~ 2 ~

 強大な戦力を持つファールヴァルト軍の部隊は月光の神殿を攻略するために布陣を着々と進めていた。
 これだけの戦闘力を持つナイトフレームの大部隊でかかれば如何に強大な魔法障壁で護られている遺跡でも短時間で攻略が可能なはずだった。
 だが、ナイトフレームの大部隊によって包囲された遺跡は、その秘められた力を遺憾なく発揮していた。
 協力な結界が張られていて遺跡に近づくことが出来ない。驚くべきことにイントルーダに装備されているパルサーでさえ破壊出来ないほどの障壁だった。
 パルサーは高出力のエネルギー弾を断続的に発射することでより大きな破壊力を得られる武器である。
 エネルギー弾を発射するマシンガンのようなものだと考えれば良いだろう。
 だが、その遺跡の結界はそのパルサーの一斉砲撃にすら耐えていた。あろうことか、クープレイやドーラの放ったジャベリンですらその結界を破壊出来なかったのである。
「マズイな・・・」
 指揮官は焦りを押えきれない声で呟いていた。
 フレイアからは遺跡の奥に巨大な魔法質量の存在が報告されている。
 何らかの禁断の魔法儀式が行われている可能性が極めて高かった。そしてこの遺跡の目的と存在意義を考えるとその儀式の目的は只一つ、神の復活の儀式である。
 ルーシディティが受けた啓示を考えるならその復活しようとしている神は邪神に他ならず、絶対に此処で叩く必要があった。
 だが、この遺跡を攻略することが出来なければ・・・
 考えるだけ無駄だ、と指揮官は判断した。
 そんな余分なことを考える暇があるなら、一発でも多く弾を撃ち込むことだ。
 亮は白銀に輝くエネルギーソードを振るいながら魔法障壁を切り開こうと懸命に攻撃をしかけていた。だが、その結界は驚くべきことに切り開いても切り開いても、すぐに修復してしまうのだ。
『亮様、この魔法障壁はフォーム状に展開している魔法結界です。其々の小さな結界が破壊されても、泡のように湧き出すことで全体としての防御力を高速に回復する性質を持っています』
「理屈は分かった! 早くその泡の壁をブッ潰せる方法を考えてくれ!」
 その泡状の構造が此程までに高い防御力を生み出しているのだろう。
 それを破壊して突破しなければ何も始まらないのだ。
 最大の攻撃力を誇るヴァンディールは、今回はこの作戦に従軍していない。
 眞をこの世界に連れ戻す作業が進む中で万が一、王城に攻撃を仕掛けられたときを考えれば全戦力を投入するわけにはいかなかったのだ。
 そして、今となってはこの距離をテレポートしてきてもらう訳にはいかない。
 異世界から眞を再び実体化しようとしている時に、そんな魔力の場を乱すような呪文を行使して何も影響が起こらないはずが無い。
 この場にいる全員で何とかする必要があった。
 そしてシオンは、何もできない自分に歯を食いしばりながらその攻勢を見ていたのである。
 既に彼は認めていた。
 此程の魔法装置に対して、ファールヴァルトの誇るナイトフレームが十数騎掛りでも攻略出来ない遺跡は自分の手に余る、いや、アノスという国の総力をもってしても対応は不可能だった。
 だからこそ、ファリスはファールヴァルトにいるルーシディティに啓示を下されたのだろう。
 眞と非常に近い関係にあり、そして現在のファールヴァルト軍を動かすことの出来る立場にいるルエラとも無関係ではない。そんな彼女に啓示を下されたということは、ファリスはナイトフレームの存在を頼っての判断に間違いないと思われる。
(我らにも、ナイトフレームを持て、との御意志なのでしょうか・・・)
 その判断は軽々しくは出来ない。
 だが、事実だけは宮廷に持ち帰り、法王陛下に伝える必要があった。

 ファンドリア王都レムリア。
 その王城であるスカイリフターの奥に広まる沈黙の間に人ならざる支配者達が集っていた。
「して、オーファンの騎士共は巨人機を自らの力で手に入れたと・・・」
 憂いを帯びた声が沈黙の間に響く。
 ファールヴァルトに貸与された白銀の巨人機だけならそれ程大きな脅威にはならなかった。
 確かに極めて優れた戦闘能力を持っている。だが、如何せん数が少ないために大規模な戦闘には投入が難しいと考えられていた。
