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 ロマールの第一騎士団である隼騎士団の一隊が騎士見習いロスターを連行するために馬に乗って彼の館に赴いたのは、確かに礼を失する行動ではあったが、法的にも問題は無く、そして非常識、という行動でも無かった。
 だが、ロスターを呼び出した騎士隊長は彼に馬上槍を突き付け、そしておとなしく王城に連行されるように命じたのである。
 これはロスターの騎士の誇りを傷つけて余りある態度だった。
 最初から罪人であるように扱われ、彼は大貴族達の持つ彼に対する、そして彼が属する新貴族に対する悪意を肌身で感じていた。
「王命である。騎士見習いロスターは、これより王城に登城し国王陛下の御裁断あるまで謹慎を命ずる。我々と共に王城に来ていただこう」
 煌びやかな甲冑に身を包んだ騎士が、馬上から馬上槍を突きつけたまま、慇懃な口調で騎士見習いの若者に勅命を告げる。
「・・・何故ですか?」
 その言葉には血を吐くような想いが込められていた。
「我々には答える権限が無い。国王陛下からの勅命を告げるのみだ」
 感情を全く感じさせない声音で騎士隊長が答えた。もっとも、それは彼の質問に対する答えではなく、当たり前の事実を告げただけではあるが・・・
 そして騎士隊長は馬上槍を突きつけたまま、ロスターに王城に共に来るように重ねて告げる。
 その、正に罪人を捕らえるかのような騎士隊長の態度に、若い騎士見習いは激しい怒りと恥辱を覚えた。如何に彼はまだ騎士見習いとはいえ、それでも騎士に対する礼儀に則った処遇をするのが普通である。しかし、目の前の若い騎士隊長は無表情にロスターを見下していた。
 追い討ちを掛けるように、登城したロスターに待ち構えていたのは、父親の領土であり、今は叔父が預かっている領地の事態収拾が図られるまでの一時的な王家による直轄と、関連する権利の停止だった。
 如何に一時的なもの、とはいえ、国王の判断如何によっては領地はそのまま没収され、そして爵位も剥奪されてしまう可能性さえある。
 もし、そうなれば今まで築き上げてきた新貴族達の基盤が大きく揺らぎかねない。
 僅か、この二十年余りで新しくロマール王国に仕えるようになった新貴族達の政治的な基盤は決して強くは無い。だからこそ、今回の騒動が加速度的に広がってしまう事を恐れていた。
 そして彼の父親を、先の大戦で堂々と戦い、そして名誉ある戦死を遂げた勇者を貶める言動をした卑劣なる男に抗議をした、そのことがいつの間にかロスター自身の問題になってしまっている。その父の名誉を護るためには何をすればよいのか、その事だけが若い騎士見習いの頭にあった。
 その思い詰めた若者が取った行動は、結果として最悪の事態を引き起こしてしまったのである。
 
 ロマールの王城ウィンドライダーに衝撃が走ったのはその日の夕刻の時間だった。
 王城の一室で謹慎していた騎士見習いロスターが、今の処遇を恥辱であるとし、そして彼に対する謹慎の命令が公平を欠く、として自害をしたのである。
 そして、それは新貴族派の騎士達に衝撃と動揺、加えて大貴族達に対する怒りを齎していた。
 だが、それ以上に重大だったのは、ロスターの父の部下であった騎士達が百名ほど、抗議のため蜂起してしまった事だった。その絶妙な機会を逃すまい、と大貴族派の貴族達も激しい勢いで新貴族派に圧力を掛けていた。
 また、ロスターの一族の領地の問題も事態を大きくしていた。
 もともと正当な一族の後継者はロスター以外に無く、彼の代理としてロスターの叔父が領地を運営していたに過ぎない。ロスターが自害したことでその領地を治めるべき本来の領主の担い手がいなくなってしまったことから、王家への返還が為されなければならない事態になってしまったのだ。
 だが、彼の一族が束ねる下級騎士達や他の関連の者達への影響は決して小さいものではない。
 その上で、新しい領主はおそらく、大貴族派の人間から選ばれるであろう、と考えられた。
 これは宮廷での権力闘争には大きなマイナスである。
 それでも、この蜂起は余りにもタイミングが悪すぎた。
 当然の事ながら、大貴族派の騎士達は騎士団を率いて討伐に向けて出撃したのである。また、これを機会に新貴族派を徹底的に潰すために動くことが予測されたため、危機感に駆られた新貴族派の騎士達が続々とこの武装蜂起に対して支援のため、また、実際に戦力となるべく、終結していた。
 新貴族派の推す第二王子アロンド自身にも大貴族派の手が伸ばされ、危うく身柄を拘束されるところであったのを、辛うじて新貴族派の騎士やルキアルの命を受けた密偵達の働きで難を逃れる、という一幕もあったのである。
 だが、もはや中原の戦争大国ロマールの混乱は止まる所を知らぬように走り始めていた。
 
 歴戦の騎士達がひたすらに剣を振りながら、困惑していた。
 何なのだ、一体、この兵士の数は! そして、その強さ!
