~ 1 ~

「見つけた! これは、『MURAMASA』のエネルギー反応だわ!」
 智子は憔悴しきった目で微かなノイズを解析しながら、切れかけていた希望の糸が繋がるのを確信していた。
 遥か遠くの異世界から届く量子のノイズ。
 それは眞があの炎の精霊王に対して発動し、そして失われたと考えられていた時空相転移兵器『MURAMASA』に間違いは無かった。
 あの魔剣は時空を破壊するという兵器としての性質から、こうした次元の断裂にも耐えられるような超兵器である。それが眞と共に異世界に落ちたのではなく、時空の狭間に漂っていたのだろう。
 そして未だにフレイアのエネルギー供給路からアクセスが可能になっている。
「これなら、『MURAMASA』を中継点にして眞の場所まで跳べる!」
 智子の声に張りが出てきた。
 つまり、『MURAMASA』を中継点にして、量子のノイズで干渉されてしまう転移データを補正し、それを増幅することで正しく目的地に到達できる踏み台に出来るのだ。
 これで希望が見えてきた。
『MURAMASA』の位置までなら今までの試みのデータを利用して比較的簡単に中継用のサテライトを飛ばせるはずだった。
 実のところ、異世界の探索に関してはカストゥール王国でもそれなりに研究がなされ、王国末期には亜空間要塞などを建造して南の閉ざされた大陸などを探索する試みが為されていたらしい。
 それに空間のポケットを生み出して、その異空間に隔離された領域を作り出す呪文も存在している。
 そうした呪文や資料を研究して異なる時空への旅を可能にするための亜空間航行技術などもファールヴァルトや日本のプロメテウスでは研究が進められているのだ。
 そもそも、SSIVVAによって展開される時空保護機能はこうした研究の現れであり、異空間に落ちた場合でも着用者を保護できるようになっている。
 人間の意識はその所属している世界の時間の流れや空間の位相等に大きく影響を受けると考えられている。つまり、時間の感覚を喪失したり、自分の位置座標や存在の認識が出来ないと正常な精神活動を維持できなくなるのだ。
 これは真っ暗な部屋で完全に五感に対する刺激を遮断した場合、いとも容易く人間は発狂することからも容易に推測できるだろう。
 ましてや時間間隔や集合的無意識の接続からさえも遮断される異時空航行では搭乗員の精神的な保護こそが最優先にされるのだ。
 それがSSIVVAシステムであり、そうした技術を用いる際に必要な保護機能であった。
 クリスタル・ブレインと呼ばれる魔法の水晶による精神格納ユニットに意識を転写し、その晶脳クリスタル・ブレインの内部で精神活動を展開することで、通常の肉体的な脳では不可能な異界での正常な精神の維持を実現しているのだ。
 ある意味ではこの技術は人間が肉体を捨てて意識を維持することによる不老不死や新たなる進化にすら繋がるものでもあった。
 それであるが故に彼らは慎重にその研究を重ねていたのである。
 そうした実績があったが故に、彼らはその『MURAMASA』発見を突破口として眞の救助作戦を大きく加速させることが出来たのだった。

