~ 3 ~
時を歪め曲げる『風』が吹き荒れていた。
窓の外では、その恐るべき風に巻き上げられた哀れな獲物が陽炎のように揺らめきながら彼方へと飛ばされていく。その残酷な光景を眺めながら、城の主はじっと何かに思いを巡らせていた。 「陛下、如何がなさいましたか?」 美しい女性が下位古代語で“王”に声をかける。 その“王”は、ゆっくりと足元にしな垂れ掛かる美女の顎に、つい、と指を這わせた。そのままそっと上を向かせる。美女の黒い艶やかな長い髪がばさり、と乱れて角に絡まる。 そう、その美女の頭には左右から角が生えていた。山羊のような捻じ曲がった角である。それどころか、その“女”の口元からは一対の牙がちらりと見え、うっとりと半開きに薄められた目は猫のような瞳孔だった。 均整の取れた豊満な身体を包むのは美しく装飾を施された極上の装束。そしてその背からは真っ黒な翼がきっちりと折りたたまれて収まっている。 その美女の金色に輝く瞳に映る“主”もまた、異形の存在だった。 人の倍近い身長と、たくましく発達した筋肉が圧倒的な重圧を周囲に放っていた。鋼のような筋肉は、しかし無駄な付き方ではなく、むしろ一見華奢に見える。だが、その王宮に居る全ての存在は彼の真の強さを知っていた。この“王”は、本気になれば間違い無く世界最強の存在の一つに数えられるだろう。 そう、この世界-魔界-でさえも最強の存在として・・・ 魔王はそっと微笑み、女性に答える。 「人間の世界で戦が起こっているのだ」 「まあ・・・」 女はその美しい眉を微かにしかめた。それと同時に王宮のそこかしこからざわめきが広がっていく。 ここ魔界でも近年、不穏な動きが各地に見られている。数百年来、緊張を孕んだ平穏が保たれていた魔界の勢力図が崩れ始めていたのだ。遥かな西にある大国ヴァルゾフの王がその近隣にある小国の連合と結託をするという動きがあり、大きく勢力を伸ばそうとする様子が伺えた。 他にも、つい数十年ほど前にあろうことか人間の戦士達に魔神王の一柱-地方の小君主に過ぎなかったが-が倒される、という事件があり、魔界全体に動揺が広がっていたこともある。 だが、この王-名をディゼンハールドと言う-は、人の中には神にさえも匹敵する力を持つ者がいる事を知っていた。 「安ずるが良い。私が居る限り、お前達には指一本触れさせはせん」 魔王が鷹揚に告げ、安心させるように女に微笑みかける。 その金色に輝く獣の目には、遥かな異世界の様子が浮かんでいた。しかし、地上世界の誰も彼に見られている事に気付いては居なかった。ただ一つの存在を除いて・・・ 薄暗い闇に包まれながら、“嵐の暴君”ヴァンディールは心地良い眠りについていた。その最中、彼は不意に何者かがこの世界を覗き込んだ事に気がついた。 それは『物見』の魔法にも似た力。 遥かな異世界の者が彼等の世界を『見た』ことを意味している。 (何者だ・・・) ヴァンディールはその気配に戦慄を禁じえなかった。老竜たる彼をして戦慄させる程の力の持ち主と言えば、古代王国の不死王、古の巨人族、精霊王、そして魔神王くらいしか居ない。 そして異世界から地上世界に興味を示す存在は魔神王以外には考えられない。 しかも、今感じた気配から推測するに、彼等を見ていた存在は途方も無い力の持ち主だ。 彼の真の力を以ってしても勝てるかどうか、という程の存在。 この強大な竜さえも圧倒している力・・・ 遥かな古の記憶が蘇る。かつて、神々と共にあの最終戦争を戦った記憶。 その思いを、不意に響いた声が打ち消していく。 「“嵐の暴君”よ」 見事な発音の下位古代語で話し掛けられ、ヴァンディールは微かな驚きと共に興味を掻きたてられていた。何故に古代王国の魔女が彼のもとを訪れるのだろうか。 彼は、ゆっくりと頭を持ち上げた。 「何用だ、カストゥールの魔女・・・」 金色に輝く瞳がメレムアレナーの姿を捕らえる。 その眼差しを受け止め、メレムアレナーが微笑み返した。尤も、その目には鋭い光が浮かび上がり微笑みは不敵な挑発とも思える印象を与えていたが。 「貴方と話をしたいと思っただけだ」 ヴァンディールの瞳にも微かな輝きが浮かんだ。