 だが、此程までに早くあの巨人機を解析して、それよりは若干劣るとはいえ数を揃えることのできる巨人機を開発するとは予想を超えた動きだった。
 魔獣兵の軍団とはいえ、いかにも分が悪い。
「は・・・、恐れながらその通りに御座います」
 騎士団長は深く頭を下げていた。
 魔法の力で武装したあの巨人機を相手にしては、魔獣兵とはいえども如何にも分が悪かった。そしてロマール大貴族派もホムンクルス兵の部隊を打ち破られて、エナ砦に篭城するのみとなっている。
 まだオーファンの部隊は一部戦線に投入されはじめたばかりとはいえ、そのナイトフレーム部隊は着実にファンドリア軍を圧倒し始めていたのだ。
 戦況は徐々に悪化していた。
「所詮、我等は滅び去る運命であったか・・・」
 無念さを言葉にすれば、ますます虚しさだけが込み上げてくる。
 ファンドリアの領土から出る野心などあった訳ではない。だが、旧領回復を唱えて、先に手を出してきたのはオーファンの側である。
 それに対して反撃をした挙句の果てに、更に強大な力をもって攻め込まれようとしているのだ。
 これが人間の軍の衝突だったらどうなっていただろうか。
 オーファンの皇太子の部隊を退けた段階で攻め込まれていたはずだ。それでも、ロマールとの関係が拗れていなければ戦況は拮抗し、やがて講和となっていただろう。
 だが、現実にはロマールは内戦状態に陥り、そして彼らが人に非ざるものとなっていなければそもそも実権を握ることなど不可能だっただろう。
 そうした結果を齎した運命に呪いの言葉を浴びせかけたかった。

 ファンドリアとオーファンの国境。
 そこには数千人もの兵士や騎士たちが布陣を敷いて本国からの補給を待ちわびていた。
 遂にオーファンが独自のナイトフレームを開発することに成功した、との知らせが彼らの士気を高めている。ナイトフレームの力を十分に理解させられた彼らは、それを自力で運用することでファンドリアとの戦争に打ち勝つことを予想していたのである。
 旧領回復を果たした場合、どれ程の恩賞が期待出来るだろうか。
 兵士たちの関心は既に自分たちに与えられる報酬にまで及んでいたのである。
 抜けるような青空が自分たちを祝福してくれているように思えていた。
「おーい、来たぞ!」
 見張りの兵士が大声を上げた。
 敵襲か、と一瞬緊張したものの、その兵士は後方を向いて手を振っている。その方向を見ると、白い土煙を上げて小さな人影が二十騎以上もこちらに向かって走ってくる。
 見る見るうちにその影が大きくなり、イントルーダとの違いがはっきりと見えるようにまでなってきた。
 オーファンの独自開発したナイトフレーム・ストレイゼルであった。
 無骨な鋼の鎧を着たようなその姿は、イントルーダやクープレイと比べればまだまだ洗練されているとは言い難い。だが、その華美さを省いた機能重視の姿は逆に、質実剛健さを力強く訴えてくる気がする。
「遂に、我が軍も独自のナイトフレームを建造することに成功した、か・・・」
 総指揮官は感慨深げに目を細めていた。
 そのナイトフレームの姿を見ながら、指揮官だけでなく騎士たちや兵士たちも誇らしげな微笑を浮かべていた。急速に配備されているストレイゼルは、オーファンの国力を最大限に発揮して主戦力としての地位を確立していた。
 性能評価試験では確かにファールヴァルト製のイントルーダには敵わない。だが、三騎掛りであれば互角の戦いを演じることが出来る。一般の兵士であれば何万人で戦っても一方的に打ち破られるだけだったことを考えれば、まだ戦いようがあるのだ。
 そんな現実が彼らに自信を与えていた。
 ファールヴァルトだけがこのアレクラスト大陸の軍事動向の鍵を握るわけではない、という想いが心の中にあることに、彼らは漸く気付いていた。
「一気に侵攻して、そして国王テイラー二世を討つ!」
 それが彼らの存在意義であった。

 戦いは苛烈を極めた。
 魔獣兵たちはその与えられた特殊な能力を最大限に駆使してオーファン軍に打撃を与えようとする。火を噴くもの、毒の棘を飛ばしてくるものなど、ありとあらゆる攻撃を仕掛けてくるのだ。
 一度接近戦ともなればその強靱な肉体は常人なら数度は死んでいるほどの打撃を受けても平然と活動を続け、繰り出される一撃は並みの騎士なら一撃でも起き上がれなくなるほどの破壊力を生み出すのだ。
