みたくなっていた。
 電通絡みの報道に関してはとにかくタブーを貫いている。
 各報道局は、その広告の割り当てを左右する力を持つ電通を敵に回す事を極端に恐れているが故に、電通から伝えられる“天の声”を無視する事ができないのだ。そんな事をすれば、広告の割り当てを減らされて、良質のスポンサーを斡旋してもらえなくなる。(参照:電通のタブーhttp://ja.wikipedia.org/wiki/電通
 それが今までの常識だった。
 だが、あの業界の事情を知らない跳ねっ返りが正義感気取りで電通絡みの報道まで堂々と始めた事で放送業界が引っ掻き回されているのだ。
 忌々しい事に、その放送局を買収した巨大資本はそのグループの一つに広告代理店を構えて、自らの傘下にある全ての起業の広告業を電通から引き上げて、そのグループ内の広告代理店に移行してしまったのだ。結果として完全なフリーハンドのメディアが一つ誕生する事となり、それが少なからぬインパクトを生み出していた。
 その企業群も極めて強大な資本力を持ち、しかも保守派の政治家達と結びついた組織だったため、従来のマスメディアや彼らを操っていた左派グループにとっては由々しき事態となっているのだ。
 そして電通を通じて癒着してきた在日朝鮮人や在日韓国人の団体も非常に大きな圧力を受けていたのだ。
 2002年9月17日に北朝鮮の金正日総書記が日本人の拉致を認めて謝罪した事で、全ては崩壊してしまった。
 そして北朝鮮の持つ長距離ミサイル『テポドン』が日本から不正に輸出された電子部品や工作機械、そしてパチンコ業界を牛耳る朝鮮系団体から流れた資金によって開発されていた事が報道され、日本人の朝鮮人に対する視線は厳しく冷たいものになっていたのだ。
 そして今・・・
「畜生ッ!、せっかく来たってのに! おい、店員、どうなってんだよ!」
 けたたましい電子のBGMが鳴り響くなか、本庄は何時間も待っていたフィーバーのスタートが起こった僅か数十秒後に溢れんばかりに出てきていた玉がいきなり止まってしまった事で苛立ちの余り罵り声を上げていた。
 朝から何枚も一万円札をぶち込んで、漸く取り戻すぞ!、と気合を入れた瞬間に銀色に輝く玉が目の前の台から消え失せて、手元のハンドルは空しくモーター音を響かせるだけだったのだ。派手に輝くライトと台の中央で面白げなアニメーションを写す小さな液晶画面が空しくその台がフィーバーをしていることを誇らしげに見せびらかしているようだった。
 だが、肝心の玉が出なければ意味が無いだろう!
 本庄は漸くやってきた店員に苦情を告げると、まだ若い店員は何度もペコペコと頭を下げて機械の様子を見てくる、と言って去っていった。
 どうやらあちこちで同じようなことが起こってるらしく、タバコの煙でやられたような濁声が響き渡っている。それどころか玉が出なくなって困惑の表情を浮かべたり怒りの余り顔を真っ赤にしている人々が店員にクレームをつけていた。
 若い店員達は訳のわからない事態に泣きそうな表情で頭を下げ、そしてマネージャーは只管怒り狂う客にお詫びの言葉を続けていた。
 本庄はそのマネージャーに怒りに任せてありったけの言葉で罵り続ける。
 朝から何万円も吸い込まれて、そして漸くフィーバーが来たと思ったらこの有様だ。その怒りと苛立ちはもう頂点に達していた。
「だから欲しいのは詫びの言葉なんかじゃないんだ! 俺が欲しいのは玉なんだよ! 判るか!? 玉なんだよ、この銀色の!」
 そういった瞬間、彼の望む玉が本庄に与えられていた。
 ミシリ、と聞こえるか聞こえないかの音がした瞬間、無数の銀色の玉が凄まじい勢いで降り注ぎ、本庄の身体を押し潰していたのだ。

