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「一体なんだこりゃ!?」
 紺野は鑑識から上がってきた報告書を見て、思わず声を荒げていた。
 その素っ頓狂な声に、オフィスの同僚達が怪訝そうな目で紺野を見ている。だが、彼自身にはそんな事を気にする余裕など無かった。
 例のチーマー狩りで殺された十二人の少年達の死体である。
 彼らの死因はもちろん、激しい外部からの打撃による損傷によるショック死だった。数名ほど鋭利な刃物か何かで斬られた事が原因の失血死もあるが、死因自体は取り立てて異常なものではない。
 だが、問題は彼らの体内に発見されたのだ。
 腫瘍らしき異常な肉体の瘤状組織が少年達の体内に発生していたのである。それも、幼児の頭部ほどもある巨大な肉塊だった。普通なら考えられない事だった。そんなとんでもない腫瘍があったなら、とっくの昔に病院送りどころか葬儀屋の世話になっているだろう。
 確かに、脳に腫瘍が出来ることで人が凶暴な人格になることもありえる。現実に米国で収監されたある連続殺人犯の脳に腫瘍が発見され、それを摘出したところ、非常に温厚で真面目な青年になってしまった、という例もある。
 だが、それとこれとは次元が違う。
 特に、この少年達の腫瘍はちょうど胃の裏側の脊髄に喰らい込むような形で発生していた。こんな巨大な腫瘍がそんな部分に出来ていれば、激しい苦痛で身動きなど取れなくなるだろう。いや、普通に呼吸することさえ難しかったはずだ、と鑑識医からのコメントが目を引いていた。
 その腫瘍が何なのか、鑑識医からの報告は無かった。
「どうしたんだ?」
 工藤が紺野に声をかけてきた。
 彼もこのチーマー狩りに関しては大きな関心を寄せていたのだ。その鑑識からの報告を見て驚愕の声を上げた紺野に逆に驚いていた。
 そもそも、刑事たる人間が滅多なことで驚きの声など上げることは無い。人間がどれほど残酷な手口で人を殺すのか、それを誰よりも良く知っているのが刑事という人種である。
 戦場で、銃撃戦や爆弾で人が死ぬのと違う、極当たり前の日常で人がどれほど残酷になるのか、それを嫌というほど思い知らされている彼らの中でも、紺野は若手の筆頭株として上層部からも期待されている逸材である。当然だが、彼が担当してきた事件も厳しいものがある。
 そんな修羅場を経験してきた紺野がこれ程に驚くとは・・・
 だが、その工藤も鑑識からの報告書に目を通し、絶句していた。
「何が起こっているんだ・・・」
 その問いに答えられるものは、この場には誰も居なかった。
 
 いつから、彼らは存在していたのか、誰も知る事は無かった。そして、いつから彼らは我々の背後に現れるようになっていたのか。
 いや・・・
 その男はぼんやりと考えていた。
 いつから『我々・・』は存在していたのか・・・
 答えなど得られない、と何となく自覚していた。それは気が遠くなるような時間を経て得られた唯一の解答だった。
 夥しい血と死臭の中で、男は、いや、その男に巣食った『もの』は皮肉気な表情を浮かべる。もっとも、それは男の記憶を模して浮かべただけの仮面でしかない。
 漸く手に入れた肉の実体に、男は満足していた。
 その肉体を確かめるように、ゆっくりと両手を動かし、そして自分の頬にそっと触れた。
 両手にべったりと付着している血をそっと舐める。
 生臭い錆びた鉄のような味。
 だが、それすらも心地よかった。
 
