~ 4 ~

 眞は自宅の部屋で鏡を見詰めてじっと考えをめぐらせていた。
 とりあえず、中核派や革マル派、それに主要な反政府活動家や在日外国人団体に監視の目を潜ませる事には成功している。そしてマスコミ各社の内部にも魔神や魔法生物を送り込んで、いつでも手を打てる様に体制を整えていた。
 それで得られた膨大な情報はスーパーコンピューター代わりの魔法の彫像に分析をさせて、必要な情報を的確に解析できるようにしている。
 孤独な戦いだった。
 だが、それは可能ならば誰かを巻き込む事無く進めたい戦いではあった。
 そうした手を着々と打ちながら、眞は同時に共に戦おうとしてくれている仲間達に未だに心を許しきれない自分に苛立ちを感じていたのである。余りにも長い間、いや、物心付いたときから陰謀と策略の狭間に流されて、そして裏切られ続けてきた時間が余りにも深い傷跡となって眞の心の中に積もってしまっている。
 こんな想いをする世界を変えたいと願いながらも、それに呪縛され続けている自分に言葉に出来ない苛立ちを感じてしまっていた。
『信じる事は勇気がいる事です・・・』
 水蓮の優しく涼しげな声が胸に響く。
 お願いだから・・・信じさせて欲しい・・・
 眞は悲鳴をあげたくなるほどに狂おしい衝動を感じてしまう。
 自分が、どれ程孤独だったのか、信じられる人をどれ程望んでいたのか、自分自身ではまるで気付いていなかった。
 周囲全てが敵かそうでないか、という只それだけの存在である中で、初めて信じられる、信じたい人たちが得られたとき、彼の心の中には戸惑いとそれを受け入れられない不信感だけが沸き起こってきたのである。
 膨大な情報を解析しながら、眞は激しい動揺を抑えきれずに戸惑いを覚えていた。
 目的のためなら、いつでも戦闘マシーンになりきれると自分に自信を持っていた。だが、その自身が今は揺らいできている。
 理由は一つ。
 大切な仲間に出会ってしまったから。
 彼らを失いたくない、そんな想いが眞を“人間”に変えてしまっていたのだ。
 麗子に愛されて、包み込まれる安らぎを覚えてしまった。
 そして水蓮と貪欲に魂の奥まで貪りあうように求めあうことを知ってしまった。
 失いたくない人達が、自分の周りに居る。そしてその人たちを護らなければならない、という重圧感と何時、そうした事態が発生してしまうのか、という不安は眞の心にじりじりと焦燥感を齎してくるのだ。
 
 伊達は一人でゆっくりとグラスを傾けていた。
 眞が今、激しい葛藤と苦しみを感じているのは傍で見ている彼には手に取るように理解できる。だからこそ、敢えて眞を一人にして突き放していた。
 この孤独と不安は眞が独力で乗り越えなければならない。
 たった一人で絶望的なまでに巨大な敵と戦おうとしていた少年は、同時に何者をも寄せ付けない孤独という鎧で自分を護っていた。恐らく、眞は一人ででもこの戦いに勝てるだろう。
 異界の魔神を操り、無数の魔法生物を使役して、立ちはだかる者全てを打ち砕いて勝利する事も不可能ではない。
 しかし、それは孤独な独裁者を生み出すことにしかならない。
 人を信じる事の喜びを、仲間の居る素晴らしさを知らずに勝利したところで、自分自身の孤独の影に飲み込まれて破滅するだけだ。
 だからこそ、伊達は眞に人を信じる事、仲間を信じる事を覚えて欲しかったのだ。
「それにしても、あの韓国人の女、本当に不思議な女だな・・・」
 伊達は苦笑しながら水蓮の顔を思い出していた。
 何の苦労もしたことの無いようなお嬢ちゃんが、まさか、眞の心をこれ程までに揺さぶっているとは。
 この魔王と呼ばれる男は、苦笑を抑え切れなかった。
 在日朝鮮人の内情を良く知っているだけあって、伊達は基本的に韓国人も朝鮮人も信用していない。はっきり言って蛇蝎の如く嫌っているのが本音だった。
 だが、そんな伊達に物怖じせずに食って掛かってくるし、眞に対する想いも間違いなく本物だ。それに、伊達にしてみれば信じられない事に、誠実で有能な人物だと認めざるを得ない女性なのだ。
 正直で誠実な韓国人など白いカラスよりも見つけるのが難しい、と思っていた伊達にとって、水蓮と銀寿の存在は自分の信念を突き崩してくる存在だった。
 だからこそ、彼女達には眞の心の壁を突き崩してくれる事を期待せざるを得なかったのだ。
「ま、期待せずに待ってるさ」
 そう呟く伊達の顔には、本人も気が付かない微笑が浮かんでいた。

