~ 2 ~

 鈍い銀色に輝く装甲をした量産型魔道操騎兵ナイトフレームイントルーダが隊列を整えて待機していた。
 いつ戦闘が始まっても対応できるように準備がされている。この量産型はある意味で本来の魔道操騎兵の装備と機能を削ることで、簡便に運用が行えるように調整され、大量に戦場に投入できるようになっていた。
 訓練を受けた兵士であればそれなりに動かすことができ、しかも基本的な戦闘能力は丘の巨人にさえ匹敵する能力を持っている。期待を構成する部品やユニットは量産されたものを組み立てて運用するため、稼働率を高く維持できるようになっている。
 もちろん、その心臓部は量産品では代用できないようになっているため、セキュリティの確保にも役立っていた。その核心となるユニットはコア・クリスタルと呼ばれる魔法の水晶を中心とした魔法装置で、手足や装備品をコントロールする文字通りの中心部である。そして手足や各部にエネルギーを供給するジェネレータと、操縦席が胴体の胸部に格納されていた。頭部には各種センサーやモニターカメラなどが集中され、人間が動作しても違和感を覚えないような構造と操縦感覚に配慮しているのだ。
 その動力源は魔法による稼動をしているが、そのエネルギー自体は古代語魔法のエネルギーボルトや勇気の精霊の投槍などに見られるような純粋エネルギーである。
 このジェネレータからのエネルギーが装備している魔法兵装に供給され、その火力を運用できるようになっているのだ。
 普通の人間ではまず、この魔道操騎兵には勝つことができない。
 もし、魔道操騎兵の武装が剣などの打撃武器に限定されるなら、あるいは魔法の援護を持つ人間の戦士でも勝てるものがいるかもしれない。限られた勇者が巨人や竜を倒せるように・・・。
 しかし、完全武装の魔道操騎兵は白兵戦に持ち込まれる前にその火力を存分に振るい、近づかれる前に人間の兵士たちをなぎ払ってしまえるのだ。
 飛行帆船だけでなくファールヴァルト軍の兵站車両などにも、この量産型の部品の供給システムが導入されており、必要な部品をその場で提供できるようになっていた。しかし、これにもコア・クリスタルを中心とした心臓部は作り出されない。
 こうした装備を緊急に配備する必要が出てきたのはファンドリア軍が魔人を部隊として運用し始めたのと、さらにはロマール軍がホムンクルス兵士を運用し始めたという現実に対応するためであった。
 また、魔法騎士団や銀の剣騎士団の騎士用にチューンナップされた上位バージョンの魔道操騎兵を開発し、導入を開始し始めていた。
 ファールヴァルト軍はこうした新兵器を国境近くの駐屯地や基地に配備し、不測の事態に備え始めていた。
 
 兵士達が慌しく走り回る中、ロマールの第二王子であるアロンドは苛立たしげに喧騒に包まれている廊下から自室へと戻った。
 ほんの少し前までは王城の豪華な部屋で過ごすことができたのに、今はこの小さな館に閉じ込められ、いつ、大貴族はから襲撃を受けるか判らない常態に置かれている。
 まさか、大貴族達があのようなおぞましい禁断の技術を用いて、人にあらざるものを兵士に仕立て上げるなど、想像だにしていなかった。
 大貴族派の抱える魔術師たちは魔術師ギルドから魔法を封じられて追放された危険な魔術師たちだと聞く。その魔術師たちを制約の呪いから解き放って、再び魔法を使えるようにしたのは、噂に聞くように金で雇われた暗黒神の司祭なのだろう。
 そうして自由を取り戻した魔術師達を危険視し、ロマール魔術師ギルドは何とかその暴走を止めようとしていたのだが、大貴族を後ろ盾に持つ魔術師達を止める事はできなかったのだ。
 そのような事情もあって、ロマール魔術師ギルドは表立っては何の動きもとらなかったものの、内密に数名の魔術師をアロンドの下に派遣してくれたのである。
 もっとも、戦いのために魔法は使わない、という理念を掲げているためにこれ以上の協力を願うのは無理があるだろう。