 新貴族の騎士達が見慣れない兵士達に圧倒されていたのだ。如何に騎士とはいえ馬に乗らなければ優れた装備を持つ重装甲歩兵のようなものである。
 そして、その目の前の兵士達は騎士見習いを上回る程の戦闘能力を持っていた。
 そのような兵士が数千人もの規模で派遣されていたのだ。
 だが、それ以上に歴戦の騎士を困惑させたのは、その兵士達の表情である。まったく表情を変えずに黙々と武器を振るう兵士達に、騎士達は不気味さを感じていた。
 見慣れない兵士達は全身を包む鎧に身を固め、疲れを知らないかのようにひたすら、剣を振るってくる。その異常さに熟練の騎士達も圧倒されていた。
 兵士達の身を固める鎧も、見たことの無い鎧だった。
 つるり、とした硬質の鎧だったが、金属製の鎧ではない。しかし、騎士達の振るう渾身の一撃を受けてもびくともしないほどの強靭さを誇るのだ。
 それが魔法の鎧なら話は判る。
 高度な魔法技術を持つファールヴァルトは歩兵に対してさえも魔法の武器や防具で武装させているくらいだ。そのような兵士達の身に纏う鎧は通常の武器では傷一つ付かない。ロマールの騎士達はそのような兵士と戦う事を想定して悪夢を見るような想像をしていた。
 だが、まさか、自軍の兵士がそのような武装を持ち、そしてそれが自分達に対して振るわれるとは考えてもいなかった。
 そして、その鎧には魔法は掛かっていないと味方の魔術師が断言していた。その魔術師も先ほど、兵士達の剣で倒されている。
 一体、この世界に何が起こっているのだ!
 歴戦の騎士は心の中で絶叫しながら狂ったように剣を振るっていた。その騎士はようやく一人の兵士を倒して背後を振り返り、そして言葉を失った。
 共に死線を潜り抜けてきた仲間や友人達は、もはや物言わぬ躯と成り果てていたのだ。
 辛うじて剣を振り回していた騎士が必死の形相で叫ぶ。
「逃げろ! 貴公だけでもこの場を脱出して、この訳のわからん敵の情報を隊長達やルキアル卿に伝えるのだ!」
 その身体には数本の矢が突き刺さり、そして全身から血を流していた。
 口元からも血を溢れさせながら、憎悪に満ちた目で兵士達を睨みつけている。その全身から放たれる怒りと殺気を受けながらも兵士達は何も感じないかのように黙々と剣を振るい続ける。
 余りにもその姿は対照的だった。
 騎士の心に激しい感情が巻き起こる。
 自分だけが助かる訳にはいかない。だが、みすみす仲間を、友を見捨てて、それでも自分が己の背後を任せられる、と信頼していた友の必死の言葉を伝えねばならない。
 見捨てるのではない。
 喜びの野に向かうのが少しばかり遅れるだけだ・・・
 それまで、俺を待ってろ・・・
「・・・わかった。必ず、隊長とルキアル卿に伝える。先に喜びの野で待っていろ!」
 必ず、俺も行く・・・
 こいつらを倒す術を見出して、必ず、だ。
 不意に友が視線を向けた。
 言葉にならない感情が二人の騎士の心を満たす。
 こいつの結婚式で馬鹿騒ぎをしたのは、まだほんの二年前じゃないか・・・
 だが、戦場でそんな感傷に浸る時間など無かった。
 一瞬の静寂の後、二人の騎士は猛然と剣を振るって動き始めた。一人の騎士はその熾烈な戦場から脱出するために。そして、もう一人の騎士はその背後を護るため。
「貴様らの相手は私だ!」
 魂から搾り出すような絶叫を背に、騎士はひたすら剣を振るいながら駆け抜けていた。
 その身に纏うのが古代王国の遺産である魔法の鎧でなければ、あるいは彼の仲間達のように切り刻まれて命を落としていただろう。
 だが、その古の鎧は最後まで主の命を護りきったのだった。
