~ 4 ~

 紺野は若い男と共にジャズの流れるバーで話をしていた。
「紺野さんは、この日本をどう思いますか?」
 再び男は紺野に問いかけてくる。
 この一日、彼らは様々な場所を見て、話し合っていた。
 そして、紺野は日本が如何に、未だ、戦後の亡霊に呪縛されているのかをも知らされていた。また、日本の政界やジャーナリスト界で帰化した在日外国人が様々な活動をしている実態を知り、ぞっとしたのも事実である。
 特に、日本のリベラル系の政党のトップは帰化した在日韓国人や在日朝鮮人が何人もいる。
 社民党の前党首も帰化した在日朝鮮人という噂もあり、また、ある政党を裏で操っている宗教団体の会長も帰化した在日との情報もあった。他にも社民党の福島瑞穂代議士は1999年6月8日の参議院法務委員会(第145回15号)で、1999年5月22日、参加者約320人中過激派約120人、うち中核派70人の「組織的犯罪対策立法に反対する全国ネットワーク」全国集会に保坂展人代議士(社民党)とともに参加したことが明らかにされた。(参議院会議録情報 第145回国会 法務委員会 第15号
 ある宗教団体が支持母体になっている政党が執拗に制定しようとしている外国人参政権の問題に関しても、その宗教団体の構成員や幹部に在日朝鮮人や在日韓国人、日本人に帰化した元在日が多いため、そうした勢力の影響があることは容易に推測できるだろう。
 北朝鮮による日本人拉致問題に関しても、社会党(当時)や社民党(現在)は長年に渡り「拉致問題は日本の公安当局によるでっち上げ」という見解をウェブサイト上に公開していた上に、未だに公式にその件に関しては釈明を行っていない。そもそも、その社民党(旧社会党)は北朝鮮労働党と友党関係を持っていた上に、社会主義を標榜するその思想の関係上、どうしても体制に対する反発と不信感、現在の社会に対する革命思想を捨てきれない。それが北朝鮮に対する異常な傾倒と、その擁護に走ったのは、イデオロギーと思想が全てに優先する社会主義や共産主義の持つ習性ともいえるだろう。
 つい近年まで、いわゆる“リベラルな意見”に反する意見を発言しようものなら、社会から抹殺されるほどの扱いを受けていたのが、インターネットの発達により、国民自身が相互に情報を発信しあい、また共有することで、そうしたマスメディアの思想弾圧に対抗する手段を得、またマスメディアに対する強烈な一般市民からの圧力が加えられるようになってきたのだ。
 だが、“右派”と呼ばれていた産経新聞が、北朝鮮による日本人拉致疑惑を追及し続け、ついにそれが真実だと金正日総書記自身が認めるに至り、日本国内での朝日新聞など、リベラル派のメディアはその立場や主張に大きなダメージを受ける事になった。
 特に朝日新聞は「北朝鮮、地上の楽園」キャンペーンを張り、多くの日本人が北朝鮮に渡航する現況を作ったという問題に対して、未だに何も言っていない。
 また従軍慰安婦問題に関しても、1991年から朝日新聞は従軍慰安婦問題に関するキャンペーンを始め、その問題を焚き付けたにも関わらず、その根拠となった吉田清治という人物の書いた『私の戦争犯罪――朝鮮人強制行』(一九八三年、三一書房刊)という本なのだが、これが全くの偽証であったにも関わらず、朝日新聞は未だにこの大誤報についてただの一行の訂正記事も 読者への謝罪も行っていないのだ。つまり、朝日新聞という新聞自体が「反体制」ありきという出発点があるため、その大元が誤りであろうが何であろうが、一切関係なく、政権批判とその権威の失墜を達成できればよい、と考えているのだろう。
 初めの証言者となった金学順という朝鮮人慰安婦は日本軍に強制連行されたと報ぜられたのだが、本人が日本に来て証言したところによれば、14歳の時、家が貧しかったのでキーセンハウスに売られ、17歳になったとき、キーセンハウスの経営者である義父に日本軍の慰安所につれて行かれたことが分かったのだ。しかし朝日新聞はこれについての訂正記事を出していない。
