~ 3 ~

 最新鋭のナイトフレーム三機を載せた輸送艦が内通者と思われるものの手引きで奪われたという報告はファールヴァルト軍の首脳部に大きな衝撃を齎していた。
 少なくともナイトノーツの訓練を受けられる人物とナイトノーツの整備士、ファールヴァルト空軍の中にそうした内通者が潜んでいたという事実は今後の戦略にも少なからぬ影響を及ぼすと考えられたのだ。
 情報の漏洩に関しては、システムに残されたログを解析したところ、レベル3Cまでの被害で済んでいた。これは少なくともナイトフレームを自力開発できるレベルよりも遥かに低いレベルのため、大きな被害となっていない。
 それでも、最新鋭の兵器を輸送途中に船もろとも強奪されたという失態は重大な問題であった。
「しかし、見事にやられたな」
 英二が呆れたように呟く。
 輸送艦を奪ってナイトフレームを盗んでいった手際は見事としか言いようが無い。輸送艦バシェットの乗組員やナイトノーツ、整備士の情報を改めて調査したところ、一つの共通点が挙がっていた。
 彼らはプリシスの貴族、もしくはプリシス出身者で、なおかつルキアルとの間接的な繋がりを持っていたのである。
「ですが、一体何のために? 別にナイトフレームを強奪しなくとも、来月にはロマール新貴族派にも支援を送る予定でいたというのに・・・」
 その問いかけは誰もが抱く疑問だったといえよう。しかし、眞やルエラは流石はルキアルだ、と感心していた。
「いや、ルキアルはそれを警戒していたんだ」
 眞は訝しげに彼を見返した、まだ少年のあどけなさが残る戦略士官に説明をする。
「もしこのまま我々がナイトフレームの供与を行い、ロマールがそれを受けたなら、その瞬間にロマール新貴族派の独立性が失われてしまう、という事さ」
 それは今のロマールの苦境を映し出していた。
 ファールヴァルトからナイトフレームの供与を受けた場合、ロマール新貴族派の軍事力は大きくファールヴァルトに依存することになる。そのため、彼らがその独立性を維持し続けるためには軍事力の面でファールヴァルトから自立していなければならないのだ。逆にオーファンに対してはファールヴァルトは技術供与の代償として同盟関係を結び、安全保障のための協力体制を整えている以上、見殺しにするわけにもいかない。その為、ナイトフレームの供与を含めた協力を行っている。
 ファールヴァルト一国で生き残ることはできないため、こうした技術を供与しながら同盟関係を維持する、という方法は必要な戦略であった。
 そうした眞の説明を聞きながら、若い士官たちは今後の戦局の展開を想像していた。
 どうやらあの輸送艦バシェットはクリスタル・コアの予備もごっそりと盗み出していったらしい。その事実から考えられることは、ルキアルはおそらく今後の展開も考えて、ロマール大貴族派と決定的な勝負に出る可能性がある、という事だった。
 そして、オーファンにも輸送艦隊は近づきつつあり、一両日中にもイントルーダの引渡しが完了するだろう。
 イントルーダの運用が始まったなら、そう簡単にオーファンは敗れることは無い。
 盗まれた三機の分も、緊急に予備機をオーファン向けに調整して今日の夕方には出発する予定でいた。
 そもそも眞自身、このような事が起こりうることは事前に予測できていたのだ。かつて、マンハッタン計画で原子爆弾を開発したアメリカ合衆国もスパイによってソビエト連邦(当時)にその技術を奪われ、そして中国にもそのスパイ活動によって核開発に関する技術を盗み出されている。
 そうした事例からも、スパイ活動を完全に防ぐことはできない、と眞自身判断していたのだ。
 どんなにセキュリティを固めたとしても、それを運用するのが人間である以上、かならず綻びは生まれる。
 だからこそ、情報を盗み出される事が起こりえると前提として、情報の管理を行っていたのだ。そのため今回盗み出された情報を基にしても一足飛びにナイトフレームの開発にまで結びつかないようになっている。