 くっくっく・・・
 
 引き攣ったような笑う声が喉から絞り出されてきていた。
「ようやく・・・か・・・」
 自分を産み出した女の残骸をじっと見下ろす。この女が居なければ、自分は受肉できなかったのだ、と思うと特別な感情が湧きあがってくる。
 そして自分をその身体に宿したまま成熟するまでの宿主として実に良く動いてくれた。
 男は満足したように笑みを浮かべ、そしてふと考え込んだ。
 この女から吸収した知識によると、このままにしておくのは良くないらしい。ケイサツとかいう人種が調べ、そして同種を殺害した異物を排除するという。
 それは面白くない。
 ならば、と男はしゃがみこみ、そしてつい先ほどまで活発に動いていた生命感の失われた肉体にかじりついた。
 
 紺野は夜の渋谷の街を当て所無く彷徨いながら、ぼんやりと例のチーマー達の事を考えていた。
 彼らは何処であのような不気味な異物を体内に発生させてしまったのだろう。
 決して、あれは自然の疾病によるものではない、と刑事の勘が告げていた。たとえ百歩譲って自然の疾患だったとしても、全員が全員とも同じ腫瘍を患う筈が無い。
 ならば、そのような腫瘍を体内に発生させられるような何かに感染したのか、それとも何者かが彼らの体内にあれを植え付けたのか。
 本来なら厚生省やその関連団体に通報すべきだった。
 しかし、それは警視庁の上層部によって押し止められていた。
 正確な状況を把握していない以上、迂闊に情報が漏れる事を嫌ったのだ。だが、紺野はその判断にもどかしさも覚えていた。確かに正確では無い情報を提供する事はできない。しかし、こうしている間にも他の犠牲者が生まれているかもしれないのだ。
 上層部の判断の根拠もわからない訳ではない。
 そもそも、この国のマスコミは些細なミスや間違いでも鬼の首を取ったかのように大騒ぎをし、担当者の辞任を暗示的に求める報道を繰り広げる。
 そんな状況が待ち受けている事を知っていて、誰が進んでリスクを犯すだろうか。
 警察官僚も、政治家も、そして関連団体の職員も人間であり、養う家族を持つ労働者だ。家族を路頭に迷わせる危険を冒してまで正義を取るような人間は少ない。そもそもマスメディアの人間自身も自らが辞任を要求されるような事態になったら、今までのような無責任な報道をすることは無いだろう。
 ある報道番組で農家の作物にダイオキシンが基準値以上に含まれているという報道をした番組があったが、結局のところ、その報道は適切な内容ではなく、しかもその後で情報が間違っている、ということが明らかになったにも関わらず、訂正や謝罪などの報道をしていないのだ。
 ましてや「これでやっと行政サイドが重い腰を上げた」「それでもまだごみの焼却施設が稼動している」などという発言を繰り返していたのである。
 そして誰も責任を取って辞任することも、殆ど何もしていない。
 これが自分達が追求する対象である“マスコミ以外”の組織や団体の行ったことだったならば、どのような事態になっていただろうか。
 毎日のように“辞任コール”を響かせ、自分達が納得のいく行動を取る、すなわち、誰か相応の立場の人間が辞任するまでバッシングを繰り返しただろう。
 そんな事態が想像され、そしてマスコミ自身が自浄能力、少なくとも彼ら自身が他の組織や団体に求めるのと同じような自らに対する厳しい自律姿勢を持つ訳でもなく、一方的にレッテル張りをして攻撃されるような不信感を抱かせている以上、特に官僚組織は防衛的な反応しかしないのも当然と言えば当然だろう。
 取りとめも無くそのような事を考えながら歩いていた紺野の耳に、不意に激しい物音が聞こえてきた。
 物が壊れる音と複数の男達が上げる怒鳴り声。喧嘩だった。
 一瞬にして気を引き締め、そして紺野は騒ぎの元に向かって駆け出していった。
 