 水蓮は<覚醒の酒>によって目覚めた自分の力に完全に振り回されていた。
 何よりも、眞によって教えられた“瞬息”という特殊な技法によるとんでもない時間感覚での動きに、身体が慣れるまで相当掛かりそうだった。
 大体、火事場の馬鹿力のような力と生命の危機の状況で動くスローモーションのように見えるほどの情報処理感覚を組み合わせて、信じられないほどの身体能力を発揮する、という眞の修めている古武術の秘儀の基本を教えられて、それを特殊な魔法の薬を飲む事で自分のものにするための訓練を積んでいるのだ。
 元々、水蓮はテコンドーを習っていたものの、それはあくまでも嗜み程度。本格的な戦闘で使えるとは到底思っていなかった。しかし、今はそれを極限まで磨いて戦闘技術にするために眞に徹底的に鍛えられているのである。
 水蓮自身は知らない事ではあったが、彼女の戦闘センスは眞ですら驚くほどのものだった。
 間違いなく戦闘センスに関しては伊達や眞に次ぐものがあるだろう。だからこそ、眞は一抹の不安を覚えていたといってもいい。自分なら突き進める危険な状況に、果たして彼女を連れて行ってしまってもいいのだろうか・・・
 そんな気持ちを知ってか知らずか、水蓮は只管稽古に打ち込んでいたのだ。
 それは、水蓮の心の底から湧き上がってくる想いが、彼女を衝き動かしてくるのだ。
 自分が認めた人を護るため、そして一緒にいるために何があっても傍にいられるようになる、という想いだった。
 彼のための鎧になり、剣となる。
 その想いが水蓮を戦いの女神へと生まれ変わらせていた。
 まだ百回戦って百回とも負けるのは判っている。それどころか、本気を出させるにも至っていない。
 だからこそ、眞を孤独にさせたくなかったのだ。
「ハッ!」
 軽やかに後ろ回し蹴りを放って、空中に浮かんでいた標的を蹴りぬく。
 プロメテウスのメンバーですら見るのがやっと、というほどの鋭さと速さで蹴りぬかれた脚は空中を素早く動き回っていたターゲットを見事に捉え、一瞬にして吹き飛ばしていた。
「すげぇ・・・」
 誰かの言葉に、(でも、まだまだよ・・・。こんなんじゃ、まだ眞さんの力になれないわ・・・)と心の中で呟いていた。

