プロローグ

 20世紀を通じて、現代社会は科学文明の時代だったと言えるだろう。
 中世ヨーロッパに吹き荒れたローマ・キリスト教による異端弾圧の時代を経て、西欧世界はその反動からか、ある意味では原理的とさえ言えるほどに科学のみを追求する科学至上の時代にある。
 実際に科学技術は宇宙の謎を解き明かすための探査機を太陽系外にまで飛ばし、超ミクロのシステムを解明するために原子核を構成するクォークさえも取りだす程の技術を生み出している。生命工学は種の限界を超えた遺伝子操作を可能とし、その技術を持って新種の生命さえ生み出そうとしている。
 それだけではない。遺伝子の暗号を解き明かすことにより、癌や様々な疾病を癒す技術を生みだし、老化の謎さえも解明しようとしている。
 電磁気工学はその応用範囲を広げ、気象制御やエネルギーの無線伝送などの、人類が夢見ていた領域にまで達しようとしていた。
 まさに、科学技術の勝利であり、宗教や呪いは単なる迷信や妄想に過ぎない、とさえ確信させる程だろう。だが、逆に今ほど人々が宗教や魔術的神秘世界に魅せられている時代はないという側面もあるのだ。
 極限まで科学絶対主義を推し進めていた共産主義国家が破綻した後、真っ先に人々が求めたものが宗教であった。例えば、中国では共産党中央政府が禁じているにもかかわらず、様々な宗教が凄まじい勢いで人々の心に浸透していっている。また、現代の宗教を求める欲求の特徴として、人々が自ら真理を知りたい、神秘の世界を自らの意思で体験したい、といった行動があげられるだろう。
 ニューエイジ・ムーヴメントなどの運動はオカルト的な側面だけでなく東洋の風水や陰陽八卦などの思想なども吸収し、カッバーラや欧州に元々存在した魔術伝統などと融合し、全世界的に大きな動きとなって一つの潮流を生み出そうとしていた。
 さらに、量子力学が「人間の観測行為が世界をそのような世界と確定させている」という、今までの科学的な常識を覆す世界観を、文字どおり科学的に実証して以来、人間の精神世界が現実の世界と密接に関わりを持っている、という新しい世界観がニューエイジ思想と科学的世界観の両方に多大な影響を及ぼしていた。
 それは一部では強烈な人間原理-人間が存在するからこそ、世界が存在する、という思想さえもある意味で裏付ける考え方であった。
 人間が真の知性を得たときに人間の精神は『神』の高みへと至る、という考えはグノーシス主義という中世ヨーロッパの異端的なキリスト教思想に見ることができる。またカッバーラは完全な知恵ソフィアにより、完全調和の世界を創造することが出来る、ヘブライの神秘哲学体系である。
 これらの人間が精神と理性の成長を極め、神の高みへと至ることが出来る、という思想は、一方で当然のように他の教義を持つ宗教からは拒絶されていた。
 余りにも魔術的な思想である、との理由である。
 だが、人類の科学は精神的な世界さえもその体系に取りこみ始めていた。
 遅かれ早かれ、いずれ人々は自らの精神が現実世界を動かしている、という世界を実現するだろう。
 現にCTコンピュータ断層撮影MRI核磁気共鳴装置は人間の脳の活動をリアルタイムに見ることが出来る。そして、人間の考えた通りに、手を使わずにコンピュータの操作をするための装置の開発さえも進んでいた。ビデオカメラで捕らえた映像を、視力を失った人の脳に直接送り込んで映像として再現する、という実験も成功していた。
 人の科学技術は、今や精神科学技術、とさえ言える世界にさえ到達しているのだ。
 そして、今、人類の歴史が新しい時代を開こうとしていた・・・
 
 
 

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