~ 1 ~

 英二は悦子達を連れて渋谷の一角にあるクラブを訪れていた。
 軽く手を上げて知り合いらしい男に挨拶をする。
「よ、どうだ?」
 明らかに英二達よりも年上の男だったが、別に二人とも気にした様子は無かった。チーマーやヤクザの世界では明確に上下関係があるらしい。
 しかし、そのような社会とはとちがう別の闇の世界では、あまり明確な上下関係は無いと英二に聞かされていた。
 彼等のような学校、社会などから疎ましがられている若者達にとって、そんな煩わしいものを自分達の関係にまで持ちこみたくは無い、という理由からのようだった。
 それどころか互いの本名さえ知らない“友達”関係さえ成り立っている。
 英二も眞も、そのようなヴァーチャルな付きあいの方が気楽なのだろうか。
 悦子にはなかなか理解し難い関係だった。
「で、そっちのカワイ娘チャンたちは?」
 そう言いながらも、若者は亮の姿をさりげなくチェックしていた。
 そして亮自身、目の前の男が相当に場慣れしている事に気が付いている。ただの喧嘩慣れした男ではない。何らかの格闘術を身に付けて、しかもそれを実戦で磨いた事のある人間特有の空気を身に纏っているのだ。
 もっとも、亮もそれが判るくらいには空手の実力を持っている。
 目の前の男は上手くすれば空手で全国レベル上位にランクインできるだろう。
(まったく、世の中には化け物ってのはこんなにごろごろしているんだな・・・)
 呆れたような驚きを感じながら、眞がこれ程の実力を持っているはずの男達が巣食う裏社会の勢力図さえ塗り替えるほどの行動を起こしている事に不可解な疑問を感じていた。
 英二はそんな亮の考えにはまるっきり至らないような様子で答えていた。
「ま、訳アリだ。詳しい事は知らないほうが身の為かもな」
 何処でももったいぶる事が好きな男だ。
 にやにやと笑いながら男はからかうように言葉を続けた。
「今日はなんだ? 面白いものが入ってきたんだけどよ」
「・・・今月はもう金欠なんだよ」
 苦虫を噛み潰したように英二がぼやく。
 金さえあったら試してみた、とも取れる言葉に悦子も智子も少しだけ眉をしかめた。
「例のカノジョに小遣いもらえよ」
「アイツも貧乏なんだよ。今月アホな買いモンしたらしいからな」
 どうやら英二には小遣いをくれるカノジョが居るらしい。
 なんとなく汚らわしい気がして悦子は英二から眼を逸らした。悦子にはどうもそんな関係が理解できない。
“てっめ~、言ってくれたな”といった様子で英二は目の前の男を軽く睨む。
 してやったり、と言わんばかりの表情で男はあさっての方向を向いた。
「・・・でよ、話なんだが、“マーヴェリック”の事、判るか?」
 いきなり真剣な表情になり、英二が男に尋ねた。
 男もさっきまでのにやにや笑いが消えた鋭い表情で英二に聞き返す。
「・・・あの“マーヴェリック”ってのは何モンだ?」
「化け物さ」
 英二も一段と声を落として静かに答える。
「いやな、化け物ってのは判る。ただな、俺の知っている化け物ってのとは次元が違うぜ」
「逢ったのか?」
「ああ・・・ただし、俺はもう二度と関わりあいを持ちたく無いがな」
 その意味あり気な言いまわしに、英二は不可解な様子を感じていた。
 目の前の男-アッシュというニックネームの情報屋で何でも屋-は、文字通り修羅場の世界で生きている男だ。よほどの修羅場でさえ、いや、修羅場の中でしか生きられない男が、眞に関わりあいを持つ事を恐れている。
 英二は微かな不安と苛立ちを覚えていた。
「どう言う意味だ?」
 アッシュは喉の奥から絞りだすような声を出す。
「奴は伊達と一緒に居た」
「な・・・!!!」
 英二が驚愕の表情を浮かべて絶句した。
 普段はにやにやと惚けた表情をしているクラスメートが、恐怖さえ伴った驚愕の表情を隠そうとしない事に、悦子達は驚き、そして更に不安を掻き立てられていく。
