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 数百騎の馬が恐ろしい勢いで突撃してくる。
 まるで鉄砲水のような光景だった。それを迎え撃つようにファールヴァルト軍の陣営が身じろぎもせずに待ち構えている。40人ほどの部隊に分けられたそれぞれに、美しい紫紺の革鎧を着た騎士達が剣を構えてその迫り来る騎馬の津波を見据えていた。
 誰かがごくり、と唾を飲み込む音が聞こえたが、それでも誰も恐慌を来たさずにそのすさまじい突撃を見ている。
 徐々に距離が縮まり、その音が凄まじいまでの圧力となって聞こえてきた瞬間、騎士達が一斉に頭上に掲げた剣を振り下ろした。
「攻撃っ!」
 その瞬間、突撃してくる騎兵達の先頭で恐ろしい轟音を立てて炎が炸裂する。
火球ファイアボール>の術が唱えられたのだ。
 その無慈悲な破壊の力に騎馬達は弾き飛ばされた。後続の騎馬たちもそのバランスを失って吹き飛ばされた者たちに巻き込まれ、見る見るうちに隊列が崩壊していく。そして騎兵隊の中央部にも次々に呪文が叩き込まれ、一糸乱れぬ隊列が完全に乱れ崩されていった。
 突撃の勢いを完全に失った相手に対し、騎士達は冷静に次の命令を下す。
「騎兵隊、突撃!」
 ファールヴァルト軍の隊列の隙間から重厚な鎧を身に付け長い槍を構えた騎兵達が一斉に飛び出す。そして襲い掛かる瞬間、全員が馬を止めた。
 そのまま、くるり、と踵を返して隊列のほうに戻っていく。
「中々、上手くタイミングを合わせられるようになってきたな」
「ああ。もうちょっと素早く隊列を整て突撃できるようになると良いんだがな」
「修練あるのみだ!」
 口々に感想を言い合いながら騎兵達が隊列に帰ってきた。
「お前達、隊列を整えて突撃できるようになってきたな!」
 一人の騎士が満足気に言葉を掛ける。
 まだ若い騎士だった。だが、上に立つものとしての風格を帯びた精悍な顔立ちは既に幾度もの実践を潜り抜けてきた者だけが見せる自信に満ちている。
 そして隊列に戻ってくる騎兵隊の後ろで魔法によって吹き飛ばされたはずの騎馬達がもそもそ、と起き上がっていた。普通なら焼け焦げているはずのだが、痛みを感じないかのように平然と隊列を整える。
 その突撃を掛けてきた騎馬隊は、実は魔法で作られた動く彫像である。
 ファールヴァルト王国幻像魔法騎士団の実践訓練のためにとはいえ、数百もの魔法彫像ゴーレムを投入するというのはある意味では贅沢な話だった。
「もっとも、我らが将軍の力が無ければこのような演習も満足には行えぬのだ・・・」
 感慨深げに男は呟いた。
 ファールヴァルト王国幻像魔法騎士団の騎士隊長を務める男であり、そして眞に次ぐ実力を誇る魔法騎士。名はエレスタスという。かつては中原北の王国、ラムリアースで魔法騎士団の騎士隊長を務めていたほどの使い手である。
 おそらく反逆者であったアルモザーン子爵の側に立っていたため、その内乱の後に国を捨てたのだ、という噂がある。だが、眞も魔法騎士団のほかの騎士達も別に気にはしていない。彼が優れた魔法騎士であり、そして通常では省みられることの無い魔法による集団戦法や戦術的、そして戦略的な魔術の運用に長けた魔法使いであり、幾度と無く共に死線を潜り抜けてきた仲間でもある。
 眞はエレスタスを部隊運営の責任者として任命し、そしてファールヴァルト王国幻像魔法騎士団は数度の苛烈な実戦に打ち勝ってきたのだ。
 彼は心の中で常に感謝の意を忘れていなかった。
 かつて、追われるようにして国を出奔し、そして当ても無く流れてきたこの東方で出会った少年。まさか、あの若さで魔法王国と謳われるラムリアースでさえも滅多に見ないほどの素晴らしい魔法戦士だった、と驚いた彼は、眞に誘われるままこの国へとやってきたのだ。
