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 世界の片隅で、ひっそりと世界初の魔法工業品はユーミーリア世界に発表された。
 余りにも目立たない製品だったのと同時に魔法云々を謳わない製品だったため、マスメディアは一切注目も記事にもしなかった。実際のところ、世界の技術のブレイク・スルーさえ起こすほどの革命的な技術だったにもかかわらず、宣伝も記者会見もしなかったため、殆ど誰も関心を抱いた形跡も無かった。
 それはそうだろう。幾らなんでも、「バイオテクノロジーの応用で実現したバクテリアによる生体元素変換装置」なる怪しさ大爆発の表題を付けられた仰々しい装置など、一流を自認するメディアが相手にするはずも無い。
 精々がオカルト雑誌やインターネットのマニアックなサイトが取り上げたくらいだ。
 だが、彼らはその製品を作り出した会社が日本を代表する世界企業のみならず、日本の中核を担う官僚や政治家、有力者が極秘裏に総力を結集して立ち上げた企業だったことを知らない。また、株式も上場していない非上場企業のため、ほとんど誰も関心を抱かなかった。
 しかし、それこそが彼らの狙いだった。
 注目されないように密かに活動を浸透させ、それが無ければ影響が実際に出る、というレベルまで既成事実化を考えていたのだ。この元素変化装置なるものは、バクテリアを利用して極一般的な物質から希少元素を創り出す、という、真っ当な科学者なら相手にしない事を実際に行うのである。
 ルイ・ケルブランの研究では、鶏が卵を産むときに、卵の殻に含まれるカルシウムの量が餌から得られるカルシウムの量よりも多い、というデータが得られたといわれている。また、樹木の種子の栽培時にも、種子自体と培地、与えた水に含まれる総元素量よりも、種類も量も変化していたという実験結果が出た、とも言われている。
 また、この研究に触発された生物学者小牧久時は、ケルブランの実験よりも精度と客観性の高い実験を行った。これはビール酵母などの30種類の微生物を用いて行った実験で、結果はやはりケルブランの主張と一致していたのである。
 1989年3月にアメリカのユタ大学で「常温で核融合に成功した」との記者会見が発表され、その後、何人もの科学者が追試を行い、実際に原子変換を確認しているにも拘らず、当時、この研究結果に対して、日本の学会やメディアの反応は露骨に否定するものばかりだった。特に朝日新聞は「まったくのインチキ研究だった」とまで述べている。
 1997年の9月6日付夕刊の記事で、「5年で23億円を投じた研究で、核融合の確かな証拠は得られず、過剰熱を必ず発生させることさえ出来なかった。やはりインチキだったのだろう。物理学者の多くは懐疑的だった。・・・・・・しかし、提唱者はひるまなかった。生活がかかるとなると、うそもつくし、ホラも吹くというのが、人間の悲しい性だろう」と書いている。
 ちなみにこの話を聞かされた武斗の反応は、「また朝日かよ!奴等のほうがホラも吹きゃあ、嘘とインチキを捏造してるだろうが!」だった。
 だが、実際に政治的な動きで革命的な発見に対して圧力が加わる場合がある。
 1998年には米国エネルギー省によって露骨な研究妨害がなされていた、という事実もある。例えば、エネルギー省の委員会は特許庁の関係者に、常温核融合の特許を一切受理しないように指示していたのである。また、米国の主要な大学の物理化学部の関係者に対しても、「大学院の学生に常温核融合の研究をさせるなら研究費を出さない」と脅迫した事実も明らかになった。
 また、『常温核融合スキャンダル』(ガリー・トーブス著、朝日新聞社)など、出版社に対して資金援助をして、常温核融合を否定するような記事を書かせる工作をもしていたのである。
 そのような情報操作の代表的な一例は、IBMの開発した人工ダイヤの製造だった。
 しかし、なぜか米国政府は「不可能である」との公式見解を出して否定し、後になってこの情報の隠蔽があった事を認めたのだが、現在の百科辞典でも、人工ダイヤの製造は1955年に初めてジェネラル・エレクトリック社が成功した事になっており、IBMの名前は無い。
 一説には利権を失うことになる産業の中核企業が猛烈なロビー活動を行って革命的な技術を開発した企業や科学者を潰すのだといわれていた。
 また、日本はそれ以上に大学の中核を担う学会が保守的なため、こうした、いわゆる正統派の研究から外れた研究は論文を読まずにタイトルだけで否定される場合が少なくないという噂があった。
 だが、プロメテウスや彼らの協力者達は徹底的に根回しと事前工作を行い、特に政治家や官僚から動かしたために、反対させることを封じていた。他にも今の産業でメジャーな地位にいる企業を巻き込んで統合極秘研究チームを創り出しているため、企業からの反対活動も起こっていない。
 そして、ようやく近年、徐々に生体内原子転換説が学会などでも受け入れられ始めてきたのだ。