 ナイトフレームによる侵攻と同時に、魔法の武器や防具で武装していなければオーファン軍は逆に全滅していたかも知れない。
 だが、幾度となく苦しめられてきたオーファン軍は魔獣兵に対抗する手段を十分に考えていた。
 大型の破壊力のあるいしゆみではなく、比較的小型でとり回しの容易いいしゆみを多数備えて騎士たちにも配備し、距離を置いて狙撃を繰り返すのだ。そして動きを鈍らせてから大型の弩やナイトフレームの攻撃でそれらを打ち砕く方法は、効果的に人外の力を持つ魔獣兵を討ち取ることに成功していた。
 もちろん、オーファン軍も無傷ではなかった。
 少なくない騎士たちが傷つき、そして命を落としていた。
 だが、それでも半数のナイトフレームを騎士団防衛のために貼りつけて、残った七騎で王城を落としたのである。
 強靱な城門も巨人騎士の力の前には紙切れも同然だった。
 暗黒神官戦士達による魔法攻撃も物ともせず、鋼の騎士はファンドリアの要所を次々と破壊して行く。
 盗賊ギルド達は地下にアジトを構えていたのだが、巨人機の放つ強力な魔法武器を頭の上で振り回されたおかげで行くつかの拠点は落ちてきた天井もろとも潰されてその幹部たちや盗賊たちと共にその機能を失っていたのである。。
 魔獣兵化したファンドリアの近衛騎士隊長達は普通の人間の数倍の巨体へと変身し、ストレイゼルに対抗しようと突撃を掛けてくる。
 しかし、エクリプス・ベイルに阻まれて前進が阻まれた後に、パルサーの集中砲火を浴びて倒れて行く。そんな光景が歴史あるライナスの都の至る所で見られていた。
 既にファンドリアの月桂樹騎士団も魔獣兵団も瓦解して、後は個別に各個撃破されるのを待っているだけだった。そうは言うものの、ライナスの都の住人たちは自分たちの頼りにしていた騎士たちがおぞましい魔物だったという事実と、それを撃ち破っているのが隣国オーファンの軍だという事実に恐慌をきたしてしまっていた。
 ファンドリアの貴族たちは城に閉じこもってオーファン軍の投降の勧めにも応じることなく、交渉を続けたいのならば一度、国境沿いにまで兵を引いてからだ、として頑として交渉に応じる気配すら見せていなかったのである。
 このままでは民衆への被害が膨れ上がることが予測されていた。
 だが、此処まで攻めておいて兵を引くなどできようはずが無い。既にオーファン軍にも少なくない被害が出ているのだ。
 再度侵攻をして王城に迫れるかどうか微妙だった。
 それがオーファン軍の将軍に決断をさせていた。
「已むを得ん、スカイリフターを落とす!」

 もはや戦場ではなく地獄絵図が広がっていた。
 無尽蔵とすら思えるほどに湧いて出てくる魔獣兵を蹴散らしながら、オーファン軍のナイトフレーム部隊は着実に突き進んでいく。
 炎を撒き散らし、無数の光弾を発射しながら鋼鉄の巨人騎士達はその歩みを止めずに付き進んで行った。
 一般の兵士たちや騎士たちも、与えられた武器を振り回してナイトフレーム部隊が撃ち漏らした魔獣兵たちと戦っていた。
 犠牲は少なくなかったが、それでも立ち止まるよりは勢いがある時に勝負を決するべきだと指揮官や上級騎士達は判断していたのである。
 巨人ほどもある鋼の戦闘兵器が街中を進んで行ったおかげで、ライナスの都は大混乱に陥っていた。しかも、ありとあらゆる武器を迎撃に向かった騎士や魔獣兵たちに浴びせかけたおかげで、街の至る所から火の手が上がり、そして破壊された家々が無残な姿となって崩れ落ちていた。
 オーファン軍の侵攻の知らせを聞いてテイラー二世は面白げな表情を浮かべていた。
 この腐った都が滅びるなら、それはそれで良かった。
 遠見の水晶球で視る街の様子が面白い喜劇のように見えてしまう。
 盗賊ギルドの盗賊たちが何とかしてナイトフレームに一矢報いようと毒矢などで応戦しようとしているが、血の通わない鋼の兵器にそんなものなど何の役にも立たない。
 逆に炎を浴びせかけられ、そして光の玉で撃ち抜かれて原型をとどめない只の肉塊へと粉砕されて行く様が堪らなく面白かった。
 先代の王二人を暗殺し、そして自分を幽閉していた危険な組織が灰燼の中に消え失せて行く後継を見て、テイラー二世は陶酔するような感情を覚えていた。
