~ 3 ~

 神主は改まって座り直し、そして四人を見回した。
「この国は幾つもの大きな闇を抱えています。尤もそれは何処の国でも同様で、珍しいことではありません」
 だが、この国の闇は日本特有のものなのだという。
 それはタブーの深いヴェールに覆われていた。
 日本という国の成り立ちは極めて特異なものである。
 島国であるが故に、古代の文明が隔離された状態のまま現在に至って存在しているのだという。良い例が二十年おきに行われる三重県伊勢市にある伊勢神宮の遷宮と呼ばれる儀式である。
 伊勢神宮は外宮と内宮に別れて、それぞれ二十年おきにまるっきり同じ本殿を隣の敷地に建築して、古い本殿から祭っている御神体を移してしまうのだ。それも、千六百年にも及ぶ歴史の中でまるっきり同じ方法を用いて繰り返され、現代でもその工具から建築法に至るまでが古代の様式を寸分違えずに伝承されているのだ。
 このため、その時代の建築様式や宮大工の工法を現在にも伝える極めて貴重な遺産となっている。
 そのような歴史の頂点に至るのが天皇家であり皇室なのだ。
 しかし、其れであるが故に皇室の闇は途轍もなく深いものがある。
 日本の皇室、というよりも皇統の継承に関しては極めて強力なタブーが存在しているのだ。
 戦後、GHQによる宮家の皇籍離脱政策が行われたとき、宮内庁はそれらの旧宮家や旧皇族のうち、重要な方々を各地の神社本廳の要職においたりして保護をしている。そしてそれらの統理や代表者、神宮大宮司は祭司を司る白川伯王家と伏見宮、久邇宮、東久邇宮などから充てられているのだ。
 こうする事で皇統を維持して、万が一の事が起こらないような体制を整えている。
 特筆すべきなのはこうしたシステムの構築に対して、GHQや連合国側が手出しできなかった事にある。
 それは取りも直さず、この国に存在する他国の干渉を許さないメカニズムが隠然として存在している事を意味するのだ。
 そうした歴史の闇の奥に眞の父方の家系は関係していた。
 いざという時のための、皇統を維持するためのバックアップシステム・・・
 そして、「緒方眞」という少年が生まれた事で起こった巨大な激震は未だに日本の政界への余震となって響いているのだという。
「あの御方は神子です」
 深い溜息をついて、神主は話を終えた。
 皇統を維持するためのバックアップシステムである宮家の直系男子。しかもその血筋が政府自民党の重鎮議員の孫息子ともなれば、その政治的な影響は無視できなくなる。
 場合によっては皇室の政治権力の掌握の布石とも取られかねない事態であるが故に、緒方少年の扱いに関しては慎重に慎重を期す、とならざるを得なかったのだ。
 悦子はその話を聞きながら溢れ出してくる涙を抑えきれずにいた。
 誰が、何の権利があって一人の少年をこれ程までに異常な世界に縛り付けられるのだろうか。
「それは、やむをえない事といってしまえるでしょう」
 神主は深い息を吐きながら言葉を紡いだ。
「だって、緒方君はただの少年で・・・」「違いますよ」
 その悦子の激昂の言葉を遮って、神主は言葉を選ぶように語り掛ける。
「例えば、どのようにして我が国が原油を安定して輸入していられるのか、考えた事がおありですか?」
「え?」
 不意に石油の事を聞かれて、悦子は戸惑ったように目を泳がせる。
「中東においては権威や王権が非常に重んじられます。そして我が国は世界で唯一、皇帝の位を抱く皇室が存在しているのです。外交の儀礼において、我が国の天皇陛下と同等の権威を以って遇される存在は天皇陛下以外には御二方以外に存在しません。それはローマ教皇と大英連邦国王、その人です」
 全員が息を呑んでいた。
 世界には厳然とした序列が存在し、権威の位順で全てが決まるといっても過言ではない。
 そしてその最高権威に位されるのが『皇帝』と呼ばれる存在である。
 その皇帝の位にあったのは、嘗ては帝政ロシアや欧州でもハプスブルグ家、その他にも幾つか存在した。しかし、歴史の中でそれらは断絶してゆき、残ったのはエチオピアのメレニク皇帝家と我が国の天皇家だけである。いや、あった。
 1970年代に勃発した革命でエチオピア皇家は解体され、歴史の表舞台から消えていった。
 その為、今となっては世界で唯一存在する皇帝家は日本の天皇家のみである。
 外交のプロトコールで皇帝同様の権威を以って扱われるのがローマ教皇と幾つかの王国を束ねて国家を支配している大英帝国のウェールズ王家のみなのだ。
 そうした権威の持ち主が中東を訪れて皇室外交を行う事で、その権威に対しての礼儀として安定した原油資源の提供という応礼となって現れている。
 いかに皇室が重い責務と日常の安定に貢献しているのかを知らされて、悦子達は衝撃を隠せなかった。
 学校では天皇制、と言えば軍国主義の象徴であり、今では国民平等に反する存在だ、とまで教えられているにも拘らず、そうした歴史的な意味や現在の国際社会における意義まで知らされていない、という衝撃だった。
「基本的に我が国の戦後の教育はGHQの施策である『ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム』によって為されています。これは戦前の日本を全否定し、悪の帝国であったがために破壊されたのだ、という事を刷り込むための洗脳作業にほかなりません」
 また、日教組はそれを上手く利用し、関係の深い北朝鮮や中国などと連携して日本に赤化革命を起こすために思想教育をしている、とも付け加えていた。
 重い話を聞かされて、悦子と智子は幾分青褪めた顔で小刻みに震えていた。
 眞は、一体何と戦おうとしているのだろうか。
 そして勝ち目はあるのだろうか。
「勝ちますよ、緒方の若様は。ただ、これ程までに早く動かれたというのは、正直言って驚きましたが・・・」
 神主は一言そう言って、一枚の紙を差し出した。
「これがそのお札です。どうすればよいのかは、既に緒方の若様に聞かれていると思いますので、私からは申し上げられません」
 その神主の言葉を最期に、この緊張の時間は終わりを告げた。