 あのホムンクルス兵士との戦いにおいて、魔法の援護は絶対に欠かせない。
 そういった意味では、この魔術師ギルドの協力はありがたかった。逆に魔術師ギルドもアロンド派に力を貸すことで反逆した危険な魔術師を討つことができるのであれば彼らの大きな懸念を解消することができるため、意味のある支援でもある。
 そしてそのロマール魔術師ギルドの最高導師は魔法を武力として行使することを躊躇わない東の魔法大国への策を巡らせていた。
 
「導師、お預かりした例のもの、確かに奴らに渡しました」
 恭しく礼儀をしながら、黒い魔術師のローブを着た壮年の男は白い豊かな髭を蓄えた老人に告げる。
 その男をじろり、と見返して老人はほうっと溜息をついた。
「犀は投げられたな・・・。流石のあの魔法騎士も、あの真紅の宝珠に封じられたものには敵わぬじゃろう・・・」
 あの若い魔法騎士も恐るべき魔法と剣の使い手ではあるが、それでも死すべき定めの人の子だ。
 いかなる強さを持っていようとも人である以上、倒すことは不可能ではない。
 急速に勢力を拡大したがゆえに、あの王国の周辺には摩擦の火種が幾らでもある。ましてや、滅ぼされたムディール王国の残党が王国復興を賭けて戦いを挑んでいる。そうした勢力に力を貸しておけば、あの魔法王国に対する十分な働きを期待できるだろう。
 このロマールにおいて、魔術師ギルドとはいえ暗闘や勢力争いは無縁のものではない。
 ルキアルを支援していることと同時に、その最大の支援者であるファールヴァルト王国の力を削ぐことは決して矛盾しないのだ。それは外国の勢力からの影響力を可能な限り排除する、という国家安全保障の初歩の初歩だ。
 そう考えて老人は大貴族派の魔術師達に対する対抗策を実行するため、手元にある古代書を開いて読み始める。
 魔術師ギルドを統べる老魔術師はその古代の文献を読みながら、遠く離れた東の果てにある者達に渡した古代の秘宝のことを考えていた。
 同じ頃、その思いがけない秘法を渡された男達も困惑しながらその宝物を眺めていた。
 その宝物はカストゥール王国の時代に創造された恐るべき魔法の秘法である。
 仲間の魔術師が見たところ、間違いなく『炎の心臓』という宝珠であった。この魔法の水晶球にはあろうことか炎の上位精霊であるフェニックスが封じられており、開放したものの命令を一度だけ聞くのだという。
 その計り知れない価値を持つ宝珠を男達に手渡した人物は、偶然にも遺跡でこの貴重な宝物を発見し、ファールヴァルト王国の魔法学院に売りにいこうと考えてこの地に来たところ、道に迷って彼らの陣営の近くにやってきてしまったのだ。
 その宝物の価値を一目で見抜いた魔術師の提案で、男はその宝物を買い取ることに決めた。
 例え山賊のような身なりでゲリラ活動をしているとはいえ、彼らは正統なムディール王国の騎士団であり、首領である男は低いとはいえ王位継承権さえ持つれっきとした王族なのだ。そうした宝物を買い取るのに十分な資金もある上に、この強力な宝物はファールヴァルト軍に対する有効な切り札になるだろう。
 そうして宝物を買い取ったとき、その男の目が妖しく輝いたことに誰も気が付いていなかった。
 話を聞き終わった老人はその愚かな男達が偉大なる炎の精霊王によって滅ぼされることを確信していた。
 かつて、世界に覇を唱えるまでに繁栄していたカストゥール王国の魔術師でさえ、封印の壷などを使って精霊王を封じるだけが精一杯だったのだ。力ずくで精霊王を倒すことなど不可能に等しい。
 いかなる武力を誇ろうとも、ファールヴァルトの軍勢は精霊王の前に滅び去る運命が待っているはずだ。
 そう考えて、老導師は目を閉じた。
 
 悪意の森に潜むムディール解放の虎の男達は初めてファールヴァルト軍から勝利を得たことで興奮し、士気が上がっていた。
 たしかに小さな勝利だった。しかし、それでも遺跡警備隊を打ち破り、そして厳重に防衛された遺跡を奪取したことでムディール開放の虎の名前は一躍有名になっていたのだ。