 もっともそれも何時までも、という訳にはいかないだろう。
 コア・クリスタル自体を製造できなくても、ナイトフレームの各部のモジュール自体はそんなに超絶的に高度なオーバーテクノロジーで作られているわけではない。
 基本的な付与魔術を身に付けた魔術師と十分な技術力を持ったナイトフレーム・マイスターがいればカスタマイズ自体は難しくないのだ。
 ナイトノーツとナイトフレーム・マイスターの数を揃えることができれば、十分に高い軍事力が期待できる。
 そしてナイトフレームを持つ持たないで戦争の行方が変わってしまう、そんな時代が訪れようとしていた。
 
 接近してくるその巨大な艦影に、オーファンの騎士たちは不安げな表情でじっと立ちすくんでいる。
 ファールヴァルトからの軍事支援であるナイトフレームの輸送艦隊がついに到着したのだ。しかし騎士たちは不安を隠せずにいた。
 もはや自分達が知る戦争とはかけ離れた何かが起ころうとしていることを目の前にいる空中艦隊が明らかに実証していると感じられたのだ。ファンドリアの魔獣部隊に完敗し、そしてナイトフレームという強大な力を持つ兵器の登場で、既にアレクラスト大陸の戦争は新しい時代に突入しつつある。
 生き残るためには伝統的な騎士階級の考えと戦術への拘りよりも新しい戦争の方法を学ばなければならなかった。
 その現実を目の当たりにして、オーファンの氷の魔女ラヴェルナは悲しみと怒りが心に満ちてくるのを実感していた。
 やがてその艦隊はオーファンの王城シーダーのすぐ近くで停止する。これ以上の接近は礼を失するとの配慮だろう。
 小型の上陸船が巨大な帆船から飛び立ち、そして俊敏に地上に降り立った。
 マストにはファールヴァルトの国旗が掲げられて、それと並んで同盟の証であるオーファンの国旗も掲げられている。
 ファールヴァルトとの貿易では軍艦ではないものの飛空帆船が頻繁に訪れるため、こうした手続きには慣れてきていたが、流石に軍の艦隊がこれ程までに接近することは初めてである。不安に感じられるのも無理は無かった。
 着陸した上陸艦のハッチが開き、折り畳まれていたタラップが伸び出してくる。船自体は小型のヨット程度の小さなものだが、それでも地上に降り立ったそれはかなり大きく感じられた。3メートルほどの高さから重厚な装飾で飾られた制服を身に纏った初老の男性が数名の部下と共にタラップを降りてくる。
 衛兵たちが儀礼用のハルバードを構えて、出迎えのために整然と整列し、迎賓役を仰せつかったであろう騎士が背筋をぴんと伸ばした直立の姿勢で来賓の到着を待っていた。
 悠然とファールヴァルト側の男性が地上に降り立ち、そして笑顔を見せながら右手を上げて額に掲げ、敬礼を送った。
「ファールヴァルト軍西方第一輸送艦隊司令のハミルトンだ。同盟国であるオーファンへ、同盟に基づいた戦略物資の輸送のために参った」
 それがファールヴァルト軍の礼儀だと知っている騎士は、こちらもオーファンの騎士の礼儀で返礼を返した。
「オーファン鉄の槍騎士団の近衛騎士ミッセラルであります。ファールヴァルトからの物資の移送の件、確かに承っております。搬送の指揮は私が行うよう、リジャール王より仰せつかっておりますので、以降は私の指示に従っていただきます」
「承知した」
 笑顔で受け答え、初老の男は自分の息子ほどの騎士に物資搬入の指揮権を引き渡す。
 その後はまるで戦場のような忙しさに包まれていた。
 何せ、ナイトフレームは巨大な代物だ。当然の事ながらそれを格納しておく場所や出撃の際にどのような経路で出すのか、そして帰還した時の誘導はどうするのか、などのノウハウは全くオーファン側には無い。ファンドリア軍の予想を超える戦闘能力の高さに急遽、供与を決めたために基本的な受け入れ準備もままならない状況でのイントルーダの導入だったのだ。
