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僅か半日足らずで終わった王都攻略戦闘だったが、その事後処理には膨大な日数がかかる事が予想された。
しかも、王都だけをピンポイントで討たれても、ムディール各地の都市は硬く護りを固めて徹底抗戦の構えを見せている状況なのだ。 元々ムディールはかなりの力を持つ大国である。 各都市の防衛能力は相当に高い。 また、各都市の大守は王族から選ばれている。ファールヴァルト軍を退ける事が出来ればムディールという国を再建することも不可能ではないのだ。 それが各都市に残る騎士達の高い士気を維持していた。 眞としても早く残党を一掃してムディールを完全に占領したかったのだが、ここでも数の不足が処理を手間取らせている。 ロマールもようやく態勢を整えて臨戦態勢に入り始めていた。 危険な兆候を抱えたまま、眞は急いで対ファンドリア戦線へと駆け付ける為、メンテナンスもそこそこにクープレイを駆り、全速で中原へと飛び立っていった。 「何とかなりそうか?」 最大戦速でクープレイを飛行させている眞は、智子にロマールの軍勢が動く様子を尋ねていた。 流石に全力で中原に向かった場合、クープレイならば半日も掛からない。 極めて危険な情勢だった。 リトラー率いるオーファン軍は、ファンドリアとロマールの二国の軍を同時に相手をしなければならない状況となっていたのである。 ザイン王国も長年の内戦から立ち直ったばかりで、他国に兵を派遣する余裕など無い。ラムリアース王国は、他国との戦はしない、という伝統と魔法王国であるとの実情から参戦は厳しいだろう。 魔法を戦争に使う事に、フォーセリアの民衆は非常な恐れを抱いているのだから・・・ ファールヴァルトは魔法の運用方法を原則として規定している。 つまり、魔神や不死生物、魔獣等を用いない、などの原則を戦闘規定として公表しているのだ。 もっとも、幻像魔法騎士団が乗りこなす魔獣は特別である。 彼等は自分達の能力で魔獣達に主である事を認めさせているのだ。つまり、軍馬を乗りこなすのと変わりが無い。ましてや その意味ではファールヴァルト王国の騎士達は勇者の集まりである、という宣伝効果があるのだ。 それに通常の戦争でも各国は魔法使い達を運用して多少の魔法戦を行う。だからこそ多くの国で宮廷魔術師という特別な役職の魔術師が王宮に務めている。 眞はそれらの魔法の使用を拡大し、現代的に運用しているだけである。 「わからない。ラヴェルナ師は大丈夫だって言ってるけど・・・」 智子の答えも不安げだ。 無理も無いだろう。 今の情勢は余りにも不確定要素が多すぎる。 全フォーセリア規模の大戦争にまでエスカレートする可能性があるのだ。下手に物事を扱うと、全世界がひっくり返るかもしれない。 特に中原の情勢は極めて緊迫している。 万が一にもオーファンが敗北するような事になれば、フォーセリアの軍事情勢は一変してしまうのだ。そうなればオーファンを中心として成り立っている軍事的パワーバランスは崩壊する。それどころかオーファンと言う国そのものが瓦解する危険性さえある。 新興の王国ゆえに持つ活力が、逆に崩壊への爆発力になってしまいかねないのだ。 国という存在は、最初に持っていた勢いを消費しつつ老化していくのかもしれない。 眞は不意にそんなことを考えていた。 クープレイのフロント・スクリーンに投影されるフォーセリアの地上が流れるように後ろに消えていく。今までは誰も、このような速度で空を飛ぶものはいなかった。 神々を除いては、眞達のような技術と知識を持つものはいなかったのだろう。滅び去った古代王国さえも、このような技術を使いこなしていたのかは判らない。 そして、神々や魔力に長けた古代王国人ならば、機械を用いて空を飛ぶ必要など無い。 基本的に古代魔法王国の魔法文明は、神々の遺した古代語魔法を発展、運用した文明である。つまり、神々の世界から基本的に変化は無かったと言えよう。 しかし、眞達の出現はフォーセリアにとって全く新しい時代の幕開けとなっていた。 