 アメリカ合衆国ワシントンDC。
 ポトマック河の東側、白いドームの中にある小さな部屋では静かな、しかし白熱した議論が繰り広げられていた。この非公式の会議で語られている議題は極東の島国で起こっている不可解な事態のことである。
 恐ろしい勢いで日本の国内から在日朝鮮人や在日韓国人、在日中国人が去っているのだ。しかも、原因不明の理由で主体思想などに感化された日教組に所属する教師達や中核派などの革命思想を抱いている者達などが次々に命を落としていたり、行方不明となっている。
 由々しき事態だった。
 このままでは第二次世界大戦の終結に伴って封印された極東の危険な帝国主義国家が復活してしまう、と彼らは憂慮しているのだ。結局のところ、彼らのような日本の勢力の伸張を好ましく思わない人間達は、極東軍事裁判の判決を受け入れた日本に対し、当時の占領下においていた状況を利用してWGIPなどの施政を行い、徹底的に日本人に対して戦前の日本を悪の帝国であり、自分達が騙されて旧日本軍の世界に対する悪事に加担したのだ、と教育をするような政策を行っていたのである。
 そうすることで愛国心を持つことは悪いことであり、旧日本軍や大日本帝国のことを少しでも良く言うことは第二次世界大戦を反省していない行為である、と徹底的な思想誘導を行ってきたのだ。
 しかし、それでも十分ではなかったようだ。
 未だに日本の政界や財界などには旧日本軍の行為や大日本帝国のことを肯定的に捉えるナショナリストが多くいる。
 そうした勢力が日本の実権を取り戻そうと画策しているのではないか、と憂慮していた。
 その為、日本に配置したエージェントや彼らの強い影響下にある政治家、財界の人間などを利用して今の動きを潰さなければならないのだ。
 だが、彼らは気が付いていなかった。
 この極秘の会談を行っている場所に姿の見えない招かれざる客がおり、じっとその内容を見つめていたのだ。
 その透明な影は何時からだろうか、常にこの白いドーム、合衆国連邦議会やホワイトハウス、ヴァージニア州ラングレーにあるCIA本部、ペンタゴン、NORAD、あらゆる場所に潜み、そしてその内容を常に監視していた。
 数え切れないほどの存在がこの世界最大の覇権国家の中枢部を一刻も逃さずに監視し、彼らの主にその膨大な情報を流し続けている。そして、必要なときにその見えざる手はそっと背後から忍び寄ってくることもできるのだ。
「あの日本の帝国主義者の残党が何かを画策しているに違いない。速やかに排除しなければならないと思うが?」
 男の一人が静かに声を上げる。
 合衆国の中にあってジャパンハンドラーと呼ばれる勢力を構成する一人だった。戦前の日本のような台頭を恐れ、それをコントロールすることで今の世界秩序を維持することを最優先だと考えている男だった。
「だが、誰がどのような手段でこれを行っているのかを明確にしなければ適切な手を打てない」
 別の男が思慮深く答える。別に日本に対して親しみを持っているわけではない。
 性格な情報を元に適切な手段を講じることこそが最も重要だと彼は判断しているだけだった。日本に対しては憎しみも親しみも感じていない。ただ、合衆国を中心とした今の世界秩序を適切にコントロールするために日本という巨大な駒を正しく運用しなければならない、と考えているのだ。
「しかし、時間を掛けて調査をしている余裕はない。今も日本に配置した朝鮮人という駒が駆逐され続けているのだ。このままでは日本という国が制御できなくなる」
 もう一人の男がかなりの強攻策を提示していた。
 彼らが把握している日本のナショナリストの中の最重要人物の一人を処分することで、この見えない敵に対して彼らの意思を示す必要がある、という提案だった。
 状況から判断すると、少なくとも今の事態の進行で最も得をする勢力は日本の国粋派だ。ならば手段を解明するのではなく、彼らが今の状況で利益を得る存在の中心を抹殺することで今の動きを封じることが可能ではないか、という推測が成り立つ。
 その極秘の会談を終えた後、日本の保守派政治家を束ねる榊原の暗殺を提案した男は車に乗って連邦議会のドームを後にした。
 車の中で男は(あの榊原は危険な国粋主義者だ。多くの保守派の政治家が合衆国の存在を前提にしているにもかかわらず、あの男とその一派は我が国の影響を排除してあの国を戦前の帝国に戻そうとしている・・・)と榊原のことを考えていた。
 運転手は車を西に走らせてヴァージニア州を進んでいく。ジョージ・ワシントン・メモリアル・パークウェイを抜けていった。ヴァージニア州の州道123号に乗って、そのまま西に向かえば彼の目的地であるマクレーンに到着するまでそれほども掛からない。
 運転手は慣れた手つきでパークウェイの右手に降りていく州道123号への合流路をぐるりと抜けて、州道へと合流していく。
 巨大なトレーラーの運転手は自分の目の前にひょい、と小さなリンカーンが飛び込んでくるのを見て目を剥いた。まるで自分がきているのが見えていないかのように、無造作に黒塗りのリンカーンは州道へと飛び込んできたのだ。
 慌ててブレーキを掛けた。
 だが、バス二台分もあろうかという巨大なコンテナを搭載したトレーラーがそう簡単に停まれるはずなどない。
 一瞬にして二台の車は激突していた。
 漆黒の高級車はまるで壊れた玩具のように潰れ、そして金属が道路を擦る激しい火花が煌く。
 時速100kmを遥かに超えて疾走していたトレーラーが完全に停止するまで、数百メートルもの距離が必要だった。
 停止したトレーラーの運転手は、呆然としながら間違いなく会社から解雇を宣告されることを呆然と考えていた。
 そしてその潰れて原形をとどめなくなったリンカーンに誰が乗っていたのかなど、考えてもいなかった。

