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「さて、ドラキュラ裁判の時間です」
「おめー、テレビの見過ぎ」 「何でそんなマニアックな番組見てんだ?」 高校生ぐらいの少年達が取り囲む中、四人のヤクザはパンツ一枚にされて椅子に縛り付けられていた。 もう完全に恐怖の余り、口をまともに利くことさえ出来ない。こいつら、絶対に普通じゃない・・・ ヤクザ者でさえ震え上がるような集団の中で、正に猫に捕らえられた鼠のような気分をたっぷりと味わっていた。 それも無理はなかった。彼らを取り囲んでいるのは少年達だけではないのだから。 いや、人間ですらなかった。 ソレが何かのかは判らない。だが、ヤクザ達にはそれが地獄から現れた悪魔としか思えない存在だった。 角が生えた漆黒の肌をしたそれは黒山羊のような下半身をして巨大な そのような異形の怪物が十数体も男達を取り囲む中、少年達はそれに対して平然とした表情で男達をいたぶろうとする様に面白おかしく話し合っているのだ。 (やべえ、やべえよ、本当に・・・) 許されるものなら這い蹲って全員の足の裏を舐めてでも助けを願っただろう。 だが、彼らはそれを求める事無く、どうやって男達を嬲り殺しにしようとしているのかを相談している様子だった。同じように椅子に拘束されて既に虚ろな目で涎を垂れ流しながら「えへへ・・・えへへ・・・」と虚ろに笑っている組長の様子を見れば、一体どんな運命が彼らに待ち受けているのか嫌でも理解させられてしまうだろう。 もっとも、どんな目に合わされれば本当にそんな事になるのか想像もしたくはなかったが。 「あのおっさんはエラく簡単に頭のネジが飛んじゃったから、使い物にならなかったけどさ、あんたなら少しは持つかもよ?」 「大丈夫だって。眞さんにボロ雑巾にされてもまだ正気を保ってたくらいの勇者だからな、コイツら」 「壊すの勿体無いかも」 勝手な事を言わないでくれ、と泣きたかった。 いっそ、あのバーでしこたま殴られたときに頭が変になっているか、何処かに頭をぶつけて死んでりゃ・・・ 子供の頃から喧嘩慣れしているせいで、やたら頑丈になってしまった自分の身体が恨めしかった。 頼むから、いっそ殺してくれ! 猿轡の奥で必死に叫ぶ声すらも、少年たちの耳には届いていなかった。 組に帰ったら、増援を呼んであの少年とスナックをめちゃくちゃにしてやろうと思っていたが、ミニバンに連れ込まれて到着したこの得体の知れない場所で、組長以下の構成員全員が拉致されて身の毛もよだつ怪物たちとそれをゲームを見ているように楽しんでいる少年達を見て、男達は声が枯れるまで泣き叫んで許しを請うていた。 その男達を鬱陶しげに小突きながら処刑台に括り付けたのが一時間ほど前の事だ。 それから今に至るまで、この世のものとは思えない恐怖をたっぷりと味わう羽目になった男達は、我が身の不幸を呪いながら助けが訪れる事を必死に願っていたのである。 水蓮はその光景を見ながら、哀しげな眼差しで黄金の髪をした少年を見詰めていた。 しかし、言葉をかけることは出来なかった。 『日帝の軍隊は人類史上最悪の残酷な軍隊だったんだろ? 俺達はその子孫だから、これくらいやるって想像してなかったのかい?』 冗談めかして言う少年の瞳には悲しみとも怒りともつかない感情が浮かんでいた。 韓国の諺に、嘘も百回言えば本当になるってのもあるじゃないか。そんな眞の言葉には何かを失ってしまったような空しさが感じられていた。 確かに、韓国政府や中国の共産党も日本の第二次世界大戦の事をそのように言って非難する。だが、それが本当のことかどうかといわれるとどうもピンとこないのだ。 特に、水蓮の祖父は学校で教わった内容を得意げに話す水蓮に対して、悲しげに「自分で見たわけでもない事を、さも真実のように語るのは早すぎないのかい?」と諭すように答えるばかりだった。 