好奇と警戒の入り混じった光に、メレムアレナーも目の前の竜が彼女と同じように自らに興味を抱き始めた事を確信する。 それはあの異世界の魔法戦士の事。 「あの若者の事か・・・」 ヴァンディールが静かに語りかけた。 「その通り」 メレムアレナーは鷹揚に頷き、竜の言葉を肯定する。 「何故に貴方があの少年に心惹かれたのか、と思ったのだ。誇り高き竜がその心を委ねるほどに・・・」 ヴァンディールはその問いかけに微かな溜息をついた。 遥かな古の記憶が蘇る。 それは世界にまだ神々が君臨していた時代の事。 最初の頃の人間は、神々との混血さえもあったとされる。そして、極めて優れた人間達の中には稀に神々にさえ匹敵する能力を誇るもの達さえ居た。 彼等、半神半人の者達は肉体的にも魔法的にも現生する人類を超越していたのだ。 体格こそ普通の人間と変わらなかったものの、その強大な能力は竜や巨人にさえ匹敵する強さを誇っていた。だが、彼等とて神々の最終戦争で生き残る事はできなかった。 古の神々の血を持つ者達は、全て滅び去ってしまったのである。 「だが、我は感じたのだ」 メレムアレナーの目の前で、竜は感慨深げに言葉を漏らした。 「あの魔法戦士から、 それはこの古代王国の魔女の感じるところでもあった。 眞には何らかの特殊な能力がある、そう常日頃から考えていたのだ。 そうでなければ、異世界から次元の障壁を超えて別の世界に顕現する事など不可能だ。 恐らく、あの次元転移のきっかけとなった事故に巻きこまれたとき、彼は無意識のうちにその能力を発動していたのかもしれない。 そして、彼等の仲間と共にこの世界に自らの存在を適合させてしまった。 先祖返り、という言葉がある。 遥かな先祖の持っていた形質が、時を超えて突如、それらの子孫に発現するという現象である。 もし、眞の血が遥かな過去より続く神々、もしくはそれに順ずる存在からの先祖返りを引き起こしていたとしたら・・・ あの眞の異常なまでの才能と資質の高さにも納得が行く。 だが、何故なのだろうか。 少なくとも、この世界にはあれほど濃く古の血を持つ者等居ないだろう。 メレムアレナーはかつて神々が存在した時代に、何らかの形で様々な世界との交流があった事を確信している。そうでなければ、全く違う世界同士でこれほどまでに住人が似通っているはずが無い。 特に、フォーセリアの人間とユーミーリアの人間はまるっきり同一種だと言っても過言ではないほどに似ているのだ。 そして、眞だけでなく他のユーミーリア人達も古代語魔法や精霊魔法を修得している。 基本的に古代語魔法の素質はかつて存在した上位種の人間の血に依存していると考えられていた。その素質を古代語魔法の存在しないユーミーリアの人間が持っている、という事は余りにも不可解な事実なのだ。 それだけでなく、眞は確かに魔法を超えた能力を発揮するときがある。 一度、魔法の実験を行ったときに、その魔法装置が暴走した事があった。しかし、眞は不思議な『力』を発動し、その魔力の暴走を無効化してしまったのだ。 極めて稀に、人の限界を超えた超英雄と呼ばれる人間が生まれる場合がある。 メレムアレナーはカストゥールの貴族として超人的な魔法能力を持ってはいるが、それでも眞の持つ能力は彼女の目にさえ異常に映るのだ。 「我はマドカに何かを感じるのだ・・・」 ヴァンディールがゆっくりと呟く。 メレムアレナーもそれに反論はしなかった。 「それは貴方が彼を待っていたからなのか?」 そっと息を付きながら再び尋ねかける。 嵐の暴君の目に再び光が宿った。 「何が言いたいのだ・・・」 メレムアレナーの心に微かな恐怖が込み上げてくる。もし、彼女の推測が正しければ・・・ 「私とてカストゥールの貴族だ。嵐の暴君の名くらいは知っている。そして、貴方の真の正体も・・・」 「言うな・・・」 ヴァンディールの目が鋭い光を放つ。 メレムアレナーもその恐るべき魔力を瞬時にして高めた。何時でも呪文を唱える事が出来る。 古代王国の最高位の魔術師と、嵐の暴君の名を持つ竜。 両者が戦えば、恐らくこの近隣は焦土と化すだろう。 だが一瞬の後、どちらとも無くその緊張を解き放っていた。 戦う理由が無い。 そして、それは眞の望む事ではないだろう。 