「・・・何処でだ」
 質問、というよりは確認、といった声音で英二が尋ねた。
 しかし、アッシュは首を横に振るだけだった。
「・・・勘弁してくれ」
 それは答えたくない、というよりは知らせる事で英二達が危険な状況に巻き込まれる事を恐れての答えである事に亮と英二は気が付いていた。
「その伊達さんって、一体誰なんですか?」
 悦子が思いきって質問してみた。
 アッシュの顔から血の気が失せていく。
 その瞬間、周りに居た客が一瞬だけ悦子達を見て、そしてそそくさと席を立っていった。
 一人の客がぼそり、と「まだ若いのに・・・」と呟くのを悦子は聞き逃さなかった。
 そして智子は自分の予想の中で最悪のものが的中していた事を呪わずにいられなかった。
「私が知っている限りの事だけどね・・・」
 智子はゆっくりと悦子に知っている限りの事を話していく。
 伊達京介。
 日本で最も危険な、いや世界で最も危険な男の一人。
 裏の社会でさえ、あの男に手を出せるものはいない、とさえ言われている。
 伊達京介、という名前も本名であるとは誰も信じていない。
 どの組織にも属していない一匹狼でありながら、日本のヤクザ、暴力団、チーマーなどだけでなく諸外国からのマフィア勢力や黒社会にも恐怖と戦慄を以って絶対的な影響力を持っている闇の帝王。
 ありとあらゆる勢力から狙われながら、その命を狙っている組織を平然と操る魔人。
 優れた実力を持っているハッカーである智子だからこそ、裏の社会と関わりあいを持たない身で伊達の事を知り得たのだろう。
 悦子はその説明を聞きながら、全身の血が凍りつきそうな恐怖を覚えていた。
 
「この方法じゃ、効率が悪すぎるな・・・」
 伊達は新たな問題に頭を抱え込んでいた。
 現実的に実行部隊となる隊員を養成しているものの、敵地に潜入して攪乱作戦や破壊工作を行わせるほどのレベルの人材は未だに数えるほどもいない。そうした人材の養成にはそれなりに時間が掛かるため、緊急を要する作戦には魔神を使うしかないのだが、魔神も同様に数が限られたリソースだった。
「仕方ありませんね、必要なら魔法生物を創造して投入することになりますが・・・」
 眞も考えながら伊達に答えていた。
 一番現実的に運用が可能なのはストーカーと呼ばれる魔法生物だった。これはガス状の霊体になることが出来るため何処でも進入することが出来、必要に応じて実態を取ることが出来るために運用のしやすい魔法生物だった。しかし、大きな問題が一つだけある。
 その人工の知性と霊体を構築するためには大量の人間の精神を消費する必要があるのだ。
 中世や古代の社会ならいざ知らず、これだけ多くの人間を犠牲にしてばれない筈が無い。それに、死体の処理にも問題があるのだ。
 まさか片っ端から魔神に食わせてしまうわけにもいかない。
 既に北朝鮮や韓国のスパイや工作員はかなりの数で始末している。単純に抹殺するだけでは勿体無いので、その日本に対して謀略を仕掛け、陥れようとしている敵の工作員を拠り代にして人間を犠牲にする必要のある上位魔神の召還を行っていたのだ。その中には人の姿のみならず意識や記憶、能力をも完全に写し取る事の出来る鏡像魔神iドッペルゲンガーj魔術魔神iギグリブーツj界門魔神iヒューリカーjなどの特殊な能力や高度な魔法能力をもつ魔神を召還して、必要な開発作業を進めさせている。
 特にヒューリカーは古代語魔法の奥義を極めた魔神であり、怖ろしく高度な魔法戦略を取る事を可能にしている。そして、それに次いで高い古代語魔法の能力を持つギグリブーツを動員して、魔法彫像や魔法生物の創造、魔法工芸品の開発と生産を行っているのだ。とはいえ、余りにも大量の工作員が突然行方不明になった事から北朝鮮や韓国内部では非常事態になっている。これ以上の無理な“浪費”は出来なかった。
