プロローグ

 無数のネオン・ライトが輝く光の海。
 世界有数の富を誇る大都市東京を見下ろしながら、少年は強い決意を抱いていた。
 新宿の高層ビルの上から見下ろす都会の光の中では人々がそれぞれの幸せや悲しみなど、様々な想いを巡らせているのだろうか。しかし、この幻想の都の住人たちはその真の世界の姿を知らされていないのかもしれない。
 ましてやこの世界とは別の、『異世界』が存在し、既にその世界の断片が自分達の住む都市に息づいているなどとは想像さえもしていないに違いなかった。
 四十階を越えるほどの高層ビルが建ち並ぶこの西新宿はまだ、働く人影が絶え間なく行きかっている。
 しかし、そのサラリーマンやOLたちは決して、その姿を静かに見つめる小さな人影を見ることは出来なかっただろう。誰も地上五十階を誇る新宿野村ビルディングの、その更に屋上にあるフェンスの上に人が立っているなどと思わなかったうえに、その少年の姿は誰にも見えないのだから。
 その少年だけが凄まじい勢いで吹き付けるビル風を感じながら、平然とフェンスの上に立っていた。
 少年は別に高所平気症のようなものでもない。
 自殺願望があるわけでもない。
 ただ知っているだけだった。
 彼には『力』があること。そしてそれは彼を地上に叩きつける重力の誘いの手をも振り払う事が出来る翼になることを。
 微かな笑みを浮かべて少年は前のめりに倒れこむ。高さ209メートルもの高層ビルの上から、地上に向かって。
 身体が重力から解き放たれる感覚がした。だが、その偽りの無重力感覚は決して彼を真の自由へと導くことは無く、少年の肉体は凄まじい勢いで地上に向かって墜落していく。
 少年はそれでも楽しげな微笑を浮かべると急激にその落ちていく速度が和らいで、数瞬の後に完全に少年の身体は完全に空中に停止してする。
 ゆっくりと周囲を見渡して、自分の身体がビルの谷間に浮かび上がっていることを楽しむようにゆっくりと漂ったあと、少年は一気に垂直に飛び上がる。一瞬にして彼が先ほどまで佇んでいた野村ビルを軽々と飛び越え、そして夜の闇の中に消え去っていった。
 残された光景はその異常な出来事に気付きもせず、いつもと変わらない忙しい新宿の日常だけが繰り返されていた。
 
 
 

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