 実際、1992年11月に「従軍慰安婦資料集(中央大学教授 吉見義明編)」が刊行されたのだが、その中に「強制連行」を示す資料は一つも無かったのである。また、1997年1月3日の「朝まで生テレビ」に出演した吉見義明教授は、「植民地での奴隷狩り的強制連行は確認されていない」ことと、および「挺身隊が慰安婦にさせられた例も確認されていない」ことを認め、これは日本政府の5年前に調査した公式発表と一致するものなのだ。
ETV2001「女性国際戦犯法廷」についての朝日新聞虚偽捏造記事を論破する(法学士グレアム グリーン(投稿))」によれば、いわゆる「慰安婦問題」に関しては、公文書の調査の結果では何ら日本軍による強制的連行が実行された確証が見出されていない。単なる商行為であった事を強制連行などと捏造したのは朝日新聞の責任である。
 韓国のソウル大学の安垂直教授は、彼がコンタクト出来た40人以上の女性の証言を検討した所、半数以上の証言は矛盾していたり、時代背景と違っていたり、事実を歪められていたと報告している。彼はそのうち19人の証言をまとめて発表しているが、その内日本軍に強制されて慰安婦にさせられたと言っているのは、僅か4人に過ぎないのだ。
 こうした証拠、証言などが揃っているにも拘らず、平成5年8月4日に河野官房長官(当時)は日本軍が強制的に慰安婦を集めた事を認める、いわゆる河野談話を発表した。
 また、この河野談話の判断の過程について、当時、内閣官房副長官だった石原信雄氏は、「強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したがそれもどうしてもなかった。結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦十六名の証言が決め手になった。彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという韓国側の強い要請に応えて、納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた。」と述べている。(「文塾春秋」平成9年4月、櫻井よしこ「密約外交の代償」
 更には平林博氏(当時、内閣外政審議室長)は、「(元慰安婦の)証言を得た上で、箇々の裏付け調査をしたことはない。事前に当方の意図するところを(韓国へ)通報した(打ち合わせした)ということが直前にあったと聞いている。(慰安婦)の募集段階で、官憲などが直接かかわることは無かった。軍や警察の服装に似た人がいたことから、慰安婦が政府の関与と受け取った場合があるかもしれない。」と桜井よしこ氏とのインタビューで答えている。つまり、日本の名誉と国益が関わる外部に対する公式な表明を作成する際に、証拠や証拠の検証を全く行わずにいたのだ。
 しかし、前述のソウル大学の安秉直教授の調査でもわかるとおり、韓国側の調査でさえ強制連行を行った、という証拠が無いにも拘らず、日本政府はこの問題について日本の伝統的な手法と「NO」と言えない性格により、「政治的」に丸く収めようとし、恥ずべき河野声明を出したのだが、それはこれに関して反論した場合、朝日新聞などの進歩的なメディアがどのような行動を取るか判っていた為にあえて、何も言わずにお茶を濁したような対応をしたためだろう。
 結果として左翼新聞の朝日新聞は事態を悪化させる重要な役割を果たしたのだ。というのも、彼女らの最初の証言である「娼婦として売られた」といった、極めて重要な証言を報道しなかったためである。
 それが後々にまで禍根を残し、これ程までに大きな問題になったにも拘らず、謝罪も訂正もしていない朝日新聞の報道姿勢が日本の国民に強烈な反発を生み出しつつあるのだ。
 もちろん、紺野自身も刑事として不法滞在外国人による犯罪という現実と向かい合う立場であり、心の何処かで諸外国、特に中国と韓国に何も言わずに甘い顔だけ見せ続けているように見える政府や外務省に対して心の中に燻っている感情はあった。