『MURAMASA』発見から三十六時間が経過していた。
 智子を始めとしてファールヴァルトの技術陣は量子パルスを中継して補正しながら伝送するためのサテライト・ユニットを展開するための最終調整作業を行っていた。
 中継用サテライトの大きさは一辺が3メートルほどの正八面体した物体で、表面は滑らかな銀色をしている。
 これには『MURAMASA』同様にフレイアからのエネルギー供給を時空を超えて受信できるシステムを搭載し、フレイアの端末として異世界や亜空間での量子信号の受信と補正、増幅とその伝送を可能にしている、言わばフレイアの増設された目と耳であった。
「さぁて、第一サテライト、転送します!」
 巨大なガラスチューブの中に浮かぶサテライト・ユニットを食い入るように見つめながら、ウェイルズ王と十数人の技術者が祈るような眼差しで見つめていた。
 これに失敗したらもう残された手が無いことを彼らは知らされている。
 頼む、無事に成功してくれ・・・
 その言葉にならない願いは智子の両肩に重く圧し掛かってくる。
 だが、何故か彼女はそのプレッシャーが逆にワクワクする感覚を心の中に掻きたててくる事に気が付いていた。
 成功する。
 智子は何の理由も無く、そう実感していた。
 そう、あれは彼女が初めて自分のハッキング技術を見出したときのことだ。
 コンピュータを熱心に弄り回していた智子だったが、ネットワークなどを勉強しているうちに世界には様々な秘密がある事に気が付いたのだ。そして彼女が色々なツールやユーティリティなどを駆使してインターネットの世界をサーフしているときに、そのサイトに出会ったのだ。
 後で聞いたところ、それはその世界では有名なハッカーの集まるサイトであり、その認められる技術を持っていなければ進むことの出来ないエリアだったのだ。
 当然の事ながら、智子は何度も何度も挑戦しながら跳ね返され、あるときは自分のコンピュータにお返しをされたことも一度や二度ではなかった。
 そうした挑戦を繰り返し続けたある日、インターネットに繋ごうとした彼女は不意に不思議な感覚を感じていたのだ。
 何故か、不思議にワクワクしていた。
 そして出来る、という気持ちがしっかりと心の中にあったのだ。
 そのサイトのトップページを開いて、そして心の思うままに色々な場所を調べ始めると、その中にいつもなら見落としていた何かがあったのだ。
(なんじゃこりゃ!?)
 それが巧みに隠されたスクリプトの関数名だった。
 そのスクリプト名を取っ掛かりに次の何かを探して、そしてふと思いつきで自分のPCのメモリーのダンプをアナライザーに掛けたところ、そのブラウザのメモリー領域にそれはあった。
 それに気が付いた瞬間、頭をどかん、と殴られたような衝撃が駆け巡っていた。
 今まで何度も挑戦して跳ね返されてきた試みは、決してムダではなかった。
 むしろ、それこそがこの扉を開くために智子を鍛え上げてきたのだ。
 読み漁った膨大なコンピュータの本。C言語のプログラム実習の本、ネットワークの知識、など、彼女が目を通した全ての知識が一つに結びついていく感覚がはっきりと心に刻み込まれていた。
 その後は流れるように障害を突破して隠されたフォーラムに辿りついたのだ。
 新しいメンバーの出現に、そっけないながらも暖かい歓迎のメッセージが表示されて、智子は自分がハッカーと名乗っても恥ずかしくの無い技術を身に着けたことを実感していた。
 その時と同じだった。
 できるという確信が心の中で輝いている。
 息を吸い込んで立体画像投影装置の表示を見つめた。
「転送開始!」
 智子が量子転送を開始するコマンドを入力した瞬間、それは始まっていた。
 ガラス製の巨大なチューブの中に一つ、二つ、と小さな青白い光が生まれて、瞬く間に無数の蛍が舞うような光の渦を形作っていく。
 それは見るものを感嘆させる美しい光景だった。
 激しく乱舞していた光の粒一つ一つが徐々に、心臓の鼓動のような規則正しく脈打つように光を明滅させ始める。それに合わせるように光は勢い良く渦の回転を上げていき、その激しく明滅する光の鼓動と渦の回転が最高潮に達したとき、その光が爆発するような輝きを放った直後、銀色の正八面体はまるで最初から存在していなかったように消え失せていた。
「サテライト・ユニット、送信完了。トレースを始めて!」
 智子が技術官にてきぱきと指示を出して今、送り出したばかりのサテライト・ユニットとの通信を開始する。
 一瞬のノイズの後、驚くほどクリアなビーコン信号がサテライト・ユニットからフレイアに届き始める。
 眞を救い出すための足掛かりの一つがその永い回廊に刻み込まれた瞬間であった。

 最初のサテライト・ユニットを転送した後は今までの困難が嘘のように次々とサテライト・ユニットを眞の居る世界に向けて設置していくことができた。
『MURAMASA』もサテライト・ユニットの一つに回収させて、そのままエネルギー伝送のための中継ユニットにすると同時に眞のSSIVVAのシグナルを検出するためのセンサーとして働いていた。
 眞のSSIVVAのシグナルがこのフレイアに辛うじて感知可能なまでに送られてきたのは、この『MURAMASA』とのリンクが維持されていたため、亜空間に漂っていた『MURAMASA』を経由して信号が届けられていたためだった。
 これで漸く手が届くところに来たのだ。
 そして目の前の仮想スクリーンパネルには、自分達が知らない世界が其処には映しだされていた。
 その都市が“ネオ東京”と呼ばれる、自分達の未来に近い世界であることを彼らは知らなかったのも無理は無い。
「なんだかなー、どう見てもB級SFに出てくる未来都市みたいじゃん・・・」
 智子の呆れたような声が全てを物語っていた。
 彼らは怖ろしく離れた世界を、中継用のサテライト・ユニットをステップにして探査機を送り込むことに成功していたのである。
 眞を連れ戻すための回収用ポッドの準備も完了していた。あとは彼を見つけ出して連れ戻すだけだった。
 ただ、気になることが無いわけではなかった。
 あの送り込むことに失敗したワーカーフレームは何処に行ったのか、その消息が不明なままだったのである。
 いずれにしても眞の位置を教えてくれるSSIVVAからのビーコンはこちらの世界で受信するよりも遥かに明確に検知できた。ならば眞の位置を発見できないはずは無い。
 厄介なことが起こる前にさっさと救助作戦を開始するに限る。
 そう判断してファールヴァルト軍の眞救助隊は救援機を眞の信号を発信している場所に向かわせていた。