 例えば、日経新聞のナノテク専門ニューズレターである日経先端技術のNo.63(2004年6月14日)では「21世紀の“錬金術”、元素変換現象を観測」というタイトルで、三菱重工業先進技術研究センターの岩村康弘主席研究員が行った、パラジウムの多層膜に重水素を通すというシンプルな手法を用いて、きわめて珍しい元素変換の現象を観測した、という内容を紹介している。http://www.nikkei.co.jp/rim/nano/kiji-old/nanokiji_63.htm
 また、小牧久時氏は表面化学を専門とする塙輝雄大阪大学名誉教授と微生物学の世界的権威である谷嘉雄(聖母女学院大学前学長)の協力を得て、実験は継続され、日本農芸化学会で「生体内核融合を示唆する測定結果」という言葉を使って発表されたのである。
 日本の学界はともかく保守的であり、生体内核融合などに関する論文は発表はおろか、今までならば問い合わせることさえ難しいようなところがあったとされるのだが、時代は大きく変わったともいえるだろう。
 そして、プロメテウスに協力し、その魔法技術を提供された企業群は、その根本的な産業を改革する魔法技術を覆い隠すために、派手な製品の開発も行っていた。
 幻影魔術による3D立体画像投影装置である。
 実際にはその映像を投影する部分に関しては幻影魔法の力を付与した素子を用いているのだが、それに関しては量子テレポーテーションによる擬似3次元映像表示技術である、としていた。
 本来ならば小型のデバイスに組み込んで持ち歩きができるほど高度なデバイスとして確立している技術なのだが、余りにもインパクトが大きすぎると余計な問題をも引き起こしかねないため、固定式の装置だけを先行して発表したのだ。
 当然の事ながら、この全く新しい映像装置は世界中の話題となった。特にエンターテイメント産業や情報産業から受注が殺到し、日本のメーカーが得意のゲーム分野で圧倒的な需要を生み出すこととなったのである。他にもコンピュータ産業がこのまったく異なる表現方式を得た事を起爆剤にして、更なる発展を始め、第二のハイテクバブルが起こる気配さえ感じられていたほどだった。
 ただ、こうした最新の技術は同時に国家の安全保障にも関わりがあるため、当面は日本とアメリカ合衆国だけに限定されていた。このことで欧州諸国や東アジアの国からは強烈な抗議があったのだが、現実に日本やアメリカに対する反応やその利害関係を考えると、政治的な判断をせざるを得なかった、という側面は否めなかった。
 特に強力な情報表示機能は軍事情報システムとして用いた場合、極めて有効なものとなる。
 こうした情報も、日本の朝日新聞やTBSなど、左翼的なリベラル・メディアによっておかしな報道をされ、その技術的な優位性を他国に安売りされるような風潮を作り出される危険があった。それを避けるため、プロメテウスがその膨大な資本を投入して東京をキー局にする左翼的な放送局の一つを買収していたのだ。
 もちろん、彼ら自身が表に出ることは無く、有名な投資家を表に立てて買収劇を演じさせていた。当然の事ながらそうした動きに対して買収のターゲットになった放送局は熾烈な抵抗をした。いきなり30%を超える株式を買い取られたその放送局は、当然の事ながら既存の株主や企業などに救援を求めて奔走したのだが、新世代メディアである立体映像技術などの魔法技術を持つプロメテウス傘下の企業が極秘裏にそれらの株の売買契約を結んでいたのだ。
 また、その放送局の親会社である新聞社も大幅に株を買収され、徐々に身動きを封じられて行った。
 逆に救世主的に演出された他の資本家や企業に喜んで株を売り渡し、買収を仕掛けた投資家から逃れられる、と安心していたのだが、その実質的に経営権に影響が出るほどに株式を他の株主に売却したことが逆に、プロメテウスが背後で手を引いている投資家や企業株主に株を取得される、という結果になっていた。そして、それらの株が一瞬にしてその投資家に売却され、日本初のマスメディアに対するTOB(敵対的買収)が成立したのである。
 この事でマスコミは連日、パニックを起こしたように報道を繰り返していたのだが、暫くしてそれも沈静化していた。同時にプロメテウスは広告代理店に電通ではなく博報堂やADKという広告代理店を使っていた。これは電通だけが独り勝ちをして影響力を持ちすぎることを牽制する為であった。
 結果としてその莫大な資本と企業の経済活動をメディアを通じてうまく活用できるように体制を整えていったのだ。
 そして、メディアを用いた広報体制を整えると同時に他のメディアからのバッシングにも有効な対抗手段をとることが出来るようにして、魔法技術を応用した製品や産業技術を公開し始めたのだ。
 加えて、このタイミングに朝日新聞の従軍慰安婦問題に関する吉田作治の偽造記事に関する訂正記事を出さない疑惑や、昭和天皇や大日本帝国軍の戦争犯罪を糾弾しようとする団体が朝鮮総連の幹部、朝日新聞の記者と深い関連があること、また、その朝鮮総連の幹部が北朝鮮の政権幹部であることを暴露する記事が全国的に報道されていた。