 その騎士がアロンド第二王子を守護して脱出を図る新貴族派の部隊に合流を果たしたのは、二日後の夕刻だった。
 
 ストラムーア海を臨むロマールの港湾都市、ゼリオル川の河口にあるダンスパートナーはロマール海軍の拠点でもある。
 だが、そのロマール海軍はお世辞にもまともな扱いを受けて整備されている軍とは言えなかった。配備されている軍艦も中古の交易船や大型の漁船を買い取り、彎や怒弓、投石器を備え付けただけのお粗末という言葉さえも似合わないほどの貧弱なものばかりだったのだ。
 しかし、それも軍師ルキアルが海上兵力の整備を発令してから劇的に状況は変わっていた。
 もともとのこの海沿いの僻地は身分の低い騎士や貴族が領主として命じられていたのである。当然の事ながらまともに海軍力を整備するような金など出てくるはずも無い。
 だが、ロマール王家の莫大な財力を以ってルキアルはその海軍戦力を一気に近代化していた。
 オランやエレミアから優秀な造船技官を雇い入れ、そして徹底的に訓練をされた兵士達は長槍の代わりに反身の短刀を片手に自在に操船が行えるようになった。
 騎士達もまた船を指揮する事を覚え、そして重い武器と重厚な鎧に頼った戦いから軽装の鎧と鋭い曲刀を自由に駆使する剣術を身に付けていたのだ。
 また、ロマール海軍が拡張するにつれ、海上交易も徐々に拡大し、陸路に頼らない交易路もようやく軌道に乗ってきていた。
 エレミアやオランとの交易に加え、ベルダインとの交易が行われるようになったことから、ロマールの海上交易は徐々に大きな富を齎すようになりつつあったのだ。
 また、ピレナ鉱山からまともに採掘作業が出来るようになったのも大きい。実のところ、この鉱山は非常に潤沢な鉄を産出するにもかかわらず、今までは殆ど手が付けられていなかった。
 その理由は単純である。
 この鉱山はウォームの巣なのだ。
 巨大な地虫の怪物であるウォームの生命力は凄まじく、並みの騎士では太刀打ちできない。そんな場所を流石のドワーフも掘る気にはならなかったのだろう。
 だが、近年の魔法技術の発達により、ルキアルはゴーレムを投入することでウォームの群れに対抗することが出来るようになったのである。
 実はその魔法技術はファールヴァルトから与えられたものだった。
 ストーンゴーレムの戦闘能力はトロールをも凌駕する。そして、その制御は魔法装置により行うことが出来るのだ。非常に高度な魔法技術を用いるため、その心臓部はファールヴァルトから提供された完全にブラックボックス化されたものではあるが、運用だけならロマールの魔術師だけでも何とかなる。
 そして、そのウォームの危険を排除できるようになったピレナ鉱山は潤沢な良質の鉄を輸出して、小さな港湾都市だったダンスパートナーは、それを基にした交易が行えるようになったのである。
 その主な取引相手の中に、ファールヴァルトが含まれているのは当然のことだった。
 ロマールの都に異変が起こったことが瞬く間にアレクラスト大陸中に伝わるのは至極当然のことだったと言えるだろう。
 ファールヴァルトの魔法を使う密偵達の実力は、それほどまでに迅速な情報収集を可能にしていたのだ。
 その辛うじてまともに整備された交易路と産業を整えた港湾都市ダンスパートナーは、なんとか第二王子アロンドを盛り立てる新貴族派の命脈を繋ぎとめるのに十分な役割を果たしていた。
 陸路を封鎖されたものの、もともと、この辺境の海岸部にはまともな交易路が整備されていない。
 よって、大貴族派の派遣した部隊に封鎖されたところで大した問題でもない。