 シオンの探索の旅は困難を極めていた。
 ルーシディティが協力を申し出てくれているのが有り難い。そしてファールヴァルト軍の夜魔騎士団ナイトゴーンツからも特殊技能に長けた騎士が三人、シオンに同行してくれているのだ。
 三人とも精霊魔法を使いこなし、そして近衛騎士級の実力と密偵の技術を持つ人材達だ。ファールヴァルトの騎士たちは例外なくレンジャーとしての訓練を受けていることから、こうした野外の探索では彼らの協力がどれほど有難いことか判るだろう。
「シオン卿、こちらへ」
 一人の騎士がしゃがみ込んでいる。
 シオンが慌てて指差す場所を覗き込むと、そこには人が通った足跡が残されていた。
「この靴跡を見ると、恐らく騎士ではなく、非武装の人間のものであろうと思われます」
 金属鎧を着込んでいる騎士なら足跡はもっと深いものとなり、装備の多い人間なら足跡はその重心のズレに拠って歪な形になる、とその騎士が説明を続けた。
 こんな山の中で武装をせずに、大きな装備を持たずに歩ける人間など限られてくる。
 漸く手掛かりを掴んでいた。
 それからは追跡は比較的楽な作業となった。
 足跡の状況から判断すると、相手は数日分は距離を先行している様子が伺える。D.E.L.で連絡を取り合っている様子を見ながら、シオンは魔法文明の力の凄さを思い知らされていた。
 普通なら一人が離れて連絡を取りに行く、もしくは伝書鳩などを使ってテガミを届けるしか通信の方法がない。それを、魔法技術を以てすればその場に居るかのように連絡を取り合えるのだ。
 更にいえば彼らの内の誰かが欠けた場合でも、残された人間には「その誰かが襲撃を受けた」という情報が伝わり、本部にも同時に情報が伝わることとなる。現在位置を正確に把握されていることから、迅速な救援が派遣されて事態の収拾が図られるという連携が当たり前のものとして成立しているのだ。
 これでは攻撃を仕掛ける側は堪ったものではない。
 知らせることを防ぐための奇襲のはずが、襲撃を知らせる狼煙となってしまうのだ。
 ファールヴァルト軍の強さの一端である。
 アノス軍もファールヴァルト軍の強さを知って魔法の宝物や古代語魔法を軍が運用出来ないかという研究を進めてはいるものの、元々ファリスへの信仰心がその根底にある国民性故に遅々としてはかどっていないのが現状だった。
 ましてや、ナイトフレームの運用など想像の範疇外である。
 だが、それに対する備えの話になると決まって宮廷の会議は紛糾するのだ。
 一部の現実的な騎士たちからはナイトフレームの研究と開発、そしてそれを実戦配備することを求められているのだが、保守派はそれを神に対する冒涜として激しい反発を見せている。しかし、仮にファールヴァルト軍との戦いになった場合の対応を聞かれると言葉を濁して逃げてしまうのだ。
 命を掛けて戦いのが騎士ではあるが、絶対に勝てない相手に犬死をするのは本意ではない。
 そしてロマール新貴族派がついに、ナイトフレームの独自開発に成功して実戦投入を行い、オーファンがそれを受けてロマール新貴族派と同盟を結ぶと同時に自国開発を進めていた新型ナイトフレームにそのロマールの技術を導入、こちらも対ファンドリア戦への実戦投入を控えている状況なのだ。
 そしてオランもまたナイトフレームの開発作業を進めていると聞くし、それ以外の国もまたナイトフレームの開発に着手していないなどとは誰が断言できよう。
 そうした中でナイトフレームを持たない国が生き残れるかどうかは微妙だった。
 力を手に入れた国はその力を行使したくなるものだからだ。
 実のところ、アノスでも魔法の宝物は存在して使われてはいる。シオン自身も彼の家に代々伝わる魔法の剣と鎖帷子、そして盾を所有しているし、幾つかの魔法の宝物もこの旅の為に携帯していた。
 光の騎士団の騎士たちの中にも魔法の武具を持つものも少なくはないし、貴族たちも魔法の宝物は使われているのだ。
 しかし、それでもナイトフレームともなればそのようなものとは桁違いの代物だ。
 数日間の探索の後、遂に彼らは真理の光の居場所を突き止めていた。
 それは予想された通り、月光の神殿であった。しかも、追跡の途中で巨大な質量のものを連れていることが判明していたのである。

