~ 4 ~

 ルキアルはオーファンの王城シーダーに用意された謁見の間に立ち並ぶ錚々たる面々の驚きと疑いの視線をたっぷりと浴びながら、この場にいないあの美しい魔女の姿を探している自分に心の中で苦笑していた。
(なるほど、あの魔女は宮廷魔術師の地位を返上した、ということか・・・)
 厄介な事になったな、と声に出さずに考える。
 どうやらあの魔女は本気で今の時代の流れに抗う気でいるらしい。
 このアレクラスト大陸で数少ない、ルキアルと互角に渡り合える知略の持ち主が動く、という事が判っただけでもこの訪問の価値はあった、と心の中に刻み込んだ。
「して要件を聞かせてもらおう」
 老いたりとはいえ、未だに力を失っていないリジャールの威厳に満ちた言葉がルキアルの全身を揺さぶるように静かに響いた。
 流石は竜殺しの英雄王・・・
 小細工は通用しないな、とルキアルは考えを修正した。
 若い頃から剣一本を便りに大陸中を放浪し、そして邪竜クリシュを討ち取って国王の座に着いた建国の英雄王は、幼い頃から宮廷で過ごしてきたひ弱な王達と違い、世の中というものを知っている。
「はい。ではお言葉に甘えて、用件を述べさせていただきましょう。オーファン王国と我がロマール王国の間に同盟関係を結ぶ事を希望している旨をアロンド殿下より託っております」
 その言葉に一部の騎士は苛立ったように声を荒げた。
「ロマールと我らはお互いに相対しあってきた関係ぞ!」
 今更、状況が苦しいからといって手を結ぼうというのか、そう吐き捨てるように言葉を投げつけた騎士を完全に無視して、ルキアルはじっとリジャールの目を見詰めていた。
 今はそのような事を言っている場合ではないのは他ならぬ騎士達が誰よりも骨身に染みて思い知らされている。それでも、感情的には納得するのは難しい。
「・・・少し時間を頂こう」
 リジャールの言葉が重く謁見の間に響いていった。

 ルキアルが手土産に、と持ってきたロマール製のナイトフレームを見て、オーファンの技術陣は呻き声を上げていた。
 それもその筈で、彼らが死に物狂いで開発してきた制御システムが既に、完成された形で稼働しているのだ。確かにファールヴァルト製のナイトフレームにはまだまだ遠く及ばない。だが、この巨人機を完全にファールヴァルト以外の国が自際に動く機体として完成させている、という事の方が遥かに驚きだった。
 それと同時にオーファンの技術者達は自分達の模索していた方向性が間違っていなかった事を確信していた。ロマールがオーファンよりも早くナイトフレームの独自制御システムを開発することが出来たのは、技術を盗ませるためにファールヴァルト軍に密偵を送り込み、その技術をある程度取得することに成功したためである。オーファンの技術者達のように自力で解析を進めて、独自に試行錯誤を繰り広げていたわけではないのだ。
 そうした意味ではオーファンの技術者達はロマールに負けたとは考えていない。
 むしろ自分達が悩み、苦しんで進めてきた方向性が間違っていないことを間接的に証明されて自信すら持っていたのである。
 時間さえ十分にあれば同等のものを作れる、そして今のシステムを誰よりも深く理解できる確信をオーファンの技術陣は感じられていたのだった。
 そして逆にロマールの技術陣はオーファンの技術者達が独自に、しかもまったくの手探り状態からファールヴァルトのナイトフレームを解析して制御システム系を開発しつつあったことに驚愕を隠せないでいた。
 如何に整備のための技術を学んでいたとしても、それを元に独自にナイトフレームの制御系を作り出すというのは信じられない話だったのである。
 確かに完成度という意味ではまだまだロマールの機体のそれには及ばない。だが、ロマールの機体と違いオーファンのものは完全に独自に生み出されつつある技術系だったのだ。
 そうした両者の思惑を超えて、ロマールとオーファンの密かな交渉は重ねられていた。
 双方の側にこの会談を決裂させることが出来ない切実な理由がある。
 ロマール王国新貴族派にとってこの会談が決裂するということは、完全に孤立化することを意味するのだ。そしてオーファン側にとってもロマール新貴族派との会談を蹴った場合、ナイトフレームの独自開発を自力だけで進めなければならず、そしてロマール側と会談を持ったことをファールヴァルトに察知されれば現在の軍事同盟を破棄される危険性すらあった。