「今の我の力は、マドカの為にある・・・」 竜がそっと溜息を付くように言葉を漏らした。そしてそのまま目をつぶる。 再び眠りに付こうとしていた。 「近い将来、我等の真の力がマドカにとって必要になるときが来よう・・・」 その言葉を受け、メレムアレナーはゆっくりと言葉を返す。 「彼は我等の力など無くとも、その真の目的を独力で達成できように」 だが、嵐の暴君はその言葉に返事を返さずに深い眠りに戻っていった。 三機のクープレイが爆音を轟かせて天空を駆け抜けて行く。 巡航速度は既に毎時500kmを遥かに超えていた。 人型の航空可能兵器が出せる限界速度に等しいスピードで、ファールヴァルトの騎士はムディールの王城を目指して母艦である風の翼号を飛び立ったのである。 眞は後方視界スクリーンをちらりと見て、二機のドーラも続いている事を確認し、更にスピードを上げた。 クープレイの前面に展開した魔力障壁に大気が押し裂けられて純白の飛行機雲が美しく後方に流れていく。 D.E.L.ではない通常通信回線を開き、眞はフレイアとファールヴァルト軍統合指令部と戦闘情報統合回線を確保した。 「こちらはスカーレット・リーダー。アップル・ポット、応答願います」 呼びかけに答えて、指令部が応答を返す。アップル・ポットとは、ファールヴァルト軍統合指令部を示す暗号である。眞達は将来に各国が同じような兵器や技術を開発したときの事を考えて、独自のキーコードで通信を行っていた。 眞の正面右にポップ・スクリーンが浮かび上がり、智子の顔が映しだされた。 『スカーレット・リーダー、こちらはアップル・ポット。順調に行っている?』 悪戯そうな表情の智子に眞は何処か拍子抜けするような感覚を覚えてしまう。どうも智子のとぼけた調子は緊張感を削ぐような気がしてならないのだ。 軽く気を引き締めなおして眞は手際良く答えを返す。 「もち、順調。予定ではあと240秒ちょいでムディールの王都に到達する。で、それから12秒で王城に辿り着く」 『了解。雌鶏は卵を抱かえているわね?』 「ああ。雛が返るまでに誕生パーティを用意するさ」 『オッケー!』 そして智子との通信を完了し、眞はトレントンとイェルドに指示を下した。 「さてと、俺達はさっさとムディールを叩く。王城を潰せば後はただの御片付けだ」 「了解!」「きっちりと片付けますよ!」 モニタ・パネルに映しだされた二人の騎士が不敵に笑みを浮かべて答える。それを確認し、眞は遥か前方に見え始めたムディール王城を睨み据えた。 後方では風の翼号が最大戦速でムディールの同名の王都を目指している。予定では眞達がクープレイとドーラでムディールの王城を攻撃し、そしてその混乱に乗じて風の翼号から騎士達が揚陸艇で城に突撃する、という筋書きとなっている。 ムディールを攻略した後は、可能な限り早く西部諸国とオーファンの援護を行う必要がある。もっとも、出来るならばオーファンの騎士達はその援助をして欲しくないと思っているだろうが・・・ オーファンの騎士達は歴戦の猛者達である。 だが、その騎士達とて無能な指揮官の下ではその実力を半分も出しきれないのだ。 ローンダミスの不器用そうな笑顔を思いだす。 あの騎士はオーファン王城で歯軋りをしながら情報を集めている事だろう。 オーファン近衛騎士団最強の男でありながら、何処か心優しい印象を与えるその姿に、眞は兄に対するような親しみを覚えていた。 前方を映しだすモニタ・パネルにムディール王城が映しだされ、光の線で照準、距離計測、最適進入角度、相対速度などが詳細に表示されている。 「あと30秒ちょっとだ!」 眞が僚機に指示を出す。 「「了解!」」 二人の返答を確認し、眞は操縦管を握りなおした。 今回装備している兵装は長剣と短剣、長弓、そして火炎放射機である。 尤も、長弓はバリスタ程の大きさがあるし、装備している剣もクープレイ用のとんでもない巨大剣であるが・・・ 「俺達は上空から突撃して見張り 「「了解しました!」」 ドーラ隊の返事を聞きながら、眞は不意に後に続くドーラに搭乗している少年の姿を思いだしていた。 (確か、アレスとか言ったな、あの坊主) まだ12歳になるかならないか、といった子供である。 