 あの貧しい小国がこれほどまでに国力を増やし、周辺の国々を圧倒し始めていたことに、今更ながら驚きを覚えていた。
 一度は無くしたと思っていた、自分を必要としてくれる人々が此処にはいる。
 その彼をファールヴァルト王国に誘った少年は、今、上空で巨人機を駆っていた。
 
「アレス!旋回が甘いっ! トレントン、右後方にも気を配れっ!」
 眞は次々に指示を繰り出しながら自らもクープレイを鋭く機動させる。恐るべき出力の魔法動力炉から両脚と背中にある推進器に爆発的な力が伝わり、青白い魔法の輝きが機体を揺るがしていく。操縦桿を握る眞の手に心地よい振動が伝わり、そして大気を切り裂く高速機動戦闘の緊張感を心の何処かで楽しんでいる事を実感していた。
 一瞬々々の緊張の積み重ね。
 数度の実戦を経て自分に馴染んできたクープレイの操縦感覚が眞の心を弾ませる。それは人として危険な考えだと知っていて、そして同時に自分が飢えてきた何かでも確かにあった。狂おしいまでの戦闘本能を、しかし冷静に眞はコントロールして神業のような操縦で部下達の機体を翻弄していた。
 その眞達の訓練を地上から眺めながら、ルエラは半分驚嘆し、そして半分呆れ返っていた。
「・・・よくもまあ、あんなに無茶苦茶な動きが出来るものだわ」
 そう言う自分もまた、青紫色に染められた革鎧を身に纏い、手には魔術師の杖を握っている。実のところ、エレスタスの指揮する魔法騎士団にゴーレムの騎兵隊を突撃させ、コントロールしたのは彼女が指揮するファールヴァルト宮廷魔法兵団なのだ。確かにフレッシュ・ゴーレムや下級の魔法生物とはいえ、数百という数の魔法創造物を自在に操る魔法兵団の実力は恐るべきものがある。
 元々、ファールヴァルト王国は弱小な国だった。ほんの一年ちょっと前までは、の話である。当然ながら、国を護るべき騎士団の数も僅かに百数十騎を数えるのみで、お世辞にもまともな軍事力がある、とは言えなかった。
 眞は異世界に放り出された時、彼らを救ってくれたファールヴァルトの騎士ランダーの恩に報いるべく、そしてユーフェミア王女の願いを叶えるべく、アレクラスト大陸中を奔走してこの国を豊かにしたのである。だが、武力無きままに豊かになる、ということは野心溢れる国にとっては格好の目標になってしまう。そのため、眞は急いで軍事力を強化することに着手したのだ。
 それは魔法騎士団の設立であり、東部諸国に限らずアレクラスト大陸中で余り気味であった冒険者を魔法戦士隊として仕官させることだった。
 魔法は使いこなせれば有力な武力になる。
 数を頼んでの武力編成が出来ない以上、魔法を最大限に行使する以外にファールヴァルト王国の軍事力を迅速に拡大する方法は無かった。そのために眞は自身が“物見の塔”で発見した魔術書や自分の見出した技を体系的に纏め上げて“魔法騎士”としての技能体系を完成させ、それを素質のある者達に教え込んで魔法騎士団を纏め上げ始めていたのだ。
 魔法騎士というのは、かつて、カストゥール王国と呼ばれた古代の魔法王国の中でも異端とされた剣の技をも好む貴族達によって密かに研究されてきた技術である。
 本来、古代語魔法は戦士の技とは相性が悪い。それは古代語魔法を唱えるにあたっては鎧は身体の動きを阻害しない軽い革鎧しか身につけることが出来ないため、装甲面で極めて不利な状態になること、その上で古代語魔法の習得には非常に時間が掛かることがあげられる。もちろん、両方の技能に対して天才的な才能を持つ眞は二つの異なる技術体系を極めて短時間に、驚くほどの錬度で取得してはいたが、だれもが眞のような天才であるわけが無い。