 それは保守派の新聞のみならず、テレビ報道などを含めて徹底的に、執拗に報道を繰り返して、朝日新聞などの左翼系のメディアを完全に追い詰めていたのだ。他にも北朝鮮や中国共産党政府から資金供与を受けたり、抱きかかえられた政治家のリストやその癒着内容も暴露され、一大スキャンダルとして日本を揺さぶっていた。また、インターネットではその関連している人物のリストと詳細が公表され、政治家や官僚だけでなく、日教組の組合である教師や弁護士など、ありとあらゆる名前が流出していたのである。
 結果として左派系メディアや政治家、活動家も、その運動を完膚なきまでに封じ込められ、一気にこの新しい技術の日米だけによる独占やその軍事的な応用などが法制化されたのである。また、同時に行われた衆議院の解散・総選挙で共産党、社民党を始めとして旧社会党出身の議員や与党でも親中派の議員などが軒並み落選させられたのだった。
 これと同時に、これらの国々がいかに強烈な反日教育をしているのかを詳細に報道し、一気に日本人の間に、自分達の国を護る、という意識を植え付けることにも成功していた。
 また、極秘裏に原子力発電所などの重要拠点を防御する魔法結界装置を設置し、都市部などでも核ミサイルの攻撃さえも防御する強力な結界を張り巡らせたのである。最終的には日本全土を魔法結界で防御することが目標なのだが、流石に現時点では、そのような巨大な結界は彼らの手にも余っていた。
 他にも巡洋艦や護衛艦などにも魔法兵装や防御システムを搭載するための艤装工事も極秘裏に、しかし、休むことなく続けられていたのだ。
 しかし、プロメテウス達は政治的な意味ではなく、何よりも“夢魔”との戦いに総力を投入する必要があった。だからこそ、いわゆる保守勢力の中でも極右的な言動をする勢力が、排外主義的な行動をする事を苦々しく思いながらも、基盤を崩すような行動は取れずにいたのだ。
「その“夢魔”とやらは何なんだ?」
 紺野はジャズの流れる落ち着いた雰囲気のバーで、ウィザードと名乗った青年に再び質問をぶつけていた。
「知らない方が良いって、考えた事は無いのかい?」
 “シャドウ”と呼ばれた皮肉気な黒い服を着た少年が、少しだけ棘のある言葉で紺野にちくり、と切り返す。確かに、紺野自身もあの状況の後で、本当にあれが実際に起こったことなのか、自信が揺らいでいた。正直なところ、あのような怪物が存在していること事態、否定してしまいたい、という感情も紺野自身の心のどこかにあった。
 だが、あのおぞましい化け物を見た後では、どんな素っ頓狂な話を聞かされても聞き流すことなど出来そうになかった。いや、流石に紺野も、あの怪物が存在しない、ただの幻だと信じることはできなかったのだ。
 如何に現実離れしたものとはいえ、目の前に現れ、それに対して何かが起こっている、という事実から目を背けたくは無かった。
 それは、刑事としての矜持だったのかもしれない。
「・・・もしかしたら、それは他の、一般市民にとってはそうなのかもしれん。だが、俺は刑事だ。真実から目を背けたくない」
 一瞬の沈黙の後、ゆっくりと紺野は口を開いた。何も出来ないかもしれない。だが、それでも真実に近づきたかった。
 人間の、今までの科学では証明できない何かが存在する事を示すように、弘樹は一冊の古ぼけた羊皮紙の本を、不意に取り出した。袖やどこにも隠せない大きさの本だった。それが何も持っていない手に、突然、出現したのだ。
「夢魔が何なのか、それを本当の意味で知るものはいない。だが、奴等は、今までならば我々の伝説や空想の中にしか存在しなかったものだ。それが、具体的な存在として実体化したのだ」
 ウィザード―弘樹がそっけなく語った。
 実際に、日本の妖怪やUMAと呼ばれる未確認生物型の夢魔、悪魔のような姿の夢魔も極秘裏に活動するプロメテウスのメンバーによって確認されている。だが、イギュイームのような、それには分類されないタイプの夢魔も確認されていて、実際には夢魔とは何なのか、誰も知るものはいなかった。
「・・・全く、何と言っていいのか・・・」
 一人の人間として、そんなとんでもない存在の実在を信じたくない、という感情と、一人の刑事として真実を知りたいという欲望の狭間で、紺野の心は激しく揺れ動いていた。
 何度も否定したくなる気持ちを押さえ込み、そして何とか自分の考えを夢魔の存在を受け入れられるように修正していく。まさにコペルニクス的な考えのパラダイムシフトを経験していた。
 既存の科学技術体系とは異なる、異世界の法則をこの世界に持ち込み、現実化した彼らの能力と行動は驚嘆に値する。そして、この魔法技術が、人類が今、経験しつつある閉塞感を打破し、大きく飛躍する可能性を齎すであろう事は紺野にも想像できた。
 しかし、そのことで起こり得る混乱や摩擦を考えると、紺野はただ手放しで喜ぶことが出来ない。