魔法に頼らず極めて高度な機械文明を発展させた世界“ユーミーリア”から現れた眞達は、その魔法の使用形態から応用まで、それまでのもとのは一線を画するアイデアを生み出している。 その圧倒的な変化は、フォーセリア世界そのものさえも飲み込もうとしていた。 「とにかく、俺が行くまでは持ちそうだな!?」 殆ど希望にさえ近い確認だった。 ルキアルならば、眞がオーファンを援護する為なら全力でムディールを討つことくらい予想しているはずだ。そして彼ほどの軍師ならば未知の兵器の戦力を予測して、戦況を分析するくらい御手のものだろう。 “挿し手”との異名を取るルキアルなら、最初からムディールが敗北する事を前提に戦略を立てていると考えたほうがよい。 とするならば、彼の仕掛けた時間に追いつく事が、彼の仕掛けた罠を食い破る唯一の方法だ。 だからこそ眞は極秘裏に幻像魔法騎士団とオラン・アノス合同軍をオーファン方面に派遣していたのである。 理屈はこうだ。 オーファンとファールヴァルトは軍事同盟関係が有る。そしてファールヴァルトとオラン、アノスは同盟関係が有る。拠って、同盟国であるオーファンを救援するためにファールヴァルトはオランとアノスに共同出撃を依頼した、という殆どこじつけに近い話しである。 その大儀名分があるからこそムディール王城を僅か半日足らずで陥落させるという猛攻を行ったのだ。 クープレイの一撃により、扉を粉砕したファールヴァルト軍は切り札とも言える魔法騎士団と傭兵隊の中から選抜した魔法兵団による魔法の猛攻撃をムディール軍に叩きつけた。 その瞬間は、あるいは神々の最終戦争さえも思わせるほどの光景だったのだろうか。 巨大な< 魔法使い達の数に物を言わせた凄まじいまでのファールヴァルト軍の猛攻だった。 恐らくこれ程の魔法攻撃は新王国暦上でも稀だろう。 付与魔術を操る眞は、その魔力を如何無く発揮して大量の魔晶石を生み出していた。そしてヴァンディールの持っていた宝物の中にも大量の魔晶石が有ったのだ。 それにより通常では考えられないほどの魔法を多用した大攻撃をファールヴァルト軍は実行していた。 魔法騎士達はその騎馬たる有翼の幻獣の上から地上や城の外部に設置された見張り櫓や弓窓を徹底的に潰していく。そして獣人達による空中機動部隊は魔法や弓を用いて効果的に地上の敵を撃破していった。 城内に侵入していった地上部隊も、その凄まじい戦闘能力をムディール軍に見せていた。 堅牢な城壁を打ち破った騎士達はそのままの勢いでムディール城内に侵攻して行く。 「迎え撃て!」 もちろん、ムディール軍もそのままファールヴァルト軍を易々と侵入させる訳は無い。 ムディールの兵士達は古典的な戦法である密集陣形を取った布陣でファールヴァルト軍を待ち構えていた。長方形の楯を構えて、長槍で近づくファールヴァルト軍を撃破しようという戦法だった。 そして、 だが、ムディール軍はファールヴァルト軍の魔法戦力を再び見せつけられる事になった。 全面に立つ戦士達に、精霊使い達は< 侵入してきた敵に弓を射掛けるのは城内戦の常識である。 ムディール軍は侵入してきたファールヴァルト軍に対して態勢を整える前に弓による攻撃を仕掛けて出鼻を挫き、そして密集態勢の布陣の圧力で押し返す、という算段だった。 態勢が崩れてしまえば魔法使いとて十分にその力を発揮できない、との読みは正解だった。混乱した状況では魔法の行使は大きく阻害される上に、下手をするとかえって混乱を大きくする。 だが、眞は戦争で魔法を使用する方法を徹底的に研究していた。 元々現代戦争はどちらかというと魔法戦争に近い側面がある。遠距離から様々な破壊力、影響力を発揮する武器を用いて集団での戦闘行為を行う、という特色は魔法戦闘に様々に応用が効く。 またラムリアースの元魔法騎士からもたらされた純粋な魔法戦術は眞の知っている現代戦略戦闘技術と組み合わされ、信じ難いレベルで魔法の戦力化を実現していた。 特に冒険者達を編成した魔法戦士団は脅威的な軍事力となっている。 東方地域にいる多くの冒険者達は、実際のところ余り気味とさえいえるほど多かった。結果として満足に冒険にさえありつけない冒険者達がいるような有り様だったのだ。 そのような者の多くがならず者と化していくのは極当たり前だったと言える。