 自分の愛車の後部座席に座ってゆったりと葉巻を燻らせていた男は、先ほどの会談で実行することが決まった榊原暗殺計画について主導権を握ることが出来たことに満足していた。上手くすれば日本の国内で動いている怪しい動きを潰すことが出来ると同時に、この功績を元にして更に大きな利権を手に入れることも不可能ではない。
 日本が第二次世界大戦の前のように自由に動けるようになってしまったら、合衆国と退治する巨大なパワーが産まれる可能性がある。世界に占める15%もの巨大なGDPと高度な科学技術が他の大国や資源国家と組んで合衆国と敵対するような状況を生み出す可能性は断固として阻止しなければならない。
 榊原を暗殺してこの動きが止まれば、それは取りも直さず彼らが主導してこの事態を画策していたということを証明する大きな証拠になるし、少なくとも今の状況を作り出している組織に対しても牽制になるだろう。合衆国は黙ってみていない、という明確なメッセージを出す必要があるのだ。
 財界の知人と話し合いをするためにヴァージニア州マクレーンの小さな宿を借りていた。
 いつも通り過ぎる自分の家の裏庭のような高速道路を走らせて、彼の漆黒のリンカーンは闇をヘッドライトで切り裂きながら滑るように走っていく。
 黒人の運転手は忠実な働きをする青年で、彼は十分に信頼していた。あくまでも主人に仕える運転手に対して、という意味でだったが。
 だが、彼は知らなかった。
 この車の中に彼と運転手以外の別の存在がいて、そして着実に機会を窺っていたのだ。
 男にも運転手にも決して気取らさせないその影は、もう何週間もの間、じっと彼らを監視し続けていたのだ。
 そしてこのジャパンハンドラーの一人である官僚の動きを察知したことで、その主に全ての情報を伝送し、その指示の下で排除の機会を探っていたのだ。
 プロメテウス、というよりも今は眞の個人的な作業で改良されたこのエア・ストーカーは幾つかの古代語魔法の呪文を使えるように呪文の効果を付与されて、様々な工作活動に運用されている。
 幻影の魔法や着火の魔法など、様々な呪文を使えるように強化されたエア・ストーカーは正に最強の特殊工作兵だった。
 その暗殺者は最高のタイミングで呪文を唱えていた。
『<偽りの光よ>・・・』
 男は書類から顔を上げて運転手に尋ねる。
「何か言ったか?」
「いいえ、私は何も言っておりません」
 運転手が短く答えた。
 何か聞いた気がしたが、時速百キロ近い速さでリンカーンを運転している男にはそんな事に気を取られている余裕などなかった。
 いつもの事とはいえ、フリーウェイの合流路は気をつけて進入する必要がある。
 何度も通って慣れているとはいえ、合流車線に他の車がいないか、その車間距離は十分かを慎重に確認しながらハンドルとアクセルを操作していく運転手は、確かに何もいないことを確信していた。
 だが、本線に合流しようとした瞬間、一瞬だけホーンの響く音を聞き、そして全身を凄まじい衝撃が揺さぶるのを信じられない思いで感じていた。