「チーフ、また別の場所で起こりました!」
 飛び込んできた若いADの差し出したメモを見て、報道局長と緊急のミーティングをしていた報道番組のプロデューサーは疲れきった目を伏せる。
 もう既に十五件目となったパチンコ店の崩壊事故だった。
 原因は判っている。
 パチンコの玉を天井裏でクリーニングしている装置に物が詰まり、溢れた玉が薄い天井を落として雪崩のようにホールの中に崩落していたのだ。
 そしてそれはバチンコ球の中に紛れ込んだペイント弾の中に注入されていた瞬間接着剤が原因である事も判っている。パチンコ球とほぼ同じ大きさのペイント弾の中に、普通ならインクを入れる代わりに瞬間接着剤と、それを強制的に固めてしまう凝固材を別々に入れてあったのだ。ペイント弾の中に注入した瞬間接着剤と混じらないように、小さな袋を中に仕込んでその中に強制凝固材を入れる、という手の込みようである。
 そのパチンコの玉のクリーニング装置には数千どころか数万という数のステンレス製のパチンコ球が流れ込み、その重さは凄まじいものになる。当然の事ながら機械の内部でその重みに潰されたペイント弾は中に瞬間接着剤と凝固材をぶちまけていた。
 内部で数個、張り付いて固まったパチンコの玉はそのレールを堰き止めて、後から後から流れ込んでくるパチンコの玉は精密な機械の中で身動きが取れなくなって機械を破壊してしまったのだ。そんな危険な瞬間接着剤球が一つのパチンコ店で数百個、全国のパチンコ店で一斉に投入されて莫大な損害を与えているのだった。
 基本的にその瞬間接着剤球の作成方法は簡単である。何処でも売っているエアーガン用のペイント弾を買ってきて、その中に小さなBB弾程のビニール袋を入れて強制凝固材を入れた後で、瞬間接着剤を流し込んで密封するのだ。ちょっと手先が器用な人間なら幾らでもできる工作だ。
 それを銀色のラッカーで塗ってしまえばぱっと見た目では見抜けない。
 そんな物を無数に、パチンコ台に放り込まれたのではパチンコ店側は堪ったものではなかった。
 フィーバーの時でさえ何度も機械が止まって玉が出なくなり、挙句の果てに天井が崩落して玉がぶちまけられるのでは客は逃げてしまう。
 しかも一度、そんな破壊工作をされた日にはそのクリーニング機を購入して入れ替えるまで営業はできなくなるのだ。
 どんなに急いでもメーカーに発注してから納品までに一週間は掛かる。そしてそれを設置して調整するのにも手間が掛かるのだ。
 結果として大打撃を食らう事になる。
 他にも営業時間中に何度も何度もブレーカーが落ちて停電してしまう店も続出しているのだ。
 原因はまるで判らない。
 ある店はそのブレーカーの前に店員を置いて見晴らせていたのだが、バチンッ、と音を立ててブレーカーが飛んだだけだった。
 営業時間中に何度もブレーカーが落ちて、せっかくのフィーバーがスタートした瞬間に全てが消え失せてしまった事で怒り狂った客はもう二度とこの店に戻ってくる事は無く、何週間もたたないうちにこのパチンコ店は倒産してしまったのだ。
 パチンコ業界の売り上げは一年で二十兆円とも三十兆円とも言われている。そんな莫大な資金を吸い上げるために、いわゆるグレー金利という法定金利の抜け道を利用した高金利での消費者金融、いわゆるサラ金が莫大な資金をパチンコユーザーに貸し付け、それをパチンコ業界が吸い上げて消費者金融側は悪辣な手段で貸した資金を取り立てる、という構造を作り上げていた。
 それを崩すために、榊原たち保守派政治家たちはグレー金利禁止法などを制定して、いわゆるサラ金の資金源を潰しに掛かったのだ。これに猛反発した消費者金融業界はマスメディアに圧力を掛けてそれを撤回させようとしたのだが、その直後に数人のサラ金企業の社長が首を吊ったり心臓発作を起こして死亡するという事故が発生して、その恐怖に震え上がったメディアと消費者金融業界は完全に身動きを止めてしまったのである。
 そこには言葉にならない明白な意思表示があった。
 逆らうものは殺す。
 非常にシンプルな、そして冷徹な意思だった。
 そして今回起こっているパチンコ店潰しとしか思えない妨害工作。
 いずれの場合においても全く証拠を残さないやり方は、どう考えてもプロの工作員が行っているとしか思えなかった。
 せっかく高い費用を払って新規にパチンコ球のクリーナーを再設置しても、数日も立たないうちにまた壊されてしまう。その度に一週間以上も休業を余儀なくされて莫大な損失を出し続けたパチンコ店は次々にその資金を枯渇させて倒産していったのである。
 全国に数万軒もあったパチンコ店が僅か数百軒にまで壊滅するまで一月も経たなかった。
 
 
 

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