その為、オランを中心とした東方地域では冒険者は徐々に厄介物となっていたのである。 その余った冒険者をファールヴァルト王国は傭兵として雇い入れたのである。 また、ファールヴァルト王国の存在する地域には実際のところかなりの数の古代王国の遺跡が未盗掘のまま発見されていた。その発掘作業も極めて重要な意味がある。 遺跡の発掘作業で経験を積んだ冒険者や新米騎士達は正式にファールヴァルト軍へと編成される事になったのだ。 特に魔法使いが多い冒険者達は魔法戦士団として有用であった。 千人を超える冒険者から成るその部隊は、事実上ファールヴァルト軍の主戦力の一つに数え上げられる軍事力がある。 魔術師と精霊使い、そして多数の神官を抱え、戦士と盗賊達が統合された軍隊として動く魔法戦士団は、あらゆる状況でその能力を発揮できる万能部隊だった。 その魔法戦士団を指揮するのが鋼の将軍こと緒方眞率いるファールヴァルト幻像魔法騎士団である。 全員が正魔術師以上の力を持つ魔術師であり、導師級の力を持った者達さえ少なく無い。そして少なくとも近衛騎士級の剣技を持つ、正に怪物級の戦闘能力を誇るファールヴァルト王国の最精鋭部隊だった。 眞は雑多な集団であった冒険者達をまとめ上げる為に、想像を絶する訓練を課していた。 訓練を受けていない魔法使い達は、騎士達の突撃などで容易に精神集中を乱してしまう。そして、高速で駆けて来るその突撃に対して魔法の効果範囲を合わせて呪文を唱えるのは訓練を重ねて修得するしか無い。 その為の訓練として騎馬による突撃と魔法戦士団による迎撃の手順を徹底的に繰り返し、その戦術を叩きこんでいた。他にも効果的に魔法による迎撃を行うために、各々の魔法使いが受け持つべき目標を確実に捉えるよう連携した集団魔法戦術を重点的に訓練していたのである。 実際、集団魔法戦闘で一番重要なのは、各々の魔法使いが自分の担当する役割を確実に遂行する事である。 つまり、一番目立つ部分、言いかえるならば敵の中枢にのみ魔法を集中させてしまう事を避けなければならないのだ。そうしなければ、残った無傷の部隊が自軍に襲いかかる事になる。 理屈では判っていても、それを実際に行動にするのは難しい。 味方の魔法使いの能力と行動を信頼できなければその戦術は崩壊してしまうのだ。 そして、戦場の重圧の中では精神集中を必要とする呪文の詠唱は失敗する可能性が上昇する。それを的確に補佐し、戦術を完成させるにも魔法戦士団全体での連携が必要なのだ。 それを実現するには徹底した訓練以外には方法は無い。 騎士による突撃、重歩兵部隊による進軍、傭兵隊による魔法での反撃等、あらゆる事態を想定した訓練で、部隊の魔法使い達は確実にその役割を果たす事が出来るように錬度が高まっていた。 それ以外にも敵からの弓矢を無効化する方法、市街戦での魔法の運用、夜間の戦闘、負傷者の効果的な治療方法、遠距離からの策的方法等、その冒険者としての能力を最大限使いこなすための訓練を施している。 だからこそ、昨年のアノスとの紛争で圧倒的な戦闘力を発揮できたのだ。 そして今、その戦闘力はこのムディールの攻城戦で如何無く発揮されていた。 <風の護り>により弓矢を無効化したファールヴァルト軍に対して、ムディール軍は集団で進行する圧力により敵を押し返そうとする。そのムディール軍を無効化するためにファールヴァルト魔法戦士団は極めて有効な魔法を用いた。 ムディール軍の先頭を中心に<暗闇>の呪文を投げかけ、視界を完全に防ぐ。そして<眠りの雲>の魔法で混乱を引き起こしたのだ。 視界を完全に防がれた状態で、目の前で眠り込んだ人間を避けることは難しい。 十分に明かりがある場所でなら眠っている人間を避けて進軍し、蹴り起こす事で戦列に復帰させる事も出来る。しかし、視界が完全に防がれた状態では眠っていなくても密集した集団で進む事は、目隠しした状態で行進するのと変わりが無いだろう。 ましてや足元で眠り込んでいる人間は障害物でしか無い。一人が躓くと後は雪崩を討ったように隊列が崩壊していった。 「うわあっ!」「押すなっ!」「退けっ!」 暗闇の中で将棋倒しになった人間は、まず起きあがる事は出来ない。 