 ビル・トンプソンは何時ものように生鮮食料品を大量に積んだコンテナ・トレーラーを運転して高速道路を快適に走っていた。
 ポトマック川を右手に見ながら鼻歌交じりにトレーラーを走らせていた彼は、近くの街につけば一休みできる、とささやかな楽しみを期待して巨大な車体を操っていく。
 ふと右を見たビルは、黒塗りのリンカーンが合流路を走り抜けて彼のいる本線に合流しようとしているのを確認していた。とはいえ、彼の運転する巨大なトレーラーは簡単に減速などできはしない。
 通常、このような場合は進入してくる側が速度を調整して安全に合流するのが普通である。
 しかし、前方に視線を向けてそして改めてリンカーンに目を向けたビルは驚愕のあまり凍り付いていた。
 あろうことか、っそのリンカーンはトレーラーが見えていないかのように加速して本線に進入し、そして吸い込まれるようにトレーラーの巨大なタイヤに激突していくのがまるでスローモーションの動画を見ているように彼の目に映っていた。
 慌ててホーンを鳴らした次の瞬間、黒いリンカーンは猛烈なスピードで回転する巨大なタイヤに巻き込まれて瞬時にして原型を失っていた。
 その瞬間、官僚は自分の考えているサカキバラ排除計画を担当させるエージェントを誰にするか、ぼんやりと考えていた。
 日本の環境に慣れていて、そして速やかに作戦を遂行出来る人材といえばある程度限られてくる。
 そういえば、ジェームスと言う男がいたな・・・、と考えた瞬間、彼の乗っている車が凄まじい轟音とともに、まるで巨人の手で振り回されているように跳ね上がり、そして凄まじい衝撃が襲いかかってきた。

「だから、あのリンカーンが俺の方を見ないで飛び込んできたんだ!」
 血塗れになったビルが事故現場の検証をしている警察官に早口でまくし立てていく。
 リンカーンの走ってきた合流路には急ブレーキをかけた痕跡も何もなく、まるでトレーラーに気がつかないで本線に入ってきたかのような印象だった。
 それは現場検証でも明らかにされていた。
 まるでトレーラーが見えていなかったかのように激突したリンカーンの動きはダイヤの痕跡からも明らかで、トレーラーの運転手が、まあ常識的な速度で運転してきたことも明らかだった。とすればこれはリンカーンの側の過失以外は考えられない。
 ただ、ビルにとって不幸だったのはこのリンカーンに乗っていたのが政府の高級官僚の一人であり、ちょうど日本に対する工作を発案した張本人だった点にあった。
 もはや物言わぬ肉塊となり果てた男は、今の日本で起こっている政治的な動きを危険だと判断してその首謀者であろうと推測される保守派の大物政治家の排除を提案した直後にこのような不可解な死をしたことで、ジャパンハンドラーやチャイナハガー(親中派)に非常に大きな警戒を引き起こしていたのである。
「一体、何が起こっているのだ?」
 閉ざされた部屋の中で男たちが息を潜める様にして密談を繰り広げていた。
 由々しき事態だった。
 あろうことか、合衆国首都であるワシントンDCの郊外で原因不明の事故で死亡する、という事態が発生したのである。
 状況証拠から考えて間違いなく暗殺だと考えられた。
 しかし、その使われた手段や方法が全く掴めていないのだ。
 恐るべき事に、CIAやDIAのあらゆる分析を用いても、どうやってそれを引き起こしたのか仮説すら立てられていないのだ。
 しかも、この極秘の会合の中で語られた事が引き金となったとするならば、このメンバーの構成員の中にスパイが居るのか、それとも何らかの盗聴手段で情報を得たとしか考えられない。
 それは絶対に有り得ないと断言出来る。
 この連邦議会の極秘会議室に潜入して盗聴装置を仕掛け、それが発見されないままでいるなど常識の範囲外だった。
 そのあってはならない事態に男達は激しく動揺し、そしてその後の対策すら練ることができずにいたのである。
「もし、何者かが我々を諜報しているのであれば一体どうやって・・・」
 声に只ならぬ緊張を孕ませながら、初老の男が言葉を吐く。
 