妹を養うために騎士になりたいと言って王都エルスリードにやって来た少年だ。 (野郎、何が“綺麗なお兄さんですね”だ・・・) 最初にそんな事を言われた瞬間、思わずぶん殴ってしまった眞である。 少女のような面立ちをして名前も女の子のような眞にとってはいささか腹の立つ評価なのだ。 だが、中々の素質を持っている。 狩人の息子だったそうだが、大勢の志願者の中でもトップクラスの操縦技量を見せたのだ。尤も、眞達から見れば団栗の背比べのような比較だったが・・・ 徹底的に鍛えて、今では眞から見ても十分に満足の行く実力を身に付けている。 元プリシスの騎士、兵士達も厳しい訓練と強大な敵を目の前にしている、という現実からかファールヴァルト軍の一員として完全に溶け込んでいるのだ。 それに、この戦争で武勲を上げれば相応の見返りが期待できるとの読みがあるのだろう、大半の元プリシス騎士や兵士達は積極的に働いている。 徐々にではあるがファールヴァルト軍は纏まりを見せ始めていた。 『あと10秒でムディール王城に届きます!』 フレイアの声が響く。 眞はマニュピレータを操作しながら指示を下した。 「トレントン、イェルド、長弓を構えろ!ドーラ各機は俺達が突撃した後、火炎放射機で攻撃!」 「「「「了解!!」」」」 間髪を置かずに全機から返答が返る。 そして眞は機体を大きくダイブさせ、ムディール王城へと突撃していった。 「な、何なんだ、この音は・・・」 ムディールの住人達は、激しく響き渡るその爆音が一体何なのかまるで見当も付いていなかった。 その音の発生源を見ても、それが何なのかを理解できたものも居なかっただろう。 信じ難い速度で空を飛ぶ物体が頭上を駆け抜けて行った事も、それがファールヴァルト軍の誇る最新兵器である事さえも知らない一般市民は、ただ不安に声を潜めるだけだった。 ムディールという王国がフォーセリアから姿を消す最後の日々は、余りにもあっけなく訪れたのである。 それはムディール王城で見張りをしている兵士達も同じだった。 夢にも想像できない、悪夢を具体化したような魔物が猛然と空を駆けて向かってくるのを見て兵士達の中には恐慌をきたし始めるものも少なくはなかった。 眞はその兵士達を冷静に眺めながら長弓を放つ。 弦が大気を引き裂く鋭い音が響き、 楯の内側、クープレイの左手にオプション兵装として取り付けられている火炎放射器の照準を合わせる。スクリーンに有効打撃範囲がグラフィックスで合成表示されたのを確認した。 ほんの一瞬だけ微かに心に痛みが走るのを覚えながら、眞はそれを振り払うように引き金を引く。 爆発的に放たれた灼熱の炎はクープレイの左手から放射状に広がり、舐めるように地上の兵士達を焼き尽くしていった。 現代のミサイル兵器と違い、クープレイの火炎放射器は目の前で人を丸焼きにしてしまう。それが眞の目に地獄絵図としてはっきりと映っていた。 だが、眞はそれを冷たく一瞥しただけでクープレイを飛翔させる。 戦士としてマインド・セットを切り替えた眞の横顔には、もはや感情の欠片さえも見えなかった。 ただ単に戦況を読み、敵と自軍の被害、戦果、次に起こる事の予測を冷静に行い、そして最大の戦果を挙げるための戦略を実行する。徹底した彼我の戦力の比較と冷酷なまでの判断の前には、人の命など単なる情報の一つにまで簡略化されてしまう。 ふと見ると、後続のドーラから油の入った樽が落とされていた。 灼熱の地獄が平和だったはずの王城で繰り広げられている。 バリスタを破壊し尽くし、弓兵達の詰めていた見張り台なども完全に粉砕した瞬間を見計らったように、幻像騎士団と獣の民達が空中から舞い降りてきた。 幻像騎士団の魔法騎士達は空を飛ぶ魔獣を乗りこなしているし、獣の民の中には鷲や鷹といった鳥類に変身できる者も少なくない。 また、銀の剣騎士団の騎士達も飛空機に乗って次々に王城に乗りこんできた。 眞はD.E.L.を展開してクープレイをリモート・コントロールに切り替える。もっとも、D.E.L.を利用することでほぼ実際に操縦しているのと変わらない操縦を行えるのだが。 D.E.L.は何とか改良に成功してセカンダリ・レベルにまで抑えたサブ・キャラクターならば安定して運用できるようになっていた。 