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 ロマール王国はほんの数十年前までは小さな都市国家だった。
 それがここまで強大な中原の大国となりえたのは間違いなく征服王アスナー二世の手腕である。そしてそれを支えてきた精強な騎士団を始めとする強力な軍事力である。
 また、中原の臍として交易の中心地であり続けたことも大きな要因の一つだろう。
 その交易の中心であると言う事は強力な経済力を持つことと同時に人材と情報の流入が活発である、という事をも意味していた。事実、ロマールが軍事大国化できたのも、活発な経済とそれを巧みに保護し、自らの内に取り込むことに成功した貴族達の現実的な手腕が大きい。
 そしてそれ以上に情報である。
 古くから伝統的に続く貴族であるが故に情報戦や謀略の手腕に優れている。その貴族達が盗賊ギルドを取り込んで強力な情報組織を身内にすることなど何の問題にもならなかっただろう。
 他にも新たに取り立てられた傭兵や兵卒からの新興貴族達も、その現実的な手腕や汚い事をもこなしてきたという実績から、冒険者や盗賊を使いこなすのに何の躊躇いも抵抗感も持っていなかったことも大きかった。
 だが、その現実路線も、拡大主義が行き詰りつつあることから、大貴族達と新貴族達との蜜月の時代が終わり始めたことと歩調を合わせるように終わりを迎えつつあったのである。
 しかし、既に強大な力を持っているロマール王国が乱れる事はアレクラスト大陸の勢力図にさえ影響を及ぼしかねない。それでもその権力争いを避けることが出来なかったのは、安定を得たが故の支配者達の奢りも多分に関係していた。
 そして伝統的に貴族であった大貴族は平民のような感性など持ってもいないし、そしてそのような感性を持っている新貴族達を軽蔑していたのだ。
 だからこそ、彼らは禁断の力を安易に振るってしまった。
 眞達、ユーミーリア世界の現代人だけが知っている過度な技術による、人の手を離れた戦争。
 その事が眞の怒りを買い、そして後の世に地獄の如く記憶を残してしまう愚行に彼ら大貴族達は気が付いていなかった。
 
 まだ少年ほどの年齢の戦士が全身を覆う鎧の重さを確かめていた。
 騎士が着るような全身甲冑ではない。
 頑丈な鎖を編み上げた鎖帷子に胸当て、肩当、腹部装甲や腰当、篭手や脛当て等の部分装甲で補強した重装甲歩兵の兵装である。煌びやかな装飾など一切無く、その徹底した合理性と無駄を排除した実戦で使うことだけを考えた鎧だった。
 ファールヴァルト王国の最高の工業技術を用いて作られているその重装甲の鎧は他国の軍では見られないものである。この鎧だけでなく、剣等の武器やその他の兵装は全て、王国から莫大な予算を組んで人の手で生み出せる最高品質のものを配備していた。
 その徹底した実戦本意の装備は、逆にケバケバしい装飾をするよりも鮮烈な機能美を見るものに感じさせる。
 本来なら非常に高品質な武器や防具などは職人の秘伝となるのだろうが、眞はそれを逆に一般的な武装にまでしてしまっていた。兵士の数と技量が互角ならば、武器や防具の質の差はそのまま戦力の差になる。
 ならば潤沢な財力を得た以上、それを使わない手は無かった。
 それが結果として数千人の重装甲歩兵に最高品質の武器と防具を配備すると言う前代未聞の歩兵部隊を作り出していた。
 この兵装の差は実際の戦闘では圧倒的な意味を持つ。
 特にファールヴァルト王国軍で配備されている鎧は最高の技術により革鎧程度の重さでありながらその強度をまるで失っていない、という素晴らしい性能がある。
 これは兵士達が重量で消耗する事を防ぎながらも騎士とも互角の武装を持たせることが可能になる。そして、僅かながらも保護の魔法を付与され、兵士達の生存確率を高めているのだ。
 そしてファールヴァルト重装甲歩兵部隊の主兵装である鉾槍ハルバードである。
 確かにこの長大な武器は取り回しに熟練を要する。しかし、ファールヴァルト軍はこの強力な武器を歩兵の主武装として採用していた。当然の事ながら徹底した修練で兵士達は鉾槍を自由自在に扱えるように訓練されている。
 少年は緊張した面持ちでその手に持つ鉾槍を握りなおした。
『各員、迎撃態勢を整えろ!きちんと手の力を抜いておけよ!』
 隊長からの指示がインカムを通じて伝わってきた。