 突然、地震のような音が響いて足元が揺れる。
 恐らくナイトフレームの一撃が正門を吹き飛ばしたのだろう。
 古い歴史のあるこの国であり、城ではあるものの今のテイラー二世には何の感慨も与えてくれなかった。
 この国を支配して来た闇から逃れるために更なる闇に染まった彼らは、所詮、歪な自由しか手にすることは出来なかったのだろう。
「ならば剣の王よ、この国の闇を見事撃ち祓うが良い!」
 孤独な王は楽しげに、未だ見えぬ敵に囁きかけていた。

 オーファン軍がファンドリアの首都ライナスを攻略するための戦闘を開始したとの知らせを受けて、ラヴェルナは美しく整った眉をひそめた。
 此程までに早く動きをみせるというのは想定外だった。
 皇太子派の騎士たちが焦っているのだろうか。
 だが、人望の厚い妾腹の王子であるリウイは王位など望んでいない。恐らく、今の探索の旅を終えた後、リウイは姿を消すだろう。
 ナイトフレームを軍に配備すると決定したときに、彼女は明確に反対をしていた。防衛の範囲を超えて、必ずその力は攻勢にも使われることになる、と必死に訴えていたのだ。
 そしてその懸念はあっさりと現実のものとなった。
 反転攻勢に成功したオーファン軍はその勢いを駆って電撃的にファンドリアの首都ライナスを攻略。そして魔人と化した騎士隊長を討ち取ったのである。
 だが、その王城にテイラー二世とその配下の姿はなく、行方不明となったままの状態であった。
 とはいえ、王城を攻略したオーファン軍はその玉座を打ち砕き、ファンドリアは正式にオーファンとの講和を結んでファンドリア-オーファン間の戦争は終結したのである。
 ファンドリアはその領土の半分をオーファンに割譲し、月桂樹騎士団は正式に解体の後、魔獣兵と化していない騎士たちは騎士資格を剥奪された後にオーファンに忠誠を誓う者達は従騎士へと取り立てられ、そうでないものは戦犯として裁かれたのである。
 テイラー二世とその配下達は各国にその行方不明であることが通達されて、国際的な捜索が為されることとなった。
 だが、その戦後の処理は困難を極めることが予想されていた。
 まず何よりも国中に浸透しているファラリス教団の隠れ信者たちの処遇である。ファールヴァルトのようにダークエルフすらもお互いに干渉しあわないという前提で対等に扱えるほど、オーファンは柔軟な政治をしてはいない。
 そんな事になればリジャール王の威信にも関わってくる。
 その為、オーファンはファンドリア領土の半分を接収し、残りを旧ファンドリアの支配者勢力に扱わせることで事態を収拾しようとしていたのである。
 旧領回復を唱える騎士たちには不満の残る結果となったが、それでも十分な領土と臣民を得た現実を目の前にしては不満はそう長くは続かなかった。何よりも、今回の騒乱の切っ掛けとなった皇太子派は何とか失点を免れただけではなく旧領の半分の領収と闇の国ファンドリアの滅亡という大きな得点を得ることとなったのである。
 これは妾腹の王子であるリウイに対して大きな重圧を感じていた皇太子リトラーにとって、それを和らげるのに十分な功績として評価されるものであった。
 そうした政の騒動を他所に、民衆は激しい熱狂に包まれていた。
 恐るべき敵であったファンドリアの魔獣兵団を打ち破り、自国開発したナイトフレームを以てその敵を撃ち破ったのである。これが熱狂とならない訳がなかった。魔法を用いた武器とはいえ、それが自分たちで作り出すことが出来て、尚且つそれを騎士たちが操縦して動かすという現実はまだ受け入れられる範囲だったのである。
 そしてロマールの新貴族派も内戦に勝利しつつあった。

「おのれ、おのれ、おのれ!」
 ロマールの皇太子であるテール王子は新貴族派の大攻勢に追い込まれていることを自覚していた。あの忌々しい弟を旗頭にした反逆者共はナイトフレームを自らの力で生み出して伝統ある大貴族派の軍勢を打ち破りつつあったのだ。
 既に大半の都市は攻め落とされ、王都とエナ砦以外には残されていなかった。
 あのホムンクルス兵の大部隊は圧倒的な戦力であるはずだった。
 普通なら消耗を考慮すれば兵士の展開を慎重にしなければならないような局面でも、人工の命であるホムンクルス兵なら躊躇なく投入出来る。