 今では交易の大部分は海路を通じたものになっているため、幾らでも物は入ってくる。
 当然の事ながら、ロマールの実権を握った大貴族派はファールヴァルトやその他の国に対してダンスパートナーとの取引を停止するように申し入れていたが、眞はあっさりと一言だけ返しただけだった。
「検討して善処する」の一言だ。
 ようするに「今までと変えるつもりは無い」のと同じ意味である。もっとも、眞の表情を実際に見た大貴族派の使者の騎士は眞の本心をよく理解させられた。
『お前、寝言は寝てから言えよ』
 眞の本心である。
 その不幸な騎士は、老竜さえ跪かせた程の凄まじい剣気と重圧をまともに浴びせかけられながら、穏やかな笑顔で返事を返される、という言語を絶する恐怖の時間を味わって、暫くの間、眠ることさえ出来なくなったのである。
 その場に居合わせた文官と騎士達はその“想像する事さえ出来ないほどの恐怖”を向けられる相手が自分で無かった事を心の底から神に感謝したと言われている。
 
「クローン兵士の可能性があるな・・・」
 眞の冷たい声が禁断の間に響いた。
 ロマールの政変とその詳細の報告を受けて、眞が発した言葉である。
 僅かな時間で数千もの兵士を揃えるのは不可能である上に、それ程の戦闘能力を持つ兵が、そのような数で存在するのはいかにも不自然だ。
 考えられるのは人造人間ホムンクルスを使った“兵士″の大量生産である。
 ストラムーア海の海賊ギルドが成功した“魔人″兵器は、人工の肉体を創造して兵器化するのだ。一体一体の能力を高くせずに済むのであれば、製造コストや技術的な難易度は仰えられる。
 戦場に大量に投入する必要のある量産型兵器には絶対に欠かせない条件だった。
 ファールヴァルト軍も、アーマ・フレームとして簡易型のロボット兵器を大量に導入している。魔導操騎兵ナイト・フレームは非常に高価な為だ。
 だが、そのような理由があっても人に許される行いでは無い。
 そもそも、人造人間の創造自体は難しすぎる技術ではない。適切な素材を手に入れることが出来れば導師級程度の力を持つ魔術師なら問題なく創造できる。もちろん、新しい能力や特徴を持ったものを創り出そうとするには試行錯誤が繰り返され、簡単には成功しない。
 しかし、それでもホムンクルス自体の創造技術は確立され、資料さえあれば間違いなく成功する程に技術は完成していた。
 また、近年の古代語魔法の飛躍的な発展はかつての失われた魔術さえ徐々に復活させ始めている。そのような魔法技術を用いた場合、思いがけない効果をもたらす場合もある。
 事実、ここ数年の間にかなりの数のカストゥールの遺跡が機能を取り戻し、また、破損していた魔法装置の修復技術なども発展していたのだ。
 かつての偉大な知識が失われ、そしてその高度な魔法技術が失われた時代となっていたため、魔術師ギルドの主な役割の一つに古の魔法装置の保護と管理が必須となっていた。もはや生み出すことも叶わぬ古代の偉大な魔法装置は各地の魔術師ギルドにとって存在意義の一つともなっていたのである。
 当然の事ながら、その修復や運用には機能の解明が必要になる。
 そして、その魔法技術を解明した場合、古代語魔法自体の呪文の復活に繋がる場合もあるのだ。
 事実、眞は膨大な魔術書を“転移の塔”で発見し、またファールヴァルト各地の遺跡からも様々な古代書や魔法装置を発見していた。
 眞が個人的に所有している魔法書や古代書、魔法装置や魔法の工芸品は下手をするとオランの魔術師ギルドのそれを凌駕する、とも言われている。それだけの膨大な書籍や魔法の工芸品などを個人で所有しているのはアレクラスト大陸広しと言えども彼くらいのものだろう。