 この頭を完全に覆う完全兜はファールヴァルトの魔法技術で作られたものであり、部隊長達の指示が直接、聞こえるようになっている。
 そして彼らに渡されているバイザーは右耳に装着するインカムと一体になった装備であり、暗視の機能が付与されている。他にも<視力拡大ビジョン>の機能や魔力を見る機能もあり、ファールヴァルト王国軍の歩兵戦力に恐るべき能力を与えるものとなっていた。この暗視ゴーグルと通信機が一体となったアイテムは“ドルアーガの眼”と言う名を与えられている。
 このドルアーガの眼の装備により、ファールヴァルトの重装甲歩兵のみならず、全ての部隊が隊長の指揮を確実に受けて動けるようになっていた。
 また、隊長以上の指揮官向けのユニットには本部や指定した相手との相互通話機能があり、本部がリアルタイムに状況を把握し、指揮が行えるようになっていた。
 そして彼らが携える鉾槍は魔法の武器である。
 切っ先の槍の部分から古代語魔法の<光の矢>と同じ程度の破壊力がある光弾を放つ魔力が付与されていた。尤も、古代語魔法のそれと違って所有者が狙いを定めてきっちりと当てなければならない。
 目標を撃つのは弓矢を当てるのと同じくらいの精度である。そして威力は弓矢とは比べ物にならないほど弱い。せいぜいが弱い短弓くらいの破壊力くらいしかない。だが、武器を持ち帰る必要が無く、弓による攻撃が難しくなる微妙な距離を攻撃するには絶妙な意味があった。
 そして彼らを指揮している部隊長は戦場の喧騒の中でも部下達に指示を伝えることが出来る。
 他にもファールヴァルト軍は鷹や鷲を使い魔にした魔術師達や魔法騎士達を指揮官や司令部に置き、上空から戦況を把握する事を常としていた。
 この時代の戦争では考えられないほどの情報収集能力と前線指揮能力の充実である。
 そして補助戦力として運用される魔法生物や簡易ゴーレムがあった。
 特に眞は半自律型のロボット兵器を開発し、実戦配備を図るべく試験運用を行っていた。
 アーマ・フレームと彼が名付けた兵器群である。
 現代の機械工学と魔法技術を融合した独自技術により、開発された半自律型のロボット兵器だった。陸戦用のアーマ・フレームの一つに“ファランクス”と呼ばれるものがある。
 これは兵士で言うならば前線兵に相当するもので、機能的にはそれほど高度なものでない代わりに大量に投入が出来るのだ。
 外見は中型の犬ほどの大きさをした卵形の胴体に柔軟に動く手足が付いたような形をしている。
 プログラムされた通りにしか動かない代わりに擬似的な人工知能を与えられ、それなりに判断して動くことも出来る便利な兵器だった。戦闘時の状況判断以外では外部から操縦者が制御できるため、部隊としての柔軟な機動も可能な完成度の高いものだった。
 また、隠密行動にも長け、ゲリラ戦においても極めて有効な兵器である。
 反面、その構造上、耐久性に問題があるのが難点だった。
 武器としては装甲歩兵に与えられている魔法のハルバード同様に魔法の光弾を放つことが出来、また白兵戦用の武器として魔法のエネルギーを細い剣状にして戦うことも出来る。
 そして重歩兵的な機能を与えられたアーマ・フレームとして“フォートラン”というタイプもあった。
 これは2メートルほどの甲冑のような姿をしており、その最大の武器は炎である。サラマンダーの力を借りる精霊魔法の初歩的な炎の魔法である<炎の矢ファイア・ボルト>と同じ程度の破壊力のある熱線を放ち、また古代語魔法の<火球>の術にも匹敵する炎を吹くことも出来る。
 大型の剣を装備しており、騎士級の白兵戦闘能力も持つ強力なアーマ・フレームである。
 ユーミーリアにおけるロボット兵器の研究と開発に関する歴史は実は長い。
 だが、最大の課題としてその安定して長時間稼動させられる動力源と、その操縦・制御方法が挙げられていた。原子力を利用することはその技術的問題以上に政治的、思想的な抵抗が大きい。
 そして操縦方法や制御方法に関しても越えなければならないハードルは大きかった。
 イスラエル軍がキャタピラで動く対自爆テロリスト用のロボットを導入しているが、それでも有線のリモコンで動作し、電源もそのケーブルから供給される。その動作方式から、眼に見えて現れたテロリストに対する鎮圧活動にしか使うことが出来ない、という極めて限定された運用しか出来ないが、その効果は劇的であった。