 そして事実、その物量に物を言わせて一時は新貴族派を港湾都市にまで追い詰めていたほどだ。
 だが・・・
 あろう事かルキアルを中心とした新貴族派はファールヴァルトからナイトフレームを輸送する輸送艦を強奪し、それを解析して独自開発したナイトフレームを実戦に投入することに成功していたのである。
 当初予想されたファールヴァルトによる新貴族派への圧力も奪還作戦も無く、ファールヴァルトは新貴族派によるナイトフレームの独自開発と運用を黙認しているかのようだった。
 裏で通じ合っていたのだろうか、とも考えたのだが実際にはファールヴァルトとしてもムディール解放の虎と呼ばれる独立回復運動のゲリラ戦に手間取り、しかもその戦いの最中にムディール解放の虎が用いた炎の心臓に封じられていた炎の上位精霊であるフェニックス解き放っていたのだ。その炎の上位精霊を討つために鋼の将軍が単身立ち向かい、それを撃ち破ったものの重症を負って療養を余儀なくされた隙を狙っての行動だったため、ファールヴァルトとしても動きが取れない状況だったという話であった。
 何れにしても、独自にナイトフレームを開発した新貴族派はホムンクルス兵団を打ち破り、既に王都に迫りつつあるという話が伝わってきている。
「テール殿下、ここはエナ砦に退いて戦力を立て直すのが先決かと思われます」
「お前は、あの反逆者共にこの王城を明け渡せと申すのか!」
 恐る恐る進言した貴族に怒りの声をぶつけて、テールは激しく床を踏みつけていた。
「そのような事は罷り成らん! 我等の威信に傷がつくのだぞ!」
 本当なら自分の威信が、と言いたかった処を堪えて、我等といったのはテールにも今の状況で自陣である大貴族派の離反を恐れたためであった。
 だが、威勢だけでは戦況の劣勢を覆すことは出来ない。そんな中、伝令の騎士が息急き切って飛び込んでくる。
「で、伝令に御座います!」
 そう言ってテールの姿を認めるやいなや跪いて書簡を差し出す。
 礼儀もへったくれも無い作法ではあるが、今の状況でそのようなことを叱責するような者など一人もいなかった。
 その書簡を受け取られたのを確認し、伝令の騎士は頭を下げたまま立ち上がり控えの位置に移動する。
「ランバート卿の息子だったな」
 テールは素っ気なく答えた。
 少なくともこの期に及んで政治的な得点遊びが出来る程度には貴族たちにも余裕があるらしい。
 自分一人で戦況について悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
 心の中で溜息をつきながら、テールは書簡を開いた。
 視線を走らせて、怒りを抑えこむのに深呼吸を繰り返す。
「な、何と記されておりましたか?」
 自分の後見人を自称する重鎮の一人が恐る恐る声を掛けてくるのを無視して、テールはその場に居合わせている騎士達、貴族達を見回した。
 この王城の中の貴族たちが何人自分についてきてくれるのか、と値踏みするように見ていた。
「アロンドの軍勢がこの城を攻め落とすために大規模なナイトフレームの部隊を編成しているとの情報だ」
 その言葉に不気味な沈黙が部屋の中を支配していった。
 豪華な装飾に彩られた部屋は、心なし顔の青ざめた貴族たちの息をする音以外、水滴の落ちる音さえ聞こえそうなほどだった。
「そ、それで・・・、そのナイトフレームの数は・・・?」
「この手紙によればアロンド側のナイトフレームの総数が二十。加えてファールヴァルトより奪取したイントルーダが三騎という構成だ」
 馬鹿馬鹿しくなるほどの数だ。
 十騎のナイトフレームで既にホムンクルス軍団は壊滅状態だ。
 切り札として用意してあった三十体の巨人兵もエクリプス・ベイルに阻まれて身動きがとれない間に一方的に撃破されてしまった。
 常人の数倍の巨体を誇るホムンクルス兵とはいえ、魔法兵装で身を固めたナイトフレームには一溜りもなかったのだ。
 ファールヴァルト王城ならいざ知らず、この城には対魔法用防衛設備などあろうはずが無い。
「シュレイダー卿、貴方の仰る通りですね。この城から脱出して、エナ砦に陣地を築く以外に活路はなさそうです」
 慇懃な口調でテールが先程の貴族に言葉をぶつける。