 喧嘩を途中で止められた若者達の罵倒の声を聞きながら、紺野は現場にやってきた警察官達に状況を説明していた。
 別に裏があるわけでもなく、よくある普通の喧嘩だったらしい。
 運が悪かったのはたまたま紺野がすぐ近くを歩いていたからであって、別に紺野もパトロールなどをしていたわけではない。そして、喧嘩があって見て見ぬ振りをした場合、警察官や刑事達は処罰の対象となる。
「手前らは、なんだって俺たちをこんな目に合わしてくれるんだよ!」「俺たちを捕まえる前にさっさとチーマー狩りをやってる連中を逮捕してくれよ!」「この税金泥棒がよぉっ!」
 紺野は内心で頭を抱えていた。
 どうしてこういう連中はまるっきり同じ様な罵倒の言葉しか言わないんだ?
 まったく、どこかに警官に対する罵倒マニュアルでも出回っているかのように、おんなじ言葉しか出てこないことに、彼らの日本語の貧弱さを嘆いてしまう。
 だが、次の瞬間、紺野は自分の耳を疑っていた。
「自分達の上のお偉いさんのやってる犯罪には目を瞑るってのかよっ!あいつらがチーマー狩りをやらせてるってのによっ!」
 反射的に紺野はその声の主を振り返っていた。
「・・・今、何て言った?」
 少年は少し怯えたように、しかし、紺野の目を見て挑発的に答える。
「聞いてなかったのかよ。お前らの上の連中がチーマー狩りをやらせてるって、噂なんだよっ!」
 その言葉を聞いて、中年の警察官が呆れたように溜息をつく。
「紺野刑事、こんな奴等の言う事をまともに聞いてやる必要なんか無いですよ。お前らもいい加減な事を言っておらんで、さっさと家に帰るんだ!」
「いい加減なことじゃねえよっ!」
 再び激昂し始めた少年と年上の警察官に紺野が声をかけた。
「ちょっと話を聞かせてください。自分達も情報が無くて困っているんで、どんな話でも聞いてこいって言われてるんですよ」
 そういって、中年の警察官が何かを言う前に紺野は少年に向かって尋ねた。
「その詳しい話、聞かせてくれないか?」
 