 その知らせを受けて直ちにファールヴァルト軍は月光の神殿を攻め落とすために軍の派遣を決定していた。
 ナイトフレーム・イントルーダの四個小隊、クープレイ一個小隊を含む大部隊であった。
 僅か三機のクープレイでムディールの王城を破壊し尽くし、その騎士団に壊滅的な打撃を加えたことを考えてみれば、それが’どれ程の戦力か想像に難くない。
 その中には亮と英二が同行していた。
 智子が眞の位置を補足して救助機の投入を開始し始めた以上、もはや二人に制約はなかった。
 亮は自分のイントルーダに装備されている巨大なクリスタルの剣を見詰めて溜息をつく。
「智子、こんな化物めいた武器を渡して、俺に何をしろっちゅーんじゃ・・・」
 イントルーダに装備された巨大な剣は、刀身の長さで八メートルほどもある凄まじい代物である。その破壊力は冗談抜きで他の武器と一千を画していた。
 その物騒極まりない武器を自分の機体に括りつけた恋人の幸せそうな表情を思い出してげんなりする。
「亮、とりあえずこれを試してくんない?」
 恋人に呼び止められた亮は、その馬鹿でかい剣を見て呆れ返っていた。
「俺にそれを振り回せってのか!?」
 どんな人間でも無理だろう。いや、巨人でもこのサイズの剣を振り回せるのは霜の巨人や単眼巨人のような最大サイズの巨人だけだろう。
「誰も生身のあんたにこれを振り回せって言ってないよ。亮のイントルーダにクリムゾン・ドライブを増設して、これに直結するんよ」
 その説明を聞いて、亮は疑わしげな視線を向けた。
 どう考えても、ナイトフレーム一騎を楽に動かせるクリムゾン・ドライブのエネルギーを直結するようなモノがまともな物の筈が無い。
「一体何だ、それは?」
 思いっきり疑わしい目で見詰める恋人に、智子は胸を張って答えた。
「良くぞ聞いてくれました♪ これは智子ちゃんのアイデアで作り出した正義のヒーローの切り札。その名も『エネルギーソード』!」
 なんの捻りも無い命名に、亮はその場にへたり込んでいた。
「どうしたん?」
 このセンスに付き合っていられるのは同じく天然の眞と、その二人に付き合い慣れている亮だけだろう。
 額を指で揉み込みながら、亮は尋ね返した。
「で、これは一体何の武器なんだ?」
 その説明を聞いて亮の最初の一言は、「絶対に使うか、そんなアブねー武器を!!!」だった。