 左翼的な報道が多いニュースや新聞などのメディアの欺瞞や虚構が暴かれたことで、日本人自身が大きく変わる、いや、覚醒しようとしていることは自覚している。だからこそ、行過ぎたナショナリズムや排外主義などが台頭しないように紺野達は気を引き締めてもいたのだ。
「何も、我々は日本が再び軍国主義になるべきだ、などとは考えていませんよ。ただ、このまま言われない事を何時までも許容する気も無い、という事です」
 男は静かに言葉を紡いだ。
 台湾問題は決して台湾と中国だけの問題ではない。日本が貿易国であり海洋国家である事を考えた場合、台湾海峡のシーレーンの問題は無視することはできないのだ。そして、台湾は日本と隣り合わせでありながら親日的な存在だ。ニュースでは「アジア=中国と韓国、北朝鮮」のような報道をするが、現実には第二次世界大戦中の日本の行為に対してはもう何もいう必要が無い、既に終了している、という認識の国家の方が多いのだ。
 靖国神社に対しても、実のところ、昭和36年にアルゼンチン大統領によって戦後初の外国元首公式参拝がなされ、昭和38年には仏海軍連取艦隊の艦長以下乗組員が戦後始めて外国軍隊として特別参拝したのを始め、中華民国、ビルマ(現ミャンマー)、トルコ、タイ、ベトナムなどの政府高官の公式参拝、アメリカ、イタリア、ペルー、チリ、ブラジル、インドネシアなどの国々の軍隊の特別参拝も行なわれている(参考:SAPIO [3月9日号、2005年]、P32)。ロシアのエリツィン元大統領(平成2年1月)、さらには大韓民国大使館付武官の柳海軍大佐、徐陸軍大佐さえも参拝しているのだ。
 これと比較して、中華人民共和国の要人は一人たりとも参拝していない。
 靖国神社に参拝することがアジアの人民の心を傷つける、という理屈が中国以外には通用しない、という具体的な例になるだろう。
 逆に、国家と他宗教の関わりについては比較的緩やかな分離が認められるのに、神道とのかかわりは一切禁止するという司法のやり方は「逆差別」であると言えるのではないだろうか。実際、政教一致の反省から政教分離が規定されている欧米各国において、過去に対する“反省”からカトリックに対してのみ厳しく接しているような事例は一切見られないのである。
 また、信教の自由を侵害した、という理由で訴える人間がいるのだが、彼らの信教の自由がどのように侵害されたのか、という具体的理由を挙げたことが無い上に、総理大臣や政治家自身の持つ「靖国神社に参拝する」という“信教の自由”を逆に侵害していると言えないだろうか。政教分離の原則に反する、という理屈も、本来の「政教分離の原則」を曲解しているとしかいえないような、いわば屁理屈である。本来、政教一致の国家、例えばイスラム法がそのまま国家の法律となっているアラブ国家に対し、日本や欧米諸国は国家が特定の宗教を国教として制定しているわけでもなく、宗教の教義がその法律となっているわけでもない。政教分離の原則で言うならば、お盆休みがなぜ政教分離の原則に違反しないのか、という申し立ても行われていない。
 政治家や天皇陛下による伊勢神宮の参拝やその他の神社、寺院に対する参拝や訪問が問題にならず、靖国神社に対してのみ問題を提起するのはダブル・スタンダートだろう。
 紺野も、確かに男の考えに納得できる部分がある。
 だが、いきなり日本が完全に独自で動けるようになっても良いのか、と慎重にならざるを得ない。
 そして、目の前の男が決して全てを語っていない、と直感で感じていたこともある。
「確かに俺も、今のままで居ることが正常なことだとは思っていない。政治家や外務省が不甲斐なく思えることもあるし、一部の人間が極端な考えを持っていることにも苛立ちを覚えないわけじゃない。だが、何故、今なんだ?」
 男は紺野の言葉に、にっと微笑んだ。
「ではお聞きします。何故、今ではいけないのでしょう?」
 その言葉に紺野は言葉が詰まった。
 確かに、“今”でなければ、これほどまでに日本人の間に愛国心や国家意識が持ち上がることも無かっただろう。