そして、彼等が持っている楯と槍がさらに状況に拍車をかけていた。 取りまわしの難しい長槍はたとえ手を離しても障害にしかならない上に転倒して混乱している人間が握りしめたものを意識して手放す事はほぼ不可能だと言える。 しかもファールヴァルト軍からの弓矢の攻撃を防ぐための巨大な楯が更に混乱に拍車をかけていた。 その上で魔法により視界が封じられている。 槍の穂先で怪我をすることを恐れる余り、必死にもがくムディールの兵士達はさらに混乱を大きくしていった。 火球の術などの広範囲に攻撃が可能な魔法が存在する事も恐怖に駆られたムディール軍の兵士達を追い詰める要因となっていた。現実としてはそのような無慈悲な魔法を用いられていないにも関わらず、このまま魔法で殺される事になるという想像があっという間にムディール軍の兵士達に広まってしまっていったのだ。 動揺は動揺を生み、ムディール軍の兵士達は連鎖的に恐慌をきたしていった。 魔法を巧みに使いこなすファールヴァルト軍の前に、ムディール軍はあっけなく敗北していったのである。 聖騎士シオンは厳しい表情で街道を行進するファールヴァルト軍の中にいた。 眞に対して好意を抱いているとはいえ、やはり魔法を多用する、そして獣人や妖魔を動員する今回の戦闘には反射的な嫌悪感を覚える。 ファリスの定めた光の法に反している、とさえ感じてしまうのだ。 だが、眞の推し進める方策は光と闇の種族が対立することなく一定の秩序を守って共存している。 ダークエルフなどの妖魔も各々の領域から出てくる事も無く、そして人間側も彼らを盲目的に討伐することもしていない。獣の民など一部の人間は未開の領域にも住み続けているだけでなく、僅かな数とはいえ妖魔達も人間の世界で暮らし始めていた。 明確な住み分けが行われているおかげで、お互いの生存が危ぶまれるという最悪の事態を避けるというぎりぎりの選択なのかもしれない。 しかし、逆にその事がアノス王国のファリス教徒にとっては脅威に映っているのだろう。 ファールヴァルト脅威論が巷に広まっていることもまた事実だった。 特に獣人達はライカンスロープという病にかかった狂気の魔物だという偏見に満ちた拒絶もある上に、竜の部族に対しても闇の教えを持つ邪教だという意見が多かった。 眞の説明によると、獣の民は確かにもともとはライカンスロープに感染してしまった人間達が人里を離れて暮らし始めた集団が起源らしい。それも古代王国期の比較的初期の時代にまで遡るという相当に歴史の長い部族である。 古代王国期でさえ相当に後期に入らないと安定した王国にはなっていなかったらしい。 長い、文字どおり数千年にも及ぶカストゥール王国の歴史の中で、かの偉大なる王国は幾度も滅亡を繰り返してきた。それは外敵により都市を破壊され、生活基盤を失い、そしてそれを再生するという破壊と再生という繰り返しにより成り立ってきた歴史でもあった。 かの強大な魔術師達の王国でさえ幾度と無く滅ぼされたほどの脅威に満ちた世界では人々はライカンスロープの部族を討伐するという事は不可能だった。 それよりも他の外敵-それは妖魔であり巨人族であり魔獣でもあった-から身を守ることで精一杯だったのだろう。 そして、ライカンスロープの集団にとっても生き残ることは至上命題であったに違いない。 困難な状況に陥れば、それを克服しようとするのは人間の性なのだろう。 己の狂気に囚われないように、ライカンスロープ達は必死の努力を行ったらしい。また、獣人しかいない集団という状況も決してマイナスには働かなかったに違いない。 そして幾らライカンスロープの集団とはいえ、元々は普通の人間だったのだ。 生活に必要な技術や知識は十分にあっただろうし、その中には薬師などの人間もいたと考えられる。また、これも推測に過ぎないがカストゥール王国の下級貴族達に対する処刑方法として魔法の実験材料とされる、などの状況があったのだろう。 当然ながら、ライカンスロープの実験材料とされたものもいたはずだ。 普通であればそのまま狂気に囚われて死に果てるしか無かった中で、生き残り、希望を捨てなかった者もいたのだろう。 そして、彼らは必死にその忌まわしい呪病を消し去ろうとする努力を行ったのだ。 