日本に来てから、クラスメートやステイ先の家族に親切にされて、学校で習った日本人に対するイメージが崩れてしまったところに、眞と出会うきっかけが起こり、完全に自分の人生観が変ってしまったと思う。 それだけに、眞のきつい皮肉が哀しかった。 政治的な得点稼ぎのために、自分の国の愚かな連中が日本の事を辱めて罵るのを、彼らはじっと我慢しているのだ。 かつてのイギリスのチャーチルの言葉が思い出される。 「日本は常に譲歩をしてくれた。政治家にとって戦って利益を得るのは名誉であり、誇りでもある。だが、日本に対しては言えば言うだけ彼らは譲歩してくれる。それでは評価にならない。その結果、もはや我慢ならぬ、と腹を括った日本と英国は戦火を交えて、結局、アジアの植民地と軍事力の大部分を失うという途轍もない損害を蒙ってしまったのだ。なぜ、日本は最初から戦ってくれなかったのだ」 その言葉を知ったとき、もし、このまま韓国が、中国が日本を挑発し続けた果てに行き着く結末を想像して背筋に冷たいものを感じたのである。 当時と今の決定的な違いは・・・ 韓国には当時の英国ほどの力もなく、そして世界の殆どは日本を本気で怒らせることを恐れている、という事だった。 実際、大日本帝国は当時、やっと世界第五位の国力を持っていただけであり、アメリカは世界の経済力の半分を占めるほどの超大国だった。工業力も、今の日本の実力と比べると当時の日本の工業力はそれほど突出したものでもない。 それにも拘らず、大日本帝国は世界の殆どの国を敵に回して四年もの間の大戦争を繰り広げ、そしてドイツと共に敗れたとはいえ戦勝国側もアジアの植民地を失い、そしてアフリカや南米諸国という植民地すら失うはめになったのだ。 あと一年長く戦えば、アメリカ合衆国の経済は破綻していたとさえ言われているほどなのだ。 対して今は、日本一国だけで欧州全てに匹敵する経済力と、世界第二位の海軍力を持つ恐るべき実力を持つ国となっている。 その国が牙を剥いたら・・・、と考えると、ニュースで韓国の大統領や大使が日本を非難する声明を出すたびに心臓が凍りつきそうな恐怖を感じているのは水蓮だけではなかった。 「・・・冗談でもそんなこと言わないでください」 眞のきつい皮肉に怯えるように言葉を搾り出した水蓮に、「ごめん・・・」と呟く少年の瞳が揺れていた。 悦子は小さなコンピュータの画面を見ながら首を捻っていた。 眞の支持したオンラインゲームをプレイしているのだが、妙な謎に突き当たっていたのだ。確かに、このゲームは不気味なゲームだった。見た目はよくあるRPGのような雰囲気である。しかし、実際にプレイしてみると、現実の出来事と不思議なほどリンクしているとしか思えないのだ。 眞の捜査に行き詰ったとき、このゲームをしていて起こったイベントの中に隠されたヒントに従うと、実際に眞の残した痕跡に出会うのである。 つまり、このゲーム自体が眞探しのヒントとなっているとも考えられるのだ。 しかし一体、何のために・・・ 普通、ゲームを作るには大勢のプログラマーやデザイナー達が共同で、長い時間と労力を費やすものだと智子から聞かされている。しかし、このゲームは一般の話題に上る事無く、ひっそりと現れて楽しまれているのだ。それに、現実との奇妙なリンク・・・ 不可解極まりないゲームだった。 「で、何か見つかった?」 亮が智子と悦子に尋ねてきた。 幾つものイベントをクリアーして、今は再びダンジョンの中でイベントが起こるのを待っていた。 そして・・・ 「来た。イベントよ!」 智子が興奮気味に叫ぶ。 慌てて悦子が智子の画面を覗き込んだ。英二と亮も手を止めて智子の画面を見詰める。 画面の中では幼い少女と智子の操るプレイヤーが対話をしていた。 『ねえ、こんなダンジョンの中で何をしてるの?』 智子のプレイヤーが少女に尋ねた。 『あたしね、お札を探してるの。そのお札があれば竜神様にお願いを聞いてもらえるの。そしたら、お姉ちゃんの病気を治してもらえるから・・・』 思わず智子と悦子は顔を見合わせていた。 お札を探せばいい。そのヒントは“竜神様”という言葉。