 紺野はその少年達を連れて近くの喫茶店に入った。一瞬だけウェイトレス達がぎょっとしたような顔をしたが、営業スマイルを浮かべて席に案内してくれた。
 おそらく彼女達には新入りの舎弟たちを連れて歩いているヤクザの若い衆のように見えたのかもしれない。
「さてと、さっき、警察の上層部がチーマー狩りをさせている、という噂が流れてる、って言ってたね。その話、どこから聞いたのか、ちょっと詳しい話を聞かせてくれないか」
 紺野はコーヒーを頼んで、少年達に向き直った。
 戸惑っていたような表情でお互いに目配せをし合っていた少年達も、紺野が真剣にその話を聞こうとしているのを悟ったのか、おずおずと口を開き始めていた。
「その前によ・・・なんであんたは俺たちの話を信じる気になったんだ?」
 ぶっきらぼうな口調の裏に、大人に対する不信感と、紺野に対する戸惑いが感じられていた。
 大人を信じられない、と言いながらも大人に信じてもらいたい、という悲鳴のような願い、そしてそれがいざ、現実のものとして現れたことに対する戸惑い・・・
 そんな感情が入り混じった視線に紺野は自分が彼らと同じような年齢だった頃の事を思い出していた。
 俺も、大人に判って貰いたくて、がむしゃらに何かを訴えていたよな・・・
「俺も、君らと同じような頃、大人に必死に何かを訴えていたことがあったのさ」
 そんな懐かしさを思い出しながら、紺野は少年達に答えていた。
 だから、俺も君達の事を聞きたいんだ。
 紺野は自分の気持ちを大切にしたかった。そして、子供達は大人が思っているほど無知でも未熟でもない。大人顔負けの知識を持ち、そして体力や技術も十分にある。ただ、その使い方を教育されていないだけなのだ。
 だから、自分が何をすべきなのか、どうすべきなのかが判らずに苛立ちを暴走させていく。
 子供達の全てが、いや、人間の全てが大学に行きたい訳でもないし、サラリーマンになりたい訳でもない。企業に勤めたり、公務員になるだけが立派な社会人になる事ではないのだ。
「・・・あいつら・・・なんか、違うんだ」
 ぼそり、と一人の少年が呟いた。
「あいつら、何て言やいいんだ・・・なんか、軍隊みたいな感じってのか・・・」
 その少年は一度、その男達を見たことがあったらしい。そのチーマー狩りの現場から少しだけ離れた場所から、その男達を見ていたところ、黙々と、まるで家畜を屠殺するかのようにチーマー達を殺害していったらしい。しかも、驚いたことにその男達は一人の少年の指揮によってその惨劇を実行していた、というのだ。
 その驚くべき内容に紺野は内心で驚愕していた。
 もっとも、そのことをおくびにも出さず、真剣な表情でメモを取り始めた。
 しかもその内容は未だ、外部には公開していない警察内部の中でも評価段階にある情報さえ含まれていたのだ。信憑性は決して低くはなかった。
 不意に現れた軍のように規律正しく行動する男達の集団。それを指揮する少年。いずれもそれが真実であるならばきわめて重要な手掛かりだ。
 その極めて整然と行動する男達の行動が余りにも不自然で、少年はそれが政治家などが雇った傭兵や自衛隊、もしくは警察の秘密部隊か何かによる犯行で、警察が彼らを逮捕できないのも政治家が彼らを匿っているからではないのか、という噂となって彼らの間に流布していたのだ。
 もちろん、紺野自身はその内容自体は少年の空想だと思っている。幾らなんでも警察や自衛隊がそのような行動を取るとは考えにくい。
 だが、一部の国粋主義者や彼らに共鳴する思想集団が何らかの行動をしている可能性は捨てきれなかった。
 しかも、少年達が語るまでその存在を警察に気付かせなかったと言うのは、恐るべき情報統制をしている強大な組織である可能性が高い。
 そんな存在がもし、この少年達の事を知ったなら・・・
 紺野はその可能性に気が付いて背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。
 
 余りにも危険すぎる・・・
 
 これ以上踏み込むのは危険だ、と刑事の本能が告げていた。
 彼だけならまだいい。刑事としての本分に従って、そして結果として命を落としてもそれは刑事と言う職業を選んだときに覚悟はしている。
 だが、少年達や紺野の妹、家族にまで危険が及ぶ可能性が否定できない。
「・・・君達、この話、他では絶対にするな・・・」
 押し殺したような声で、紺野は彼らに囁きかけた。
「え・・・」
「もし、その君が見た組織が、それだけの実力と組織力を持っているなら・・・君たちの家族にまで危険が及ぶ可能性がある・・・」
 その紺野の言葉も、自分では意識していなかったが、低く押さえ込んだものになっていた。
 紺野の口調と態度が、緊張と恐怖を帯びていることに気付き、少年達は息を呑んでいた。
「・・・わ、わかったよ・・・」
 紺野はどうするか、迷っていた。
 彼らをこのまま帰してしまってもいいのか。最悪、今、この場にその組織の手の者が彼らを見張っている可能性さえあるのだ。
 迂闊な行動は取れない。
 携帯は・・・論外だ。あんなもの、幾らでも盗聴の方法がある。
「俺の連絡先をあげよう。何か思い出したり、気が付いたことがあったら連絡してくれ」
 そう言いながら、紺野はメモ帳の隅に彼らに対する指示を書き込んだ。
 
『この喫茶店を出たら、まっすぐ歩いて、それから渋谷駅の正面にあるシティホテルのロビーに来てくれ。俺もすぐに行く。万が一のことがあったら、俺の携帯に連絡をくれ。番号は010-xxx-yyyyだ』
 