 あの謎の組織に依頼されて襲撃した遺跡ではあったが、それを彼らに引き渡したことで莫大な報償を得ていた。金が目当てではなかったのだが、強大なファールヴァルト王国と戦うためには何よりも資金が必要になる。
 ファールヴァルトに併合されたムディールの民の中にも少しずつではあるが彼らを支援してくれる者達も現れ始めていた。
 そうして彼らは力を蓄えていたのだ。
 いつか来るムディール再興の日のために・・・
 そのためにはあの恐るべき異世界の魔法騎士を倒さなければならない。この戦いは単なる武力の戦いではなく、同時に情報戦や謀略を戦わせる総力戦でもあった。
 同じ頃、アノスの首都ファーズでも密かな動きが現れていた。
 宮廷での影響力を大きく削がれてしまったファリス教団の一派である『光の真理』が、その発言力と政治力の回復を目指して動きを活発にしていたのだ。
 もともと彼ら光の真理は不正や汚職などの不祥事がほとんどない団体であり、そのため穏健派や中立派よりも国民や一般信者よりも支持が高い。
 その光の真理の騎士団が正義を貫くために出撃をして衝撃の敗北を喫してから、一部の民衆は熱狂的に彼らを支持するようになっていたのだ。それは彼らファリスの正義が敗れるはずが無い、という信念でもあった。
 ファリス教団の権威を中心として纏まっているアノスといえども一枚岩ではない。当然の事ながら、人の集団である以上、派閥が生まれ、摩擦や軋轢が引き起こされていく。
 それが政治というものだった。
 アノスという国家が強大になるにつれて、建国当初は一つに纏まっていた正義の光騎士団も大きく幾つかの派閥に割れている。一つは先のファールヴァルトとの紛争で戦死したラドルス将軍の属していた原理派、そしてシオンたちのような穏健な路線を取る現実派、そしてほかにも幾つかの閥に分かれて様々な権力闘争を繰り広げていた。
 かの将軍は先走った行動で大敗北を喫し、結果として千もの騎士を失うこととなったが、それが逆に原理派の勢いを増すこととなっていたのだ。
 アノスに限らず、ファリスの信者は自らの信仰する神が光の神々の主神であるされることから、それを傷つけられることを極度に忌避する傾向がある。
 そのため、如何に穏健派の司祭や教団が先ほどの紛争が誤解によって為されたこと、また、教団としてファールヴァルト王国が邪悪な国家ではない、としても「光の主審の権威を傷つけた」という理由で感情的な反発が広まっていたのである。
 また現実にその紛争に敗北し、そして賠償を支払ったという事実は彼らが誤りを犯したと認めたに等しい、と受け取られていたのだ。そうした感情は政治的な対立に余り関心の無かった若い騎士たちや民衆に対し、原理主義への熱望を刺激するのに十分だった。
 結果として一時的に数を減らしたとはいえ、原理派の騎士達はその数を急速に回復し、さらに強硬な意見を公然と口にするようになっていたのである。
 あの憎きファールヴァルトも、ムディールを滅ぼしたことでかの国の残党どもを敵に廻している。
 その敵と小競り合いをしている間に我らは至高なる目的を達するのだ、と騎士の一人は決意を固めていた。
 
 この季節、ファールヴァルトのあたりは厳しい冬を迎える。
 かつては冬は死の時期だった。
 秋にどれだけ食料を蓄えることができるか、それが一家の生き残りを決定していたのだ。しかし、壮年の男は暖かい暖炉の炎を見つめながら妻が焼いているベーコンの香ばしい匂いにこの国がどれほどの変化を遂げたのかを感じていた。
 僅か数年前だ。
 寒さに震えながら狩ってきた小さな兎の肉を一家六人で分けて食べたときの事である。木の皮を剥ぎ、食べられそうな木の実をかき集めて辛うじて生き延びたその冬だったが、神は残酷な運命を男の家族に与えたのだ。
 僅か三歳になったばかりの彼の娘が重い病に罹ってしまったのである。