 当然の事ではあるが格納庫だけを用意して終わるわけは無く、整備用のベッドや予備部品の生産プラントなどの設置など、一つのナイトフレームの展開拠点を開設するのと同じ作業が必要になるのだ。そのため、当面は輸送艦エランダを停泊させたままにしておいて、それを整備用のベッド設備のままとして運用しながら王城であるシーダーの地下にナイトフレームの整備作業ベッドと部品生産プラントを設置することが予定されていた。
 流石にオーファンの騎士バルビーはナイトフレームを扱う訓練を受けただけに手際よく機体を搬入し、必要な設備を確認して回っている。
 長距離の搬送を行ったことで機体に問題が発生していないか、作業員の訓練の一環を兼ねて点検作業を行う整備員たちの姿に、オーファンの王リジャールは複雑な表情を見せていた。
 確かにこれであのファンドリアの魔獣兵部隊にも対抗できるだろう。しかし、それと同時にあの魔獣の軍団には人間の力だけでは対抗しきれない、という非情な事実を受け入れることを彼に強いていた。
 アレクラスト大陸最強の戦士として、その事実が意味することを納得できたわけではない。
 しかし、同時に誰もが彼のように戦士として最高の能力を身に付けることができる訳ではない、という事実を知らないほど彼も愚かではなかった。
 イントルーダを始めとして、ファールヴァルトの魔道操騎兵が騎士の姿に非常に似せたデザインになっているのは、あくまでもそれは騎士の操る新しい兵器であり、決して人外の魔物を飼いならしているわけではない、というアピールの為でもある。
 未だに世界は騎士の武力を中心とした国が集まっており、騎士の威信を損なって国家が存続できるほど世界は成熟していない。
 だからこそ、オーファンのみならずファールヴァルト自身もナイトフレームを操る者達は騎士がなるか、それともその能力を持つものは騎士として取り立てられるような制度を採っている。
 しかし、それでも時代の流れを感じざるを得なかった。
 想像を絶する技術と魔法の産物が人間の力を圧倒して押し潰そうとしているかのように感じられるのだ。たとえそれが同盟国のものだったとしても、自らがそれを御することができない力が自分の国内にある事が堪らなく恐ろしかった。
 ラヴェルナもまた、同じように心を締め付けられるような感情が自分の胸を満たしているのを実感していた。
 遂にこのオーファンもまた魔法によって作り出された強大な破壊兵器の力に頼らざるを得ない戦略に向かい始めたのだ。もちろん、ラヴェルナは宮廷魔術師として強硬にこのナイトフレームの導入には反対していた。しかし、魔獣兵の力を肌身で知る騎士たちの淡々と語られる言葉にそれ以上の反論はできなかったのだ。
 この強大な魔法の巨人兵器を導入することを拒むことは、すなわち騎士達にそうした恐るべき敵を相手に戦場で丸腰に近いままで戦え、ということに等しい。
 そして、彼らが敗れる、ということは無辜の民にもその邪悪なる敵の脅威が及ぶことを意味するのである。
 噂ではロマールの新貴族派が密偵を送り込んでファールヴァルトからナイトフレームを数機、盗み出していったらしい。
 当然、それらの戦力化を企んでの事だろう。
 そうなるとオーファンはファンドリアの魔獣兵、ロマール大貴族派のホムンクルス兵、そしてナイトフレームを配備したロマール新貴族派と対せざるを得なくなる。そんな事になれば悪夢だった。
 何者かに襲われたオーファンの二千もの騎士が無残にも躯さえ残さずに消失し、魔術師ギルドの調査で何者かが恐るべき規模の召還魔法を実行した際の触媒として彼らを用いた可能性があることを指摘してから、オーファンの騎士団には不安が漂っていたのである。如何に騎士の誇りがあるとはいえ現実として二千もの騎士が無残にも、おぞましい召還魔術の生贄となり、騎士の鍛えた剣もそれに抗う事ができなった、という冷酷な現実が彼らを打ちのめしていた。