 何よりも兵士の命を必要以上に危険に晒すことなく、危険な自爆テロリストを鎮圧できる、という意味は大きかった。
 眞はその天才的なコンピュータ技術により、SONY製のロボットであるAIBOを研究し、その基本的な動作のための制御技術を開発していた。何よりもゴーレムの制御を徹底的に研究して、その解析結果をコンピュータによるロボット制御技術に応用できたのも大きい。
 また、これらのアーマ・フレーム用の制御に使えるOSとしてLinuxの存在が大きかった。何よりもソース・コードを公開してくれているOSであるため、自由に改造が出来る。そもそも、魔法を応用した部分との連動部のカーネルは最初から開発する必要があるし、完全なリアルタイム制御に対応させるため、大幅な変更をしたのだが、どうせPC上で動かすためのものではないため、如何改造しようが彼らの自由である。
 GPLのライブラリに依存している部分などは完全にコードを変更して、標準のCライブラリのみでコンパイルし、動作させられるようにしてあったコードが眞の手元にあったため、改造は比較的楽であった。今となっては元のソースコードとは似ても似つかないほどの改造が施されている。
 古代語魔法のみならず各種の魔法を利用した安定して半永久的に動作可能なエネルギー供給源と高度な制御、相互フィードバック技術の確立により、ファールヴァルト軍はアーマ・フレームという非常に柔軟な運用が可能なロボット兵器軍を実用化していた。
 そもそも、眞達は魔法を日常生活などにも積極的に活用している。
 義務教育制度を持つのはアレクラスト大陸でもファールヴァルト王国だけだろう。
 無知は弊害しか生まない。それは眞の持論でもあった。
 そして高度な技術や施策を国民が使いこなせるようになるためには、それを使いこなせる、理解できるだけの知識と教育が必要になる。
 ゆとり教育、という言葉が持て囃されるようになって久しいが、そもそも勉強とは苦しいものだ。仕事も楽なだけの事など無いし、楽しい事だけをして生きていけるようならそもそも人間は不自由な社会を作る必要も無い。
 大半の教師やマスコミは本当の意味で自分が社会に出て働いた経験が無いため、労働するという事の意味を真には理解していない。
 子供が嫌がる事を強制するのは子供の人権を侵害する、というが、そうでもしなければ苦しい勉強などしないだろう。そしてそれが真に必要になってきたり、必要ではなくても本当にやりたい事を実現するために要求される条件の一つであった場合、結局のところは子供のやりたい事をさせてやれない、という別の“人権侵害”を生み出すことになる。
 詰め込み教育が良くない、とよく言われるが、そもそも、暗算や九九などの勉強は細かく単純な計算を大量に反復することで脳を刺激し、結果として理解力や記憶力、暗算能力を鍛えることになる。細かい暗算や九九自体にはたいした意味が無くても、それによる訓練は大きな意味を持つことになるのだ。
 スポーツ選手でも、基礎的な筋力トレーニングや体力向上のための反復練習を軽んじるものは居ない。どんな応用技術も基礎的な体力や筋力、運動神経の訓練無しには何の役にも立たないどころか、害にしかならないのだ。
 それを自由、という言葉の意味を履き違えた馬鹿者は自分達の勝手な考え方を子供達に押し付けて、結果として子供達の人権を侵害している。
 そもそも、彼らは政治的、思想的な目的を達成するために子供達を利用しているのであって、本当の意味では子供達の事を考えて教育を行っているものは少ない。
 眞は自分の受けたロクでもない経験から共産主義や社会主義の存在を徹底的に防ぐつもりであった。そして、彼はもし、ユーミーリア世界の共産主義者や社会主義者がフォーセリア世界に干渉しようととした場合、彼らの殲滅さえも考えていたのだ。
「当たり前だろう。自分達以外の価値観の存在を認めない、って言ってるくせに自分達の存在や自分達の価値観を否定されることが許せないってのは単なる自分勝手だ。自分が他者の存在や価値感とか思想を否定した段階で、自分達が否定されることも受け入れなきゃ不公平ってもんだ」
 眞の皮肉気な笑みと辛辣な言葉に葉子は悲しい想いが心の中に広がっていく事を自覚していた。
 アノスとの激突の後で、政治と戦争に関して眞と葉子が話し合いをした事があったのだ。