 男は神を呪い、妻は半乱狂になって娘を救うために薬を買おうとした。しかし、この貧しい土地には余分な収穫も無く、彼の哀れな娘はもう助かる見込みがないと思われていた。
 そこにあの少年が現れたのだ。
 ふらり、と現れた少年は不思議な薬を彼の娘に与えたのである。
 薬師の話だと、途方も無く高価な魔法の薬だった。
 その価値の余りの高さに絶望した男に、その少年は微笑みかけたのだ。
「代価ですか? もう頂きましたよ」
 少年の視線の先には穏やかな笑顔で眠る娘がいた。
 訝しげに表情を曇らせる男に、少年は話を続ける。
「私が望む報酬はこの山に生えている毒の草です」
 その話は余りにも荒唐無稽な話だった。この毒草は魔術を用いて加工することで魔法の薬となるのだという。
 突如現れた少年はその薬の原料としてこれらの草などを求め、彼らにその草を採って欲しいと持ちかけてきたのだ。その上で正当な代価の支払いを約束したのだ。
「し、しかし、この村には今の食べ物さえない。働けるものが草摘みに出かけてしまっては残されたものが飢えて死んでしまう・・・」
 せっかくの儲け話なのに・・・。
 男は自分達の境遇を嘆いていた。
 それは村の全員が同じ想いだっただろう。長老や隣の家の主人も悔しそうな顔を見せている。
 だが、次の少年の言葉にその場にいる全員が耳を疑っていた。
「ならば報酬は半分前払いにしましょう」
 少年の提示した前払いの総額は村人を驚かせていた。
 銀貨で10万枚、そして一月の間、村人を養って余りあるだけの食料、今年の作付けで使う種籾、30頭の豚と100羽の鶏、それが前払いの分だった。
 一ヵ月後、摘み取って言われたとおりに保存しておいた毒草を検分した少年は微笑んで残りの報酬を支払ったのである。
 そして次の毒草の引取りの契約を交わして去っていった。
 後に村の男達は王都に異世界から魔法を操る騎士が現れ、王女にこの国を救う約束を交わしたのだとの噂が流れてきた。
 その異世界の騎士は黄金の髪と蒼と紫の瞳を持つ少年だと噂は語っていた。
 まるでこの村に不意に現れた少年のような・・・
 それからこの国は急速に変わっていった。
 強大な騎士団を編成し、そして魔法が極普通に使われるようになっている。
 今まで見たことも無い途方もなく大きな鉄の車が大地に敷かれた鉄の道を使って、信じられないような速さで走っていくようにもなった。今までは王都まで一週間は掛かる道のりだったのが、今ではその汽車という鉄の車に乗れば半日で着いてしまう。
 そうなると、王都の新しい文化がどんどんとこんな辺鄙な村にも入ってくるようになり、また気軽に出かけては自分達の収穫したものを売りに出せるようにもなる。
 学問も推奨されるようになった。
 村々には少なくとも一つずつ学校が開設され、そして子供達はそこに通うことが義務付けられるようになったのだ。驚いたことに子供が学校に通っている間、税が軽減されるなどの特典が得られるため、村人たちの反応も悪くない。
 薬師や賢者などが常駐するようになったため、耕作方法や新しい農業、様々な工芸品などの考案など大きく村人たちの生活が変わっていったのだ。
 痩せた土地ではあったが芋を植えて収穫を得た後、次に麦を植える事ができるようになった。これは堆肥を使うことができるようになったため、土地が豊かになり始めたのだ。その賢者の教えで夏の間に麦の間に豆を植えたところ、麦を刈り取った後でも春になれば豆を収穫できる。そうして芋畑と麦畑を交互に耕すことで大きな収穫が得られるという話だった。
 鶏も卵を産み続けるため、豊かな生活が送れるようになってきたのだ。
 当然ながら収穫が大幅に拡大すればその分だけ税を多く得られることになる。そのため地方領主たちも熱心に農民たちの生活が改善されるように工夫を凝らしていた。
 だが、その余りに急速に豊かになったことに疑念を抱いた神聖王国アノスの原理派の騎士団が大挙して越境、紛争が勃発するという事態が起こったのである。