 そうなればあのファンドリアの魔獣兵に対してナイトフレーム無しの戦いを余儀なくされる。そんな状況で魔獣兵の大部隊に抗うことが出来るとは誰も信じていないだろう。
 お互いが歩み寄りを必須として、今はどの点で妥協をするかを協議しているに他ならなかった。
 
 ファールヴァルトの政府首脳部は当然のことながらロマール新貴族派とオーファンの動きを察知していた。苦々しい思いで報告書を見ながら、ファールヴァルト軍の幹部と政府の重鎮達は対策を慎重に考慮していく。
 実際にはファールヴァルトとしてはオーファンとの同盟を破棄することも、ロマール新貴族派に対する秘密裏の援助を打ち切ることも可能性には入れていない。ナイトフレームの情報を解析して、各国が独自に建造を始めようとするのは当然の事として可能性を考慮していた。
 眞の指摘は実に正鵠を射ていたといえよう。
『それじゃ、仮にファールヴァルト以外の国がナイトフレームを開発したとして、何もしないで見ている気か?』
 その質問を受けた軍幹部や政権中枢部は返答に詰まっていた。
 黙ってみている気など彼らにもさらさらなかったのだ。
 ならば、どんな手段を使ってでもナイトフレームの情報を取得しようと仕掛けてくるのは当然のこととして対応策を練っておく必要があった。その上で、眞は仮にナイトフレームの創造技術を奪われたとしても、それが致命的な結果にならないように工夫をしていたのだ。
 その中核技術であるクリスタル・コアの製造に関しては完全なブラックボックス化を行ったのである。
 ファールヴァルト王国内ですらクリスタル・コアの情報にアクセスできる人物は限られていた。現実にはS級アクセス権限を持つ人間のみが、フレイアの管理するイグドラシル・システム最深部のゲートの通過を許され、そしてD.E.L.の展開される最深淵部でのみその情報に携わることが出来るのだ。その独自領域は『ニヴルヘイム』と呼ばれ、フレイアとは異なるシステムで護られている。このニヴルヘイムでは、ナイトフレームのクリスタル・コアを始めとするファールヴァルトの最重要機密情報が厳重に保護されていた。
 ここには眞と亮、英二、智子、そしてルエラのみアクセスできる権限を持っている。
 その機密情報がファールヴァルト軍の強さを保障しているのだ。
 実際、オーファンとロマール新貴族派がナイトフレームの独自開発を進めている状況にありながら、その制御系を完全にゼロから開発しなければならないことからファールヴァルトのそれに比べて劣る、やっと動かせるような代物しか作成できていないのである。
 そうした状況が両者を結びつける要因の一つとなっていた。
 オーファンは自力ではファンドリアの魔獣兵部隊に対抗出来ず、そしてロマール新貴族派は大貴族派のホムンクルス兵団に歯が立たない、という状況でお互いに生き残るためには手段がなかったのだ。
 結局、オーファンはロマール新貴族派側の提案を受け入れ、両国は同盟を結ぶことで合意に達していた。
 二週間後。
 りジャールは複雑な思いで完成したナイトフレーム<ストレイゼル>を眺めていた。
 それは完成のためにロマールの技術を導入しなければならなかったという自分たちの限界と、同時に国防体制の要である主力戦力を自力で整備出来るようになったという安堵感、そして人間の力を超えた戦争に踏み込んでしまったという畏れの入り交じった感情であった。
 そしてそれはオーファンもまた、戻れない修羅の道へと歩みを進めてしまったことを意味していた。
 同時にオーファンとロマール新貴族派は同盟関係を結んだことを表明し、それを各国に通達していたのである。

 永らく内乱状態にあったザインは、そのオーファンとロマールの同盟関係締結に複雑な感情を抱いていた。
 ザインは一時期、ルキアルの勧めでファンドリア、ロマールの両国と三国同盟を締結寸前に至るほどの関係を持っていた。だが、その後のオーファンの妾腹の王子リウイの活躍などもあって、無事に内乱を集結、同時にオーファンとの同盟関係を締結するに至ったという経緯がある。
 そのオーファンが二つに別れたロマールの内、新貴族派と同盟関係を結んだ事は大きな歴史の皮肉だった。
 結果としてザインはオーファンとの同盟関係を維持したままルキアルとの関係も復活するという状況となったのである。
