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 ファールヴァルト、オラン、アノスの騎士団が見守る中、眞の搭乗したクープレイが背の翼を広げた。
 硬い殻のような前翼が開くと同時に、透明な昆虫のもののような飛翔翼が展開される。
 ヴゥゥゥゥゥンンンン・・・・・
 低く響く魔力反応炉マナ・ジェネレーターの音が辺りに響いた。
 ようやく完成した生体稼働型魔道装騎兵バイオ・ベース・タイプ・ナイト・フレーム、クープレイの正式機である。
『クープレイ1、起動します』
 鮮やかな濃緑色に塗装された機体の頭部にから、どこか硬質な眞の声が響いた。
 昆虫と爬虫類の混血を連想させる頭部には、搭乗者の声をそのまま外に発信するための発声器が内蔵されているのだ。
 その異形の姿に、御披露目おひろめの式典に参加している来賓達からどよめきの声が漏れる。
 クープレイの操縦席コックピットに座る眞は、その反応にこっそり苦笑をしてしまった。
 このような未知の存在を見るものは、似たような反応をするものだと思う。
 もっとも、クープレイの正式機は今までの試作機とは違い、相当シルエットが異なっている。全体的にごつごつしたデザインになり、戦闘的な印象を与えられていた。
 これは実際に戦闘で用いる場合の精神的な影響を考慮した結果である。
 また、その事で禍々まがまがしい印象を与えないように、逆にかなり仰々ぎょうぎょうしい装飾を施していた。
 騎士の鎧を連想させるように、昆虫の外骨格のような装甲にはびっしりと金で飾りを施され、左胸に当たる部分には金、銀と宝石でファールヴァルト王国の紋章を刻みつけてあった。
 全ては、この最新兵器を騎士の操る新しい装備である、という印象を与える為だ。
 故に、基本的な武装は剣であり、騎士のそれであった。
 その目的があるために、わざわざ人型の兵器に設計したという事情がある。
 人型の兵器というのは原則的に戦闘にはあまり向かない。
 前面投影面積という前方から見た面積サイズが大きすぎて、火力戦になったときに被弾する危険が大きいのだ。
 だからこそ、強力な火力が無いフォーセリアにおいて、その存在価値があるとも言えよう。
 もっとも、火器が無い、とはいえ、クープレイを始めとするナイト・フレームには火炎放射器を装備しているし、搭乗者が魔法を使うならば、その魔力をそのサイズに合わせて自動的に拡大するという機能がある。
 その為、へたな火器を搭載しているユーミーリアの戦闘機や戦車よりも余程、攻撃力があるのだが・・・
 だが今日の御披露目ではその火力を封じて、剣による模擬戦闘シルエット・ファイトを披露する予定である。
 製造完了ロール・アウトした三機のクープレイが今回の式典用に派手な“お化粧”を施されて、なおかつこの兵器の持つ真の戦闘力を知らされていない民衆の、いや、大半の政治家や軍人達の目の前で『剣術ごっこ』を見せびらかす事に、眞はどこか心の中でもう一人の自分が嘲笑を浮かべている事に気が付いた。
 もっとも、その嘲笑が観客に向けられたものか、それとも自分自身に向けられたものなのか、までは判らない。
 訳が判っていない来賓達は、まさか自分達の目の前に鎮座しているものが、小国ならば一機で灰燼に帰す事の出来るほどの『化け物』だとは想像さえも出来ていないだろう。
 眞は皮肉げに口元を歪め、自らの産み出した怪物がこれからどれだけの命を奪っていく事になるのか想像を巡らせる。
 美しい化粧装甲に包まれたクープレイは、しかし、純粋に戦闘用に産み出された『兵器』でしかない。この怪物は、今度の戦争で戦果を期待されて開発された殺人機械である。
 その怪物を産み出した自分は、おそらくフランケンシュタインよりも性質たちの悪い人間なんだろうな、と眞は愚にも付かないことを考えた。