 ファールヴァルト幻像魔法騎士団の正式装備に『クリスタル・ブレード』と呼ばれる魔法剣がある。これは魔昌石と同じように魔力を結晶させた素材を付与魔術によって鍛えて剣にした代物で、文字通り常識外れの破壊力を発揮する恐るべき魔剣であった。
 それを所有するものの精神や魔力の強さを増幅し、その力を剣の力として発動するというその魔力は、平均的な騎士でもラムリアース王家に伝わる宝剣『ヴァンブレード』にすら匹敵する力を発動する、と言われている。
 智子はそれにヒントを得て、イントルーダ用にそのクリスタル・ブレードのような武器を作れないか、と考えて試作してみたのだ。問題はその魔力の供給源だった。
 クリスタル・ブレードですら厳しい修行を受けた魔法騎士がやっと使いこなせような代物である。
 それをそんな巨大な剣にしても、起動に必要な力は人間では得られないだろう。
 その為、専用のクリムゾン・ドライブを増設してそれを直結する、という荒業を用いて稼働できるようにしたのだ。
 その破壊力は・・・
「な、なんじゃこりゃ~!」
 鋼鉄の魔法像アイアン・ゴーレムが溶けていた。
 亮のイントルーダが一撃を食らわせた鋼鉄の魔法像は、その魔法障壁を紙のように切り裂かれてそのまま白銀に輝く刃を受けた瞬間、まるで熱したナイフでバターを切り裂くように何の抵抗も出来ないまま真っ二つに切り裂かれてしまったのだ。
 その断面は真っ赤に溶解し、ぐずぐずに溶けた鋼が溶けたバターのように流れ出して異様な形で固まっていった。
(こ、こんなアブねーもん、俺の機体に括りつけてろってか・・・)
 一撃で鋼鉄のゴーレムを溶断するような破壊力の剣に、その場に居た技術者や騎士達も顔色を変えてその光景を見詰めていた。
 一人を除いて。
「やりぃっ! これで智子ちゃんスペシャルの完成だわさ!」
 満面の笑顔を浮かべる眼鏡の少女を、何か危険物を見るような視線が取り巻いていた。
 その回想を押しのけるように英二からの通信が入った。
『亮、聞こえるか?』
「何だ?」
 英二の開いた通信に亮が応える。
『そのアブねー代物、本っ気で使う気か?』
「・・・使うしかねぇだろ。機体に括りつけられてるんだしよ」
 そう言いながら亮は胃が引き攣れるのを感じていた。
 出来る事なら使いたくはない。相手のことを考えて、という理由ではなかった。強いて言うなら、原子炉を動力源に使っているレーザー砲を手で構えて撃て、と言われているようなものなのだ。
 技術者が言う「大丈夫、設計通りだから」の言葉ほどアテに出来ないものはない。
 ナイトフレームを稼働させられるほどの莫大なエネルギーを消費するエネルギーソードが万が一故障したら・・・
「まあ、そんな事になったら労せずして俺たちは任務成功、ついでに俺は一瞬で蒸発してあの世行きだな」
 諦め半分の声を出した。
 英二やナイトフレームに搭乗している騎士たち、そしてナイトフレームほどでは無いにしてもエクリプス・ベイルで護られているドーラや空中戦車に乗っている連中は助かるだろうが、その障壁の内部が爆心地となる亮自身や、護られていない兵士たちは一瞬にして蒸発するだろう。
 それだけの爆発とエネルギーの解放をまともに浴びせかけられて月光の神殿が無事だとは思えない。計算上では爆心地を中心として直径10kmは数千度もの火球となり、衝撃波の到達半径は50kmにもなるのだ。計算の上では、その爆心地を中心として直径300メートル、深さ10メートルのクレーターが出来上がるとの予測があった。
 作戦ではこのエネルギーソードを使って遺跡の障壁を破壊、そしてナイトフレーム全騎による一斉攻撃で月光の神殿を破壊して首謀者である真理の光の一派を捕らえてアノスに引き渡す計画だった。
 英二は出撃準備を整えていた時のことを思い出す。