 榊原はジャパンハンドラーの中でも強硬派と言われていた男の訃報に眉をしかめて秘書に尋ね返した。
「あの男が死んだ、だと?」
 典型的な日本脅威論者であり、とにかく日本の政治を隅から隅まで雁字搦めにして管理しなければならない、という持論を曲げない男だった。
 しかし、その男の死の状況を聞くにつれ、榊原の脳裏には疑問だけが募っていくのだ。
 そして気付いていた。
 眞の手によるものだ、と。
『我が国に邪な企みを持って工作を仕掛けるものには容赦しません』
 榊原と会談をしているときに眞が述べた言葉だった。
「この国を戦後の亡霊から開放する、その為ならばどんな手段でも取りますよ。彼ら自身が言っている言葉です。“Freedom is not free”、自由とは代償を支払わなければならないもの、そして民族自決は彼ら自身が言っている言葉。その言葉に殉してもらいましょう」
 何処か冷たい響きで語られた眞の言葉に、榊原は恐怖とともに激しい共感を覚えてしまっていた。
 明らかに日本のいわゆるリベラル派や進歩派と呼ばれている人間たちはやり過ぎていたのだろう。眞達のような若者達が自分たちを貶めて何時までも非難し続けるような大人たちに反感を覚えないはずはない。
 特に一九九八年の江沢民主席(当時)の来日で執拗に反省と謝罪を求め続けられた事で逆に中国に対して嫌悪感を抱き、「いつまで反省と謝罪をし続けなければならないのだ」という不満と苛立がくすぶり始めているのも事実だった。
「いつでも殺せますよ、あの無礼者は。だた、まだ利用価値があるので生かしているだけです」
 眞は紅茶を一口飲んで、静かに語った。
 榊原は背筋に冷たい緊張感が走るのを覚えて、自分の孫ほどの年齢の少年を見つめ返す。
 美しい少年は涼し気な声で永田町に君臨する自民党の重鎮の一人に平然と答える。
「中国はいずれ分裂します。その際に元首席という駒があるのとないのとでは作戦の展開に影響が出てしまいます。あの無礼者には自らの王国が崩壊して地に堕ちていくのを存分に味わってもらい、その後で絶望の中で破滅を迎えてもらいますよ・・・」
 まだ十五歳の少年がこれ程までに恐ろしい言葉を口に出来るのだろうか、と榊原は心を痛めていた。
 その少年は今、日本を真に独立させて戦後の亡霊から開放させるための組織を立ち上げるために奔走している。
 まさか、一人の少年がこれ程までの行動を取るとは、正直言って榊原は想像さえもできていなかった。
 このジャパンハンドラーズの男の死も眞がそう仕向けたものだろう。
 もう後には引けなかった。
「日本が・・・、真に独立を果たすか・・・」
「は?」
 榊原の独白に秘書が不思議そうな声を出したものの、「何でもない」と打ち消して、自民党の重鎮はこれから来るであろう合衆国のうるさい動きに対応すべく、眞に協力をしている他の議員たちと打ち合わせるために部屋を後にして行った。
 
 
 

~ 1 ~

 
inserted by FC2 system