 インターネットという広大な情報空間を一人一人の人間が共有する、という人類が未だかつて経験した事の無い時代になったからこそ、メディアによる情報の一方的な提供、ある意味ではメディアによる情報操作という状況から解放される事になったのだろう。
 それを考えると紺野はぞっとした。もし、未だ、インターネットが無く、日本人が全て、ニュースや新聞などのメディアによる情報に依存していたなら・・・
 そうした情報の開示と共有、国民自身によるメディアの検証が始まり、その歪んだ思想や実体が明らかになったからこそ、今、日本という国自身がバランスを取り戻そうともがいているのだろう。
「今日は良い時間を過ごせました。また機会を改めてお会いしたいものですね」
 そう言いながら男が席を立った。
 紺野は何もいえないまま、去っていく男を見るだけだった。
 彼の心の中では、何時までも男の言葉が響いていた。
『紺野さんは、この日本をどう思いますか?』
 
 巨大な魔法装置がヴゥゥゥン、と低い音を立てて強力な魔力を紡ぎ出していた。東京の地下にあるジオフロントに建造された魔法産業特別研究機構の発電プラントである。この極秘の実験施設では、魔法を応用した産業や実用技術の開発が進められていた。
 眞達が異世界フォーセリアで編み出した魔法工学技術は、文字通り、世界を変える可能性を秘めているのだ。
 電力や物資のテレポート転送技術は、人や物質の移動や運送の概念を変えてしまうだろう。重カ制御の技術は、産業において新素材の生成に極めて重要な役割を果たすだけでなく、宇宙開発や生活スタイルの転換さえも促すと考えられていた。実際、国際宇宙ステーションへの物資や人員の転送、ステーション内での人工重力の発生など、この技術の応用価値は計り知れなかった。
 その為、ハイペ一スでその基楚研究が進められている。
 そのような忙がしい中、突然、情報本部零班から挙げられた情報にプロメテウスのメンバーは緊張と警戒を隠せずにいた。
 それは、未確認のヒューマノイドが出没し始めた、というものだった。自然崇拝者達が生活を始めた奥多摩の森に、ゴブリンと思われる小型のヒューマノイドの死体が何体も発見されたのである。
「あの自然祟拝者のグループか・・・」
 弘樹は少し考えながら呟いた。
 いずれにしても、あのグループとは何らかの形で接触を持つ必要があったのだ。彼らの中には精霊魔法の使い手が何人もいる。放っておける存在では無かった。精霊魔法は古代語魔法とは違い、魔法の工芸品を作り出す事はできないが、それでも彼らを無防備なまま,放置しておく事も出来ない。
 世界は大きく変わり始めていた。
 
『一体、この不気味な生物は何なのでしょうか!?』
 男にしては妙に甲高いアナウンサーの声がテレビから響き渡っていた。
 地元の消防団が発見した、という怪生物の死体が映し出されるのを見ながら、弘樹は無表情にコーヒーを一口、こくり、と飲み込む。
 どう見ても、ゴブリンの死体だった。
 弘樹自身も実際にゴブリンを見たことは無い。だが、眞から送られてきた博物誌にこのフォーセリアの妖魔のことがかなり詳しく載っていたのだ。
 別に日本だけではない。世界中でこのような奇怪な生物が目撃されているのだ。
 眞の説明によると、彼らがフォーセリアに転送されるきっかけとなった魔法装置の暴走事故の影響で、世界を隔てる障壁に亀裂が発生し、結果として世界をすり抜けるようなことが起こりえるようになってしまったらしい。
 そして、その亀裂が多数のフォーセリアの世界の生物を飲み込んで、ユーミーリア世界にフォーセリアの生物を送り込むこととなってしまったのだ。結果として様々な怪生物や未確認生物が世界中で目撃されることとなった。それどころか、異世界との接触で、今までは空想の産物でしかなかったユーミーリアの伝説上の生物や魔物、妖怪や妖精なども実体を持ち始めているらしい。