「とりあえず、“次元の門iディメンジョン・ゲートj”の運用試験が開始可能ですから、投入と回収は比較にならないほど楽になると思います」
 眞の言葉に、伊達は興味をそそられたように視線を向けた。
「あとはストーカーの開発ですが、魔法による人工的な知能を付与する方法で開発を行うしかないでしょう。幸い、古代の魔術師に人工知性の研究を行っていた魔術師がいます。その研究書と魔術書に人工的な知性を付与する事の出来る呪文が存在しますので、それを応用して必要なゴーレムや魔法生物を製造しましょう」
 その呪文が存在していたのは僥倖だった。
 眞が召還して手に入れた魔術書の中に、古の大魔術師の研究した魔法書と研究内容を記したノートがあったのだ。
 それには人工の知性を物体や知能の低い生物に付与して、高度な人間並みの知性を持たせることを可能にする、という呪文が記されていた。それを使えば通常なら単純な命令を実行する事しか出来ない魔法彫像にも高度な人間並みの判断と自律性をもたせることが可能になる。
 平然とそんな内容を話し合う二人を見ながら、プロメテウスの幹部達は「とんでもない連中と係わり合いになってしまった・・・」と心の中で嘆いていた。だが、在日朝鮮人や在日韓国人が今までに日本や日本人に対して何をしてきたのかを考えるたびに、そのような気持ちなど吹き飛んでしまう。むしろ、そうした形で“消費”されても文句が言えないような事を彼らは仕出かして来ているのだから。
 だが、現時点では限られたリソースを最大限に活用しても想定していた最低限の活動しか出来なかった。
 アメリカ合衆国の連邦議会やホワイトハウス、ペンタゴン、CIAを始めとして中国の中南海、韓国の青瓦台、ロシア連邦議会、北朝鮮の朝鮮労働党を始めとしてそれらの軍部、統一教会などにエア・ストーカーを送り込んだり、死霊魔術で支配した亡霊を憑依させて要人を操ったりして情報を収集したり、その戦略に干渉する程度のことが限界だった。
 それだけでもほとんど眞一人の力で行ったことを考えれば、彼の身に付けた力の恐ろしさと眞自身の戦略家としての才能を垣間見ることが出来るだろう。
 とは言うものの、今のレベルが行える限界ではあった。
 余りにも急激に諸外国政府レベルまで支配下に置いて国際戦略を行う事は危険ですらある。そうした事情から、眞とプロメテウスは日本の国会の、いわゆるリベラル派議員や左翼系議員を厳重に監視、干渉下に置いてコントロールし、他国の情報を収集して外交に生かすように最新の注意を払って作戦を展開しているのだ。
 だが、これ以上は日本自身が新しい戦略に立ち、国際情勢を動かしていく準備が整っていなかった。ようやく、そうしたレジームシフトの準備を始めたばかりなのだ。


 沢口聖子は問題児の甥っ子がクラスメート達と一緒に東京中を駆けずり回っている事に苦笑を浮かべていた。
 小さなスナックを経営しているだけの慎ましい生活ではあるが、この銀座でそんな店を維持する事がどれ程大変なのか、若い頃から苦労してきた聖子にとって、甥っ子が何とかしてまっとうな生活が出来るようになる事を常日頃から気にかけていた。
 英二が何度かつれてきたあの少年は、今頃何をしているのだろうか。
 この東京の中で行方をくらました人間を探し出すのは途方もない労力が必要になるだろう。
 それとなく電話をかけた自民党の中堅代議士の一人は苦笑交じりに「心配要りませんよ。坊ちゃんはすぐに学校に戻ってきますから」と答えてきた。
 益々持って意味が判らない。
 まあ、少なくともあのお坊ちゃんは自分の後見人の代議士や弁護士達には連絡を取っているようなので、問題はないと思う。
 英二にはこのことを黙っていた。
 あの暴れ馬がこの人捜しに懲りて自分の限度を弁える様に成ってくれれば上出来だ。
 カラン、とドアベルが響いて扉が開かれた。
「いらっしゃいませ」
 声をかけながら心の中で舌打ちする。