 何でも異世界の魔法騎士のことを魔神だと疑ったらしい。
 ファールヴァルトの釈明を聞こうともせず、異世界の魔法騎士の処刑と国王の退位まで突きつけられては妥協する余地さえなく、結局のところ大きな戦いとなってしまったのだ。しかし、その圧倒的に不利だった戦況をものともせず、ファールヴァルト軍を指揮した異世界の魔法騎士は見事に戦いに勝利していた。
 その勝利は大国の影に常に振り回され、貧しい辺境の地に押し込まれてきたファールヴァルトの民を熱狂させていた。
 人口僅か一万の小国が、アレクラスト大陸でも有数の大国である神聖王国アノスの、しかも千二百を超える騎士団を堂々と粉砕しての勝利だったのだ。そして多額の賠償を得て、また周辺の大国の勢いに警戒を抱いていた竜の部族と獣の民をも併合してファールヴァルトは大国への道を着実に歩み始めていた。
 数年前のこの国からは想像もできない変貌であった。
 そう考えながら、男はこの普段どおりの日常がずっと続くことを祈っていた。
 しかし、運命はこのアレクラスト大陸を灼熱の炎と流れ出る血で多い尽くそうとしていたのである。
 
 鳴り響く警告音に苛立ちを隠せないまま、ファールヴァルト王国軍司令部は嵐のような喧騒に包まれていた。
 ファンドリア軍の魔獣部隊がオーファン軍二千を打ち破ってから不気味な沈黙が続いていたのだが、ついにファンドリア軍がロマール大貴族派への大攻撃を仕掛けたのである。
 通常の魔獣兵団に加え、大量の魔神を部隊化しての猛攻撃だった。それに対するロマール大貴族派も大量のホムンクルス兵を投入すると同時に魔獣の軍団をファンドリアの魔獣人部隊にぶつけていた。
 まさに地獄さえもかくや、と思えるような力の激突だった。
 戦闘再開後、僅か数日で幾つもの街が灰と化していた。個々の戦闘能力はファンドリア軍のほうが優勢だったのだが、何しろロマール大貴族派のホムンクルス兵士は幾らでも生産・補充の利く兵士達である。その圧倒的な戦力回復能力を最大限に生かして、ロマール新貴族派はじりじりとファンドリア軍を押し始めていた。
 周辺の街には大量の難民がなだれ込み、治安も急速に悪化し始めている。
 ファンドリアとロマールの戦争は徐々に激しさを増していた。
 また、ファンドリア軍とオーファン軍の戦線も拡大し続けている。引くに引けない戦いに引きずり込まれたオーファンは軍を引くこともできず、また人外の強さを発揮する魔獣人の部隊に勝利を収めることもできず、無残な消耗戦に陥っていた。
「このままではオーファンもロマール新貴族派も全滅します!」
 悲痛な女性仕官の声が司令部に響く。
 想像を絶する戦闘の展開に流石のファールヴァルト軍の司令部も平静を保っているだけで精一杯だった。
 スクリーンに映し出された各地の状況は、まさに地獄図の如く状況を冷酷に映し出している。破壊され、炎上した街は人々の遺体で埋め尽くされていた。そして焼け落ちた建物は既に瓦礫と化している。
 圧倒的な力を持つ魔獣人部隊は人間の姿から本来の姿に変わってその真の力を見せ付けていた。
 必死で抵抗する兵士達を一撃で粉砕し、炎を吹きつけ、毒を浴びせかける。光線を放つもの、酸を吹き付けるもの、ありとあらゆる特殊な攻撃能力を駆使して、無力な人間の兵士達を蹂躙していったのだ。
 幾つもの村や集落が炎に包まれ、そして着の身着のままで逃げ出した住民たちはやっとの想いで近くの村や町にたどり着いても、その敵の襲撃に恐れをなした人々は労わりあう余裕など無かったのである。もちろん、オーファンの政府も騎士を派遣して何とか秩序を保とうとしていたのだが、人々の不安を打ち消すには至らなかった。
 そんな中、ファールヴァルト軍は完成したナイトフレームをオーファンに供与することを決定していた。
「オーファンに魔道操騎兵ナイトフレームを送り出す。すぐに準備を開始しろ!」