 そのメモを少年達に渡す。
 メモを見た少年達ははっと息を呑んで、そして不安気に紺野を見つめた。
 ゆっくりと紺野は頷き、そして領収書を手にして立ち上がった。
「さて、そろそろ行こう。今日はありがとう」
 慌てたように少年達も立ち上がって、口々に礼を言う。
「俺たちのこと、信じてくれてありがとうよ・・・・」「今度、飯でも食おうよ」
 そんな事を言いながら、少年達は喫茶店を後にした。
 紺野は領収書を受け取りながら、ウェイトレスに話しかけた。
「君、すまないが電話を貸してもらえないか?」
「はい・・・?」
 不思議そうな表情で少女はカウンターの脇に備え付けられている電話を示す。
 紺野はそれがコードレス・ホンなのを見て少し考えた。
「いや、公衆電話でいいんだ」
 無線方式の電話は危険だった。当然ながら、盗聴するのにこれほど楽なものは無い。撒き散らされている電波を傍受し、そして音声に戻してしまえばよいだけである。
 だから、紺野はこのような緊急時の連絡に限らず、有線方式の電話を好んだ。
 怪訝そうな少女を無視して、紺野は公衆電話を取り、そして暫くじっと耳を済ませた。もし、盗聴器が仕掛けられているなら、不自然なノイズが聞こえることがある。
 盗聴器が仕掛けられてそうな不自然なノイズが無い事を確認し、そして彼は自分の部署にいるはずの工藤に電話をした。オフィスの電話ではない。彼が使っている携帯電話、しかも個人持ちのプリペイド方式の携帯電話である。
 これならば今、紺野が電話をかけている先が警視庁の工藤である事を知られる可能性は最も低いはずだ。
「もしもし、俺です。・・・ええ。ちょっと、外に来てもらえませんか?・・・そうです。とりあえず手の空いた人達も。・・・そうです。・・・お願いします。では」
 自分が知らない盗聴の手段がある可能性を考慮して、最低必要限の言葉だけで工藤に連絡を取った。こうした手段で意思を疎通する訓練をも彼らは受けている。
 そして、彼が外に出てくるときに万が一のことがあった場合、少年達に告げたホテルのロビーに居る事を工藤には伝えてあった。
 当然のことながら、工藤もバックアップの手配やその他の手筈を整えてくるだろう。
 それでも、油断する事は出来なかった。
 
 渋谷駅の通りをはさんで向かいにあるシティホテルにやってきた工藤は、紺野が数人の少年と一緒にいることに一瞬だけ驚き、そしてにっこりと笑って声をかけた。
「すまん、遅くなった!」
 そして工藤は少年達に自分の名を名乗って、警視庁の刑事だと伝える。
 流石に事が大きくなってきた、と感じたのか、少年達は不安気な様子で工藤と紺野を交互に見ていた。その少年達を安心させるように紺野は工藤を紹介する。
「この人は俺の先輩なんだ。俺が一番頼りにしている人でね、安心してくれていい」
 そう言って、紺野は簡潔に纏めた情報を工藤に伝えた。
 工藤は流石にその話を聞いて真剣に考え込んでいた。
「・・・この事件、俺達が想像していた以上に奥が深いぞ」
 ぼそり、と呟いた工藤の言葉に紺野も黙ったまま頷く。そして、二人の刑事は目配せをして、少年達を促した。
「さて、移動するぞ」
 普段は威勢の良いチーマー達も、不安を隠せない様子でおとなしく紺野達に従ってホテルを後にする。そのまま、紺野の同僚の一人が運転するバンに乗り込んだ。
 そして、そのバンが発進した後に続くように一台のSUVが滑るように発進していった。
 