 だが、世界を隔てる壁は、その弾性により徐々に修復され、今では再びほぼ完全なまでに塞がってしまったのだという。しかし、その実体を持ってしまった幻想の存在たちは消えることなく、この世界にとどまっていたのである。
 そしてまた、眞は魔法装置をユーミーリア世界に転送し、設置する事に成功していた。
 限定的ながらも次元転移を行う魔法装置である。
 体積で1立方メートル程度の物体に限定されるが、ユーミーリア-フォーセリア間で物資の送受信が可能になる魔法装置だった。ただ、生物の転送は安全性が確認されていないため、当面は非生物の物資だけをやり取りする事になっていた。
 眞の研究によれば、物質を転送することが可能であれば原則的に生物の転送も不可能では無いらしい。ただ、生命の持つ“魂”というものが全く別の世界を跨って移動したときに受ける影響がわからないため、慎重に情報を集めなければならないのだ。
 ある意味で古代語魔法の知識と技術で得られた革命的な命題の一つに、人間を含む存在の魂の研究手段が得られた事だろう。かつてはエジソンさえも霊界通信装置なるものを考案して研究しようとした、人類が未だ手掛かりさえ得られていなかった未開の荒野なのだ。
 古代語魔法には死霊魔術、という分野がある。
 これは不死生物を研究し、自らが不死の王になるための魔術であり、この研究は存在的に生物の魂を不死の生命力により改造することを、その手段としている。つまり、この不死の魔術の研究は人の魂の研究にも繋がるのだ。他にも創造魔術などにも生命の謎を研究する分野があり、これによりアストラル科学という独自の科学体系さえ生み出されつつあった。
 また、膨大な創造魔術の知識が齎された結果、日本におけるバイオ工学の発展はすでに現在の人類の水準を凌駕している。
 ただ、魔法と生命工学の関連に関しては、公開を慎重に行わなくてはならない。特にキリスト教は魔法、という言葉だけで悪魔の力と技である、と考えるだろう。その魔法を生命工学に応用した、というなら、宗教原理主義的な者達の格好の目標になる危険性が高い。
 むしろ、アジア諸国や中南米諸国などは魔術的な概念を受け入れやすいかもしれない。その上で古代語魔法により技術を量子力学などのような斬新な技術として既成事実を作ってしまうのだ。
 そもそも、量子力学にはれっきとした科学用語として「量子テレポーテーション」や「多宇宙解釈」などという、今までの科学では受け入れるのが難しかったであろう用語まで用いられている。それどころか、「得体の知れない遠隔作用」などという言葉は、量子物理学を研究する科学者達の間で用いられているれっきとした科学用語である。そうした概念や理論を拒絶する人間もいない訳ではないが、現実のものとして量子工学に基づく技術が着々と開発され、実用化されつつある以上、量子力学の確からしさは極めて高い。
 眞やプロメテウス達はこのように、現実に物を作り出し、そして実現させて既成事実として広めてしまう事を考えていた。そして、マスコミが馬鹿騒ぎをする事を防ぐために、メディアをさっさと手に入れてしまう事にしたのだ。
 メディアを活用すれば自分達の主張を効果的に行える。
 その為に、揺ぎ無い基盤を確立する必要があるのだ。
 そんな中で未知のヒューマノイドが現れた、というのはある意味では有り難いことであった。世間の目が実際の存在である未知の怪物に向けられ、そして自分達が未だ知らない存在がいた、という意識は“魔法”という全く違う技術・知識体系の存在に対して大きな説得力を与える事になる。
 それが日本だけでなく世界中で発生している「未確認生命体遭遇事件」が今までの常識を揺るがして、世界中にこれが日本だけの特殊な事件では無い、という認識を暗黙の内に広めていた。特にゴブリンなどの妖魔はかなりの数で繁殖を始めている、と眞から意見が出されたとき、日本の官僚たちは非常な驚きと動揺を隠せなかった。
 また、膨大な数の妖精や妖魔がユーミーリア世界に現れただけでなく、フォーセリアにさえいなかった幻想動物や妖怪、怪物が実体化してしまったため、その対応が急がれていたのである。だが、今は警察の中でも極一部の人材を、これらの特殊事件対応班として訓練を急いでいる段階だった。