 そのファーレンの言葉に司令部に詰めている上級士官たちから様々な意見が飛び出していく。
「しかし、ナイトフレームは第一級軍事機密事項に属します!」「万が一、敵に奪取された場合、我が軍の情報が・・・」「しかし、同盟国を見捨てるわけにもいかん!」「ですが・・・」
 そうした意見も眞の一言で収束した。
「確かに我が軍の機密に属するナイトフレームではあるが、中枢部の技術まで供与するわけではない。コア・クリスタルは実記の数のみ完成品を機体に組み込んで引き渡すとする。その上で補修部品に関しては当面の予備部品を引き渡すと同時に供給モジュールを一基供与することにする。この供給モジュールはレベル3の供給モジュールのため、ナイトフレームの汎用部品と兵装の補給のみが可能なモジュールのため、我が軍の機密が漏洩する可能性は極めて低く抑えられるだろう」
 その意見でファールヴァルト軍司令部の指揮官たちは腹を括ったといってよかった。
 オーファンに提供するナイトフレームはSSIVVAを展開して運用する必要の無いイントルーダの一般機とし、同時に技術者を派遣して必要な整備や補修などを自力で行えるように訓練することとなったのである。
 そのナイトノーツの一人にオーファンの騎士であるバルビーだった。彼はファールヴァルトに魔法を用いた戦術を学ぶために留学をしていたのだが、何故か眞に気に入られて魔法騎士としての訓練をも受けることとなったのだ。元々はオーファンの近衛騎士隊に属するとはいえ彼は他の騎士達とは違い、魔術師ギルドで賢者としての勉強をしていた人物だ。最初の挨拶で眞は彼が岸田とは信じられなかったほどである。
 しかし、徹底した訓練と魔法の秘薬を用いて筋力と体力を付けさせて、今では十分に騎士として通用するだけの力と体格をしていた。
 その厳しい訓練の中で、ファールヴァルトの軍部は彼にナイトフレームの操縦方法とそれを用いた戦闘方法を教え込んでいたのである。
 深まる中原の混迷を見たファールヴァルト王国の首脳部は同盟国であるオーファンに将来的にナイトフレームの供与を含めたありとあらゆる可能性を考慮していたためであった。こうした理由から、オーファンの騎士バルビーをオーファンに送り返すと同時にファールヴァルト軍からもナイトフレームの操縦者であるナイトノーツを派遣して、今の緊急事態を打破することを図っているのだ。
 ナイトフレームは人間が魔獣兵やホムンクルス兵に対して十分な戦闘能力を持つことができる極めて有力な兵器である。そして、大量に投入できる簡易ゴーレムの遠隔操縦のための魔法装置をも貸与し、数の圧力にも負けない手段をオーファンに貸し与えることになったのだ。
 恐らく鉄の槍騎士団からは激しい反発があるだろうが、これを受け入れない限りオーファンの命運は尽きたも同然である。
 騎士バルビーはそのことを心に強く刻み込んでいた。
 そしてファールヴァルト軍総司令部は騎士バルビーを搬送するために飛空帆船と輸送部隊を編成し、出発させていたのだ。
 事件が起こったのはその輸送の途中だった。
 
「輸送艦バシェット、応答せよ!」
 しかし、隊列を離れて急速に高度を下げる空中輸送艦からは一切の返答が無かった。飛空帆船エクリプスからの呼びかけをまるっきり無視して、輸送艦バシェットは全速力で南西の方角に飛び去ろうとしている。
「く・・・、止むを得ん、バシェットを撃沈せよ!」
 艦隊指令官は一瞬の間考え込み、そして攻撃を決意していた。
「艦長! し、しかし・・・」
「あれに積んでいるのは我が軍の最高機密に属する代物だ。奪取されるよりは破壊したほうが良いに決まってる!」
 躊躇無く言葉を返す司令官の姿に、全員に緊張が走る。
「ドーラを発進させろ! バシェットを撃沈する!」
 そしてエクリプスの甲板から三機のドーラが姿を現し、そして俊敏な動作で飛び立っていった。
