~ 3 ~

「もう、信じられないっ!!!」
 流石にこの台詞を一日中聞かされているのは辛いものがある。
 だが、今回は流石に弁護する気にならんわなー、と智子は暢気に考えていた。もし、亮が同じように寝言で他の女の名前を叫んで飛び起きたら、間違いなく奴の首を絞めるだろう。
「あたしが隣で寝てるのに、他の女の名前呼んで起きる、普通!?」
 まあ、そんな状況で怒らない女がいたら見てみたいものだ、とその場にいた全員が同じ感想を抱いていた。
 いつものお茶会である。
 その原因を作った張本人は王城の地下にある研究所で妖しげな研究に没頭していた。
 要するにこの場から逃げ出したのだ。
 少なくとも今の状況では眞の立場は限りなく悪い。どう考えても、絶対に眞の弁護をする者は、この場には居ないだろう。
 問題を先送りにしただけかもしれないが、住む場所をぶち壊されるよりはマシである。
 そして全員が同じように感想を抱いていた。
(何であの馬鹿はこうも女絡みのトラブルばっかり引き起こすんだ!?)
 もっとも、眞にしてみれば別に好き好んでトラブルを起こしている訳ではない、と言いたいだろう。
 眞としては悦子と出会う前の出来事で逆上されるのは甚だ理不尽な話だ、と思っていた。そう思うからこそ、眞にしては珍しく不満顔で亮に文句を言っていたのだ。
「で、そのエスペランサって女はお前にとって何なんだ?」
 亮は内心で悦子が大爆発しなかった事に感謝しながら、珍しい眞の不満顔を眺めて尋ね返す。
『ダイダロスの金床』の会議室である。
「エス?・・・う~ん、彼女は・・・何だろ?」
 てっめー、殴り殺すぞ!、と内心で拳を握り締めながら、亮は忍耐強く聞き返した。
「いやさ、お前の元彼女とか、思い出の人、とか、何かあるだろ?」
「・・・エスは・・・そうだな、多分、俺にとっては・・・自分の存在する理由・・・なのかな・・・」
 最近では珍しく気弱な声で、眞はぼそり、と呟く。
「多分、エスは・・・俺が俺であるために必要な人・・・なんだよ・・・きっと・・・」
 その眞の言葉を聞いて、亮は不意に違和感を覚えていた。
 確か、眞が亮の家にやって来た時、眞の事を父親から聞いたことがあった。
 彼がまだ十四歳の夏。
 丁度、彼が亮の家に連れられてきた夏休みの直前の事だった。
 眞はその時、完全に心を閉ざしてしまっていた。
 亮の父ははっきりと語った訳ではない。また、ニュースも余り見ない亮ではあったが、たまたま付けたニュースが報道していた南米の国で起こった観光ツアー客に対する反政府左翼ゲリラの襲撃事件が目に付いただけに過ぎなかった。
 だが、不意に亮は気が付いていた。
 眞の父の事。
 亮の父の親友で、その襲撃事件の際に行方不明になった若い考古学者。
 緒方健一の名は、確かにそのニュースに載っていた。
 しかし、奇妙なことに日本人の考古学者が巻き込まれ、行方不明になったにもかかわらず、日本のマスコミはその事件に関して不自然なまでの沈黙を続けていた。
 その後で起こった事を考えると、おそらく、誰もが気が付いてしまう事を恐れていたのでは無いだろうか。
 
「Entonces, quisiera decir, le necesito. Usted es necesario para mí. Y, seré una razón que usted es.(だったら、私が言ってあげるわ、あなたが必要なのって。あなたは私にとって必要な存在。そして、私が、あなたがあなたである為の理由なのよ)」
 その言葉が眞には嬉しかった。
 居心地の悪い学校も、言葉を選びながら衝突を避け続けている両親の会話も、眞には苛立ちと不安しか与えてくれなかった。
 せめて、真正面から自分にぶつかってくれたら、同じ立場で自分の気持ちや感情を戦わせることが出来ただろう。自分の事を厄介者として扱う周囲に対する不満も苛立ちも表現できずに、眞は自分の事を嫌いになり始めていた。