 ふと、前方に展開されたモニタ・パネルの片隅に、自分にその命運を預けた女性達が微かな不安を込めて見つめている姿を見つけ出す。
 恐らく、このような世界に放り出されなければ、決して理解し合えなかったであろう。
 一度は心の底から憎んだ少女さえ、今では決して失いたくない、かけがえの無い存在だった。
 だからこそ、眞はとてつもない破壊力と攻撃力を秘めた兵器を産み出し、この国を護ろうと考えているのだ。
 彼女達を護るためには何でもするつもりだった。例え、この世界の全ての国を敵に回しても、負けるつもりは無い。
 その為に、眞は世界のパワー・バランスさえ崩壊させかねない程の兵器を産み出しているのだ。
 眞はそのマインド・セットを少年のそれから『鋼の将軍』に切り替える。
 アクセル・バーを軽く握り、マナ・ジェネレーターの出力を上げた。
 軽い振動が、シートから伝わってくる。
 そして、新しいモニタ・パネルを開いて、僚機の騎士を呼び出す。
「さて、ファーレン卿の演説が終わったら、俺達も派手にやるぞ!」
『判りました!』『派手にやり過ぎ無いように、気を付けますよ!!』
 二人の騎士からの答えに微かな緊張と同時に、リラックスした雰囲気を感じて眞は安心した。
 このような御披露目等の場に於いて、模擬戦や演技の最大の敵は自身の緊張と油断である。
 過度の緊張は却って動きを硬くしてしまって周りを見えなくしてしまうし、油断は危機感を低下させて危険である。
 また、クープレイなどのナイト・フレームはとんでもない速度で飛行することができる為、一瞬の判断ミスや油断が致命傷になりかねない。
 今いる二人の魔操騎士ナイト・ノーツは、数多くの候補生の中から選んだ、言わば最高の逸材である。
 それだけに厳しい訓練を繰り返し、十分な実力を持った魔操騎士として鍛え上げていた。
 あと十名ほどの騎士達がナイト・ノーツになるべく厳しい訓練を受けている。その中には、亮と英二も含まれているのだ。
 当然だが、ナイト・ノーツはもっとも厳しい戦場に立つ事になる。
 その過酷な戦場に二人とも進んで志願したのだ。亮も英二も、眞だけに全ての責務を負わせない、と言い張って悦子たちの反対を押し切ったのである。
 また、「空を飛ぶ」という概念を教えるのに、やはり相当手間取ったことも理由の一つにあった。
 アレクラスト大陸の人間にしてみれば、空を飛ぶのは亜人か魔物の行いだと考える人間も多く、現代人である亮と英二は、その点でそれぞれ数少ない人材の一人に数えられていたのだ。
 しかし、亮も英二も訓練の上では優秀な成績を収めているのだが、今回の人選からは外してある。と言うのも、眞に万が一のことがあった場合、この二人にしか後を引き継げないという事や、亮と英二には別の機種を任せる事にしている為だった。
 また、二人とも騎士叙勲を受けたばかりであり、実際に本格的な戦闘を経験していない。少なくとも、今度の戦争で実戦を経験してからナイト・ノーツとしての能力を発揮してもらうことになるだろう。
 
 三機のクープレイが目も眩むような速度で天空を駆け抜ける。
 魔力反応炉が生み出すとてつもない出力の推進力は、人型のクープレイを常識外れとも言える速度で飛行させることを可能にしていた。
 眞の編み出した魔法工学は、従来の魔法の運用を一変させていたのである。
 魔法科学技術により開発されたものは、クープレイやフレイアなどの、いわゆる派手なものばかりではない。
 市民の生活を革命的に向上させるような発明も多数、存在していた。
 だが、戦時下と言う特殊な状況では、ほぼ全ての開発能力を軍事技術の開発へと向けざるを得ない。どの時代でも、どの世界でもこればかりは変わらないという事なのかもしれない。