 現実的な方法として、カストゥールの貴族は全ての古代語魔法を満遍なく普通に習得する事をあきらめ、限られた呪文だけを集中して唱えられるようにすることで古代語魔法の取得の手間を大幅に減らし、また、同時に呪文の内容と完全に理解し、上位古代語の魔法知識を深める事よりも呪文を唱えられるようになることを優先させる教習課程を作り出すことによって剣の修行を阻害することなく魔法を使えるような技能体系を作り出す方法を選んだのである。
 それは最低必要限度の古代語魔法の習得が出来ていれば修められる技術であり、いわば理論と真理を研究する大学の教習課程と違い、実用的な技術を即効的に養成する専門学校的な手法であった。だが、それは中級から上級の攻撃魔法を唱えられる魔法戦士を比較的早く養成することが出来る驚くべき技能体系であり、その技術の完成が皮肉なことに彼らの研究を終焉させることになったのだとされる。だが、500年の歳月を経て、異世界からやってきた一人の天才によってその古の技能体系は復活され、そしてファールヴァルトという王国の軍事力の基盤の一つとして重要な役割を担っているのは皮肉ともいえよう。
 この技能の最も初歩の呪文に、<簡易呪文インスタント・マジック>という呪文がある。これは古代語魔法の呪文を一つ、対象となった者の精神に焼き付けて簡単なコマンド・ワードだけで魔法を発動できるようにする、という特別な呪文である。この呪文の完成がある意味で魔法騎士技能の完成を齎したともいえるだろう。
 現代の古代語魔法にも共通語魔法を作り出す技術が存在する。これは呪文の力を物品に付与することで魔術師で無い人間でもコマンド・ワードを唱えるだけでその呪文の効果を使えるようにする魔法である。だが、現代の共通語魔法は物体に呪文の力を付与することで誰でもその呪文の力を使える代わりに、人間が掛けるほど強い魔力では使えず、そして気力の消費も激しい。だが、この魔法騎士技能の簡易呪文はその呪文によって精神に呪文を付与された人間だけが使えるようになる代わりに、古代語魔法そのものと同じように呪文を唱えたものの魔力がその呪文の力となり、そしてその熟練の度合いによって消費される気力も軽減されていくのだ。
 その上でこの簡易呪文によって付与された呪文の使用には鎧の制限や長い呪文の詠唱が必要ない。
 身動きは必要なく、そして定められた上位古代語のコマンド・ワードを唱えるだけで呪文の効果を発動できるため、戦士として重武装の鎧を着ることが出来、なおかつ剣を振るいながらでも呪文をほぼ同時に使うことが出来るのだ。これは驚くべきものである。
 馬上の戦闘や激しい剣での戦闘中でも、一瞬の間合いさえあれば古代語魔法を使える事を意味する。これは戦闘的な呪文が充実した古代語魔法を、限定的とはいえ最前線で使いこなせる、そしてそれを武装した戦士が行えるようになる、という剣と魔法の融合を可能とする技術であった。
 剣と魔法を組み合わせれば恐るべき力を発揮する。
 それはある意味では戦場での常識であり、それを単独で可能にする魔法騎士技術はファールヴァルト王国の国家機密事項とされたのも当たり前といえば当たり前である。
 だからこそ、この技術を恐れたかつてのカストゥール王国の貴族達は、この体系を研究していた貴族達を抹殺し、そしてその知識を葬り去ったのだ。
 しかし500年以上もの歳月を経て、異世界からきた魔法戦士の手によって復活を遂げていた。
 
 ファールヴァルト軍が大規模な演習を繰り返し行っているのには理由があった。それはファールヴァルト王国が僅か一年と少しほどの時間で一気に国力が膨張したことにある。当然のことだが、今までまるっきり縁の無かった人間が、しかも異人種である妖精族や他国の人間などと急に一つの国になりました、と言われて馴染むのは難しいだろう。そして特に軍の内部では出身母体を基盤とした派閥が発生しやすい。
 そのため、眞は頻繁に演習を繰り返すことで急編成の軍の錬度と連携を高めると同時に命がけの訓練を課す事で微妙な緊張感を持っている各騎士や貴族達の関係を強化する、という目論見があったのだ。そしてそれは今の時点で上手く働いていた。