 もっとも、それであるが故に魔術師ギルドから独立して、魔法を戦争のために使う魔法騎士団を独自に整備できた、という点もある。
 もし、ファールヴァルトの魔術師ギルドが影響力を持っていたら、魔法騎士団という彼らの理念に反する存在など認めもしなかっただろう。
 だが、ここ数年、急速にアレクラスト大陸の各地では魔法や高度な技術を軍事的に応用する、という軍拡競争が始まっていた。その為、貴族や王家は独自に研究機関を抱え、そして魔術師ギルドを追放された人材を確保して、急速に軍の近代化を図っていたのである。
「もともと、ホムンクルスの創造は難しいもんじゃない。けどな、まともな頭をしてる奴が、そんな事をしようなんて考えるとは思わなかったけどな」
 冗談めかして言った眞の言葉だったが、その目を見た宮廷の文官や騎士達は、眞の心の中の冷たい怒りと侮蔑の感情を嗅ぎ取っていた。だが、それ以上にファールヴァルトの宮廷の者達は、生命を弄ぶそのやり方に激しい反発を覚えていたのである。
 しかし、明白な証拠も無いまま非難することも出来ない。
 結果として各国は公式には何も行動を起こさなかったのである。また、周辺の国家は覇権大国ロマールの混乱を歓迎すらしている雰囲気もあった。
 ロマールの混乱は西部諸国の安全に寄与する。
 特に国境を接するベルダインは今の事態を露骨に歓迎していた。
 だからこそ、眞は今のロマールの状況においても、いずれにも肩入れをする気は無かった。
 内部で抗争してもらっていた方が、アレクラスト大陸の安定には寄与するのだ。
「だが、証拠も無いままに何も行動は起こせない。だから、ルキアル卿には今までと変わりない取引を約束して、必要であれば優先的に対応するようにしてくれ」
「判りました」
 眞の指示でファールヴァルトの方針が大筋で纏まったといえるだろう。後は文官や外交官達に細かな施政を決めさせて、国王の承認を得ればよい。
 最近では眞の指示で相当完成度の高い政策が出てくるようになったため、眞自身の負担も大幅に軽減されていた。それは眞の行ってきた改革がようやく浸透し始めてきた証拠でもあるだろう。
 だからこそ、眞は本来の彼の好みである技術開発や研究に時間を回すことが出来るようにもなってきていた。
 
 豪華な調度品の並ぶ応接室でルヴァンは貴族の男に淡々と戦果を報告していた。
「“トルーパー”の成果は素晴らしいものがありました。まず、あの貴族の若者の領地にて蜂起した騎士およそ百を討ち取り、そして支援に向かっていた傭兵隊五百もまた討ち取っております。大してスポーン隊の損害はおよそ二十程。再生装置にて処置を行えば前線復帰可能な数は七体あります」
 その想像を超える戦果に貴族の男は満足気に頷いていた。
「うむ、よくやってくれたな。これほどの短期間に強力な兵士を迅速に振り向けることが出来るようになるとは。素晴らしいぞ」
 騎士ではなく純粋な貴族である目の前の男はホムンクルスを量産して産み出した兵士たちによる部隊の成果に単純に感動していた。そして、ホムンクルス部隊の兵士達は人造の生命であるため、恩賞問題も関係が無い。死亡してもホムンクルス製造装置がある限り、幾らでも生産可能なのだ。
 その上で魔法による精神支配を施されて、命令に絶対に反抗することも反逆の心配も無い。そして、人間並みの知能を持っているためにゴーレムのように愚鈍な振る舞いをすることも無い。
 支配者にとってこれほど都合の良い兵士はいないだろう。