 もし、あの時にエスペランサが眞に何の打算も持たない笑顔と愛情を与えてくれなかったなら・・・
 不意に眞は優しい笑顔を思い出していた。
 南国の太陽のような微笑。
 艶やかな黒く長い髪と翡翠のような深い瞳。
 誰よりも大切で、そしてもう二度と取り戻すことが出来ない人。
「俺は・・・もし、エスを取り戻すことが出来るなら・・・神でさえ殺す・・・」
 亮は、眞のその言葉を悲しい想いで聞いていた。
 この世界でたった一人の人と出会って、そしてほんの一瞬のふれあいの後で永遠に失ってしまった。
「俺があの時、世界をぶち壊してしまわなかったのは、エスが俺を止めたから、だよ・・・。もし、彼女が俺を止めなかったら、こんなイカれた世界なんかどうでも良かった・・・」
 眞の口から世界を呪う言葉が紡ぎだされていた。
 世界のあらゆる場所で人は人を傷つけ、殺し合い、そして愛し合う。
 言葉と想いで人を愛し、同じ手で別の人を傷つけ、殺す。
 眞が消滅させたあのゲリラ達も、フォーセリアで殺した人たちも、同じように誰かの子供であり、誰かの伴侶であり、そして誰かの親なのだ。
「何で、人は殺しあうんだよ・・・。もう、うんざりだ・・・」
 だから、眞は誰かを好きになる事を怖がっていた。
 誰かに、好きだと思われる事を恐れていた。
 人は人を傷つける。人は人を愛するが故に、残酷に他者を傷つけてしまう。
 眞は、そんな矛盾を受け止める事に疲れていた。
 まだ、誰かに保護されていたい、普通なら両親に、家庭に、社会に保護されているべき年齢の少年が、残酷な大人の社会を動かし、そして政治に、軍事に力を振るわなければならない。
 それは周りの大人達が誰よりも痛感している事だった。
 絶望的なまでに知識と能力に差があり、その年端も行かない少年に気が遠くなるほどの重荷を背負わせてしまわなければならなかった自分達の不甲斐なさに苛立ちと後ろめたさを感じないものは居なかったのだ。
 不意に亮は、眞はただ、エスペランサに会いたいだけの理由で戦い続けているのではないか、と考えていた。
 もう二度と会うことが出来ない人を、必死になって探している。
 眞の言葉は、亮をそんな気持ちにさせていた。
(だったら、残酷だよな・・・)
 眞が、その決して叶えられない願いをあきらめない限り、悦子達は彼の心の中には、本当の意味で居場所を見出すことが出来ない。だが、その願いをあきらめる事は、眞にとってどれほど辛いことになるのか・・・
 
 スクリーンの中で、眞が何かを叫んでいた。
 建造途中の魔法装置が暴走し始めていたのだ。強大な魔力が集約されていき、そして魔法装置が異常な光を放ち始めていた。
(いけない、このままでは!)
 メレムアレナーが<絶対魔法解除パーフェクト・キャンセレーション>の呪文を唱えて魔法装置もろとも魔力の暴走を中和しようとした瞬間、それは起こっていた。
 一瞬、眞の眼差しが何処か遠くを見つめるようなものに変わる。
 そして、淡い黄金の輝きを眞は身に纏っていた。
 どんな光よりも純粋で、清浄な輝き。
 それは、かつて神々が世界を創造したときに世界に満ち溢れていた黄金の輝きのひとかけらであったのだろうか。強大な魔力と圧倒的な力強さを帯びた光。
 眞自身が、その輝きを放っていたのだ。
 強大な、しかし、重厚な力が当たりに満ちていき、そしていつの間にか暴走していた魔法装置は魔力の供給を断たれて、その働きを止めていた。
 黄金の輝きを纏ったまま、眞はゆっくりと魔法装置に近づいていき、そしてそのまま手を翳す。
 魔力の暴走で砕けた水晶球の破片が、時間を巻き戻していくように合わさり、そして割れ目が塞がっていった。そして、まるで幻想を見ているような時間の中、装置の魔力を制御する水晶球は再び、その輝きを取り戻していた。
 その瞬間に再生されていた光景が停止し、スクリーンを見つめていた古の魔女の眼差しがそっと閉じられる。
 幾度と無く繰り返し、見直しても、眞の力は理解できなかった。