「さて、連中はどう出るかな?」
 どこか面白気に黒尽くめの少年が呟いた。
 東京の街の灯りがSUVの窓の外を流れていく。
 警察があのチーマー達の遺体を司法解剖したのは情報として伝わっている。そして、あの不気味な“異物”を発見したであろう事は容易に想像が付いていた。
 武斗の『影』は彼らだけでなく、内閣情報室や陸上自衛隊情報部があの少年達をマークしていることも察知している。正確に言えば彼らに情報とその対応能力を与えたのも彼ら『プロメテウス』なのだ。
 いや、警察の内部にも、このような特殊な侵入者に対する情報と対抗能力を提供している。
 事が事だけに慎重に動かざるを得ないが、それでも身動きが取れないようになるよりはマシだった。
 魔法技術の提供とそれによる装備の開発、実戦配備のための準備など、極秘裏に警察の研究チームや自衛隊との共同研究も重ねているのだ。
 実はこの弘樹の運転するSUVも魔法技術により改良が加えられている。
 他にも様々な魔法の力を応用したアイテムが造られていた。特に眞はコンピュータと魔法の連動に熱心だった。
 何でも彼らが転移してしまった先の世界では、ロボット型の兵器を作ったらしい。さすがにその話を聞いた時は水蓮も呆れかえっていた。
 シートの後ろで銀眼鏡の青年がコンピュータを操っている。もっとも、その様子を他人が見ても、絶対にコンピュータを操っているとは信じられないだろうが・・・。
 彼は右耳にイヤホンを大きくした様なものを着用していた。そして手にしている10cm四方程の小さなMP3プレイヤーの様な物体。実はそれこそが眞の作成した超小型のコンピュータだった。
 イヤホンと本体は無線で繋がれ、本体は基本的に思念操作をする。基本的な性能はちょっとしたスーパーコンピュータさえも凌駕する程なのだ。
 驚くべき事に、このコンピュータの画面出力は幻覚魔術を用いた魔法ホログラムで空中に投影されていた。
 魔法を応用する事で概存のインターフェースを一新してしまえるのだ。
 彼らの乗るSUVにも魔法で様々な機能が追加されている。特に『レビテーション』の魔法が付与され、他にも強力な障壁を恒常的に推持しているのだ。
 また、車体自体も強力な保護の魔力で守られていて、事実上、破壊できない。
 彼らプロメテウスの協力者達との連絡や移動には欠かす事ができないものとなっていた。
 極秘裏に進められている彼らのプロジェクトの中でも、魔法技術と科学技術の融合は重要な意味を持っている。
 それは日本という国の産業基盤や安全保障という面でも決して無視する事は出来なかったのだ。
 また、日本は地震大国である。
 その避けようが無い災害に対する対応という意味でも魔法の産業への応用は緊急の課題だった。
 その為、彼らの見せた魔術に驚愕した科学技術省の首脳は極秘裏にプロジェクト・チームを結成していたのだ。それは次世代の都市設計と産業の基盤に魔術をどのように応用できるか、を研究することが目的だった。
 そして、それらの技術と計画が外部に漏れる事を防ぐために徹底した情報管理を行っていたのだ。
 それが近年の中国に対する警戒の高まりと重なり、対中国としての側面を帯びていたのは仕方が無いことかもしれなかった。
 東シナ海の海底資源の分布問題や、中国の調査船による領海侵犯や違法調査に対抗すべく、日本の一部政治家を中心とした研究グループが発足したのも、理解できないことではなかったのだ。
 