「これほど強力なホムンクルス兵士を素材から創り出すのに僅か半年、そして寿命は数十年ある。そして装置から生まれたときには既に兵士としての能力を完全に身につけている・・・」
 素晴らしい、と壮年の貴族は微笑んでいた。
 ルヴァンが創り出したホムンクルス兵士の戦力は素晴らしいものがあった。
 そして、その武装もまた、同じように創造魔術の応用で創り出された魔法生物である。その“生体装甲”は蟹や蝦等と同じような固い殻を生成するのだ。
 この殻は、その生体装甲を着用している者の全身を覆い、強靭な鎧となる。
 そして着用者の肉体的な損傷もある程度、回復させることも出来る。
 武器である剣も同じような魔法生物兵器だった。
 自己修復機能によりある程度の破損や刃毀れも自分で治してしまう上に、魔法の武器でしか傷つかない怪物も傷つけることが出来る。
 自軍の損害を気にせずに幾らでも強力な兵士を生産して戦線に投入できるのだ。
 ロマールの大貴族達は自分達の心の中に再び領土拡張の野心が燃え上がり始めた事に気が付いていなかった。
 
 聖騎士シオンは鬱蒼と繁る森を歩いていた。
 巨人が出た、との知らせを受け、法王レファルドⅣ世から至急対処するように、との命を受けたのだ。そして、例の光の真理一派の動きも気になる。
 認めたくないことではあるが、彼らとの争いは宮廷での権力闘争にさえなりつつあるのだ。
 シオン自身とではない。
 光の真理は宮廷での権力を握り、そして彼らの過激な教義をアノス全体に広めようと画策していたのである。当然ながら、穏健派のシオンや心ある聖職者達は深く憂慮し、そしてその動きを抑えるために必死になっていたのだ。
 魔法王国を排除する、としている光の真理の行動からすると矛盾するようではあるが、彼らの中にも魔術師は何人かいる。
 古代語魔法はもともと、神々が世界を創り給うた時に用いた聖なる言葉である。
 ファリスの敬虔な信者であり、神の声を聞くことが出来る魔術師は、逆にファリス神の恩寵を受けて、世界創造の言葉の力を振るう事を許された存在なのだ、と彼らは考えていた。逆に、神の声を知らずに古代語の力を振るうのは邪悪であり、不遜である、と光の真理の者達は考えているのだ。
 そして、シオンは巨人に関する書物を調べているうちに、ある遺跡の事を知ることとなった。
 古代王国の時代、それは宗教弾圧の時代でもあった。
 暗黒神への信仰のみならず全ての神への信仰は愚かな事とされ、司祭や信者達は厳しく弾圧されていたのである。
 しかし、僅かながらも神への信仰心を持った古の貴族たちもいなかった訳ではない。
 彼らは魔術の発展のみを推し進め、謙虚を失ったカストゥールの貴族達とは違い、神への信仰を持ち、人間達が神の御心から離れていく事を憂いていたといわれている。
 その信仰心の厚い古代の貴族達の中には、神々の復活を試みた者達も少なくなかった。
 邪神の信者や暗黒神の司祭たる貴族も多くいたのだが、光の神々を信じる魔術師もまた、神々の復活と黄金時代の到来を願っていたのだ。
 例えば、オランの沖にある邪神ミルリーフの神殿や、古代の魔術師が作り出した神々を召還する三つの水晶球の祭器などがある。
 そして、シオンが調べた書物に記述されていた遺跡も、そのような祭器の一つとされていた。
 つまり、肉体を失った神を復活させるための巨大な魔法装置、である。
 その巨大な遺跡は、月光の神殿、と名付けられていた。
 
 
 

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