 仲間の敵を討つ、という喜びよりもむしろ、これで一方的に殺戮されずに済む、という安堵の気持ちのほうが強かったのかもしれない。
 巨大な鋼の騎士が静かに佇むのを見ながら、ラヴェルナは新しい時代が否応無しに幕明けようとしている瞬間に立ち会っていることを痛感していたのだ。
 
 ファールヴァルトの東に広がる悪意の森の中を、数機のイントルーダがじっと身を潜ませていた。
 謎の獣人の集団が巧みなゲリラ戦を繰り広げている地域では既に臨戦状態となっている。その謎の獣人たちは恐らく、ムディールの残党だと思われている。彼らが行動する地域やパターンから推測したところ、マハトーヤ山脈の東側での活動が活発であり、旧ムディール領を可能な限り断絶しようとするような動きが見られたのだ。
『厄介な連中だな・・・』
 亮は無線で英二に呼びかける。
 二人ともイントルーダで偵察出撃をしていた。ナイトノーツとしてできる限り搭乗の機会は逃したくなかったのだ。
『ああ・・・。まさか、自ら獣人になってまで、国土を奪還したいとはな・・・』
 だがその凄まじいまでの執念は二人にも理解できた。
 いや、このアレクラスト大陸にいる騎士や貴族でそう思わないものは少ないだろう。
 眞もムディール回復に執念を燃やす男達に、むしろ気持ちの上では共感を覚えているように見えた。だが、それを領土の分割という形で与えてしまっては、今度は自分がファールヴァルトの為政者である、という立場に傷をつける。それは基盤を確立し切れていない彼ら、ユーミーリアからの者にとっては致命的になりかねない。
 支配下に置いた領土を分割して譲り渡すなど、狂気の沙汰だ。
 国家の運営が決して合理的なものだけでない以上、このような問題は常に存在し続ける。
 まだ十代の少年ではありながら、彼らは既に国家運営の要の役割を担わされている。それは持っている基本的な知識量が桁違いに異なるのと、そうする以外に生き残る術が無かったためだった。
 ふと彼らの登場するナイトフレームの足元で待機している兵士達の姿を見る。
 彼らは重厚な鎧を身にまとって、じっと襲撃者の気配を探っていた。
『この戦い、負けられん』
 気合を入れるように亮は独り呟く。
 確かにイントルーダの戦闘能力は巨人にさえ匹敵する。だが、それ以上に装備されている魔法兵装や防御シールドは凄まじい能力を発揮するのだ。
 森の中に小隊ごとに分散した遊撃部隊が敵をおびき出した後、彼らが一気に制圧するという手筈になっている。
 この鬱蒼と多い繁った森の中では完全に殲滅するのは難しいだろうが、それでも全力で叩く必要があった。
 遺跡を奪われたまま黙ってみていることはできない。国内的にも対外的にも、弱みを見せてしまうことになるのだ。それは外交での交渉力にさえ影響を与えてしまう。そのため、ある意味では見せしめにするためにこの襲撃者を討ち取る必要があったのだ。
『あの連中には恨みは無いんだがな、こうなった以上、もはや妥協の余地は無い』
 亮も既に襲撃者を殲滅するための覚悟を決めていた。
 ナイトフレームを用いての掃討戦では、文字通り一方的な虐殺になる可能性が高い。しかし、それを躊躇することはできなかった。
 ユーミーリアの国際社会と異なり、未だにフォーセリアでは国際条約の概念も完成しきっていない上に、その遵守意識も低い。
 だからこそ、歯止めの利かない暴力の恐ろしさを未だにフォーセリアの人間は理解できていないのだ。
 ユーミーリアの人間とて同様である。
 かつての第一次、そして第二次世界大戦の悲惨な被害を目の当たりにし、ようやくジュネーヴ条約などの国際協定が結ばれ、それを可能な限り維持しようという意識が生まれてきたのである。それも、国際連盟の誕生を経て、国際連合などの世界各国が加盟する機関が制定されてようやくその監視機能も動き始めた、という状況だった。