「さてと、いよいよこれから使い魔を使役するための実戦段階に入る。もう既に皆はオーラを見えるようになっているから、時々霊なんかを見たりしてるかもしれない」
 その眞の言葉に気味が悪そうな顔をして何人かが頷く。
 実際に彼らは既に魔力の衝撃波を飛ばして、そうした霊を追い払うことぐらいは出来るようになっているものの、あまり気持ちが良いものではない。
「これから見せるテクニックを良く見ておいて」
 そう言いながら、眞は右手をすっと前に突き出して人差し指を立てる。
 魔術の練習を行っている全員がその指先に注目しながら、微妙に視点をずらして意識をリラックスさせる。普段なら左右の親指を立てた状態で視点を数メートル先において指を二本ずつ見えるような感じでフォーカスをずらしていくのだが、既にその方法に慣れている彼らは瞬時にそれが出来るようになっている。
 おぼろげなオーラに包まれている眞の手が見えていた、と思った瞬間に、驚いたことに眞の人差し指の先から白い蜘蛛の糸のようなオーラがしゅー、と伸び出していく。
「え?」「眞さん、それは一体・・・」「オーラの糸・・・ですか?」
 口々に疑問を投げかける若者たちを見回して、眞は説明を始めた。
「これは皆も気が付いたと思うけど、オーラで創り出した糸だ」
 眞は、これは魔法剣の術と同じように、魔力のオーラの形を変えて、自由に操る技術の応用なのだと語りかける。この魔法の糸は霊体を捕らえるために用いて、それを束縛し、自分の使い魔にするために拘束するために用いるのだ。
 その説明を聞いて全員が不気味そうな顔をする。
 とはいえ実際に霊を捕らえて使い魔にするのだ、と言われて平然としているならその方がある意味で怖いだろう。
「さて、これからこのオーラの糸を作るための練習だ」
 にっこり微笑んだ眞の顔に、全員がげんなりしたような表情で頷いた。
 それでも流石に選ばれた精鋭だけあって数時間もたたないうちに自由にオーラの糸を作り出せるようになっていた。そのオーラの糸を自在に操れるようになり、そして動いている目標を絡め取れるようになるまで訓練をした後で、眞達は全員を霊体狩りに連れ出していった。