 しかし、現実に被害が出てしまったのだ。
 そして今、新たな犠牲者が生まれようとしていた。
 
「あの紺野さんって、なんか他の大人と違うよな」
 一人の少年が嬉しげに呟いた。
 紺野が話を聞いた少年達だった。
 彼らは紺野の真摯な眼差しに何故か、自分達を理解してくれる存在だという想いを抱いていた。実際、彼は少年達の話を真剣に聞いてくれ、そして対等に向き合おうとしてくれていた。
 そんな少年の言葉に、紺野は少しだけくすぐったいような戸惑いと嬉しさを覚えてしまう。このまま彼らが今の想いを満たされて、真っ直ぐに生きて行って欲しい。そう紺野は真剣に願っていた。
 だが、不意に少年達が立ち止まった。
「どうした?」
 紺野はそう口にしながら、反射的に懐に手を入れていた。それは、彼の視界に人影を見出したからだった。
「あ・・・ああ・・・あ、あいつだ・・・」
 一人の少年が恐慌をきたしたような声で辛うじて言葉を紡ぐ。
 震える指で指し示す、その若い男の姿は、余りにも異質だった。
 まだ少年とも言えるような年齢だろうか、全身を黒い服で包み、この夜の暗闇の中でサングラスをかけている。ぞっとするような冷気を身に纏うような、凄まじい威圧感を放っていた。
 刑事として数々の修羅場をくぐってきた紺野でさえ圧倒されるほどの“気”に、紺野の本能が告げていた。
 
 こいつがチーマー狩りの張本人だ・・・
 
 見たところ、何の武器も持っていない。
 だが、紺野が取り出した銃を見ても、まるで紺野が丸腰でいるように平然としていた。
「刑事さん、あんたには用が無いんだ」
 黒ずくめの少年は一歩、すっと足を踏み出した。
「動くな!」
 紺野は拳銃を取り出し、その銃口を少年に向ける。ちらり、と週刊誌に馬鹿馬鹿しい見出しが並ぶ様子が想像できたが、今はそんな事を言っていられるような状況では無い。目の前の少年の持つ威圧感は異常なほど凄まじい。
(何なんだ、この男・・・)
 全身に冷たい汗が滲んでくる。
「もう一度言うよ。あんたには用がない。どいていた方が身の為だぜ」
「こ、紺野さん・・・こいつだよ・・・ヨージ達を殺ったの・・・」
 少年の声に、紺野は妙に納得するのを感じていた。とにかく、こいつは尋常じゃない。
 少しだけ苛々したような声が響く。
「時間が無いんだ。そいつらを殺されたくないなら、さっさとすっこんでろよ・・・」
 殺されたくないなら・・・・・・・・・・・・?
 一体どういう意味だ。この目の前の少年の方こそ、チーマー少年達を殺したがっているのでは無いのか?
 少年の放つ気が鋭さを増した。だが、紺野にはその殺気が彼らではない何者かに対して向けられているように感じられた。
 どのように言えばいいのか、目の前の少年の殺気が向けられている焦点が、彼らではない何者かに向かっているような感じなのだ。
「・・・気を付けろ。近づいてくる」
 まったく、面倒な事になっちまった・・・、と少年がぼそり、と呟く。
 何故か、急激に気温が低下していた。それどころか、吐く息が白くなって、真夏のはずなのに、真冬のような寒さになっている。いや、街灯や道路の壁などが霜付いてさえいたのだ。
「馬鹿な・・・」
 思わず紺野は驚愕の声を上げていた。
 そして、紺野の目に信じられないものが映った。
 影だった。
 いや、影のような何か、だった。
 それは黒いローブのような姿をしていた。そのローブの裾からは、人の手の倍以上はあろうかという巨大な手が覗いていたが、おぞましい事に、その“手”は骨だった。足は無く、ふわふわと宙に浮かんでいる。
「あ・・・ああ・・・」
 少年達はそのおぞましい存在に、何も言えずにぱくぱく、と口を動かしながら完全に硬直してしまっていた。
 その少年の一人、アキラと呼ばれた少年に、『影』は滑るように動き、手を伸ばしていく。
 信じられないほどの早さだった。