 しかも両国は独自にナイトフレームを開発して実戦配備を進めているのだ。
 ファールヴァルト製のオリジナル・ナイトフレームよりも数段性能は低いとはいえ、人間の力では太刀打ちできない兵器を独自に生み出せるようになったオーファンとロマール新貴族派はこのアレクラスト大陸でも別格の存在となりつつある。
 事実、ロマール新貴族派は大貴族派を圧倒して既にエナ砦と首都ロマール以外の全土を掌握している。そしてオーファンはナイトフレームを前線に投入してファンドリアの魔獣兵部隊を着実に殲滅しつつあったのだ。
 魔法使いの少ないザインはそうした新しい兵器の開発に置いて劣勢に立たされている。
 優秀な魔術師の育成は火急の課題とはいえ、魔術師の育成には時間が必要なのだ。
 軍事的劣勢を補うためにも、オーファン、ロマールとの同盟再締結は欠かせない条件だったのである。

 そしてファールヴァルトと国境を接するオランもナイトフレームの入手と解析に全力を尽くしていた。
 緊急配備として魔法の道具や武器で強化したゴーレムを配備してはいるものの、ナイトフレームを相手に抵抗するのは厳しい。
 賢人王として知られるカイタルアードⅦ世は特使をロマールに派遣し、新貴族派をロマールの正統を継承する国家として承認する代わりにナイトフレームの技術供与を求めたのである。自らの正統を承認する国家の存在を渇望していたロマール新貴族派はその申し出を受け入れて、オランに技術者を派遣すると同時に同国のナイトフレームを供与することを返答していた。
 そうした動きが急速に広がり、アレクラスト大陸の各地で独自のナイトフレームを製造しようとする動きが起こっていたのだ。
「やれやれ、こんな事になるとは思ってたけどね~」
 半分呆れたように智子がぼやいていた。
 やはり軍事的にも圧倒的な技術となったナイトフレームは、各国の軍事競争を煽る結果となってしまったという事実に悲しみを覚えてしまう。
 だが、それは予想された未来でもあった。
 ファールヴァルトがナイトフレームという既存の兵器どころか、現代のユーミーリアの兵器と比べてさえ一線を画する絶大な力を持つ兵器を生み出したことは、近隣諸国にとっては脅威以外の何物でもない。
 全力でそれに対抗しようと画策してくるのは誰の目にも明らかだった。
 基本的にゴーレムを創造することが出来る魔法技術を持つならば、ナイトフレームの機体そのものを作り出すことは不可能ではない。その防御システムであるエクリプス・ベイルも魔法の障壁を設置出来る技術があるならなんとかなる。古代語魔法の<障壁フォース・フィールド>や対魔法結界を作り出すことが出来る魔法技術を集約して創造された技術だからだ。
 付与魔術の技術を知っていれば、そうしたナイトフレームの機体に必要な装備と機能を付与することが出来る。
 確かにファールヴァルト製の機体ほど凄まじい性能は持たないだろうが、それでも普通の歩兵や騎士では歯が立たない兵器を生み出すことが可能なのだ。
 最大の難関は制御系である。
 クリスタル・コアによって制御される機体は信じられないような運動性能を発揮し、そして戦えば戦うほど経験値を積んで更に最適化された動きと戦術を取れるようになる。しかも、データリンクによってそうした情報が共有され、全体としての力も強化されていくのだ。
 そのクリスタル・コアの技術が流石にコピーできない。
 現代ユーミーリアの最新のコンピュータ技術と一般には公開されていない隔絶したレベルの付与魔術、そして統合魔術の技術が必要になるためだ。
 その代わりにロマールが開発した制御技術はそうした高度な学習機能や統合データリンクを持たず、機体を制御するだけに方向性を絞った技術開発であった。
 結果として比較的修理の行い易いシンプルなシステムとして完成していたのである。
 だが、そのシンプルなシステムは逆に魔法技術力がある程度あればそれなりの国力のある国であればナイトフレームを建造、配備可能だという状況を生み出していた。
「おがっちゃんが知ったら呆れ返ると思うけどね~」
 自分が知らない力を振り回すことの恐ろしさを、一番良く知っているのがあの少年だ。
 その言葉にファールヴァルト首脳部は各地で起こり始めた軍拡競争に警戒心を抱いていたのである。