 だが、未だに発展途上国では軍閥や有力部族同士の抗争や対立、民族同士の衝突が収まる気配さえ見せていない。
 そんな中では既にそうした国際条約など無視されている。
 いや、先進国の軍でさえ紛争地域ではそうした理性的な行動を取ることは稀だ。
 ましてや一般の学生だった亮たちや教師である葉子さえもそうした現実は遠いテレビの中の世界だった。唯一、実際の殺し合いの場で愛する人を殺され、そして自らの手で人を殺めた眞だけがその非常な現実を知っていたのだ。
 眞が自らの思想のために詭弁を弄し、他人を陥れようとする左翼の考え方に激しい嫌悪を抱くのは無理も無かった。
 そのために彼は世界で最も必要とする人を奪われてしまったのだから。
『俺はあの左巻きのキチガイどもを滅ぼすなら何でもやるぜ・・・』
 英二はその言葉を言ったときの眞の視線を思い出すだけで未だに背筋が凍りつきそうになる。
 如何なる者さえ寄せ付けない深い闇を覗かせるような視線に、上位魔神や老竜さえも跪かせるほどの恐るべき力を持つ少年がそれ程の憎しみを併せ持つ事の恐怖を限られた者だけが理解していた。
 その記憶を振り払うように英二は目を閉じて眉間を揉む。
『どうした?』
 亮が心配したように声をかけてくる。
 狭い操縦席の中に映し出されたスクリーンの一角に見える亮の顔を見て、「いや、何でもねえ」と言葉を返した。
 今は戦場にいるのだ。
 如何にこの魔法で作り出された巨人兵器の中が安全な場所とはいえ、それであるが故に周囲に待機している全ての兵士達の安全に気を配らなくてはならない。
(油断は禁物・・・)
 そう自分に言い聞かせて、気を取り直した瞬間、無線からの連絡が響き渡った。
「敵襲! 座標は[E-6:N-3]ブロック、座標は[X-12.73:Y-22.59:Z-11.84]です!」
 それはマハトーヤ山脈の真ん中、かつてのムディールの首都、ムディールのすぐ西側の地域だった。
 亮と英二が静かに操縦席の中で戦闘用のゴーグルを下ろしてスクリーンに映される映像とヘッドギアへ伝達される戦場情報のシンクロを開始した瞬間、その歴史に記された戦いが幕を開けた。
『よし、各ナイトフレームの部隊は警戒を続けろ! 敵襲のあったブロックの隣接するブロックの全部隊はエンゲージポイントに至急移動して部隊を展開せよ! セカンド・ディスタンスの部隊はカバーに入れ!』
 統合司令部からの指示が次々に飛び込んでくる中、亮と英二はそれぞれのイントルーダを1メートルほど空中に浮かび上がらせて、一気に加速しながら目標点に向かって飛び出していく。イントルーダは最大で10mの高さまで空中を浮遊し、そして最大時速150kmの速さで移動することができるのだ。クープレイのように空中を自由自在に、最大で時速500kmもの速度で飛行することこそできないが、地上戦での運用を考慮した場合、これは十分すぎるほどの性能だった。
 マハトーヤ山脈を覆う大木の間を縫うように、十数機のイントルーダが全力で疾走していく。
 彼らナイトノーツ達は、ファールヴァルト軍の最大の武器の一つであるその展開速度の速さを生かすために、巨大なナイトフレームでマハトーヤ山脈を全力で駆け抜ける訓練を積んでいる。当然の事ではあるが内蔵されている人工知能型コンピュータにもこうした不規則な地形を高速で移動する場合にも衝突をしないようにするするために進路のマッピングを行うプログラムが準備されているのだ。
 その機能を生かして、彼らは広く離れた場所からでも恐るべき速さで戦場を移動し、展開することを可能にしていた。
「後どれくらいだ!」
 英二が焦れたようにコンソールに向かって怒鳴る。
『焦るな、あと3分40秒ほどでランデブーだ!』
「了解! これから全兵装のロックを解除する!」