 老竜ヴァンディールとも意見を交わしてみたのだが、まったく見当も付かなかったのである。だが、少なくともヴァンディールの言葉では眞から古代の神話の時代の者達が持っていた雰囲気というのか、同質の気配を感じるのだという。
 そして、眞が元の異世界に居たときに、既に古代語魔法の力を身につけていた、というのも不可解である。
 古代語魔法を使えるようになるには、世界が『魔力』を根源要素として構築されている必要があり、その上で上位古代語によりそのマナを操ることが出来る必要がある。少なくとも、眞たちの世界には、眞が古代語魔法を取得するまでは古代語魔法の技術や知識は存在していなかったはずだ。
 にも関わらず、眞は異世界の法である上位古代語による魔法をあっさりと身につけてしまっていた。それはメレムアレナーから見て、余りにも不自然だった。古代語魔法はその性質上、単純に呪文を覚え、魔力を高めれば使えるようになるものではない。
 古代語魔法の呪文は、ある意味では恐ろしく複雑な世界を形作る法則そのものを記述した言語である。それを言葉というものにしているのだ。極めて高度に構成された暗号のようなものである。
 そして、単純に一文だけで完結するようなものではない。
 強いて言うならば、コンピューターのプログラム言語のように高度な制御構造を持ったある程度の文章の記述が具体的な意味ある現象を引き起こすのである。それを人間の限られた知力と認識能力の範囲内で世界に干渉を引き起こすのだ。当然ではあるがその効果範囲と起こせる事象は極めて限られている。
 それは脈々と師から弟子へと受け継がれてきた知識であり、それは世界観そのものの教えでもあった。だが、眞はその常識を覆し、あっさりと上位古代語の呪文と魔力を得ただけでその真の意味を解き明かしてしまったのだ。
 如何に眞が恐るべき頭脳をしているとはいえ、言うならば神々の知識である上位古代語の真の意味を独力で解き明かすことに成功した、ということはメレムアレナーの常識の範囲外である。
 少なくとも人に可能な事とは思えない。
 竜は、老竜といわれる老成して極めて高度な知性を得た竜ならば、古代語魔法を教わることなく身につけていく。だが、竜は神々と同じく世界から直接誕生した種族である。これは例外中の例外と考えてよい。
 少なくとも神々によって創造された種族で、学習をせずに古代語魔法を身につける種族は存在しない。魔獣や幻獣などの中には古代語魔法を使う能力を持つものも居るが、これは古代語魔法を操る素養を持つものとして創造され、そして神々や古代の魔術師達から古代語魔法の知識を与えられたものと考えられている。
 その事を考えるならば、眞の才能はメレムアレナーにとっても計り知れないものだった。
 不意に、この古の魔女は緒方眞、という存在がある意味では“人間”という存在を超えたもののように感じられていた。
「ま・・・さか・・・」
 メレムアレナーは唐突にある考えに思い至り、恐怖を覚えてしまった。
 まさか・・・あの少年は・・・
「い、いや・・・そんなはずは無い・・・」
 突然、心を満たした恐怖を振り切るように、古の魔女はそっと自らの肩を抱き、息をつく。
 侍女のジェルメラが心配したように声をかけてきた。
「メレムアレナー様、どうかなさいましたか?」
 その言葉に救われたように、メレムアレナーは顔を上げ、信頼する侍女の目を見つめ返す。そのままそっと微笑んで頷いた。
「何でもない・・・。少し、考え事をしていただけだから・・・」
 だが、メレムアレナーの心に湧き起こった不安は静かに彼女の心に影を落としていた。
 
 ファールヴァルト王国の王城では連日、厳しい訓練によって魔法騎士を育成するための作業が繰り返されていた。
 戦力としての魔法騎士団が真の意味で安定した戦力となるにはやはり、数を揃えることが必要なのだ。そして、正攻法で古代語魔法を身につけるには途方も無い時間が掛かる。そのため、眞は自ら、古代王国の遺跡から発掘した魔道書と自らの経験から魔法騎士としての技能を復活させていた。