 東京都内には様々な心霊スポットが点在している。
 それらの殆どは錯覚だったり、逆に怖いもの見たさの見物人が多いため、眞たちのような霊体狩りをしようなどという物珍しい集団では目立ってしまって仕方が無い。
 そこで眞たちは郊外の寂れた廃寺へとやってきていた。
「ま、眞さん・・・マジっすか・・・!?」「げぇ・・・ホントにいる・・・」
 流石にこの日ばかりは魔術の訓練を受けることを真剣に後悔した面子であった。オーラを見る能力を鍛えて魔法感覚が磨きぬかれた具現魔術師候補生たちはあからさまに霊の姿を見てしまい、それを連れて帰るのか、と考えると余りの気持ち悪さに鳥肌が立ちそうになる。
 こんなことを自力で研究して実際に完成させた眞の事が本気で不気味に思えた。
 眞自身も具現魔術の体系を完成させるために自分で霊を捕らえて、それを使い魔にした上でその使役霊を成長させた挙句に『ソロモンの悪魔』の姿などを転写して、本物の使い魔として使いこなしているのだ。
(どんな神経をしてやがるんだ・・・こいつは・・・)
 天使のような整った顔で悪魔崇拝者でさえ二の足を踏むような不気味な魔術実験を平然と行っている少年に改めて畏怖の念を覚えた若者たちであった。
「大体、死んだ人の霊を使い魔にしてこき使うなんて、なんて非道なんだ・・・」
「悪の組織らしくて良いだろ?」
 眞は本当に楽しそうに応えた。
 その言葉にがっくりと項垂れた若者達は吐き気を堪えるような表情で霊を捕らえるための準備を始めていた。
 見れば見るほど霊というのは不気味なものだ。
 眞の説明によると、霊というのは実際には人間の魂そのものではなく、感情や記憶、意識などの断片がこの世界に焼きついて残ってしまったものなのだという。
 稀に魂そのものが向こうの世界にいけないまま彷徨っている場合も無いわけではないのだが、実際にはそうした魂も自然に分解されてしまう。転生したり、死後の世界の理に従う場合は、必ずその死後の世界に向かわなくてはならないらしい。
 そうした霊的な世界を詳しく調べることが出来たのも、眞の身に付けた古代語魔法の力による部分が殆どである。
 また、自然霊など自然の理が人格のようなものを持って動き回る場合もあるのだが、それもやがて世界に還っていく。
 具現魔術はそうした霊を捕らえ、自分の使役霊として支配することで自然の状態では消耗して崩壊していく霊体の場を維持し、その力と存在を操るのだ。
 その際に、捕らえた霊たちは術者の強制力によって『透明な』存在へと変わってしまう。恨みの念を抱いていたり、怨念の塊だったとしても、霊を支配して使役する段階でその怨念や衝動は完全に中和され、純粋な霊的エネルギーの塊に変えてしまうのだ。また、そうした使役霊となった霊はその知性さえも制御され、いわば完全にマインドコントロールされた状態になる。
 そうした霊を術者は自らの望む姿と能力を持つ“使い魔”に転写して、魔法的な力を行使させるのは具現魔術と名付けられた魔法技術体系だった。
「さて、早速あちこちに漂っている霊をとっ捕まえてみるか」
 そう言いながら眞は破れた障子の隙間からこちらをじっと見つめている中年男性の生首の霊を指差す。
 流石に全員の顔から血の気が引いていった。
「んじゃ、タケ、あれを“糸”で絡めとってみろ」
 名前を呼ばれた少年は自分が幽霊にでもなったような表情で生首を見つめた。
 神崎武斗、後に“シャドウ”と名乗るプロメテウスの幹部の一人となる少年は全身に冷たい汗を噴出させながらのろのろと半分崩れた寺に向かって歩いていく。眞に教えられたように、いつでも“糸”を放てるように指先に『気』を集中させながら、慎重に近づいていった。
 何で俺が・・・、と恨み言を口にしながらも生首をじっと睨みつけて指先を向ける。
(絶対に俺に飛び掛ってくるんじゃねえぞ!)
 情けない脅し文句を心の中で叫んで狙いを定めた瞬間、武斗の心を読んだかのように生首が障子の隙間から飛び出す。
「ぎゃああああああっ!!!」「うわああああああっ!」「いやあああ~~~っ!、あっち行って~~~っ!」
 腰を抜かしてへたり込んだ武斗を無視して、その生首は若者たちを追い回し始めていた。
 余りの情けない醜態に眞と伊達は頭を抱え込んでしまう。
 少なくともこれでは魔術を操って日本の至るところに巣食う敵対勢力と戦うどころではない。
「なあ、眞・・・」
「はい」
「こいつら、本当に具現魔術を体得できるのか?」
「・・・させるしかないでしょう。まあ、こんなことだろうと思ってたので」
 眞はぷしゅっ、と缶コーヒーのプルトップを空けて、良く冷えたコーヒーを喉に流し込む。
 伊達は煙草をくわえて、そして指先に小さな魔法の火を灯して煙草に火をつけた。
 その二人の冷たい視線の先では生首の霊に追い掛け回されている、魔術師の弟子であるはずの若者たちが見せる馬鹿馬鹿しい騒動が繰り広げられていた。