『判った、派手にやってこい! 眞殿もルーシディティ司祭を連れて幻像魔法騎士団と共にこちらに向かっておられるぞ!』
 司令部からの応答にスクリーンに表示される相手の数や座標を確認し、英二は自らの機体に装備されている武器のロックを解除していく。
 部隊長である銀の槍騎士団の騎士隊長は既に、亮と英二の技量を信頼していた。だが、ルーシディティさえも従軍をしている、ということは相当な被害が出ることを予測しての事だと思われる。それだけ、眞が危険を予測しているということは相手は用意ならざる相手だと思われた。
 猛烈な速さで森の中を飛ぶように進む二人の操るイントルーダの後ろを僚機であるイントルーダが必死に追っていく。亮と英二の二人の技量は今いるナイトノーツの中でもトップクラスだ。その彼らの後を追っていくだけでも他の機体は必死だった。
『もうすぐランデブーだ。英二、行くぞ!』
 亮からの通信が入り、そして二人のイントルーダが武器を構える。その動きを見た残りの全機が主武器であるパルサーを構えた。
 パルサーはイントルーダの用いる銃型の武器である。その火力は凄まじく、放たれる無数の光弾は一瞬にしてオーガーさえも粉砕してしまうほどだった。元々ナイトフレーム同士での戦闘を念頭において設計された武器であるため、ナイトフレームのシールドシステムにもダメージが与えられるほどの威力があるのだ。
 それほどの武器を構えた十数機のイントルーダが高速で移動しながらその照準を合わせ始めていた。
 バイザーの中に幾つかの青い光点とオレンジの光点が見え始め、それがそれぞれ、『Friendly(友軍)』、『Unknown(未確認)』であることを示している。『Unknown』であったとしても、即座に敵とは限らないのだが、しかし、この現状では味方や友軍とは考えにくい。
 そのオレンジ色の光点も徐々に赤い敵を示すマークに切り替わっていく。前方で戦っているファールヴァルト軍の部隊がその相手が敵であることを確認し、システムにアップデートしているのだ。
「・・・3、2、1、全機、撃てぇっ!!!」
 隊長からの命令で一気にパルサーの引き金が引かれ、十数機のイントルーダから赤い光点に向かって無数の光弾が発射される。
 無数の光弾が宙を切り裂き、木々の陰などに隠れている敵兵に向かって浴びせかけられた。だが、次の瞬間、ファールヴァルトのナイトノーツ達は信じられない光景を目の当たりにしていた。
 鮮やかな輝きを放つ光弾が着弾する直前、黒い影が信じられない速さで影から飛び出し、そして一瞬にして間合いを取っていたのだ。
「・・・奴ら、只の人間じゃねぇな。ダーレイの言ってたあの獣人か」
 流石に圧倒的な火力を誇るイントルーダの武器も、獣人の反応速度の速さには対応が難しくなる。
 獣の反応速度を持つ獣人たちは、文字通り人間離れした反応速度と瞬発力で恐るべき運動能力を発揮するため、高速で飛来する銃弾でさえ捕らえきれない。
 そして次の瞬間、イントルーダの狭い操縦席に警報が鳴り響いた。
 亮の目に木々の間に巨大な矢が装填されているのが見えた。
「避けろ!」
 そう叫ぶのが精一杯だった。反射的にイントルーダを滅茶苦茶な機動で旋回させる。
 数本の矢が亮の機体を掠めるように真後ろに疾り抜けていった。
 英二も見事な動きで巨大な矢の一撃を回避している。しかし、後続のイントルーダの何機かは回避しきれずにバリスタの巨大な矢の攻撃を食らってしまった。だが、その機体の矢を受けた辺りに鮮やかなエメラルド・グリーンの六角形の光が輝き、その光に突き刺さったバリスタの人の身長ほどもある矢は一瞬にして弾け飛ぶ。
「大丈夫か?」
 亮がその攻撃を受けてしまったイントルーダに声をかけた。大丈夫だとは判っていても、念には念を入れて安全に気を配らなければならない。
『大丈夫です!』『防御フィールドで防ぎました!』