 最も基本の古代語魔法の知識と技能は眞の所有する魔法装置の魔力で身に付けさせ、その使えるようになった古代語の魔法を時間をかけて理解させていく、という本末転倒なやり方ではあるが、急速に国力を拡大しているファールヴァルト王国にとって、悠長に時間をかけて古代語魔法を学ばせていく、という時間など無かったのである。
 眞の所有する魔法装置は、一種の特異な魔法空間を封印してあるものだった。この魔法装置は精巧に創造された独立した異空間であり、その中では時間の流れがまったく外部世界と異なるのだ。そして、その内部では上位古代語と世界の関連が体験的に学習できるようになっていた。
 つまり、この魔法装置を用いれば極めて短時間のうちに古代語魔法を取得できるようになるのだ。
 外の世界で約一ヶ月の時間、魔法装置の内部で過ごすことで最も初歩的な古代語魔法を唱えることが出来る程度に魔術師としての技能を取得できるのである。
 この魔法装置を用いることで、多人数の魔術師を即席に養成できる、というメリットがあった。最も、眞自身の経験から、この魔法装置では決して楽に魔法が使えるようになるわけではない、ということが判っている。
 眞自身、自分の古代語魔法が魔神から知識と魔力を奪い取ったものだという自覚から、根本的な知識を学習するために、この魔法装置を用いたことがある。
 上位古代語を高速学習するために、膨大な上位古代語の文字や単語、文法などを徹底的に反復的に叩き込まれ、そしてそれを使いこなすための膨大な知識を濃密に圧縮された時間の中で身に付けさせられるのである。
 内部では消耗することが無く、また、現実世界とは時間が切り離されているために、まったく休むことなく続けられる学習に多くの若者が悲鳴を上げた。が、それでもこの魔法装置から開放された学生達は極めて短期間に古代語魔法を使えるようになったことに驚き、そしてその過酷な初期学習を乗り越えた事を喜んでいたのだ。
 そして、この魔法装置を“卒業”した学生達は、その適性に沿って魔法騎士となるか、魔法兵団に所属するか、という選択をすることになった。
 魔法兵団に所属する事を選んだ魔術師達は、そのまま古代語魔法の学習と研究を進めるための過程へと進学することになる。逆に魔法騎士となる事を選んだ、もしくは騎士団から要請されて魔法騎士となる事を要求された者達は、続いて魔法騎士養成過程へと進むことになるのだ。
 それは魔法騎士技能と呼ばれる特殊技能の修行であり、剣と魔法を併用するための厳しい訓練を受けることである。
 カストゥール王国で異端の技として密かに研究されていたこの技能には、上位古代語の魔法を即席魔法インスタント・マジックとして簡便に使えるようにする呪文がある。それを用いることで魔法騎士達は剣での直接戦闘と平行して戦場で古代語魔法を使うことが出来るようになるのだ。
 そして、ファールヴァルト幻像魔法騎士団はその魔法剣術戦闘を徹底的に研究し、そして磨いていた。
 鍛えの間、と呼ばれる訓練場はどの王国の王城にでもある。だが、その鍛えの間に対して魔法結界を張っているような所はファールヴァルト王国とラムリアース王国くらいのものだろう。
 その理由は明白である。
 彼らは魔法を使う騎士であり、その修練には古代語魔法を併用する必要があるのだ。
 特にファールヴァルト王国の鍛えの間は巨大な半球状の空間になっている。
 それは上空から敵が襲い来ることも想定して訓練が行われるためであった。
 数体のガーゴイルが地上で剣を構える騎士に恐るべき速さで襲い掛かっていく。地上では同じように数体の魔法生物がもう一人の騎士に迫りつつあった。
 背中合わせになるように二人の騎士は油断無く構え、そして一人は空中から襲い来るガーゴイルをじっと見つめる。そして、その背後ではもう一人の騎士が剣を上段に構えて魔法生物を待ち構える。ガーゴイルが二人の騎士に飛びかかろうとした瞬間、ガーゴイルの動きをじっと見ていた騎士が剣を突き出しながら一言、鋭く叫んだ。