 自分でも、自身が保守的な人間だと言う事はよく判っている。
 だからこそ、その彼らの独善的な暴走に対する忠告者として自分の考えを述べる事は悪くないとも思うのだ。
「貴方の心配は理解しているつもりです」
 弘樹は静かに語りかける。
「我々も、徒に混乱を起こしたくはありません。ですが、何かを変革するとき、人は大きな混乱を起こします。例えば、天動説が誤りで地動説が正しかったと人が理解したとき、そして、英国の産業革命が起こったとき。人は今いる社会を維持しながら、新しい世界を受け入れることはできません。IT革命でインターネットでこれほど多くの人間が情報を共有し、知識や意思の伝達が時空を超えて行われた世界と、その以前の世界では、まるで違ったもののはずです」
 紺野はその説明に確かに頷けるものがあることを感じていた。
 そして、彼らがこれほどの革命的な技術と知識を、混乱を引き起こさないように慎重に取り扱おうとしていることに、心の何処かで安心を覚えてもいた。
 弘樹達プロメテウスは、医療現場などに於いても、魔法による治療技術を紹介したのだが、最初は激しい反発があったのだ。しかし、既存の医療技術と補完しあう事はあっても対立する技術では無いと、辛抱強く説明し、そして最終的には今後、展開するであろう魔法医療技術の受け入れとその準備を整えてくれる確約を得ていた。
 所詮、魔法で行える治療は傷の回復や失われた機能の回復、魔法による強制的な健康体への回復、程度である。根本から病理を理解して、その対応を図るという意味では近代医学のそれとは方向性が異なる。だが、近代医学では、例えば手術をうけた後での回復に極めて大掛かりな手助けが必要だったり、大掛かりな設備が必要になる。それを治療・回復魔法で補佐することで、近代医学の効果を大幅に引き上げることが可能になるのだ。
 これは眞がファールヴァルト王国で実際に行っている統合治療の方法であり、技術レベルで言えばユーミーリアの中世ヨーロッパ程度しかない医療技術でありながら現代並みの手術の成功率や回復率の高さや、患者の死亡率の低さを実現している。
 静かな技術革命が、徐々に始まっている予感を紺野は感じていた。
 
 仮想立体映像技術による情報革命は大きな反響を呼んでいた。
 まず、東京の駅前や繁華街など、各地で3D画像による情報表示をおこない、企業は広告を立体動画で表示することを始めていた。
 また、インタラクティブな対話式、視聴者に対しての情報の整理などの画期的な情報提供方法が実現していた。この事は東京を近未来的な都市に変革し、次世代情報産業に対する日本のソフトパワーを大きく力づける土台を築き上げていたのだ。
 日本だけでなく、アメリカ合衆国でも、例えばニューヨークなどで最新の仮想立体映像技術を用いた広告や映像表示、また、ミュージカルやアート・パフォーマンスが始まっていた。他にもラスベガスでは莫大な予算を投入して大規模なエンターテイメント・プロジェクトを開始し、フロリダのディズニー・ワールドではリアルなファンタジー・ワールドを表現するために、これまた小さな国の国家予算並みの資本を投入して、他には真似の出来ないエンターテイメントを計画していた。
 こうした派手なニュースが世界を駆け巡り、大きな興奮を引き起こしている間に、日米の政府機関や防衛関連部署は着々とこれらの技術を用いた統合戦略システムを構築していたのだ。
 しかし、こうした高度な技術に対してイスラム過激派から、「このような虚像を弄ぶ技術は神に対する冒涜であり、極めて背徳的な悪である」と激しい反発を受けていた。そして、テロの予告さえ行われていたのだ。
 ニューヨークの同時多発テロの影響もあり、人々は強い懸念を持っていたが、それでも、使われ始めた素晴らしい技術を捨てることなど考えてもいなかったのだ。
 また、日本は水没寸前の沖ノ鳥島の領土権を確保するために、海面から上に出ている部分などに保護魔法をかけ、そして大地の精霊力と創造魔法の秘術を駆使して、徐々に沖ノ鳥島を拡大するプロジェクトを開始したのだ。
 結果、およそ一ヶ月で島の大きさは高さ十メートル、幅も五、六十メートルほどもある見事な島になった。また、その最中には大量の水蒸気を吹き上げたり、弘樹が古代語魔法の<溶岩噴出ブロウ・マグマ>の呪文を使って、自然の海底噴火現象であるように見せかけていた。流石に東京都知事は島が溶けてしまわないか、とはらはらしていたが、ゆっくりと、しかし、自然の造山現象としては想像も出来ないほどの速さで沖ノ鳥島が隆起していくのを見て、大歓声を上げていたのだ。
 中国政府は、日本が人工的な方法で沖ノ鳥島を隆起させた、この島に対する日本の領土権は無効である、と激しく反発したが、アメリカ合衆国も他の欧米諸国もその声を黙殺した。
 そして、これに対して中国は各地で反日デモを繰り広げ、それは日本企業や地元の日本料理店を襲撃するほど激しいものになっていた。そして、それが逆に中国の危険性やカントリー・リスク、不気味さを世界中に曝け出す結果になっていたのである。