【フレイア、クープレイの補助制御を頼む!】【わかりました】 フレイアに補佐を任せ、眞は白兵戦に向けてSSIVVAを再展開した。 そのまま眞はクープレイの前胸部装甲を開放し、空中に滑るように飛びだす。重力制御を発動し、眞は心地よい軽重力の力場の中で周囲の状況をすばやく確認し、ゆっくりと降下しながら指揮を取りはじめた。 『ハーレイ隊はそのまま左翼空中から揺さぶり続けろ!』『了解!』『ドーラ部隊は王城右舷の手薄になっている部分を潰せ!』『わかりました!』『イェルド、城門を押し広げろ!』『了解!』『トレントンは・・・』 てきぱきと指揮を繰り広げながら、眞の制御人格はクープレイを王城向かって左舷から流れるように突撃させた。 (せめて“ブレイル・フェルド”を使えたら・・・) 開発が間に合わなかったクープレイのオプション兵装についてふと考える。今はクープレイ、ドーラの圧倒的な火力と魔法騎士団や獣の戦士達の特殊能力により圧倒的に有利な展開を維持している。しかし、数の不足はそのまま戦の勝敗を決める決定力に響いているのだ。 地上に展開しているムディールの兵力をほぼ全て凪ぎ払っているものの、城内にはまだ相当数の戦力を維持していると予想できる。魔法騎士団の持つ空戦能力を封じるための戦術だろう。それは同時にクープレイ、ドーラを封じるという副作用ももたらしていた。 今使用している火炎放射機程度の武装では外部からの攻撃で城を陥落させる事は厳しい。 ブレイル・フェルドはクープレイのオプションとして考案した兵器である。付与魔術により流体化処理されたミスリル銀により創造されたこの兵器は使用者がD.E.L.を展開する事により数百、数千という“端末”を展開する事が可能であり、それぞれの端末が仮想的に“独立”した動作をするという恐るべきものであった。もちろん、これの運用には『完成された』D.E.L.とマルチタスキング・システムが必須になる。 眞はかつてブレイル・フェルドのプロト・モデルを展開した事があった。 そして、一度だけ『完全な』展開に成功したのだ。 その瞬間だけはD.E.L.とマルチタスキングも完全な展開に成功したのである。そして最大で二千以上という数に展開されたブレイル・フェルドはその期待された性能を如何無く発揮した。 だが、その一度きりの成功の後はどれほどその時のデータを解析しても上手くいかなかったのである。何が理由でその一度だけが成功したのか、未だに判明していない。 思うようにいかないもどかしさが眞の心に苛立ちを引き起こしていた。 数の不足から対アノス戦では相手をほぼ全滅させるという結果を生み出してしまった。 苦い経験から、眞は現在のファールヴァルト軍における最大の弱点である数の不足を解決するための研究を再優先させていたのである。 だが、その研究が完成する前にファールヴァルトは再び戦争に引き込まれてしまった。 そして、眞は再び戦場に立つ事を選んだ。 眞は『もし』による仮定とその予測を脳裏から消し去り、紫雲をすらり、と抜刀する。重力制御を調節し、標的にならない程度の落下速度にする。 着地した瞬間に、突き出された槍を回避して左手でその槍の柄を掴む。驚愕の表情を浮かべた兵士の首を跳ね飛ばし、眞は全力で城内へと駆けだした。 城内へと至る扉は硬く閉ざされ、容易には開かずにファールヴァルトの兵士達をてこずらせている。 ムディール軍の必死の抵抗が扉を開けようとしているファールヴァルト軍の兵士を消耗させていた。 熱湯や投石などにより着実にファールヴァルト兵士達は傷ついていく。 「全員引け!」 そう怒鳴り、眞はクープレイを突撃させた。 ファールヴァルト兵士達が慌てて移動するのを見て眞はクープレイに意識を向ける。 数十人の兵士達が身動き一つせずに扉の前に倒れていた。 その直後、鮮やかにクープレイが扉の前に着陸し、右手に構えた剣を一閃させた。 弾けるように扉が砕け、一瞬にして単なる木片と化す。扉を必死で死守していた不幸なムディール兵士達の何人かは、何が起こったのか推測する時間さえも無く肉体を扉もろとも粉砕されていた。 その半日後、ムディール王家はファールヴァルト軍に降伏した。 |