 それはユーフェミアを始めとして、葉子や悦子、里香も同様だった。
「何故、あんな危険な兵器を欲しがるのでしょう・・・」
 眞が生み出したナイトフレームは、それが暴走を生み出さないように厳重にイグドラシル・システムのネットワークで制御されている。だが、その制御から離れた兵器が世界中で開発されつつあるという現実がユーフェミアには悲しかった。
 自分の愛する夫が生み出した鋼の巨人騎士が大国同士の武力誇示、ひいては衝突のための道具として使われることが辛かったのだ。
「あたし達がいた世界だって、同じだよ・・・」
 みんな平和を望んでいるのに、判り合えないから力で自分の正義を押し付けあうの。
 そんな悦子の呟きが悲しく心に響いてくる。
 眞が戦後日本に枷られた呪縛を解き放つために熾烈な戦いを始めていた事は知っている。いや、あの時、行方不明になった眞を追いかけている時に見た様々な出来事がそれを否応無しに悦子達に教えていた。
 そんな呪縛を解き放つために、眞は自らの手を血で染める決意を下していたのだ。
 日本を、自分たちを貶めるものは許さない・・・
 魔法を操り、様々な工作を仕掛けて日本を蝕む敵を、文字通り血祭りにあげていった少年とその仲間達の戦いは未だに続いている。そして、別の世界に飛ばされてきてさえ、戦争という国家と国家の暴力から逃れられない事実が哀しかった。
 いつの日か、あの優しい少年が戦いから離れて安らげる日が来るのだろうか・・・
 その瞬間が訪れることを、少女は願っていた。
 
 ミラルゴの評議会は紛糾していた。
 リザードマンの大軍団に首都を陥とされ、そして事実上崩壊してしまった統治機構を巡って各部族が主導権争いを繰り広げていたのである。
 そしてナイトフレームを各国が独自に開発しつつあるという情報がこの混乱しきった草原の王国の首脳部を揺るがしていたのだ。
「何としてでも我々はあの憎きトカゲ共を討ち取って首都を奪還せねばならん!」
 有力な部族の長老が歯軋りするように訴えていた。
 しかも、ファールヴァルトのみならず隣国のオランもナイトフレームの開発を進めていると聞く。それが事実となってしまえば、ミラルゴは人間の力では太刀打ち出来ない超兵器を揃えた大国二つと隣り合わせになるという、悪夢のような事態に直面してしまうのだ。
 それは西部諸国も同様だった。
「あの巨人機に対抗する手段を考えて欲しい」
 アクセルロッド・スペングラー伯爵の問い掛けにレイは気が遠くなるような思いがしていた。
 可能な限りの情報を集めて知恵を巡らせてみても、人間が対抗する手段など考えも出来なかったのである。
 まず、あの尋常ではない速度。
 全力で走る馬の数倍を超える速度で大地を駆け巡る速度は対抗する術などない。そして強靱な装甲と魔法障壁が人間が振り回せるサイズの武器など簡単に弾いてしまう。
 バリスタですら張り巡らされた魔法障壁を貫くことが出来ずに、無力化されてしまうのだ。
 これでは手が出しようがない。
 ゴーレムを配置したとしても、あの俊敏な動きと圧倒的な火力で一方的に撃破されるのは目に見えている。そして、<完全魔法解除パーフェクト・キャンセレーション>の呪文に対しても専用の魔法結界を付与されているため、それを使って食い止めることが出来ないのだ。
 唯一の方法は、同じくナイトフレームを持つことだけである。
「・・・やはりそうか」
 そのレイの返答を聞いてアクセルロッドは天を仰ぎ見る。
 宮廷でこのような仕草をすればその瞬間に叱責の声が飛び、政治的にねちねちと攻撃させるネタを提供するようなものだが、今のように私室にいる時ぐらいはそんな堅苦しい真似などしていられない。
 そしてそれを見せられるだけの信頼がこの仲間達にはある。
 滅びたタラントの幼い王子とキャレリン王女を無事に保護して此処まで連れてきたのは彼らヘッドライナーズなのだ。
 そして恐るべき精霊魔法の力を駆使してタラントを滅ぼしたのがダークエルフであることが明らかになり、ベルダイン王宮は衝撃に包まれていた。いや、ベルダインだけではない。この西部諸国の全てが揺れ動いていたのだ。
 だからこそ、亡国の王族を救い出してきたヘッドライナーズ達の言葉は重い。
 王家と関係のあるものでヘッドライナーズの言葉を無視出来るものはいない。そもそも、この西部諸国の王家はお互いに密接な関係を築き上げている。