 教師、という職から葉子は戦争に関する無意識の拒絶を感じていたのである。理屈の上では戦争を回避することが出来なかったことも理解できた。
 しかし、それでも「戦争=悪」という意識は容易には拭い去れない。眞と議論している間にようやく、ならば現実的にどのような対処方法があったのか、という厳しい討論を積み重ねて、葉子はやっと、異世界に放り出され、そして生きるためには他人を殺さなければならない程の過酷な環境におかれ、それを粛々と実行している少年が自分達の生活を保障してくれている、という現実に、彼女は既に教師であった頃の価値観など現実世界では何の役にも立たない、と思い知らされていたのだ。
 その経緯はともかくとして、眞達の産み出した魔法科学技術はファールヴァルト王国を、そしてアレクラスト大陸を席巻しつつあったのである。
 
「いやな、ファランクスは置いといて、フォートランは金掛かるんだよな・・・」
 眞は財務担当の官僚達と膨大な書類を眺めていた。
 改良した鋼鉄のゴーレムほどの金食い虫ではないにせよ、アーマ・フレームは決して安価な兵器ではない。
 ストライク・ゴーレムと名付けられたゴーレムには、人工的な知性が付与され、かなり複雑な判断が出来るようになっている。そして、パペット・ゴーレムや他のゴーレム、魔法生物などを制御するという機能が与えられているのだ。
 特に眞は鋼鉄の魔法彫像に人工的な知性を付与し、そして他の魔法生物やゴーレム、アーマ・フレームを制御することが出来るような機能を持たせていた。
 こうすることで人間が全ての魔法ロボット兵器部隊を指揮しなければならないという状況を改善し、そして大規模な重機械化部隊を現実的な戦力として投入できるようにしていたのである。
 特に空中戦用の補助兵器群としてガーゴイルを改良した補助兵装をクープレイやドーラ向けに開発していた。
 D.E.L.ダイナミック・エンパス・リンクによる完全なマルチタスクの展開に技術的な困難がある以上、現在展開可能なセカンダリ・レベルでの擬似人格によるタスク制御で投入可能な戦力を整備することが急務だったのだ。
 そしてガーゴイルから彫像に偽装する能力を省き、そして火力を強化することに成功した“ゲリュオン”という改良型を配備し始めていたのだ。
 この改良された魔法の彫像は<光の矢>と同じようなエネルギーの光弾を口から吐くことが出来、さらに上空から見た映像や魔法による視覚映像、精霊力などの情報を映像化して連動している制御機に送信することも可能だった。
 そうした魔法兵器を大量に導入するのはファールヴァルト軍自体の人数の少なさを補うためである。上空からの映像による戦況の情報により効率の良い戦力の投入を可能にし、そして単純な正面戦闘力として使い捨てに出来るアーマ・フレームの投入で限られた人間の兵士の消耗を防ぐことが出来るのだ。
 元々、ファランクスや簡易ゴーレムなどの魔法生物は兵士などと同時に正面戦闘で運用するための兵器群である。それは先のムディール征服戦争で質に比較して物量が圧倒的に不足している、という現実があった。そのため、眞達はその数の不足を至急、解決する必要があったのだ。
 これらのアーマ・フレームを運用するにあたってストライク・ゴーレムだけでなく専用の操縦機なども用意してある。本来は人間が直接制御することを前提としている設計だった。これは万が一の暴走を防ぐためである。
 眞達現代人は、絶対に完全自律型のロボット兵器は作る事は危険だ、と考えていた。それは映画の世界だけでなく、暴走が起こる危険や内在する危険を最小限に押さえ込むためだった。そのため、全体としての軍の構成を考えた場合、それなりの数を指揮機として展開する必要があり、それが維持費を押し上げる結果となっていたのだ。
 もっとも、金で解決できるだけありがたい話だった。
 ゴーレムなどの魔法生物を使う場合でも、金と人材を投入するだけで揃えることが出来るため、過剰な人材を抱える必要も無い。それは他の分野に貴重な人材を投入することを可能とし、ファールヴァルト王国は全体として均整の取れた発展を支えていた。
 また、元々、極めて少数の人口しかなかったファールヴァルトと言う国がこれほどまでに巨大化したのである。魔法や機械化した兵器を大量に導入しなければ国を守るだけの戦力をそろえ切れなかったという事情もあった。
