プロローグ
黄金の世界に満ち溢れた世界。
地上には豊かな森が広がり、そして広大な大地には生命の息吹があちこちから聞こえてくる。 どれほど永い時間を費やして、彼らは世界を構築していったのだろうか。しかし、ただ秩序なく物質と未分化の精霊力だけで満たされていた世界は神々の力によって徐々にその姿を整え、美しい世界へと姿を変えていったのである。 始原の巨人の死によって誕生した世界は、しかし、ただ在るだけの混沌が広がるだけの世界であった。 彼らが覚醒し、そして初めて認識した世界は見渡す限りの薄暗い闇と混沌に覆われた大地、そしてその大地に打ち寄せては引いていく暗く濁った混沌の海だった。 稲光が絶え間なく疾り、黒い雲が生き物のように姿を変えながらのた打ち回る天を、巨大な影が我が物顔で飛び回っている。巨大な胴とそれから前後に伸びた細長い首と尾。背中にはその巨躯には不釣合いなほど小さな翼が生えており、ゆっくりとそれを羽ばたかせながら驚くべき速さで天空を舞っていた。 時折、その牙の生え並ぶ口元からは真紅の光が溢れ出して、小さな切れ端となって後ろに流れていく。 自分が何者か、それを認識することが出来ずにただその世界を見ていた彼らは、徐々に自分達の存在をお互いに理解したように動き始めていた。 何よりもその目の前に広がる光景がひたすらに不快であった。 彼らの足元では黒い粘液のようなものが蠢き、大地を這いずり回っている。意思も知性も感じられないそれはただ、ひたすらに同じような塊とくっついては離れていた。 大地も不気味な形の歪んだ岩が盛り上がっては沈み込み、まるでそれ自身が生きているかのように蠢いている。不意に大地の一角が大きく盛り上がったと思った瞬間、その隆起を内側から突き上げるかのように亀裂が入り、そして次の瞬間、赤く焼けて溶けた溶岩が膿のように溢れ出していた。 苛立ちを覚えた彼は言葉をぶつけていた。強い力が広がっていく。 その瞬間、異様な動きを見せていた岩場が一瞬震え、赤い光や青い靄のような様々な色彩のオーラが空中に拡散していき、そして不規則に動いていたそれは見る見るうちに固まって動かなくなる。 固まった大地からはもう不快な感覚はなく、落ち着いた大地の力だけが感じられていた。 自らの起こした変化に喜びを覚えた神々は世界を安定と秩序に満ちたものにすべく、言葉を唱え続けていったのである。 やがて神々は世界樹を見つけ出し、その一杯に実った生命の実を用いて生命を創り出していった。 永い時間を経て世界は生命に満ちた豊かなものへと変わっていったのだが、しかし未だに世界は未完のままであり、各地には混沌の滲み出す部分も残されていた。 最も大きな混沌は“時間”であったが、それも結界の神ルーミスを中心とした神々が生み出した障壁により隔離され、水の門が閉ざされると同時に世界は時間の混沌から切り離されるはずであった。 だが、“彼”だけはその試みは為されることなく終わることを『知って』いた。 今までも幾度も同じように試みが為され、そして結果としてそれはより大きな混沌を世界に招く結果となり、世界は『終末』に飲み込まれて再誕の周期に戻っていくのだ。 彼は自らの試みとして、今の“記憶”を次の世界に残せないか、という試みを繰り返していた。 それは彼が行っていた試みの中で偶然に見つけ出したささやかな、しかし決定的な意味を持つことだったのだ。 自分達が創造し、導いている世界以外にも『世界』が存在することを知っているのは、如何に全知全能と言われる神々の中でも他にはいないだろう。 彼らは自分達の生み出したこの世界のことならば、ほぼ何でも知っている。各々が特別に隠そうとした特別な秘密以外であれば世界のことを隅々まで知っているのだ。 しかし、その彼らでさえ自分達の住む世界以外の世界があるなどとは想像さえもしていなかったし、特段にそのようなことに意識を払う必要さえ感じていなかった。只一柱の例外を除いては。 その神は幾度かに渡る自らの試みの結果、この世界の外にも別の世界が存在していること、そして、自分達の世界が何度も滅びと再誕を繰り返してきた世界であることを知ったのだ。 神はその自らが属する終末と誕生を繰り返す世界を、その周期から解き放つために世界が輪廻を繰り返すたびに少しずつ、その得た知識を僅かずつ世界の“外”に記録し続けていったのである。 それは気が遠くなるような作業だった。 直接、この世界に属するものを移動させたりした場合、まかり間違えば終末の訪れのときにその世界をも道連れにしてしまいかねない。 そのため、この神は自分が知識を書き残すために選んだ世界に対して慎重に干渉を重ねていったのである。 少しずつ世界の秘密、自分の知る知識などを自分の力を一切使わずに他の世界に残すため、彼はその世界に既に存在していた、自分達が生み出したのと違う人間を利用したのだ。 精神の繋がりを持った人間に基本的な上古の魔法語の知識を授け、それを扱う基本的な技をも伝授したこの神は、その人間に作成させた知識を蓄えることの出来る魔法の宝物に自分の知識を少しずつ付与していった。 自分が直接、この宝物に知識を付与してしまった場合、場合によってはこの『世界』に彼の存在の断片を残してしまいかねない。 それは終末に巻き込んでしまう危険性を孕んでいる為に絶対に回避しなくてはならないことだった。 だが、神ならぬ人間を通じて行う作業は遅々として捗らなかった。 幾度にも及んだ終末による破滅と再誕を経て、彼はついに望む知識の体系を他の世界におく事に成功していたのだ。 そしてついに彼はある試みを実行に移していた。 それはその世界に「彼の世界を救う可能性を持つ人間」を創造したのである。 この別世界に存在していた人間の中からもっとも優れた素質を持っている人間達を選び出し、そして上古の魔法語の知識と技、そして彼ら神々に匹敵する魂の強さを持つ人間を鍛え抜いていったのだ。とはいえ、直接彼の知識や力を使ってしまうわけにはいかないため、彼が補助としていた人間を通じて、それは慎重に行われていた。 そうした『選ばれし者達』を鍛えた彼は、その補助とするべく幾つかの知識をまとめた書物をも作り出していた。万が一、彼が伝えた知識が失われても再び素質あるものがそれを取り戻せるように、あらゆる言語と上古の魔法語を通じさせる魔法や上古の魔法語を使う技を持たない人間でさえ記された呪文を使えるようにする魔法さえも付与し、そして破壊から保護するために強力な保護の魔法を付与して、彼はそれらをこの世界に託すこととしたのである。 いつか、この知識と力を身に付けた者が彼の世界-フォーセリア-を終末と再誕の周期が支配する閉ざされた世界から解き放つことを願って・・・ その時、彼は確かに感じていた。 獣の肉体に神である己の魂を封じた『神獣』と呼ばれる姿となってからも、彼はこの世界にやがて訪れると期待している存在の出現を待ち望んでいたのである。 同じく神獣となった結界の神ルーミスの張り巡らせた強大な『蛇の結界』によって隔離された“クリスタニア”の外、北の大陸に突如、フォーセリアの結界を打ち破って何者かがこの世界に降り立ったことを、彼ははっきりと感知していたのだ。 今はまだ彼自身は動けない。 だが、いずれその者はこの世界を解放すると信じていた。 そしてその“異世界の者”がこの世界に齎すであろう変化を予知するために彼は再び瞑想を始める。 その二つ名、『運命の告知者』に相応しい、新しい未来を見通すために・・・ |