 次々に返される言葉に予想通り、防御フィールドが完璧に働いていることを確認する。
 流石に隕石召還の呪文にさえ匹敵する破壊力を誇る巨大弓の攻撃は防御フィールドを若干損傷させていた。しかし、それはすぐに回復する程度のダメージだ。
 銀色の巨人機は全く意に介さずに掃討作戦を開始し始めていた。
 
 木々の合間でファールヴァルト軍の巨人機に攻撃を仕掛けた男は流石に不可思議な光が絶好の位置に突き刺さろうとしていたバリスタの矢を弾いて粉砕したのを信じられない思いで眺めていた。
「・・・奴らは魔物の集団かっ!」
 歯軋りするように男は呪詛の言葉を吐き出す。
 流石にこの森の中では巨人機とは言えどもその機動力を防ぐことができるはずだった。その上でアレクラスト大陸に存在する最大最強の武器であるバリスタの一撃を受けたなら、幾らなんでもあの巨人機とて無事ではすまないだろうと考えていたのだ。
 しかし、魔法によるであろう防御壁まで持っているとは想像を超えていた。
「ディエン様、次はどう仕掛けますか?」
 若い男がディエンの命令を待っていた。
 しかし、あの巨人機には通常の攻撃方法が通用しない以上、打てる手は限られている。
「止むを得んな。可能な限りやつらを振り回して、北の通路を使って撤退する。あの化け物と正面から遣り合っても殺されるだけだ」
 バリスタを大量に設置した罠を放棄するのは痛かったが、此処に留まっていても結局は滅ぼされるだけだ。
 凄まじいまでの攻撃力を誇るイントルーダは、徐々に獣人たちの動きに慣れてきたのか、攻撃を当てられるようになってきている。一人の獣人の戦士が疾風のように駆け抜けてファールヴァルトの兵士に襲いかかろうとした瞬間、低く重い音が響いて強力な光弾の掃射が浴びせかけられる。それを避けるために横にステップを踏むように跳んだところに狙い済ましたような光弾の掃射が放たれていた。
 驚愕に顔をゆがめた獣人の男は、次の瞬間に無数の光の弾丸に全身を撃ち抜かれて一瞬にして絶命する。流石に強力な再生能力を持つ獣人とはいえ、全身を一瞬にして撃ち抜かれて生命を絶たれてしまったらひとたまりも無い。
 その獣人は襤褸切れのように力を失って地面に倒れこんでいった。
 英二も兵士達に襲い掛かろうとしていた獣人たちに牽制の掃射を加えて引き離そうとしていた。そしてその逃げた獣人たちのほうに進んだ瞬間、彼は罠に嵌められたことを悟っていた。
 イントルーダを踏み込ませた木々の影に、巨大なバリスタが数基設置されて、彼を狙っていたのだ。
 確かに防御フィールドはそれを防げるのだが、次の瞬間、巨大な網がイントルーダに被せられて身動きを封じられてしまう。
「やべっ!」
 アホな罠に引っかかっちまった、と苦笑いを浮かべながら、英二は防御フィールドを最大範囲にまで展開する。内側から膨張するように展開された防御フィールドはその貧弱な網を焼き切りながら広まっていった。だが、それだけの範囲にフィールドを展開してしまえば、面積辺りの防御力は著しく低下してしまう。このままではバリスタの一撃を受ければフィールドを簡単に貫通してしまうだろう。
 必死の形相でバリスタの引き金を引こうとする獣人たちを見ながら、しかし英二は余裕の表情を浮かべていた。
「間抜けが、俺を間合いに引き込んだ自分の馬鹿さ加減を呪うんだな!」
 そう言いながら、英二は自分とイントルーダの同調が十分な高さで維持されている事を確認する。そして、精神を集中させながら上位古代語の呪文を詠唱し始めていた。
サラマンダーの脚、イフリートの吐息、資源の巨人の孤独を憤る心・・・万物の根源たるマナよ、破壊の炎となれ・・・ヴァナ・フレイム・ヴェ・イグロルス!
 獣人たちは巨大な鋼の巨人が上位古代語の呪文を詠唱し始めたのを驚愕の表情で見つめていた。
 まさか、鋼の巨人機が魔法を唱えるなど!