 だが、その影の人外の動きに、黒装束の少年は反応していた。
「阿呆がっ!、動けっ!」
 少年が毒づきながら、閃光のように動く。厳しい格闘術の訓練を受けた紺野でさえ信じられないほどの動きだった。
 その手には、いつの間にか巨大な黒い剣が握られていた。その大剣が黒い稲妻のように振りぬかれる。
 その正確無比な一撃は影の伸ばされた手を、一撃で斬り飛ばしていた。
「刑事さん、こいつらが逃げ出さないように見ててくれ。分散されると俺でも対応しきれない」
 おぞましい魔物と対峙している事を何も気に留めていないように、平然と紺野に話しかけてくる黒装束の少年に、紺野は慄然としながらも自分が護るべき少年達を必死に落ち着かせようとする。
「君達、俺から離れるな!」
 そのまま少年達を自分の背後に庇うように魔物に向かい、拳銃を構えた。
「おいおい、そんなものがこいつに通用すると思ってんのか?」
 小馬鹿にしたような口調で、黒装束の少年が紺野に話しかける。確かに、目の前の怪物に38口径のニューナンブが通用するかどうか判らない。だが、紺野の手にある唯一の武器はこの拳銃だけなのだ。
「刑事さん、あんたのニューナンブはあいつには通じない。あれを倒すことが出来るのは、特別な武器だけだ」
 そういいながら、少年はその巨大な黒い剣を握りなおす。
 紺野は釈然としない表情で少年を見つめた。そして突然、ある事に気が付いた。
 この少年は、どこからあんな巨大な剣を取り出したのだ!
 現れたときは、彼は何も手にしていなかったはずだ。そして、今、少年が手にしている剣は、少年の身長ほどもある巨大なものなのだ。それも、少年は片手で軽々と操っている!
 目の前の黒い魔物はのっぺりとした顔で、あるはずの無い視線がじっと紺野達を見据えていた。強い冷気が辺りを満たしていた。
 暫くじっと紺野達を見ていた魔物は、残された左手で少年の一人を指差し、そして、するする、と滑るように後ろに動いていった。
 ざわざわ、と大気がざわめくような気配がしたあと、魔物はゆっくりと曲がり角の向こうに消えていく。そして、徐々に冷気が弱まり、そして、完全に魔物の気配が消えた。
 誰とも無く、ほっと息を吐いて、全員を包み込んでいた異常な緊張感が緩む。
「・・・あれは何だったんだ?」
 紺野は目の前の黒い服の少年に尋ねた。
 最近、よく聞く未知生命遭遇のようなものなのだろうか。そして、確かに目の前の剣を構えた少年はあの奇怪な存在についての知識と情報を持っている。
 少しだけ少年は考え込み、そして紺野に向き直った。
「・・・あれは『イギュイーム』だ。影の世界に住む、悪夢を食らって生きる闇の生物。俺たちは奴等を“夢魔ノクターン”と呼んでいる」
 少年は淡々と紺野の質問に答えた。
 そして、くいっ、と顎をしゃくって、面倒くさげに紺野に告げる。
「刑事さん、そいつらと一緒に来てもらうよ。構わないだろ、“ウィザード”?」
 紺野は慌てて背後を振り返った。
 そこには銀縁の眼鏡をかけた茶髪の青年が立っていた。
(何時の間に・・・全く気配を感じなかった・・・こいつらは一体、何者なんだ?)
「“シャドウ”、相変わらず態度が大きいな、お前・・・」
 苦笑しながら“ウィザード”と呼ばれた青年が呟く。そして、紺野に向き直って挨拶をした。
「驚かせてしまって、申し訳ない。本来ならばもっと早く手を打つべきだったのですが、紺野さん達を危険に巻き込んでしまいました」
 もう紺野は驚く気にもならなかった。たとえ、“ウィザード”と呼ばれた、会った事も無い目の前の茶髪の青年が彼の名前を知っていても。
「いや、それは良いとして、その“夢魔”というのは何なんだ?」
 ウィザードはじっと紺野を見てゆっくりと口を開く。
「説明すると長くなります。もし、構わなければもっと安全な場所に移動しましょう」
 
 
 

第四章 新世界~ The New World ~
No.1

 
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