 だが、バシェットは戦略輸送艦だけあって、その装甲はかなり頑丈なものだ。ドーラ程度の火力では相当時間を掛けないと破壊できないだろう。
「“ジャベリン”の発射準備! 四発ほど打ち込め!」
 司令官は最新兵器の使用を躊躇い無く決断していた。
 “ジャベリン”とは、いわゆる空対空ミサイルの名前である。古代語魔法によって生み出される魔法の武器の一つに“エクスプロージョン・ブリット”というものがある。スリングショットで飛ばす弾なのだが、その破壊力は戦乙女の槍にさえ匹敵する破壊力があるのだ。それと同じものでファールヴァルト軍は巨大な弾頭を作成し、それを推進力をもつ飛翔体に搭載して相手に飛ばす、という兵器を開発していた。
 その推進力は使い捨ての簡易型とはいえナイトフレームと同じ原理の推進装置を備え、恐るべき速さで相手に襲い掛かるのだ。
 凄まじい速さで大気を切り裂いて襲い掛かるジャベリンがバシェットに突き刺さろうとした瞬間、バシェットの搬出ハッチが開いて銀色に光る巨大な人型のものが姿を現した。そして、右手に構えた長大な鋼の武器を飛翔する剣呑な武器に向けて引き金を引く。
 黒く光る巨大な銃の先端から凄まじい勢いで火花が飛び散り、目にも見えない速さで鋼の弾丸が撒き散らされていた。その恐るべき破壊力に、一瞬だけジャベリンは歪んだ姿を晒し、次の瞬間に爆発四散する。
 続いて同じように二つのジャベリンを破壊したイントルーダの目の前に、最後のジャベリンが飛び掛った。
「やった!」
 ドーラの操縦席で操縦士ガンナーが快晴を上げる。
 凄まじい火球が膨れ上がり、そしてバシェットの巨大な船体を激しく揺さぶっていた。しかし、次の瞬間、ドーラの乗組員たちは驚愕に包まれていた。
 その巨大な火球が消失した後には、イントルーダが平然と立っていたのだ。
「そ、そんな馬鹿な・・・」
 だがエクリプスのブリッジで状況を見ていた司令官と彼の部下たちには判っていた。ナイトフレームを倒すのは至難の業だということを。
 あの化け物の張り巡らす結界は、並みの武器では難しいだろう。
 少なくともジャベリンであれば5、6発は叩き込んでやらないとイントルーダとはいえ、その防御フィールドを破壊できない。あの防御フィールドがあるからこそ、ナイトフレームは化け物なのだ。当然ながら輸送艦にもこの戦艦エクリプスにもそうした防御フィールドは装備されてるのだが、ナイトフレームが出てきた以上、こちらの攻撃はまず不可能になったといえる。
 ドーラ程度では3機どころか30機でかかったとしても、イントルーダには勝てない。
 逆にこちらに襲い掛かってきたとしても、こちらにもイントルーダがある以上、バシェットは勝つことはできないのだが、バシェットの目的はこの艦隊から逃げ出すことだ。せめてクープレイのような飛行可能なナイトフレームがあったならまた、戦況は変わっていただろうが一般型のナイトフレームに今の所、飛行を可能にするナイトフレームは存在しない。
 ジャベリンも残りは8発しかない。高価な兵器であり、これからの道のりを考えると全てを使い切ってしまうわけにもいかないのだ。
 そうしているうちにもバシェットは遠ざかっていく。輸送艦にも簡易型とはいえ部品や消耗品、武器や弾薬を供給するプラントが装備されているため、ナイトフレームを運用していくのに問題は無いはずだ。
 恐らく、あのバシェットに乗り込んでいた乗員の中に内通者が紛れ込んでいたのだろう。輸送艦にもナイトノーツは乗り込んでいるため、相当大掛かりなナイトフレーム強奪の計画が立っていたと考えるのが自然だった。
『見事にやられたな。止むを得ん、エクリプス以下各艦はそのままオーファンに向けて進め。後はこちらで対処する』
 その司令部からの通信がすべてだった。
 やがてファールヴァルトの輸送艦だったバシェットは山の向こうへと消えていった。
 
 
 

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