 真紅の炎が巨人機の周囲に舞い始め、銀色の機体を鮮やかに照らし出す。
 次の瞬間、その真紅の炎は閃光のように宙を舞って獣人の兵士達に襲いかかった。
 その強力な炎の呪文は英二を狙っていたバリスタを中心として吹き荒れ、その強力な矢を放つ弦を一瞬にして灰に変えていた。その凄まじい灼熱の劫火が爆発的に弾け、無慈悲な炎の呪文に襲われた獣人たちは一瞬にして強力な爆発に吹き飛ばされて命を失っていた。
 残酷な殺戮の光景を目の当たりにするディエンの表情は無念の思いで歪んでいた。
「全員に脱出し、東の砦に向かうように告げよ!」
 そう命じたディエンの頭上をクープレイが凄まじい速度で飛行していった。
「あの巨人機は!」
 一瞬にしてディエンの記憶が呼び起こされていた。
 
 全力で王城に向けて駆けつけようと馬を走らせていた彼らの目の前に西の彼方から恐るべき速さで巨人が飛んでいく。
 やっと人型の姿をした何かだ、と判ったのだが、まさかそれがアディンからの伝令にあった『空を飛ぶ巨人騎士』だとは夢にも想像できなかった。しかし、その巨人騎士は見る見るうちに高度を下げ、そして王城ブルー・ドラゴンの櫓に巨大な矢を射掛けたあと、腕から真紅の劫火を放って王城を焼き始めたとき、アディンはもはや護るべき国王と王家の命運が絶たれたことを思い知らされていた。
 それを悟った瞬間、ディエンは全軍の進行を止めた。
 訝しげに見つめる部下の騎士たちを見返し、そしてディエンはあらん限りの武器と食料、装備を持ったままマハトーヤ山脈中にある王家の離宮に向かうことを告げる。それは王家に連なる者たちが密かに定めていた密約だった。万が一、王家にもしもの事があった場合、王家の血に連なるものは必ず生き延びてムディール再興を果たす、という誓いであった。
 その誓いに従って、ディエンは深い山奥にある王家の離宮に逃れこんだのだ。
 ディエン自身は死ぬことなど怖れていなかったし、国王を護って死ねなかったことを悔やんですらいたのだが、ムディール王家の血を絶やさない、という王家に連なるものの宿命がそれを許さなかったのである。
 そのため、彼自身が国王になることを辞退し、時期国王には彼の甥である少年を就けることを誓っていた。
 そして今、そのムディール王家を滅ぼしたあの男が同じ巨人機を駆ってこの戦場にいる!
 ディエンはその瞬間にあの魔法の宝珠を使うことを決意していた。
 流石に人間の武器ではあの巨人機には通じない。だが、この自然界の理を司る精霊の王たる上位精霊ならば、あの巨人機さえも滅ぼせるはずだとディエンは信じていた。
 そして、彼は仲間の一人である魔術師に、その魔法の水晶球を持ってくるように命ずる。
「し、しかしあの水晶球は!」
 炎の上位精霊を開放した後の事は誰にもわからなかった。
 しかし、それ以外にファールヴァルトに対抗できる手段を彼らは持ち合わせていなかったのである。
 それを告げられた魔術師は、結局瞬間移動の魔法を唱えてその魔法の水晶球を持ってきたのだった。その間にディエンは部下達にできる限り遠くに逃げるように伝え、そして自らは炎の心臓という名を持つ魔法の水晶球を抱えて駆け出していった。
 そして眞の駆るクープレイを見た瞬間、ディエンは叫んでいた。
<炎の心臓>に秘められし炎の王よ! フェニックスよ! 我は汝を解放して命ずる! あの巨人機を駆る男とその軍勢を滅ぼせ!
 上位古代語の合言葉を唱え、そして願いを告げたディエンの掲げた真紅の水晶球の表面に細かな罅が入り、その隙間から強い炎の精霊力が奔流のように流れ出してきていた。
汝の願い、聞き遂げた・・・
 不思議な意思がディエンの脳裏に響き渡いて、そして水晶が砕け散った衝撃にディエンは吹き飛ばされてしまう。
(頼む、何としてもムディールを再興してくれ・・・)
 完全に意識を失う直前に、暗くなった視界の片隅で鮮血よりも赤い真紅の輝きがゆっくりと羽ばたき始めているのを見た気がした。
 そして強烈な炎の精霊力の勢いに耐えかねて、ディエンの意識は闇の中に落ちていった。
 
 
 

~ 4 ~

 
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