 そもそも、中国は南沙諸島や台湾問題、チベットの占領などで国際的に厳しい視線を向けられていた上に、外国資本の企業に対する不透明な施策、不公正な規制などで、諸外国に疑念を抱かせていたこともある。また、日本は東南アジア諸国に対しても経済協力やEUに対しても東ヨーロッパに対する投資を拡大する事を持ちかけ、中国に対する包囲網を構築していたのだ。
 もともと、中国の恫喝にも近い外圧に対して、アジア各国は密かな反発を抱いていたため、中国からの日本非難決議に対して、完全に知らぬ存ぜぬでのらりくらり、としらばっくれていた。また、日本の財界からも、中国国内で激しく吹き荒れた反日デモに対して、インドネシアなどの国に対する投資先変更やアジア進出先の変更を勧める声が上がり出し、益々、中国に対する忌避感が日本国内に充満していったのである。
 そして沖ノ鳥島に対して巨大な海中展望台を構築し、また海上には遠洋漁業のためのステーションや港湾施設、灯台を建設していた。大型のヘリコプターも離発着できるヘリポートも建築し、一大海上開発拠点にするべく、大規模な工事が進められていた。
 さらに、この拠点の戦略的な地理状況からも、アメリカ合衆国海軍からも臨時の使用の申し出もあり、事実上、日本の領土として認められることが確定していたのだ。
 また、エネルギー資源として北海道の内陸部に巨大な油田を作り出していた。実際には原油を半永久的に生み出し続ける巨大な魔法装置を地中に埋め込んで、擬似的な油田に仕立て上げたのである。しかし、実際の採掘作業などは本物の採掘機材や企業によって行われ、プロメテウス達の資金源も兼ねた企業体を作り出していた。実際、無制限に原油を創造するシステムではなく、大気中の二酸化炭素や様々な資源を吸い込み、そして重油質の原油として変換するという機能のため、現時点での供給量は約400万バレル/日と、通常の油田で言えば世界で第五位程度の規模である。
 それでも、世界の石油資源は、急激に成長し、拡大している中国やインドなどの国が争うように買い漁っていたため、日本の資源戦略という意味でもきわめて重要な意味があった。実際にこの魔法装置による油田が完成すれば日本は自身で消費する原油を完全に自給して、かつ、その二倍近い量を輸出に回すことさえ可能になるのだ。日本が消費している石油は一日およそ550万~600万バレルであり、最大の生産能力は1500万バレルを超えるだけの設計をしていた。また、わざわざ重油質の原油を作り出すようにしたのは、欧米の石油メジャーは技術的に難しい重油質の原油の精製・加工を避ける傾向にあり、政治的な摩擦を避ける意味でもあった。(武田計測先端知財団2004年座談会
 実は日本でも石油は産出されている。量は年間で25万キロリットル(約157万2327バレル)と日本の総需要の僅か0.3%ほどだが、新潟県以北の日本海側や北海道(勇払平野)などで算出されている。また、日本書紀には、越後国より天智天皇に「燃える水(燃水)」が献上されたという記述がある。今日の新潟県胎内市より産したものであるとされ、自然に湧き出た原油は「臭水くそうず」と呼ばれていた。もっとも、この自然に湧き出た原油は農作物に被害を出したため、農民からは嫌われていたらしい。
 眞達プロメテウスはこの日本に僅かとはいえ石油が産出されている、という事実に着目したのだ。石油の専門家からは、日本の油田は日本海側にしか存在しない、とされていたのだが、実は太平洋側でも石油が産出されたことがある。静岡県榛原郡相良さがら町である。明治5年(1872年)2月、徳川家旗本村上正局まさちか海老江えびえで石油を発見したことから始まった日本唯一の太平洋側の油田は、次いで日本の石油王・石坂周造が翌年明治6年(1873年)5月、菅ヶ谷に開坑、採油が始まることとなる。しかし、約80年間の採掘事業の末、昭和30年頃、全ての石油事業は終了することとなった。(相良油田
 現在の技術では、基本的に石油は見当を付けてから実際に掘ってみて、そして探り当てる以外に方法は無い。しかし、プロメテウスは実際にはそれらしい場所の地下岩盤に直接、原油を湧き出させ、巨大油田を作り出したのだ。
 そもそも油田とは、地下で出来た石油が液体という特性から地上に向かって浸透してゆき、固いお椀を伏せたような型の岩盤があればそこに貯まるというプロセスを経て出来上がる。そして、日本は、火山国で地震が多いことため地殻変動が激しく、特に太平洋側ではこのような石油を貯めておく地質構造が少ないため採れないといわれている。だが、逆を言えば近くに堅牢な岩盤があれば、油田があってもおかしくは無い。あまり知られていないことだが、実は東京都の東部から千葉県の北半分にかけて地下に巨大な天然ガス田があり、実際に採掘もされているのだ。このことは逆に、条件さえ整えば日本でも十分に石油などの化石資源が採れることを意味する。そして、北海道の内陸部は比較的頑丈な岩盤が地下にある上に勇払平野からも僅かながら石油を生産していることもあり、「新しい採掘技術を試みた結果、今まで発見できなかった地下の巨大油田を掘り当てた」と主張できてしまう。そのため、わざわざ地下4000mも掘って油田を発見した、と主張したのだ。当然、問題になる鉱業権の問題は、そもそも官僚や政治家まで巻き込んだプロメテウスの側が企業を設立し、日本の石油会社と共同でビジネスを行うことで解決をしている。そもそも、実際に掘り当てたのが彼らである以上、鉱業権の取得には一切問題がなかった。