 その一つの国が滅んで、王家が断絶する寸前だったのを幼い世継ぎと共に国民に愛されてきた王女を救い出してきたのだ。
 このベルダインの領土内で直ちにタラント亡命政府が樹立され、そしてその生き残りの十数名の騎士とともに暫定政府として各国に承認されたのも、王家の存続に関わる重大な案件であったためだ。
 同時に残された九王国は直ちにタラント同盟に従って同盟軍を編成、残された国もそれを支えるための連合体制を発動していたのである。
 だが、軍事的に先のロマール戦役で莫大な損害を被っていた西部諸国には再び新たな戦争を起こすだけの体力はなかった。その為、タラントを包囲しながらも動くに動けない状態となってしまっていた。
 それが更に、各国の国力をジリジリと削っていく結果となったのである。
 ミラルゴはリザードマンの軍団に蹂躙され、そしてタラント王国も妖魔の軍団に撃破された事実は西部諸国首脳陣に絶望的な現実を突きつけていた。
 絶対的に力が足りない。
 その単純な事実だった。
 周辺国を含む大国がナイトフレームを独自開発して配備し始めようとしている事実も深刻な問題だった。
 とは言うものの、ナイトフレームの開発はそう簡単には出来ない。
 莫大な資金と高度な魔法技術が必要となる。
 それだけの国力を持つ国は限られてくるのが現状なのだ。
 あの超兵器に対してはたとえ魔獣を軍団にしても歯が立たない。
 強力な魔法結界を持ち、大出力の武装を備えて半永久的に稼働することの出来るナイトフレームは、同じナイトフレームを以てしなければ対抗すら出来ないのだ。
 だからこそアクセルロッドは何とかしてナイトフレームを手に入れようと考えていたのである。
 可能性として、オーファンからナイトフレームを購入するという方法がある。
 国境を隣り合わせるロマールに軍事力を依存するのは危険だった。だからこそ、オーファンにナイトフレームを提供してもらうことを願うことが大きな、そして欠かせない条件だった。
 だがそれはベルダインがタラント同盟から離脱することを意味する。
 一国だけナイトフレームを保有することになれば、この西部諸国の残りすべてが敵に回ることになるのだ。
 数機のナイトフレームを導入しても、同盟関係を失うような事になればベルダインは孤立する。かと言って、このまま手を拱いていれば体制を整えたロマールに飲み込まれるか、タラントを滅ぼした妖魔の軍団に打ち破られるだけだった。
 決断を下すには余りにも困難な道が目の前に存在しているのだ。
 
 ラムりアースの王都ライナス。
 その王城グレイ・フォレストではフレアホーン王が国内のみならず、国外で進んでいる魔法軍拡競争について頭を悩ませていた。
 ロマールに次いでオーファンまでもナイトフレームの独自開発に成功したとの情報が齎され、そして東の大国であるオランもナイトフレームの開発に着手しているという。
 由々しき事態だった。
 そしてこのラムリアース国内でも一部の貴族が疑わしい活動をしているとの情報が密偵からも齎されている。しかも、その貴族たちは自分の支持基盤である貴族たちだ。
 問題が多すぎる、とフレアホーンは心の中で呟いていた。
 今、ここでラムりアースまでもがナイトフレームの保有に走れば、世界は歯止めを失いかねない。だが、ラムりアースがナイトフレームを保有しなくても各国はその配備を進めて、国は危機に直面することになるだろう。
 その危機意識があるからこそ、その貴族たちはナイトフレームの開発に踏み切ったのだと言える。
 本来な此処までの軍拡競争が始まってしまう前にファールヴァルトと接触をしてあのような危険な技術の創造と超兵器の開発を辞めさせるべきであった。
 だが慢性的な貧しさに悩まされ、それを克服するために異世界の知恵と交易で富を得るようになった国は、自らを護る為に軍事力を増強しなければならなかったのだ。
 ましてや、その知恵を齎した人物を魔神であると一方敵に糾弾されて侵攻を受けた以上、もはや話し合いで解決する余地など残されていなかったのである。
 結果として小さな辺境の国だったファールヴァルトはその数の劣勢を補うために魔法を軍事利用することとなり、遂にナイトフレームという、人の力を凌駕する超兵器を生み出していたのだ。