FSXの徹は踏まない
 
 それが日本の官僚と政治家の共通認識だった。
 日本の完全独自技術による次世代支援機の開発を嫌って、アメリカ合衆国が横槍を入れてきたのは防衛庁や科学技術省の官僚たちにしてみれば憤慨ものだったのである。
 その為、防衛庁や科学技術省を中心とした研究チームは徹底的に外務省からそのチームの存在を隠していた。
 特に外務省のチャイナ・スクールは彼らにしてみれば殆ど、同じ霞ヶ関の中の役人の中でありながら、“中国の役人”とまで考えられていた。
 また、一部マスメディアも要注意の存在だった。
 その為、この極秘プロジェクトは民間企業の技術開発として徹底的に隠れ蓑を被せられ、超極秘プロジェクトとして動いていたのだ。
 情報漏えいを防ぐため、魔法金属である“オリハルコン”を基にした認証システムも運用している。
 オリハルコンは特殊な魔法技術で精製した金属で、人や生物の精神と非常に強く感応する性質がある。その為、“星幽紋アストラル・パターン”という、いわば生命の持つ魂の固有パターンを取り出せる。これはその魂の性質や個性そのものと密接に関連しているため、偽造が絶対に不可能な固体認証として役立つのだ。
 もし、このアストラル・パターンを改変した場合-そんなことが可能かどうかは別として-、その対象となった個人は全くの別人になってしまうか、下手をすると人間ですらない魂に変質する危険さえあるのだ。だからこそ、この認証システムは個人の持つパターンを読み出して、認証する事にのみ留まっている。その上で精神魔術を用いた思念によるシステム操作や人の精神と技術の連動など、かつては夢物語であった技術に展望が開けていた。
 当然のように、既に様々な国家の情報機関が何とか秘密を探ろうと企んでいたが、このセキュリティを突破できた形跡は無かった。また、リモート・ビューイングなどに対する防御も完璧だった。
 特に魔術は人の精神や認識を直接に操ることが出来る。その魔法技術は例え米軍やCIAやロシアの情報部が持つとされている遠隔透視によるスパイ活動さえ完全にブロックしていた。何故それがわかったかというと、遠見の水晶球などの魔力で彼らが混乱し、情報を把握できていない事を“視た”からである。
 実際に水蓮の参加に関してもかなりのごたごたがあった。
 結局は直接、眞がコンタクトを取り、水蓮自身も守秘義務を履行する事を確認して、ようやく騒動が治まったのである。
 事実、水蓮が関心があるのは眞の描く未来であって韓国の政府や役人ではない。
 そして、眞や他のプロメテウス達が他の国に害悪を与えることが無いことも熟知している。
 もし、彼の提供した技術や知識を悪用して他国に危害を加えるような愚かな企てをした者がいたなら、眞はその馬鹿者の心臓に彼の刃を突き立てるだろう。
『馬鹿を考えるのは勝手だが、俺もそうなったら容赦しないぜ』
 その眞の言葉は全員の心にある。
 そして、彼らには人間の国家以外の敵がいるのだ。
 
 
 

第三章 侵略者~ Invader ~
No.2

 
 
 
FSX(Figher Suporter-X:次期支援戦闘機)
 三菱重工業が主体となって開発が進められた航空自衛隊の次期支援戦闘機。日本独自の成形技術により、鉄よりも強くアルミよりも軽い炭素系繊維で作られた翼が実現した。それによって機体は大幅に軽量化され、航続距離はぐんと伸び、ミサイルの搭載量も格段に増やすことができる。また高度なコンピュータ制御により、機首を正面に向けたまま、1秒間に15メートル以上も上下左右に移動できる「義経の八艘飛び」や「蟹の横這い」が可能となる、
 F-1戦闘機よりも遥かに大きな主翼を持ち、対艦ミサイル4発、対空ミサイル2発の搭載が可能。また、補助尾翼カナードを備え、更に優れた旋回能力を持つ。
 トンボの眼、と呼ばれるフェーズド・アレイ・レーダーは同時に多数の目標を捕捉する事を可能としている。
 計画が発足した1985年、防衛庁や通産省(当時)はこの次期国産支援戦闘機の開発、生産を基にして民間に強力な航空産業を育てようとしたとされている。しかし、レーガン政権は日本の支援戦闘機独自開発路線を警戒して共同開発、という方向で合意をした。
 しかし、ブッシュ(父)政権は日本のFSXの開発計画自体を白紙撤回するように求めたが、最終的に共同開発を承認する、という形で決着した。
 
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