 それに加えて眞は大規模な灌漑事業にも取り組んでいた。これは宰相のオルフォード伯爵とも話し合い、痩せた土地が大部分を占めるファールヴァルト王国領内の耕作状況を改善することが目標だった。同時に公共事業としてこの灌漑事業を展開することで国内の景気を刺激し、危機的な状況だったファールヴァルト王国の経済状態を打破するための一つとして最重要課題となっていたのである。
 確かに二度の戦争に勝利したとはいえ、まだまだファールヴァルト自体は国として非常に不安定な状況にある。確かにファンドリアの魔獣部隊など、憂慮すべき事態ではあるが、足元をしっかりと固めないのに国外の状況になど労力を割かれたくは無かったのがファールヴァルト王国の貴族達の本音だろう。
 それは眞自身も同感であった。
 確かに急速に国力を拡大しつつあるものの、いや、だからこそ解決しなければならない問題は山ほどある。街道の整備、灌漑用水路の展開、王都市街地の再開発、時間が幾らあっても足りないほどであり、そして日々新しくやらなくてはならない仕事が増えていくのだ。そのような大規模な工事や事業に対しても効率よい魔法の運用を行うのがファールヴァルトの特徴である。
 宮廷魔術兵団も武力だけではなく平時の魔法の運用で幾らでも仕事はある。
 特にゴーレムをはじめとする魔法彫像を土木工事に運用しているような国は此処くらいのものだ。眞の知っている失われた呪文には、持続時間が限られている呪文の効果を永続化する効果をもった呪文があった。これは付与魔術の呪文で、ファールヴァルト王国ではこの呪文を用いて簡易魔法彫像パペット・ゴーレムを大量に一般作業用の補助労力として、そして軍事用として運用していたのだ。もっとも、幾ら魔法で擬似的な知能を与えられて、多少の融通も利くようになったとはいえ、所詮は魔法の産物である。精々が重い岩をどかしたり、道具や資材を運搬する疲れない労働力という程度のものでしかなかった。また、軍事力とはいっても、幾ら疲れ知らずのゴーレムでもストーン・サーバントなどの簡易魔法彫像パペット・ゴーレムでは騎士見習い程度の戦闘能力しかない上に柔軟な運用が期待できない、極限られた用途にしか使えない軍事力ではある。
 そういった魔法生物の運用計画や実際の運用に駆り出されるのが王立魔法学院の魔術師であり、宮廷魔術兵団の魔法使い達である。
 普通の国では魔法が此処まで運用されると一般の人々から非難と恐怖の反応が出てくる。それはかつてのカストゥール王国の貴族達が魔法使い以外の人間を奴隷として虐げ、圧制していたころの記憶が未だに人々の間に残っているからだと言われている。
 だが、ファールヴァルト王国ではもともと生き残るのに他国の人間以上の苦難を強いられるような環境であったことから、魔法についての拒否反応が殆ど無い。要するに人の役に立つものは何でも受け入れられるし、そうでなかったなら生き残れなかった、という厳しい現実がある。そしてそもそもこの地域は妖魔の森に隣接する厳しい環境であるため、古代の時代には流刑地として使われていた時代もあったらしい。そんな事情もあり、カストゥール王国はこの地を征服しようともせず、もっぱら魔法の実験や特異な環境を利用した研究の地にしていたという伝承がある。そのためにこの辺りの人間には魔法に対する拒否反応や警戒心が比較的薄いといわれている。
 アレクラスト大陸で初めて、魔術師ギルドを創設したマナ・ライのような人材がオランに生まれたのも、そしてそのような施設が誕生する事を許容した一般人がこの東方地域に居ることでもそれは裏付けられているだろう。
 そして此処までの繁栄を齎した魔法を拒否するような人間は殆どいないのだ。それはカストゥール王国の貴族の生き残りであるメレムアレナーと彼女の侍女たちが貴族としての待遇を与えられ、生活の保障がされていることからも明らかである。