 また当然のことながら、現在採掘されている新潟県岩船沖や同じく新潟県長岡市にある南長岡油田、東新潟油田、秋田県にある由利原油田など既存の油田の埋蔵量を拡大し、さらには既に枯れたとされる新津市の金津かなづ地区の油田や前述の相良油田を再生させ、本格的な石油資源の供給体制を整えていた。
 新日本石油や帝国石油、国際石油開発、石油資源開発など、日本の石油開発会社は採掘工程に関する業務を拡大することが出来、また石油資源の安定供給を実現できることから、プロメテウスは日本国政府自体をも巻き込んで強力な組織基盤を整備することが出来たのだ。その上、石油などの資源は将来的に枯渇することはわかっている為、戦略的にも非常に重要な資源である。
 中国政府も日本国内で大型の油田を発見されて日本がほぼ石油の自給が可能になった、更には鉱物資源までも高いレベルで循環可能になり、なおかつ海底鉱山等からも採掘が可能になった、というニュースに仰天し、極秘裏に特使を訪日させてきたものの、1998年11月に行われた中国の江沢民主席(当時)の訪日で冷え込んだ日本政府の対中感情を覆すことは出来ずに徹底的に拒絶されて帰国する羽目になった。もっとも、それは日本政府内部に人脈を送り込み、また巨大な資源供給能力と資本力、魔法技術を産業界に提供するプロメテウスや更には彼らと共同して動く保守勢力などの意向を反映した結果であった。
 とはいえ、日本の経済界がこの新参者の企業に対して、最初は決して好意的な態度ではなかったのであるが、旧家を継ぐ立場である北条麗子の後ろ盾もあり、プロメテウス達は着々と基盤を構築していったのだ。
 そして、いつしか人々の間には魔法で作られた様々な技術や製品が広まっていったのである。
 それにつれて、いつの間にか、「これらの新しい技術は魔法による技術である」、とか、「新時代の技術は異星人によって与えられたのだ」、という噂が飛び交っていた。
 だが、それ以上に弘樹達は夢魔達の襲撃に神経を尖らせていた。
「奴等の狙いは何なんだ?」
 紺野の疑問は、ある意味では全員の疑問でもあった。
 執拗にチーマーの少年達を狙って、イギュイームは出没していたのだ。その為、少年達の精神状態は不安定になり、何事に対しても酷く怯えるようになってしまった。
 また、世界中に未知の生物が出没した、とのニュースが広まり、徐々に人々の間に不安が広がり始めていたのだ。
 そんな中で、プロメテウスは恵美達、自然崇拝者に接近していたのだ。
 
「盟約には従わなければいけませんな」
 感慨深げに体格の良い初老の男性が呟いた。
 男の名は岩原眞一郎、作家にして東京都知事を務める、日本の政界における保守派の代表とも言える政治家だった。
 つい先日、彼の目の前で水没寸前の沖ノ鳥島を立派な島にまで引き上げた若者達が座っていた。あの光景を思い出すだけで胸が熱くなってくる。
 あの日、彼は極秘裏に海上自衛隊のチャーターした調査船の司令室に座っていた。その目の前に設置された魔法装置による立体映像投影装置と数台のブラウン管モニター、様々な計測機械が僅かな異変を逃さないように計測を続けていた。
 その話を聞いたときは馬鹿馬鹿しい空想だと思っていた。
 今は満潮時に辛うじて1メートルほど海面に顔を覗かせるだけの小さな岩塊に過ぎない沖ノ鳥島を海上に引き上げ、十分に居住が可能なだけの大きさにする、という計画である。しかも、それを外部から埋め立てて島を大きくすると国際的な領土条約で領土と認められない可能性があるため、自然の造山運動を誘発して沖ノ鳥島を成長させる必要があるのだ。
 最初、岩原は「そんなことをして、失敗して、沖ノ鳥島がなくなってしまったらどうするんだ!」と激しく拒否反応を見せたのだが、弘樹が見せた魔法と“シーマン”滝本晃一の力を知り、元々の政治的な信条や信念もあり、日本の国力を向上させる一因になりえるこの途方も無い計画に協力する事を決意していた。彼自身も冲ノ鳥島を基地とした遠洋漁業の活性化を考えていた事もあり、今後のアイデアは幾らでもある。
 また、バイオテクノロジーを利用したと発表した元素変換システムを夢の島に設立し、レアメタルを中心とした絋物資源を大量に供給できる様にもしていた。