 その後は全員が散々な目に遭いながらも何とか全員がそれぞれ数体ずつの浮遊霊を支配下に置くことに成功した。
 来生弘樹はその中でも一番早く冷静さを取り戻して、最初に浮遊霊を捕らえるのに成功していた。
 彼の周囲には数体の霊が使役霊として彼に付き従っている。
 今、彼らはその捕らえた霊に対して霊的エネルギーや、既に崩壊した霊の残骸などを与えて成長させている段階だった。
 最初は不気味な姿をして全員を気味悪がらせた霊も、捕らえて使役霊とした時点でその姿を失い、今は無色透明な球体の姿をしている。
 霊の姿は彼らが生前の時の記憶や死を迎えた瞬間の感情などに依存するらしい。その為、霊はおどろおどろしい姿をしている場合が多い。逆に、そのように感情や衝動を現世に焼き付けることが無い平穏な死を迎えた人間は霊としては残らないのだろう。
 極稀に我が子や恋人、親友などを案じたり、深い愛情を残した場合にも霊として残る場合があるが、こうした場合は穏やかで良い影響を齎す守護霊のような存在となる。
 しかし、彼らはそのような良い霊を捕らえることは無く、むしろ人に害を為す危険な霊を捕らえて使役霊に変えていたのだ。
 後は暫くの間、使役霊を成長させていくだけである。
 通常、この霊の成長には数週間から数ヶ月もの時間が必要になるのだが、弘樹の捕らえた霊の中の一体は元々相当に強い霊であり、また急速に成長していたため、僅か数日後には十分に転写が可能なレベルに達していた。
 その為、眞たちはこの弘樹の使役霊を使い魔へと転写させるための準備を行っている。
 眞は弘樹に『ソロモンの小さな鍵』や様々な魔術書などを読ませて、どの悪魔か天使を使い魔として転写するのか、そしてその能力のイメージを固めておくように言っていた。
 だが、弘樹は眞の使役する“アカーシャ”を使い魔にしたいと考えていたのである。
 少なくとも、他の使い魔は一つの姿とその固有の能力しか使えない。それはそれで有用であり、具現化をしている制限時間などが無いなどのメリットがあるのだが、少なくとも伊達や眞に次ぐ指揮官としての役割を期待されている彼は、あらゆるケースで対応できるような能力を身に付けたいと考えていたのだ。
 また、魔法と同じような特殊な能力を編み出す術として眞は<覚醒の酒iエリキサーj>という魔法の秘薬を開発していた。
 
 
 

~ 4 ~

 
inserted by FC2 system