 そしてファールヴァルトの民もそうだが、獣の民も竜の民も魔法に対する嫌悪感は無い。そもそも、魔法の恩恵を受けなければ生存が出来ないような環境だったのだ。だからこそ、眞の施策が受け入れられたともいえる。
 その上で眞は義務教育制度を導入していた。
 まずは教育である。
 無知は弊害にしかならない。
 その為にはまず、農民や市民がそれを可能に出来るような施策を行う必要があった。一般的に農村部などでは子供と言えども貴重な働き手である。それを学校に通わせるようにするには、その分の労働力が代替できるようにする必要がある。
 そこでファールヴァルト王国政府は農具の改良や耕作方法の手法の改良による生産性の改善と同時に税金の還付を行い、また、学校の授業の一環として実務として農作業や森や自然の作物を採取する、食用になる植物などの知識など、より実用的な知識を身に付けさせるようにしていた。
 そうすることで農村部などでも比較的受け入れられやすい教育システムを構築し、そして更には才能のある子供達を見出して中央の王立魔法学院などに就学させるという道を提示していた。
 そして眞は更に予算と実際の出費の関連を厳密に付き合せて無駄な出費を出さないように現代水準の会計処理を導入していた。
 基本的にアレクラスト大陸の国家の会計は丼勘定である。
 つまり、税収により得られた国家予算はある限り出されるだけなのだ。ある程度の計画性や予算配分などがあるものの、その精度は甚だ心もとない。その為、効率良い資金運用などは望むどころか、通常の国家ではそのような概念さえ無いだろう。
 眞の先ほどの言葉はその予算と資金配分などを検討しているときに漏らしたものだ。
 もっとも、眞の導入した最新の会計処理システムにより、予算の効率よい運用が行うことが漸く身に付いてきたため、逆に官僚達もこのようなことが悩みとして判るようになってきたといえるだろう。
 アーマ・フレームもそうだが、ゴーレムやその他の魔法生物、魔法の工芸品などもカストゥール王国の遺産たる魔法装置を用いて比較的大量生産が行えるようになってきていた。というのも、メレムアレナーの協力を得ての事だったが、大陸各地にある遺跡から発掘した壊れた魔法装置などを修復して運用し始めることに成功したのだ。
 元々、カストゥール王国では魔法の工芸品はかなり一般的な、いわば普通の日常道具として用いられていた。
 ユーミーリア世界の現代文明において、車や家電製品、コンピュータなどが特別なアイテムでなく、極一般的な日常品である事を考えれば、理解できるだろう。ある技術が一般的な社会インフラの一つとして文明社会を支えるようになるためには、その技術やその成果物が一般的に用いられるようになる必要がある。
 そしてそのような一般的な日常品として使用が出来るようになるためには、同じアイテムを大量に生産できるシステムが絶対に必須なのだ。
 古の魔法王国の、付与魔術師一門の才媛であったメレムアレナー、そして魔神からその知識と魔力を奪った稀代の天才である緒方眞、その彼らに決して劣らぬ才能を持つ有数の魔術師が揃っているファールヴァルト王国だからこそ可能だった偉業だろう。
 特にメレムアレナーと眞はそれぞれ、古代カストゥール王国の貴族として知識、そして魔神の持つ異質な魔法文明の知識を最大限に発揮し、これらの偉大なる遺産の復元に成功していた。
 その結果、簡単な魔法の工芸品などは極めて一般的な道具として市井に出回っている。
 また、軍の装備にも魔法の武具や防具を導入していた。
 これは数に劣るファールヴァルト軍には貴重な戦力の消耗を防ぐ重要な意味があった。
 その他にも歩兵や騎士を運搬するためにファールヴァルト軍は巨大なゴーレムを建造していた。アース・ウォーカー、という名の巨大な四本足のゴーレムである。小さな館ほどもある巨大な胴の内部は空洞となっていて、兵士達やその装備を格納することが出来るようになっている。一機でおよそ百名の兵士、騎士を運搬できるため、兵力の移送には極めて有用だった。他にも頭の部分には操縦室があり、ここにアース・ウォーカーの操縦士達が乗って、この巨大兵器を運用する。この頭部には攻撃呪文を放つための魔法装置もあり、強力な火球を放つことも出来る。
 他にもファールヴァルト空軍の旗艦である飛空帆船も、大幅な改修が加えられていた。