 当然の事ではあるが、産業の振興と発展には資源の安定供給が欠かせない。特に、半導体産業や燃料電池などで欠かすことの出来ない白金属類の貴金属は中国大陸に大きな鉱脈があり、政治的なリスクに直面している。また、タングステンは重要鉱物資源であり、また砲弾の破壊力を増大させる重金属であるが、これも、埋蔵量の約四割が朝鮮半島の、それも北朝鮮に分布しているとされている。
 このため、元素変換技術を用いて、白金属の貴金属類やタングステン、鉄などの鉱物資源なども完全に自給できるような体制を確立することに、プロメテウスの提供する魔法技術を最大限に活用しようと考えるのは、産業界にとって極自然な発想だったといえるだろう。逆にプロメテウスはこの資源提供能力を提示し、日本でも油田を創造したという実績から、莫大な資本と政治的な力を手に入れていたのである。
 そして、その資本と技術を駆使して、沖ノ鳥島を大きく引き上げようという計画を岩原都知事と自民党の保守派代議士に持ちかけたのである。
 
「“シーマン”、各機器の状態はどうだ?」
 弘樹が晃一に計測機器と魔法装置の状態を尋ねる。
 沖ノ鳥島は水深2mほどの浅い環礁の中にある島だが、その環礁の外はいきなり水深200mもの深さになっている。日本の一番南に位置する島(N:北緯20度25分 E:東経136度05分)であり、東京から南南東に約1,700km離れたところにある小島である。台湾よりも、ハワイのホノルルよりも南にあたる熱帯なのだが、周囲何百キロも島のない絶海の孤島であった。
 島といいながら、実際は広い環礁の中に北露岩、南露岩という高さ1m弱の岩が二つあるだけである。この岩が風化したり波の下にもぐってしまうと、日本の排他的経済水域40万平方km分を失ってしまうことになるのだ。日本の国土面積が約38万平方kmであることから、いかに大きなものか判るだろう。
 中国共産党政府がこの島を「ただの岩であり、島とは認められない」と言い張るのは、日本の国土面積以上の排他的経済水域を失わせ、日本の海洋経済力や領海を制限しようとする意図が見え隠れする政治的な発言である。また、中国は南西諸島を「第一列島線」、小笠原諸島からマリアナ諸島、グアム、パラオを結ぶ線を「第二列島線」として、自国の防衛網に組み入れている。この両列島線のほぼ中間に位置するのが沖ノ鳥島であり、この周辺の広大な海域が確保されていないと、軍事行動に大きな支障をきたすため、近年になってこのような主張を行っていると考えられている。
 このため、岩原東京都知事や保守派の政治家にとって、プロメテウスの申し出は渡りに船でもあった。もともと、プロメテウスの創始者である緒方眞は、自民党のナンバー3と言われた緒方麟太郎の孫息子であり、父方も旧宮家でもある出身の、直系男子であるため、実のところ、眞自身にも皇家の直系男子の血が流れている。
 この血筋の政治的な意味は日本の保守勢力の間では隠然たる意味を持っているのだ。逆に眞の直接の説得と根回しが無かったなら、たとえ莫大な資本を持っていたところで、これほどまで密接に政治家や旧家の勢力と協力関係を築く事は不可能に近かっただろう。そして、特に弘樹は眞の全権代理としてプロメテウスを代表して、これらの日本の中枢勢力と向かい合っているのだ。
 元々、天皇家の血統を維持し、そして万世一系の世襲を維持するための安全装置として設立された宮家も、昭和22年、GHQの指示で皇室財産の凍結、皇族の財産に関する特権の停止などが矢継ぎ早に打ち出され、最終的に11宮家全てが皇籍離脱が実施された。
 現在、男子皇族は、昭和40年(1965年)の文仁親王以来、誕生しておらず、また、皇室典範9条では、天皇及び皇族の養子は禁止されており、12条により、女子皇族による宮家の創設も認められていない。
 そのことからも、皇族の血統を継ぐものとして、眞の発言力は意外なほどの強大なものがあるのだ。もっとも、これは保守派の政治家や旧華族にとっても皇籍離脱を強要された宮家の皇籍復帰をも睨んだ思惑とも絡んでいた複雑な事情がある。
 ともあれ、眞がこれほどの血筋に生まれていなければ、如何に古代語魔術を現世界にもたらしたとしても、既得権益を失う事を恐れる勢力や宗教的過激思想に囚われた人間によって命を狙われた危険が高かった。それを巧みに回避することが出来たのは、幼い頃から深い権力闘争の闇を見、そして一度ならず修羅場を生き延びてきた、という彼自身の経験があったからである。
 岩原は魔法装置を通して行った眞との会見で、この少年を初めて知ったときの衝撃を思い出していた。あの時、眞はコスタリカの左翼ゲリラ襲撃事件から奇跡的な生還を遂げた直後だった。
 心を閉ざしてしまったかのような少年が、しかし、普通なら精神に異常をきたしかねないような状況を潜り抜けて、そして岩原の眼をしっかりと見つめ返してきた。その美しい蒼と紫の瞳の奥にまだ、力強い輝きを宿していることを知り、岩原はこの少年がただの子供で無い事を思い知らされていた。
 その少年に、文字通り世界を変える可能性のある力を導き出された若者達が日本を変えるために協力をしてくれているのだ。既に何人かの若者たちは、眞が身に付けた異世界の魔術さえ使いこなせる。