「なんで、英二が行くのよ!?」
 泣き出しそうな声でこずえが責めるように尋ねる。
 騎士として、そして軍人としてファールヴァルトにいる以上、いつかは必ずやってくる日でもあった。
 そして、眞は誰に求められる訳でもなく自らその宿命を背負うことを選んだ。
 自分達の安全と、何時でも食事が出来る生活は彼が自らの手を血で染めて掴みとってきたのだ。あの日、自分たちがフォーセリアと言う異世界に転移してきた夜、妖魔の襲撃を受けた時に、眞は黙って立ち上がっていた。
 鎧を身に付け、そして愛用の刀を携えた少年は眩しいほどの微笑を浮かべてクラスメートの少女に告げていた。
『俺が出る。俺なら、あの怪物を倒して皆を護れるから』
 自分たちを先導してくれるはずの教師は、常識はずれの事態に何も出来なかった。
 誰も、何も判っていなかった。
 英二と亮だけが、眞が戦って血路を開こうとしていることだけを理解していたが、それが殺し合いという名の命の遣り取りを意味することを正しく判っているわけではなかった。
 彼らを生かすために、彼らを襲ってくる存在の命を奪う。
 眞だけがその意味を正しく理解し、そして戦場へと続く扉を開いていた。
『絶対に外に出てこないで』
 振り返ることなく告げられた言葉。
 そして再び彼らの前に現れた眞の姿。
 全員が言葉を失っていた。
 全身を返り血で真紅に染め、夥しい数の命をその手で奪った戦士の姿。武勇を讃えて賞賛する騎士と兵士たちと比べて、ただ傷ついた眼差しの少年の姿は余りにも哀しかった。
 自分よりも圧倒的に弱い存在を、それよりももっと弱い友人や仲間達を護るために一方的に殺戮する、そんな現実が眞を傷付けていた。
 アノスの騎士団との戦いでもそうだった。
 数に劣るファールヴァルトの騎士や兵士たちは魔法を用いて、数に勝るアノスの騎士団を撃破していったのだ。
 戦う度に心を傷つけ、その代償として眞はファールヴァルトで揺るがない地位を確立していた。
 そして、ファールヴァルトの民は飢えと貧しさから解放され、ユーミーリアの仲間達は安住の地を得た。だが、その代償は何だったのだろうか。
 膨大な犠牲のもとに成り立った血の繁栄、それを拒むことの出来ない自分たちの弱さ。
 それを納得出来ない自分に苛立ち、そして英二と亮は軍人になることを選んだ。
 眞一人に血の十字架を背負わせない。
 自分たちが生きるために誰かを殺さなければならないなら、自分たちも手を血で染める。
 ただそれだけだった。
「眞は今、戦うことが出来ないからな。それに俺たちが今、飯を食えるのはアイツがそれを手に入れたからだ・・・」
 その答えにこずえが泣き崩れた。
 英二はそんな少女の姿を愛しげに見つめる。彼女たちには、そんな戦士の心や事情など理解できないし、理解して欲しいとも思わなかった。
 その優しさだけをいつまでも忘れないでいて欲しい、とだけ願ってしまう。
 ふと、亮を見ると智子が黙ったまま亮を見つめていた。

「判った。その代わり、必ず生きて返ってくること」
 智子の言葉に亮は苦笑しながら感謝の気持ちを抱いていた。
 親友の眞が戦場に立ち、そして今、別の異世界に飛ばされてしまったまま行方不明の状態で恋人が戦場に立つと言うのだ。
 だが、最初から眞とともにファールヴァルト軍のシステム構築や技術開発に携わってきただけあって腹は据わっている。
 自分の恋人が人の血で手を染めているのは前回のムディール戦役で承知していた。
 だからこそ、自分勝手な意見として他の誰が死んでも亮に生きて帰ってこい、と言っているのだ。
「あたしゃ、ズルい女だからね。他の誰が死んでも、亮にだけは生きて帰ってきて欲しいんよ」
 その言葉を聞きながら、葉子は微笑んで訂正する。
「智子ちゃん、それはずるいとは言わないの。誰だって持ってる当たり前の気持ちだから」
 だから、自分も眞には何があっても帰ってきて欲しいのだから、と心の中で呟く。
 久しぶりに皆が集まった眞の宮殿のカフェテラスは、もう自分たちの生活する風景の一つとなって馴染んでいる。
 東京の生活はもうはるか遠い記憶になってしまったような気がしていた。
 この宮殿の居間にある巨大な液晶テレビに映されるニュースの映像などを見れば、世界は変わってしまったことがまざまざと映し出されていた。
 眞が画策していたように、日本は憲法改正を果たして正式に日本軍が発足、外征を可能にした軍事力を編成したことで近隣諸国との軋轢を生んだものの、北朝鮮の崩壊に伴うなし崩し的な統一を果たしてしまった韓国を継承した高麗連邦との紛争で見事に完勝、戦後を終えることに成功していた。
 そして中国は首都北京が巨大昆虫に襲われて壊滅状態に置かれ、各地方の軍閥がそれぞれ独立して覇権を争う内乱状態に突入して、世界は一気に不安定化していた。
 良くも悪くも、眞はその二つの世界の激変に絡んでいることになる。
 特に、眞が日本に齎した魔法技術やプロメテウスという組織が日本の再軍備や資源大国化に大きく関与していることから、眞はその中心的な役割を果すことを要求されているのだ。
 何かを始めたもの、切り開いたものはその代償としてその責任から逃れることは出来ない。
 それを知って、なおその道に踏み込んでいった少年の姿を追いかけることを選んだ瞬間から、英二にも亮にも引き返す道は閉ざされていたのだろう。
 そんな少年たちの姿は余りにも儚く、そして美しかった。
 そして、それ以上に哀しかった。
 
 
 

~ 2 ~

 
inserted by FC2 system