 正式な宣戦布告を受けたわけではないとはいえアノスという大陸でも有力な大国、しかも最強の騎士団の一つが一千を超える数で侵攻して、その直後にも隣国ムディールからも侵攻を受けたという現実が全てを物語っていた。
 安全を保証出来ない以上、ファールヴァルトは圧倒的な魔法技術と異世界の技術を活用して軍事力を増強する以外になく、それが隣国に途轍もない重圧となって載しかかってきているのだ。
 そのような国王の悩みとは別のものとして、その貴族達は刃を喉元に突きつけられているような恐怖を感じていたのだ。
 同盟関係を結んでいたオーファンが極秘裏にナイトフレームを解析し。独自開発を進めていたという事実と、ロマールとの同盟関係を成立させたという衝撃的な事実だった。
 ここで西部諸国までもがオーファン・ロマールの側に取り込まれてしまえばラムりアースは窮地に立たされることになる。
 それに対抗するにはラムリアース自身がナイトフレームを保有して、そうした動きに釘を刺さねばならないのだ。
 その為、ロナンザール伯爵は緻密に手を重ねて、ファールヴァルトから宰相を離反させて開発の中心人物である異世界の者を一人、拉致させていたのである。
「カトウ、作業は順調かね?」
 眼鏡を着用した少年が無表情に振り返る。
「はい。ただ、制御システムであるクリスタル・コアは私の知る範囲の技術にありません。代替の技術が必要になります」
 その言葉に伯爵は頷いていた。
 既に手配済みだった。
 今、ロマール新貴族派から手に入れた制御システムを別の魔術師達に解析させている。これを導入することでカトウの作り出す機体を生かすことが出来る制御系が出来上がるだろう。
 白銀に輝く機体が、その生命を吹き込まれる瞬間を待つかのように立っていた。
「それにしても、良く考えられている」
 伯爵はその芸術的なまでの技術の組み合わせに驚嘆を隠せずにいた。
「機体自身は鋼の骨格にフレッシュゴーレムのそれを応用した人工筋肉で作り出され、それを覆う鋼の装甲で機体の強度を作り出す。骨格と共に神経線維を全身に通して、その機体の運動情報を伝達するのと同時にその反応を制御システムにフィードバックする構造とすることで機体の軽量化と動きの柔軟さを確保しながら十分な機体の強靭さをも兼ね揃える設計。そして<空中浮遊レビテーション>の魔法の力を発動する装置を組み込んで浮かせると同時に、<飛行フライト>の呪文の効果を使って機体を移動させることで、歩行に頼らない早い動きを可能とする、か・・・」
 そして頭部の目から見た映像、集音器で集めた音を操縦室に備え付けられた幻影魔術の力を付与したスクリーンで映し出し、音を反映することで外部の情報を知ることが出来る。
 この操縦室も<障壁フォースフィールド>の呪文の力で保護されて、<重力制御コントロール・グラヴィティ>の呪文で格闘戦時や戦闘起動時の衝撃を中和しているのだ。
 これだけでも十分すぎる戦闘能力を確保出来るだろう。だが、更に恐ろしいことに大出力の魔力を供給する魔法装置をも組み込んであるため、凄まじい出力の武器やエクリプス・ベイルと呼ばれる防御フィールドを発生させることが出来る。
 確かにこうした夥しい数の魔法装置や機能を人間がまともに制御することなど出来ないが、それをクリスタル・コアという専用の制御用魔法装置を搭載して機体をナイトノーツの思うままに動かし、各種兵装を扱えるようにしているのだ。
 その心臓部のクリスタル・コアを非公開にしているのは賢い選択だろう。
 機体を作ることが出来ても、その制御部分を持っていなければ役に立たない。ロマールやオーファンの技術者が総がかりで開発した制御システムは、辛うじてそれを可能にするような代物でしかなかった。
 そんな貧弱な制御システムを搭載したナイトフレームでさえ、普通の騎士団をいとも容易く圧倒し、薙ぎ払ってしまう。
 こんな恐るべき兵器を何も無いところから考え出したあの異世界の魔法騎士の才能と力には心底驚かされる。いや、恐怖すら覚えるほどだった。
 フレアホーン王は憂慮されている様子だったが、之もまた時代の流れである。
 ラムりアースがその時代に取り残されて滅び去るわけにはいかないのだ。
 試行錯誤を経て、完成しつつあるナイトフレームを押し出してフレアホーン王に決断を迫らなければならなかった。
 
 
 

~ 1 ~

 
inserted by FC2 system