 水の中で信じがたい力を発揮する能力を持つもう一人の少年は今、水深200m以上という想像を絶する深度で沖ノ鳥島を隆起させることの出来る魔法装置を設置していた。
 その様子を立体魔法映像装置で見ながら、岩原と数人の政治家達は固唾を飲んで見守っていた。
 岩原達が乗り込んだこの調査潜水艦自体も、魔法技術によって建造されたものであり、想像を絶する性能を持っている。魔法動力によりディーゼルエンジンでは得られない無限に等しい潜航時間を得られる上に、付与魔術で強化された装甲は核爆弾の直撃でさえ破壊する事は出来ない。また、最大潜航速度は130ノット(約240km/h)という信じがたい速度で、しかもほぼ完全な無音状態で稼動することが出来る。水の精霊力を操る魔法装置さえ内蔵しているため、水流を乱すことも無く行動が可能なのだ。他にも、魔法を用いた量子レーダーシステムを内蔵し、立体映像で敵艦や海底地形、海流など、あらゆる情報を立体画像で、しかもリアルタイムに表示できる。当然ながらこれらの情報はイージス艦などの各部隊と共有が可能である。
 武装も、魔法兵装以外に水中/空中稼動可能な遠隔操作型パペット・ゴーレムであるアーマ・フレームを搭載しているため、作戦行動能力も今までの潜水艦の常識を凌駕していた。
 プロメテウスの協力もありながら、僅か一年、という信じがたい速度で建造を可能にした三菱重工の技術者達は、すでに魔法技術の真の価値に気付き始めていたのだ。それが為に、そのノウハウや技術、知識などを蓄積させて、魔法工業技術を確立させようとしていた。
『“ウィザード”、こちらの準備はほとんど完了した。あとは予定通りに各装置を起動して、沖ノ鳥島を隆起させるだけだ』
 余裕のある声で晃一が答えを返してきた。海中ではあるが、彼は陸上にいるのと同じか、それ以上に自由に行動が出来る。深度200m以上という凄まじい水圧さえ、“シーマン”である彼にとっては何も無いのと同じだった。
「了解。カウントダウンを開始する」
『了解した』
 ある意味では淡々とした会話を聞きながら、岩原達はぞくぞくする興奮を覚えていた。
 子供の頃に感じていた未知の技術に対する興奮と興味だろうか。政治的な事を忘れて、純粋にこの信じがたい計画に歳を忘れて食い入るようにモニターを見ていた。
「・・・サン・・・ニ・・・イチ・・・開始!」
 作業責任者である技術者の声で、この作業は開始された。
 魔法潜水艦“きりかぜ”の魔法モニターの一つに強大な魔力が沖ノ鳥島を含む岩礁をすべて包み込む光景が、擬似立体映像として映し出される。そして、もう一つのモニターには、この近隣海底の地下深くに巨大な大地の精霊力が集約されていくのが、同じような擬似立体画像で映し出され、同時に別の計測装置に微弱な地震が記録され始めた。
 東京の地下に建造された魔力の塔から供給される膨大な魔力がなければ、こんな馬鹿馬鹿しい規模の魔法儀式など不可能だっただろう。
 弘樹が<溶岩噴出ブロウ・マグマ>の呪文の力を付与した魔法の水晶が次々にその魔力を発動し、マグマを噴出させ始めた。その光景を、ビデオで捉えれば、通常の海底火山の活動だと疑うものはいない。その為に、わざわざ魔法装置を用いて数ヶ月前から海底地震を引き起こし、予兆だと見せていたのだ。
 魔法装置の出力が高まり、そして、『きりしま』の船体がぐらぐら、と揺れる。巨大な海底地震を発生させたのだ。設定ではマグニチュード8.6という、文字通りの大地震といえるほどの地震だった。当然のことだが、この揺れは本土の地震計でも計測されているはずだ。
 中国政府は、この地震で僅かに海面に出た岩が完全に海中に没する事を予測してほくそ笑んでいるだろう。だが、実際にはこの地震は完全に魔法装置で制御された地震であり、地底から岩盤もろとも隆起させた沖ノ鳥島は巨大な、文字通りの島として海上に浮上する事になる。あとは灯台を建設して遠洋漁業用のステーションなどを建設してしまえば、もはや中国が何を言おうが国際社会は耳を傾けることさえしないだろう。
『きりしま』に乗る者達の目の前で、信じがたい速度で沖ノ鳥島は上に向かって突き上げられるように隆起していった。
 実際、地震で山が数メートル、場合によっては5、6メートルも隆起する事は珍しいことでは無い。空中から見た映像が魔法モニターに映し出され、すでに二つの岩塊以外の部分が浮かび上がり、巨大な島が徐々に海中からせり出してきているのが乗組員全員の目に見えていた。
「・・・やった、やったぞっ!!!!!」
 岩原や議員達が感極まった声で叫んでいた。
 この信じがたい光景が夢で無いように、と彼らは心の底から願っていた。
 
 
 

第四章 新世界~ The New World ~
No.2

 
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