「至急、脱出の準備を纏めろ。如何にナイトフレームとはいえ瞬間移動で飛んでくるわけではない。十分な物資を持ってエナ砦に陣地を築き、反転攻勢を行う!」
 その命令で全員がはっと息を呑んだ。
 まさか、この城を放棄することになろうとは・・・
 だが、このまま留まっていても新貴族派に赦されるとは思えない。もはや彼らに行く場所は一箇所しかなかった。
「ハーグ卿、王位継承に必要な物を抜かり無く持ち出すように!」
「畏まりました!」
 例えアロンドがこの城を占拠しても、王位継承に必要な証の品が無ければロマール王を名乗ることは出来ない。
「アロンド、お前にだけは王位を渡すわけにはいかん・・・」
 テールの目には憎悪の炎が煌めいているかのようだった。

 その移動には古代王国の遺産である移動の扉が役に立っていた。何せ、この王城を始めとして王都などから一瞬でエナ砦に移動することが出来るのだ。
 莫大な資産や物資を砦に運び込んで、アロンドの軍勢が到着したときには既に王家の宝物庫には目星い宝物は残されておらず、そして膨大な食料を始めとした物資も大半を持ち去られた後だった。
「流石に足の早い兄だ。おまけに手癖も悪い」
 呆れ返ったようにアロンドが呟いていた。
 とはいえ、現在の物資や資産の状況をまとめた報告書を見ながら、アロンドは自分でもこうしただろう、という感想を抱いていたのである。
 物資を買取る資金に関して言えば、ナイトフレームの技術と引き換えにオーファンから王位の承認という条件と共にかなり莫大な資金を得ている。
 同時にロマール製のナイトフレームをザインに売却することも進んでいるため、資金的には何とかなった。食料なども交易路であるロマールの立地条件を考えれば商人たちを最大限活用することで、それ程時間を置かずに解決するだろう。
 問題は王位継承を承認させるのに必要な王冠と王位の杖、そして王の証である宝剣であった。
 これらの品を持ったまま、テールはエナ砦に立て篭っている。
 それを回収しなければアロンドはロマール王位を継承した事にはならないのだ。
 この事は王都を攻略しても内戦が終わった事にならない、最悪の事態に発展してしまったことを意味する。
 かと言って、今漸く王都を制圧した新貴族派にはこれ以上、戦線を拡大する余力は残されていなかった。
 何れにしても今は、市民に出てしまった被害の復旧を急ぐ必要がある。
 ホムンクルス兵が大量に市街地に展開して、それを討つためにやむを得ない被害を出してしまったのだが、それを放っておいては民の間に不満が溜まり、やがて反逆の憂き目を見ることは疑いようがなかった。
 それを知っているからこそ、テールはわざわざホムンクルス兵たちを王都のあちこちに配備して戦闘を仕掛けたのだ。民の怒りを新貴族派に向けさせる、少なくとも新貴族派は王都の復興のために手を割かなくてはならなくなる以上、彼ら第貴族派の追求にまで力を出せなくなるだろうという読みだった。
 そしてアロンドはその処理を適切に行わなくてはならない。
「ルキアル師、直ちに食料を掻き集めて市民に提供する手配を」
 アロンドの言葉を聞いて、ルキアルは満足げに目を細める。それでこそ王の決断だ。
「畏まりました。僭越ながら、商人と荷馬隊には声を掛けて何時でも動かせるようにしております」
 アロンドはその手配の良さに舌を巻く。要するに、ルキアルに試されたのだ。ここで民のことを考えない決断を下した場合、彼を激しく失望させただろう。
 稀代の天才軍師を満足させる王であることを示し続けるのは戦に勝つことよりも難しいことだと思い知らされていた。もっとも、その資格がないものにはルキアルはそのように目をかけることもしないだろうが。
 ルキアルはテールや大貴族派が王位継承の証を簒奪することくらい予測していた。
 そうしなければわざわざ脱出する意味などない。
 だから心の中で嘲りの言葉を投げかけていた。
(テール王子、そして大貴族派の貴族たちよ・・・。だからお前たちは勝てなかったのだ。古い遺物を護り、それと共に滅びるが良い・・・)
 
 
 

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