ならば・・・ 『じゃあ、あたし達が探してきてあげる。お姉ちゃんの傍にいてあげてね。見つけたら何処に行けばいいの?』 『あたしの家に近くにあるお店に来てくれる?』 『いいよ。お店の名前は?』 『白樺亭っていうお店よ』 思わず英二は呻いていた。 白樺亭なら知っている。吉祥寺にある洒落たレストランの名前だ。 間違いない。このゲームには眞が深く絡んでいる。 「この白樺亭ってレストランには、眞を連れて行った事がある。なら、あの女の子は篠塚女子高の美咲のシルエットだろうな。だったら、その神社は・・・」 「・・・誰よ、その篠塚女子の美咲って?」 不機嫌な声で悦子が英二の言葉を遮った。 この二人は一体、学校の外で何をしてるのだろう。 「・・・お前が想像してるような事じゃなくてな、美咲ってのは俺の従姉なんだよ」 「へ!?」 「・・・あんたに従姉っていたの?」 余りの言われように英二は頭を抱えた。手伝うのをやめた方がいいかもしれない。 「とにかく、そのお前の従姉が絡んでんだな?」 亮がその場をとりなすように言葉を繋げる。 「ああ。あいつの姉ちゃんが病気だってのは周知の事実だしな。病気っても、大したことのない病気で日常生活には問題は無いんだ」 だが、眞はそれを気にしているのだろうか。 とにかく、その神社に向かってみる事にした。 「行くぞ」 「判った!」 その推測された神社はひっそりと都会の一角に佇んでいた。 ゲームの内容から、この神社でお札を得られるはずだった。そのキーワードは“竜神様”という言葉だった。そしてこの神社には知られていないことではあったが、“竜”に纏わる伝説がある。 遥かな昔、この地に大雨を齎して人々を苦しめた竜神がいたという。 だが、その竜神の悪行に一人の武士が立ち向かい、そして死闘の末に竜神を退散させたという。その時にその竜神は武士に斬りおとされた左手を証として残し、それが今にも伝わっているのだといわれていた。 「ホントかね?」 竜神についての話を調べながら、智子は疑わしそうにその記事の内容を眺めてしまう。 技術コチコチのハッカーにとっては竜神が云々というのはあまり現実味がないどころか、胡散臭いこと極まりないと映るのだろう。 だからこそ、智子をも遥かに凌駕する実力と知識を持つ天才的なハッカーである眞がこのような伝説めいた事に関わりを持って色々な仕掛けをしていく、というのは 庭掃除をしていた巫女の一人に声をかけて事情を話すと神主に話をしてくれる事になった。 「ええ、確かにこの神社には竜神に関する伝承があり、縁があるといえるでしょうな」 初老の神主が少し驚いたように笑う。 余りにも突拍子もない話なので、この竜神伝説に関してはほとんど公開されていないのだ。それを行方不明の少年が知っていて、それに関連して謎めいた逃避行をしている、と聞かされれば興味もわくだろう。 その竜神の手は祈りを捧げれば癒しの奇跡を起こしてくれるのだという。 「しかし、その貴方たちの友人はどうしてこの話を知ったのでしょうね? 差し支えなければ、その少年について聞かせていただけますか?」 「はい、彼は・・・」 その説明を聞いていくうちい神主の目には不思議な光りが宿っていくのを英二と亮は感じていた。 そして・・・ 「その彼の名は緒方眞、というのですが・・・」 ガチャン! 神主の表情はその名を聞いたとき、はっきりと青褪めてお茶の湯のみを取り落としていた。 「・・・今・・・何と?」 呆然とした表情で神主が悦子に尋ね返していた。 「え?」 「その少年の名前です。緒方眞・・・と言いましたね?」 「はい。それが・・・」 「悪い事は言いません。すぐに彼の行方を追うのを止めて、普通の日常に戻りなさい」 厳しい口調だった。 それは祖父が孫を嗜めるような愛情と同時に、何かに対する激しい恐怖の入り混じった表情だった。 「ど、どう言う事ですか?」 今すぐ、眞の調査を中断しろ、などとは・・・ しつこく尋ねると、神主は宙を見詰めて何かを思案する様子を見せる。 