「<火球ファイアボール>!」
 その瞬間、数体のガーゴイルは巨大な炎の爆発に包まれていた。耳を劈くような爆音が響き渡る。だが、もう一人の騎士はその轟音を完全に無視して、魔法生物が己の間合いに入ってくるタイミングをじっと待ち構えていた。
 そして、完全にその目標が自らの間合いに捉えきった事を見切り、剣を勢いよく振り下ろして呪文を唱える。
「<裂衝撃波インパルス>ッ!」
 その騎士の振り下ろされた剣の切っ先から呪文の効果が解き放たれた。
 大気がぐわっと歪み、魔力の衝撃波が一瞬にして弾け、群がってきた魔法生物を薙ぎ払う。魔法騎士だけにしか使えない<列衝撃波インパルス>と呼ばれる呪文である。
 これは神聖魔法の<気弾炸裂フォース・エクスプロージョン>に似た効果のある呪文だ。
 振り下ろした剣の勢いを魔法的に拡大し、剣を振るった方向を中心に術者から半球状に魔法の衝撃波を放つ呪文である。
 破壊力も恐るべきものがあり、火球の術や電撃と同じほどの破壊力を生み出す。その上でこの衝撃波は巨人のような巨大な目標で無い限り、相手を弾き飛ばす、という効果もあるのだ。これは戦場で十分な間合いを生み出す必要がある場合、非常に有効な呪文である。
 別の騎士が唱えた先ほどの火球の術も、簡易呪文の効果で使えるようになった呪文であり、この騎士自身は正魔術師程度の古代語魔法の実力しかない。この簡易呪文は極めて限られた古代語魔法の呪文という制限があるが、本来なら使えない筈のより高位の古代語魔法の呪文をコマンドワードの詠唱のみで発動できるようにすることができる。
 これにより、魔法騎士達は時間のかかる古代語魔法の正攻法による取得を最低限に抑えて、限られたものだけとはいえ、高度な呪文を使えるようになる。その魔法を剣技と組み合わせた複合魔法剣術として使えるように、武力の修行に集中できるようになるのだ。
 その上で魔法騎士のための呪文の中には<契約の剣コマンド・ソード>という呪文がある。これは愛用している剣に対して魔法で契約を成立させる呪文であり、この契約が成立した剣を用いることで様々な特殊な能力を発動できるようになる。簡易呪文化した古代語の呪文を発動する際にもこの契約した剣を発動体にする必要がある。
 他にも術者の魔力が剣に付与され、魔法の剣としての機能も得られることになる。特に、元々の剣が魔法の剣だった場合でも、この術者の魔力は重複して付与されるため、極めて強力な魔法剣を装備しているのと同等の戦闘能力を得ることが出来るのだ。また、この契約の剣を使用する限りにおいて、古代語魔法の使用に伴う制限の一つである、鎧の制限が緩和される。これは剣が強力に術者を補佐することで身振りの制限が大幅に緩和され、精霊魔法を使用するのと同程度の条件にまで緩和されるのだ。そして、古代語魔法は精霊と違い、鉄による阻害が無いため、鎖帷子チェインメイルを着用しても呪文が使用できるようになる。これは簡易呪文化していない呪文に対しても有効な為、古代語魔法の戦力化という意味では極めて重要な意味を持っていた。
 眞の復活させたこの技能により、ファールヴァルト幻像魔法騎士団は強力な戦闘集団としての地位を確立し、また、その人員の短期間による拡充という最大の障害さえも克服することが可能になったのだ。
 一瞬の魔法の攻撃により数体のガーゴイルは粉々になって吹き飛ばされ、辛うじて活動状態を保った一体が体勢を整えるために上空へと飛び上がる。だが、次の瞬間に大気を切り裂いた真空波がそのガーゴイルに止めを刺していた。胴を両断された奇怪な彫像は、その仮初めの命を失って元の石像へと変わり、力を失った石の塊は地上へと落下して行った。
 その地上では二人の騎士が流れるように長剣を操って魔法の衝撃波から生き残った魔法生物を討ち取っていた。
 全ての魔法生物がその活動を終えるまでに、僅か一分足らずの時間しか掛からなかった。