 元々、飛空帆船はあくまでも仮設の装備だった。本来なら全てを金属で建造した船体に飛行のための魔法装置を載せ、ドーラやクープレイと同様の技術を用いて運用するためのものだったのだ。しかし、それだけの設備を導入する時間的、技術的な制約があり、木造の船体を魔法で強化して空を航空する能力だけを付与したのが今の飛空帆船だった。
 しかし、空軍戦力として運用するには余りにも他の兵器との差があるため、その本来のものである空中戦艦の建造に着手したのだ。だが、流石に全長100mを超える金属製の船体を建造するのはドワーフ族の力を借りても難しいものがあった。
 その為、やむなく現在の飛空帆船の艤装を改良、改修することで何とかファールヴァルト空軍の旗艦として運用するしかなかったのだ。
 魔力を付与して軽量化、強化した鋼鉄の装甲版を船体の外部に張り巡らせ、飛行の魔力を付与した魔法装置を搭載した。その上でもはや無用の長物となったマストと帆を撤去して、開けた船体にドーラやクープレイの発着が出来るようにしたのだ。
 その動力装置には『魔力の塔』の小型版とも言える魔法装置が用いられ、長時間の作戦行動が行えるようになっていた。他にも強力な結界を発生させる魔法装置や攻撃のための装備も用意されていて、何とかファールヴァルト空軍が想定する作戦行動に耐えられるだけの性能を得ることが出来ていた。
「しかし、これだけの戦力を整えると、他国が警戒しませんか?」
 外交を担当する文官の一人が眞に尋ねてきた。
 そして、眞はそれに対して明確な考えを持っていた。
「他国が警戒するのは仕方が無いさ。だから、我々はオラン、オーファンなどの友好国に対して外交を繰り返して侵略の意思は無い、と訴え続ける以外に無い。あのムディールの時は、そもそも奴等から先に手を出してきたから、やむを得ずに対処した、と納得してもらってる」
 そう答えながらも眞は、そう言われて納得する人間も少ないだろうな、とも考えていた。
 どう言い繕おうが、ファールヴァルトはムディールを征服し、自国の領土とした。そうしなければ逆に、国家防衛のために戦った兵士や騎士たちに満足のいく褒賞を与えることが出来ずに、国家としての危機に断たされる可能性もあっただろう。
 だが、そのことで国家首脳部はいざ知らず、他国の民衆に対して不安を与えたのも事実だった。
 魔法の力を行使する国がムディールという国家を撃破して征服した、という事実は民衆に不安を民衆に魔法に対する恐怖を再認識させるのに十分なものだからだ。
 その為、オランやアノスでは民衆の間に不穏な噂が流れているらしい。
 しかし、眞にはそれはどうすることも出来ない。
 それは所詮は他国のことであり、ファールヴァルトが内政干渉を行うことなど出来るはずも無い。
 だからこそ、眞は周辺諸国が全て敵になったときでも単独でも戦えるだけの戦力を整備していたのだ。眞はあくまでもファールヴァルトの貴族であり、将軍である。自国の安全保障を最優先さざるを得ない立場に立たされているから・・・
 そしてアレクラスト大陸に不穏な空気が立ち込めているのもまた事実だった。
 その為に備えることもまた、政治家の責任であった。
「いずれにしても必要な整備だからな・・・」
 そう言いながらも、眞は以前のファールヴァルトの時代からの文官達の中には今の拡大路線を不安視し何とかして抑制しようとする動きがあることも気が付いていた。
 急激な国力の拡大に伴う戦力の拡大、そして統治機構や政府機能の拡張に不安を禁じえないのだろう。特に不慣れな外交交渉に携わる官僚たちの中には露骨に以前のファールヴァルトのような、いわば鎖国状態に戻せないか、と考えている者達もいるくらいだった。
 だが、これほどまでに高度な技術と巨大な経済力を持つ国家が近隣諸国と交わらないで居られるはずも無い。
 そのことが眞には歯痒く思えていた。
 そしてその眞達の政策に対して反対の立場を取る者達が不用意な行動を取らないように警戒すると同時に、悦子やユーフェミア達にも魔法のアイテムを与えて身を護る様にしていたのだ。
 アレクラスト大陸を覆う暗雲は次第にその色を濃くしていったのである。
 
 
 

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