 もし、これが他の国であったら、彼女達は火炙りにされるか王城に幽閉されていたかもしれない。
 だが、魔法に対する嫌悪感も無く、警戒心よりも役に立つかどうか、という現実的な判断を重視するファールヴァルト王国の国民にしてみれば、彼女達は間違いなく役に立つ存在であり、それを救い出した鋼の将軍は二度の大国との戦争に打ち勝った英雄でもあった。その実績があるからこそ、人々は魔法を当たり前のように受け入れ、その恩恵により急速な繁栄を手に入れ始めていたのだ。
 メレムアレナー達、古代の貴族に対する反応は各国から猜疑の念で迎えられているのは良く感じられている。眞達ファールヴァルト王国の貴族に対して各国から真意を質す手紙が寄せられ、そしてその中には厳しく批判するものさえあった。彼女達の公開処刑さえ要求する手紙もあったほどである。
 眞の返答は「メレムアレナーは我がファールヴァルト王国の貴族であり、貴国、ならびに貴卿に対する明白な罪無き我が国の貴族に対する処刑を要望するのは、ファールヴァルトに対する侮辱であり宣戦布告に値する暴言である。厳重に抗議を申し立てる」だった。要するにファールヴァルト王国が国家として彼女達を保護する事を他国に対して宣言したのである。
 その直後にムディールという大国を滅ぼしたファールヴァルトの実力を知り、その無礼な貴族が謝罪と撤回を申し出たことは言うまでも無い。
 実際、とんでもない被害が出る事を考慮しなければ眞とヴァンディールの実力で小さな国の一つくらい滅ぼせるのだ。それほどまでに老竜と大陸でも屈指の剣と魔術を使いこなす魔法戦士の力は凄まじいものがある。
 こっそりと葉子が眞に尋ねたことがある。
「もし、その国が本当に要求を取り下げなかったらどうするつもりだったのよ?」
 眞の答えはこうだった。
「本気でやるに決まってるだろう」
 真顔で眞は“その国を滅ぼしてやる”と断言していた。
 葉子だけでなく悦子や里香、ユーフェミアたちが頭を抱え込んだのは言うまでも無い。
 
 眞は空中戦の演習が終了した後、機体を軽く旋回させて地上を眺めた。
 遥か遠くまで見渡すことの出来るこの一瞬が眞の好きな瞬間だった。
 天空と地上の間を漂い、アレクラスト大陸の光景を鳥瞰できるのは、今のアレクラスト大陸ではフェザーフォルクなどの有翼人種かファールヴァルト王国の魔法騎士、もしくは空挺兵団くらいのものだろう。幾ら<飛行フライト>の呪文があっても、普通の魔術師はただの道楽に空を飛ぼうとは考えない。
 ファールヴァルト王国では道楽どころか王城の日常業務として空を飛ぶことが頻繁にある。特に空を飛ぶ帆船を運搬手段として用いている以上、連絡や物資の運搬のために空と地上を行き来する以外に方法が無いのだ。
 必然的に魔法の運用の頻度が高まる。
 飛空帆船は魔法を使って空を飛ぶようにした帆船である。<重量軽減ディクリース・ウェイト>の魔法や<飛行>の呪文の力を付与して、空を飛ぶように改造した飛空帆船は戦略的に極めて重要な意味を持つ。特に魔法爆撃機であるドーラや魔道装騎兵クープレイの母艦としても運用できる飛空帆船はファールヴァルト空軍の要の一つでもあった。
 既に3隻の飛空帆船が建造完了し、それらの補助艦や護衛艦も着々と建造が進んでいた。
 またファールヴァルト軍は騎士団の数がまだ揃えられきっていない。そのために一般兵を兵士として運用する装甲歩兵部隊を重点的に戦力を編成している。これはアレクラスト大陸の軍事編成の常識から大きく外れる編成であった。このような編成をしているのはロマール以外には無い。もともとロマールも小さな都市国家に過ぎなかったのだ。だが、潤沢な資金を利用して強力な傭兵部隊をそろえ、そしてレイド帝国の侵略を打ち破り、逆に彼の国を征服する、という絶大な勝利を収めている。その時の伝統からロマールでは傭兵部隊と歩兵部隊が充実している。