どれ程の時間が流れただろうか、初老の神主は意を決したように四人に向き直る。 「・・・恐らく彼がこの神社を指定して、そして竜神の事について匂わせたのは深い意図があってのことでしょう。ですが、覚悟してください。もし、これからお話しする内容を聞けば、貴方達は二度と普通の日常に戻れなくなる可能性があります」 その神主の目には今までなかった厳しい光が宿っていた。 「・・・それは・・・」 「智子、小沢さん、二人は此処で帰ったほうがいい」 亮が何かを決意したような表情で二人に声をかける。 おそらく、とんでもない事になる・・・ 本能的に何かに踏み込もうとしている事を感じていた。英二も同様に、二人に対して視線で今すぐ立ち去れ、と告げている。 だからこそ、悦子も智子も反発を覚えていた。 「どうして二人だけで探そうとするのさ? あたしだって、おがっちゃんの友達のつもりでいるんよ?」 「言いだしっぺはあたしなんだから、今更止められないよ!」 「いいから帰れ!」 英二が声を荒げた。 むきになって言い返そうとした智子と悦子は英二の表情を見て息を呑む。普段は飄々としているその顔に、はっきりと緊張と恐怖の色が浮かび上がっていた。 「頼む。これ以上は その言葉に神主も息を呑んでいた。 まさか・・・ 「君も・・・知っているのですか?」 英二は無言で頷いた。 「俺が知っているのは眞に関係することの、ほんの一部だけだ・・・。だから、正直言って訳がわからなくなってる。あいつが無関係な、しかもクラスメートの女の子を引っ張り込みたがるとは信じられねぇんだ・・・」 「その話なら、俺は親父から聞かされたことがある。眞の父親の事、だがな・・・」 「言ってはいけません!」 神主ははっきりと青白くなった顔色のまま、亮の言葉を遮る。 亮と英二ははっきりと悟っていた。 これは、眞からの挑戦だ。 この日本の中に宿る恐るべき闇を探って、自分の元に辿り着いて見せろ、という意図だった。 同時に、眞は気が付いて欲しいと願っている。 「・・・智子。もし、三日たって俺が帰らなければ俺の親父に伝えてくれ。眞の影を追っていった。そういえば親父は判る」 「亮!」 部屋に奇妙な沈黙が下りた。 一体、眞は自分達に何をさせようというのか。自分が想像していたよりもとんでもない事態に発展しそうになっていることで悦子は恐怖に押し潰されそうになっていた。 その瞬間、智子のPHPが鳴った。 「・・・失礼します。もしもし?」 『もしもし、トモっちゃん? どうする? 虎穴に入らずば虎児を得ず、って言うけどね。この国の闇を見たいなら最期までプレイすることをお勧めするよ?』 「おがっちゃん!? どういう意味さ、その闇って?」 だが、その疑問には答えずに眞のコールは切れてしまった。 「・・・眞か」 英二が呻くように言葉を漏らす。 眞は何の意図があって、このような深い闇を見せようとするのだろう。 悦子は揺れる心を必死に押さえ込んで、頭をフル回転させる。 そこまでして追いかける必要があるのだろうか? 自分は、彼にとってどのような存在で、緒方眞という少年は自分にとってどのような存在なのだろうか。 恋人? そんな訳はない。 惚れてた? そんな事を考えた事もない。だったら、どうしてこんなに必死になって眞を探しているのだろう。 いろんな事がぐるぐると頭の中を駆け巡って、そして答えに気付いた。 要するに、知りたいのだ。 何故、眞は失踪したのか。そして彼が何を見せようとしているのか。 「あたしは続けるわ。緒方君の影を追いかけて、彼が見せたいものを見届けたいの」 その言葉に亮と英二は反対しようとして、止めた。 悦子の目は、何かを決心した女の目だった。 こうなったら女は梃子でも引かねえからな。 英二はそう考えて説得を諦めた。 智子は、亮の目をじっと見ていた。その眼差しを見て亮も英二も智子を説得する気を失っていた。結論が頭の中で出た女は、男が何を言っても耳も貸さない、というのは二人とも良く知っている。 「・・・判りました。ならお話しましょう」 |