 この界隈では余りよろしくない客として有名な男とその取り巻き達だった。
「ちょっと聞き手ぇ事があってな・・・」
 男は臭い息を吐きながら血走らせた目で聖子に言葉をかける。
「何でございましょう?」
「この近辺で暴れまわっている金髪のガキを探してるんだ。うちの若いのがエライ目に合わされてな、ちょっとおイタの度が過ぎてんじゃねえのかって事でな・・・」
 聖子は内心で拙いわね、と呟いていた。
 どうやら本物のヤクザが出張ってきている。
 眞ちゃんに連絡してあげないと・・・
 丁寧に話を合わせながら、可能な限りの内情を聞きだそうとしていた。
 その瞬間、カラン、と計かな音が再び響く。
 いらっしゃい、と声をかけようとして全身が凍り付いていた。
 鮮やかな黄金の髪をした少年がそこに立っていたのである。
「て、てめえ!」
「・・・よくも抜けぬけと俺達の前に現れたもんだな」
 今にも掴み掛からんばかりの形相の男達を興味なさげに一瞥して、眞は聖子の元に歩いてくる。
「ママさん、伊達さんからの預かり物です。また機会を見て遊びに来ると言っていました」
 丁寧に包装された菓子折りを手渡す。
「テメェ、舐めてんじゃ・・・ウギャアアアッ!」
 菓子折りを叩き落とそうとした男の肘を完全に極めて、眞は退屈そうに声をかける。
「お前、人の託を叩き落とそうって親の躾のなってない奴だ。少し痛い目でも味わって、他人の託物に手を出すなって事くらい勉強しとけ」
 その瞬間、ゴキッ!、と鈍い音が響いて男の右手が逆方向に捻じ曲がったのを聖子ははっきりと見ていた。
 脂汗を流して悶絶する男を捕らえたまま、幼ささえ残る少年は男達に冷たい一瞥を投げかける。
「表に出ろ。人に迷惑をかけるのは良くないだろ?」
 その挑発的な言葉に頭の男がいきり立ったように殴りかかる。
 舎弟を一人、捕まえているなら身動きも取れないだろう。だが、その瞬間、頭は目を疑うような少年の行動を見ていた。
 少年はあろうことか、へし折った男の腕を捻って無理やり立たせながら一瞬、身体がブレたと思うほどの凄まじい瞬発力で全身を捻って、その捕らえていた男を投げつけてきたのだ。
 へし折られた腕を捻られ、更に振り回されて投げ飛ばされた男はもう、声も出せずに涙と鼻水を垂れ流していた。
 殴りかかった態勢のままで投げつけられた男をまともに喰らった頭は、床に潰されたまま少年を睨みつけようとした。だが、その瞬間、鼻の頭に凄まじい衝撃を喰らって目の前に火花が飛び散る。
 ヤクザをなんとも思わないで、まるで子供が気に入らない玩具を叩き壊そうとするようにめちゃくちゃな暴力を振るわれて、男は初めて、自分がとんでもない相手に狙われているのだ、と理解し始めていた。
「・・・表に出ろって言ってんだろ? 頭が付いてねえのか?」
 真剣に逃げたかった。
 このままでは嬲り殺しにされる・・・。そんな恐怖が男の心の中に沸き起こってくる。
 悲鳴をあげようとした男の顔面を、少年の繊細そうな手が鷲掴みにした。次の瞬間、怖ろしい力で顔面を締め付けられて経験したことのない痛みが顔中に襲い掛かってきた。
「人の言うことは素直に聞いとけよ?」
 男は喋ることさえ出来ないまま、何とかこの苦痛から逃れようと必死に全身を暴れさせようとする。その瞬間、更に強まった圧力で頭蓋骨がみしり、と嫌な音を立てたのが奇妙に大きく聞こえた気がした。
「大人しくしてろよ・・・。思わず力を込めちまったじゃないか。言っとくけど、俺はココナッツを握りつぶせるんだぜ?」
 男は目を剥いて声にならない悲鳴をあげて泣き始める。
 自分の力などまるで及ばない相手が、文字通り虫けらを踏み潰すように自分の頭を潰そうとしていることが信じられない。
 その少年は涼しげな表情のまま、二人の男を交互に見詰めて両手に掴んだそれぞれの頭を弄ぶように力を入れては緩めて、男達に喉が張り裂けそうな悲鳴をあげさせ続けていた。