 それがロマールの対外戦において不敗を誇る輝かしい戦績となって証明されていた。
 眞はそのロマールの歩兵部隊を見習いながら、同時に強力な装甲歩兵を前面に押し出すことで騎士とも互角に渡り合えるだけの武装をした装甲歩兵団としてファールヴァルト王国の主力を作り出していた。それに加えて強力な魔法戦士団と魔法騎士団、空挺騎士団を編成して長距離戦と三次元展開を可能な軍を作りだしている。
 だが、眞の魔法の運用はそれ以上に一般の生活に導入されていた。
 市街地の街灯の整備だけでなく灌漑用水路の建設にも作業用ゴーレムの投入をしていたのである。これにより建設が非常に早くなった。もっとも、その建設を担当している石工ギルドの職人達はその職業的倫理観からかあまり良い顔をしていないのだが。
『苦労して石を一つ一つ積み上げるからこそ建造物は美しく、またその価値が高まるのだが・・・』
 その言葉を決して眞は否定するつもりは無い。しかし、今は一日でも早く灌漑用水路を完成させて開拓事業を推進しなければならないのだ。
 その事を石工ギルドの長も職人達も理解しているからこそ、眞の計画には反対していない。眞自身、その作業用ゴーレムの投入は大急ぎで基礎工事を完成しなければならない場所や建築作業で排出された大量の土砂などの不要物を運搬するために集中的に投入し、建設作業自体は石工ギルドの職人を中心に一任してある。
 技術者に敬意を払い、そしてその責任を最大限に尊重することは、最終的に物事を完成させるためには非常に重要な意味を持つ。
 近年、ユーミーリアでは先進諸国の技術力の低下が問題になっているが、これは技術という地味で積み重ねの必要な努力を軽んじる論調が大きく影響しているためだろう。
 そして手っ取り早くお金を稼げる金融業や証券会社に務めること、そしてリスクの少ない官僚や公務員として働く事を考える人間が増え、技術という地道な努力を必要とする職種を軽んじる風潮が一般的なものとなって技術者の絶対数が減ったことが国家の活力を大きく低下させることになる。
 そもそも技術者の数が不足すればそれだけ中堅層の数が減り、質の高い作業や製品を生み出すことが出来なくなる。その厳しい現実をユーミーリアから来た学生達は思い知らされていた。
 こずえ達のように今まで格好の良さだけで証券マンや官僚の方がいい、と言っていた少女達も現実にものを生み出す職人や技術者が居なければそんな格好だけ良い連中は何も出来ない、ということに気がついていたのだ。
 特に、近年の日本のようにあれだけ技術者を軽んじる論調をマスコミが煽っていればいい加減、学生や子供達が理科知識や技術から遠ざかろうとするようになるだろう。それを今更、若者の理科離れがどうのこうのと言っても、自分達の報道を省みる姿勢が無い以上、胡散臭い戯言としか聞こえない。
 眞自身、コンピュータ工学においては天才的な才能と実力を持っているハッカーでありプログラマーである。だからこそ、石工ギルドの職人達の技術には敬服しているし、彼らの誇りを傷つけるような真似は絶対にしなかった。もし、単なる合理主義で技術者を軽んじようとしたら、その馬鹿者は悪夢を見るような罵倒の言葉を眞から聞かされただろう。
 眞は機体を軽く右に流し、マハトーヤ山脈にある水源からファールヴァルト王国へ至る用水路を右手に眺めながら飛行を続けていた。
 遥か下の地上から眞の駆るクープレイの姿を見つけた作業者達が歓声を上げて手を振っているのが見える。眞は機体を大きく震わせて挨拶を返した。
 
 
 

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