結果として彼らの試みは完全には成功しなかった。 だが、彼らの努力はライカンスロープ達の獣性を人の理性により制御する、獣人化しても人としての知性を失わない、という方法を生み出したのだ。 獣の持つ力と人の知性を併せ持つ者達は、この厳しい環境の中で力強く生き残る術を生み出していた。魔力により植え付けられた狂気の獣性を、魔法により制御するという試みは、意外な形で成功してしまったのだ。 彼らはその獣の能力を意図的に発動し、そして任意に操る、という能力を獲得していたのである。 そして彼らの子孫達にもその能力は継承されていた。 彼ら獣人達の子供は生まれながらにしてその能力を持ち、各々の獣性を意識的に操るという者達だったのだ。 それはある意味で人の進化とも言えるのではないだろうか。 そして彼らはその偉大な能力を守ったまま、気の遠くなるような時間を森の中で自然なる営みを繰り広げていた。数千年という時間を・・・ また、竜を崇める者達も太古の時代からその生活を変えずに永遠とも思える時間を生きていた。 彼らは神々がその肉体を持ち、世界に直接その偉大なる力を及ぼしていた時代から、神々ではなく竜をその信仰の対象としていたのだ。 自由な魂と何よりも強い意思を持つ竜こそが、己が目指すべき究極の存在である、という思想から、竜司祭達はただひたすら竜へと近づく生き方を追求しているのだ。 しかし、カストゥール王国期も後期になって他種族との闘争にほぼ打ち勝った人間はお互いの征服戦争を起こし始めていた。カストゥールの貴族達は、魔術師以外の存在をすべて奴隷として考え、フォーセリア世界すべてを支配するべく遠大な征服計画を実行に移し始めていた。 当然、獣の民も、竜の部族もその標的にされたのだ。 それでも彼らは抵抗を貫き、魔術師達の支配に屈することは無かった。 その力が今、異世界の魔法騎士の元で一つに纏まろうとしている。 だが、シオンにはその事がもたらすであろう混乱と摩擦を警戒する気持ちがあった。それは他の騎士達も同様だろう。 余りにも大きな変化なのだ。 確かに、眞と彼の仲間達は今のところ、新しい技術と知識を御している。まだ子供とさえ思える年齢の少年少女たちにしては上等だろう。しかし、それが将来においても守られる保証は無い。 よしんば彼らが守ろうとしても、それが出来なくなる可能性もあるのだ。 そして、新しい技術を政争の具、権力闘争の具にしようとする輩はどこにでもいる。万が一、そのような人物が彼らを排除し、新しい技術と知識を自由に出来るようになったならば・・・ また、他国の密偵や国内の密通者が、そのような技術と知識を他国にもたらしたならば・・・ シオンは身震いがするような想像を禁じえなかった。 他にも、他の国がファールヴァルト王国と対決するために、禁断の魔法の宝物や呪文を使用するかもしれない。 眞は素晴らしく利発な少年であり、少年の純粋さと政治家の狡猾さ、そして軍人の強さを兼ね揃えた逸材だ。 しかし、人は一人で全てを成し遂げることは出来ない。 シオンに出来ることは、その眞が成そうとしている変化が巨大過ぎないこと、そして緩やかであることを願うだけであった。 一人の若い文官がオルフォードに一礼し、退室していった。 重厚な樫の扉が閉じられ、ファールヴァルト王国の執務を担う老人は一人、薄暗い私室の中でため息を付いた。 「まさか、ムディールを半日で 先ほどの若者が彼に手渡した伝信書には、眞の率いる幻像魔法騎士団と魔法戦士団、ならびにムディール討伐合同軍が首都ムディールを制圧し、事実上、ムディール王国はファールヴァルト王国によって征服された事が だが、オルフォードの表情には歓喜も興奮も無かった。 この僅かに一年で二つの戦争に勝利し、広大な領土さえも得て、ファールヴァルトという名の王国はフォーセリアの表舞台に引きずり出されたのだ。 あの天才は、政治にも軍事にも優れた手腕を発揮し、ファールヴァルト王国を未曾有の繁栄に導いている。 それはオルフォードも認めていた。 個人的にも、あの少年の事は自らの孫息子のように思っている。オルフォードは眞の少しだけ不器用そうな、はにかんだ微笑みを見るのが楽しみだった。 