 何人かの客と頭の舎弟、そしてホステス達は息を潜めてこの残酷なショーを見詰めている。
 普段は強圧的な態度だけを振り撒いているヤクザが少年にいいようにやられて泣き叫んでいるのだから、こんなに面白い見ものはない。男の舎弟は、逃げ出したら上の連中と頭に何をされるかわからない、という恐怖から逃げ出すこともできず、しかし戦うことも出来ずにじっと立ちすくんでいるだけだった。
「た、助けてくれ・・・俺は、若頭に言われただけなんだよぅ・・・」
 その情けない言葉に眞は冷たい微笑を浮かべる。
「お前ね、人に何かを頼むのに“助けてくれ”ってか? 言葉遣いを考えろよ。きちんと立場を弁えてから喋れ。言っとくけど、俺は仏様じゃないからあんまり気が長くないぜ?」
 もうヤクザは端も外聞もなく泣き叫ぶ。
「お、お願いします! お助けください! この通りです!」
 その滑稽極まりない言葉に客とホステスの中から失笑が漏れた。
「すっげぇダセぇ・・・」「なに、アレでヤクザなの・・・?」
 だが、男にしてみれば自分の頭蓋骨が現実にみしみしと音を立てている状態では何も出来ない。
 少年が微笑を浮かべた。
 やった、助かる!
 そう思った男に、少年の声が響いた。
「誠意が足りないんだよ。不合格ね」
 少年が息を吸って、そして気合の声を上げた。その瞬間、男は股間に熱い何かが広がるのを感じながら恐怖の余りに意識が遠くなっていくのを感じていた。

「叔母さん、済みません。お騒がせしました」
 ぺこり、と頭を下げる少年に聖子はもう何もいう気がしなかった。まさか、あのヤクザを力で叩きのめしてしまうとは・・・
 でも・・・
「ねえ、本当にヤバイわよ。あの連中の飼い主、この辺りでもかなりの厄介者だから・・・」
「心配要りませんよ。あのビル、もう空き家になってますから」
 そのとんでもない言葉に聖子は何を言っているのか理解できなかった。その聖子の声に、少年は悪戯っぽく答える。
「タレこみがあったんですよ。東京地検に。○○組が弁護士の△△と組んで大規模な脱税をやらかしたって、証拠の帳簿つきで」
「まさか・・・」
 聖子が顔を曇らせたのと対照的に、少年は悪戯が見つかった子供のような表情を浮かべる。
 そういえば、この子のこんな楽しそうな表情って、初めて見るわね・・・
 長年、銀座で暮らしてきた聖子からみても辛くなるような人生を送ってきた少年が、初めて見せた心の底から楽しげな微笑に聖子は何処か救われたような想いを抱いていた。
 きっと、英二もあなたを見つけ出せるからね・・・
 そう微笑を浮かべた聖子に、眞が申し訳なさそうな表情で続ける。
「あと、壊してしまったものは請求書を回してください。全部手配します」
「よしてよ。そんなのは日常茶飯事なんだから」
 実際、酔っ払って喧嘩をするものや、足元が覚束なくなってテーブル諸共床にひっくり返る連中など、調度品が壊れることを気にしていてはこの界隈で商売などやっていられない。
 その聖子の言葉をにっこりと笑って遮り、眞は店の全員に大声で呼びかける。
「今日はお騒がせして申し訳ありませんでした! お詫びに、今日の飲み代は私の奢りとさせて頂きます!」
「ちょ、ちょっと!」
 慌てる聖子の声は、客のあげた歓声にかき消されてしまった。
「いいから、いいから! あと、店のお姉さん達にもチップ、弾んであげてよ?」
 もう呆れて聖子は何も言えなかった。
 眞の言葉にホステス達もにっこりと微笑を浮かべる。
「偉い! 若いのに男気があるわね~!」「も~、お姉さん、いっぱいサービスしてあげちゃうんだから!」
 一気に盛り上がった店の中で、気持ちよく気絶したままのヤクザの事など誰も気にしていなかった。
 
 
 

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