 現在の時点で幻像魔法騎士団として正騎士の数は四十名を少し越える程度にまで拡充されている。そして、一年以内に百名以上の騎士を揃えることが至上命題とされていた。これほどまでに急速に魔法を操る騎士を養成できたのはやはり、この魔法騎士技能と古の遺産によるものだった。
 その魔法装置を操り、実用化するにあたって、メレムアレナーの知識と技能はやはり非常に重要な意味を持っていた。そうした経緯から、眞はメレムアレナーを非常に重用していた。もちろん、彼女の配下であった古代の女性達も非常に貴重な人材として認識している。
 特に、彼女達は全員、導師級以上の実力を持つ優秀な魔術師であり、そしてそれ以上にカストゥール王国時代の魔術知識を持っている、という意味では極めて重要な存在でもあった。
 万が一、野心的な国家や組織に拉致されるようなことがあった場合、その結果は取り返しが付かないことになりかねない。普通ならば王城等に幽閉し、そして外部との接触を一切禁じることさえ選択肢に含まれるだろう。
 だが、眞はそれをせずにかなりの自由行動を認めている。
 そして彼女達から古代王国の生活様式など、長年の間、謎となっていた知識が明らかになっていたのだ。
 
 流石にこれだけの数の魔法騎士が揃うと壮観だった。
 魔法騎士団の統合演習を指揮していた眞は、その強大な力を持った戦闘集団の指揮官として、また他国の宮廷が大騒ぎしているだろうな、と具にも付かない事を考えていた。
 ラムリアース王国の騎士団も強力な魔法騎士の部隊ではあるが、いかんせん、魔法騎士技能を取得することで得られる高度な攻撃呪文や防御呪文と剣術の統合武術、という意味ではファールヴァルト幻像魔法騎士団のそれとはやはり異なる。そもそも、装甲の充実度に関してはファールヴァルトの魔法騎士団の方が遥かに優れた装備を整えることが出来る上に、唱えられる呪文に制限があるとはいえ導師級以上の習熟を必要とする強力な攻撃呪文や魔法騎士技能独自の特殊呪文を使えるという違いは大きかった。
 考えてもみればよい。
 完全装備の戦士以上の装備をした魔法を使う騎士が中級以上の古代語魔法にある高度な攻撃呪文を集団で使用可能なのだ。その上で比較的低位の呪文とはいえ、完全な古代語魔法をも鎧の制限を相当に緩和された状態で使いこなせる。
 その戦力としての意味は恐るべきものがあった。
 また、眞は魔法騎士隊を大きく二つのグループに分け、攻撃能力に優れた隊と、防御能力に優れた隊とに分け、使える呪文の少なさを補うべく、その運用を研究していた。
 他にも魔法騎士団には眞の発見した癒しの呪文などを伝授し、戦場での他の部隊の支援能力を強化していたのだ。
 そして、そのような魔法騎士団の錬度を高めるためには演習を重ね続ける以外に無かった。
 高度な大量殺人の理論を研究し、それを演習という形で確かめながら、ファールヴァルト王国の魔法騎士団はその底知れぬ力を磨き続けていた。
 ある意味では眞は、数年後に起こったアレクラスト大陸史に記された悲劇を絶望的な正確さで予測していたとも言えるだろう。
 人類が文明のフェイズを覆し、そして新しい時代にそのパラダイムを移し変えるときに、必ず経験する破滅。その絶望的な戦いの中でファールヴァルト幻像魔法騎士団は最も華々しい活躍を見せ、そして全世界の人間の憎しみを一身に受けることとなったのである。
「人間こそが最も恐ろしく、そして残酷な魔物なのさ・・・」
 その大陸を焦土に変えた悲劇を悲しみと皮肉で嘲笑いながら眞が吐き捨てた言葉は、人類の愚かさを悲しみ、そして嘆いた天才の魂の叫びだったのだろうか。
 どれだけ人は学べば、己の愚かさに気が付くのだろう。
 時が立てば立つほど、そして人が高度な知識を得れば得るほど、その行いの愚かさは加速度的に増していくのだ。
 鮮やかな、恐ろしいほどの真紅に染まった夕焼けの光景の中で、眞は自分が鍛え上げている騎士団の戦闘能力に一瞬だけ身震いを覚えた。
 
 
 

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