 また、クープレイに搭載されている魔力反応炉は、基本的にどんな物にでも応用ができるように設計されている。だからこそ、ドーラなどの支援爆撃機の推進装置としても運用ができるのだ。
 魔力反応炉はマナを集約し、そしてある方向性や性質を与えて出力するという特殊な機関である。
 ほかにも、マナを増幅、拡大するという機能もあるため、これまでの魔法技術を大幅に進歩させる可能性さえもあるのだ。
 クープレイは、眞の捕らえた嵐の暴君よりも遥かに速く空を飛ぶことができる為、戦力の運用面では今までの常識はまるで役に立たない。
 これらの兵器の運用には、眞達の持つ現代軍事の知識が必須になるのである。
 幸い、眞達の仲間に軍事オタクと戦略ゲームマニアがいた為に、彼等の知識を借りる事が出来た。
 眞自身、それと亮も相当なゲーム・マニアだったのでファールヴァルト軍の統合管理システムは、ほぼ彼等だけで完成させたようなものだ。
 そして、オペレータとして智子が引っ張り出されている。
 女性が殆ど活躍することの出来ないフォーセリアだったが、ファールヴァルト王国を始めとする少数の国だけは女性の活躍が許される数少ない国家だった。
 もっとも、ファールヴァルトは使えるものは猫でも使う、そうでなければ生き残れない、という建国来の厳しい慣習の結果だったのだが。
『スカーレット・リーダー、聞こえる?』
 当の智子から通信が入った。
 現在のところ、D.E.L.による情報統合管制は行われていない。まだ、マルチタスキング・システムが未完成技術であるため、その危険性を無視できないのだ。
 特に、戦闘中にシステムがクラッシュした場合、命取りになる。
 その為に今のところ、ある意味では前近代的な通信手段を用いているのだ。
 もっとも、映像と音声を用いた相互通信システムなど、ユーミーリアのアメリカ軍、自衛隊などの最新装備を持つ軍隊でさえ用いられていないのだが。
「こちらスカーレット・リーダー。聞こえた」
「OK。ファーレン卿が席に戻られました。30秒後から演習DRILL・パターンA-201を開始してください」
「了解。これから27秒後にパターンA-201の演習を開始する。確認したコピー
確認コピー!』『確認しましたコピー、オール・ライト!』
 僚機からも確認のコールが入る。
 正面に展開しているモニタ・パネルの左隅にデジタル表示でカウント・ダウンが進んでいた。
「フレイア、全周確認」
『全周確認を開始・・・オールクリアです』
 フレイアから周囲には障害が無い事を確認した返事が返ってくる。もちろん、眞達自身もクープレイに装備されている各種センサーやレーダー等で周囲の状況を確認した。
「よし、時間だ。各機、散開してポジションに付け!」
『了解!』『了解!』
 二人が返事を返すと同時に、鮮やかな旋回を見せて間合いを取る。眞自身も軽く機体を揺らして飛行感覚の確認を行った。
 左右に展開された小さなモニタ・パネルには、それぞれ僚機のクープレイが映し出されていた。
 二機のクープレイは剣を抜いてゆっくりと間合いを図るように機体を動かしている。
 それを見て眞は装着しているSSIVVAに意識を向ける。
 クープレイの動作モードをマニュアル操作から思念補佐操縦に切り替えた。
 これは操縦桿による制御以外に、直接考えることで動作を補助するという制御システムである。特にクープレイのような人型の巨人機には有効な制御システムで、これによりほぼ完全に人間に近い動きを実現することが出来る。
 眞も自機のマニュピレータを動かして剣を抜き放った。
 そして、戦闘フィールドの再確認を行う。
 三機とも制限高度を1000mとして、模擬戦闘をする設定になっていた。
 観衆の目は初めて見る巨人騎士同士が空中で剣を構えるのを見て、驚愕に見開かれる。