僅かに数週間、ファールヴァルトの政治と外交の基礎を教えただけで、彼は既にファールヴァルトという新しい大国を担うに相応しい能力を発揮し始めている。 このフォーセリアで使われている言葉も、瞬く間に覚えてしまった。 子宝に恵まれなかった老人にとって、どれほどの愛情を注いでも惜しくない少年である。 同じように自らが教育係として愛情を注いできたユーフェミア王女との仲も睦まじく、人生も終わりに近づいた老人にとって、思いがけない幸せだった。 だが、その少年のもたらした巨大な変化は、老人の知っていた常識を覆して余りあるものだったのだ。 眞は純粋にファールヴァルト王国の繁栄を、そして民の幸福を願っている。しかし、その想いは強力な軍備と他国を圧倒する経済政策を生み出していた。 いまはまだオランやアノス、オーファンなどの国は友好的な関係を持っている。だが、このままファールヴァルトが発展し続けていけばどうなるだろうか。 何時か、ファールヴァルト王国は周囲の国、いや、このフォーセリアの国全てから敵対視されるかもしれない。 眞が如何に友好を願っていても、繁栄に対する嫉妬、強大な力に対する恐怖、未知のものに対する嫌悪などが敵意となってしまう事もある。 今回の戦にしてもそうだ。 ムディールの王はファールヴァルトの手にいれた富と力を手に入れようとした為だけでなく、強力な軍事力である魔法騎士団の戦力が、現在以上の大戦力に成ってしまうことを恐れたのだという。 昨年のアノス騎士団のファールヴァルト討伐計画も、未知のものに対する嫌悪と恐怖からだったのだろう。 事実、アノス側講和団からもそれを感じていた。 また、莫大な資金力を得たことから、騎士団の間にも更なる勢力拡大を望む声があるのだ。 実際に眞の率いる魔法戦士団は数千人を超える魔法使い、歴戦の戦士、熟練の盗賊や経験豊富な野武士達から成る万能部隊だ。その戦力はたかが数百人規模の正規騎士団とは比較にならない。 下手をすると大国一国の軍事力にすら匹敵するだろう。 最初は数十人規模の魔法騎士団を率いていた眞だったが、現時点においてファールヴァルト王国内で最大の勢力となっているのだ。 当然とも言えるのだろうが、その事は元々のファールヴァルト貴族の間に徐々に反発と対立を生み出し始めていた。 また、一部の騎士達にも勢力拡大を企む動きがあるのだ。 新たに叙勲された騎士や貴族とは違い、伝統的な家柄を誇る騎士や貴族達には積年の怨念がある。それは貧しかった時期には何もせず、豊かになった途端に手のひらを返したかのように接してくる他国の貴族達であり、人間であった。 妖魔などは、まだ住むべき領土の中での勢力争いでしかなく、豊かになった以上は敵対合う理由さえなかった。そもそも、貧しい土地なのは妖魔にとっても同じであり、憎しみあいから殺しあっていたわけでもない。 両者が力を併せることで得られる利益は反目する事で失うものよりもはるかに大きいのだ。 そして、それはファールヴァルト王国に流れついてきた冒険者達も同じだった。 食うことにさえ困り、厄介物扱いされてきた彼らを見出した眞は、彼らにとっての英雄だった。 石を以って追われるように、この王国にやってきた彼らは、ファールヴァルトの騎士達にとって同じように冷遇されてきた立場という共感をもたらしていた。 ましてや、戦場で死線を共にくぐり抜けた、という連帯感がある。 それは僅かずつではあるが、他の国に対する蔑視と優越感を生み出しつつあったのだ。 それを知るからこそ、オルフォードは愛する母国の為に何を行うべきなのか、に心を砕いていた。 一人の吟遊詩人が遥かに西の王国にある小さな酒場で歌を唄っていた。 それは故郷を懐かしむ戦士の歌だった。 ・・・男は嘆く 何故に神は人に自由を与えたのか、と その嘆きを聞くものはいない その嘆きを聞くべきものは、遥かな彼方 人が故郷と呼ぶ場所 その地に、あなたは眠る 男は語りかけた いつかあなたの許へと帰ろう たとえこの身が焼き尽くされても 風となって、あなたの許へ・・・ それが、あなたと交わした約束 もう、あなたは私を抱きしめることは出来なくても 私だけは、あなたとの約束を覚えているから・・・ |