 そのどよめく観衆に呼びかけるように、ファーレンが模擬戦闘の開始を宣言した。
「さて、これより我がファールヴァルト軍の誇る鋼の将軍と精鋭の魔操騎士達による最新兵器、クープレイの演習を御披露しましょう!」
 その声と同時に、眞達の駆るクープレイが緩やかに旋回を始め、御互いの間合いを慎重に図り始めた。
 もちろん生半可な攻撃くらいは避ける事も反撃する事もたやすいのだが、それでも油断は出来ない。万が一の事故が起こった場合、ファールヴァルトの威信にも傷が付くし、同時に来賓への危険も予想される為だ。
 そして三秒程度の時間、間合いを図った三機は、次の瞬間、稲妻の如く動いた。大気が張り裂けたとさえ思えるほどの鋭い制動で、眞の駆るクープレイが一機のクープレイに挑みかかる。
 その機体を操っていた魔装騎士トレントンも、しかし鮮やかな動きで自機を動かして眞の一撃を回避した。そして、その眞の攻撃の合間を縫うように、もう一人の魔装騎士イェルドが眞に仕掛けた。
 当然のように眞もその攻撃を見切り、返す刃でイェルド機に斬撃を放つ。
 眞の攻撃を辛うじて楯で受け止め、イェルドは二撃目を放とうとした。だが、眞はクープレイを信じがたいほどの動きで操り、一瞬にしてイェルド機の横に廻り込む。
 しかし、その眞機にトレントンの機体が流れるように飛び込んだ。
 トレントン機の、まさに剃刀のような鋭い突っ込みに眞は思わず笑みをこぼす。
(流石に良いセンスをしてやがる。だが、まだ甘い!)
 一瞬、トレントンが眞から一本取った、と思った瞬間、眞の機体が彼の視界から消えた。
 別に魔法を使ったわけではない。
 トレントンには見えなかったのだが、眞は飛びこんでくるトレントン機の楯を掴んで自機を真上に飛び上がらせたのだ。
 その様子を見ていたイェルドは、その神技の如く操縦に驚愕した。
 あの崩れた態勢からトレントンの剣をかわし、なおかつその楯を掴んで自機を上空に舞い上がらせる為の土台にするなど、信じがたい操縦技量だ。
 二人の魔装騎士は、鋼の将軍の真の実力を垣間見た気がしていた。
 これでは、眞殿から一本取るのは竜を倒すよりも難しいな・・・
 そう思いながらも、二人は各々の全力で眞に挑んでいく。
 ありとあらゆる技、機動、罠を仕掛けて、幾度も眞に肉薄していった。
 
 観客は、その三機の魔導装騎兵が信じがたい程の動きを見せて戦うのを、言葉も無く見詰めていた。
 その様子を見てファーレンとオルフォードは満足気な笑みを浮かべる。
 国威を賭けて開催したクープレイとドーラの御披露目式で、予想通り観客に新兵器をアピールする事に大成功したのだ。
 だが、オーファンの魔女ラヴェルナ・ルーシェンと鋼の魔女レイの二人だけは微かに表情を曇らせていた。
 彼女達は、これらの新兵器の登場で戦争が拡大する事を恐れているのだ。その理由は違うとはいえ・・・
 その二人は古代王国の魔女メレムアレナーとも会談を持っている。
 そしてナイト・フレームの開発に、この古代の魔女は大きく関わっていた。
 元々、彼女は魔力付与術を専門とする付与魔術師の一門に産まれた魔術師だ。ゴーレムやその他の魔法創造物についてはカストゥール王国においても他の魔術師より詳しい。
 だが、メレムアレナーでさえも眞の才能には驚愕を隠せなかった。
 眞はあっという間にカストゥール王国レベルの古代語魔法を理解してしまったのである。
 勿論、未だ奥義とも言える最終段階の呪文を唱える事は出来ない。しかし、それに至る魔術理論や上位古代語の知識を僅か数ヶ月で理解してしまったのだ。
 カストゥールの貴族達でさえ生涯を通じてようやく理解してゆくほどのものを、である。
 その上で眞は魔法と科学を融合した新しい統合技術体系を産みだしてしまった。
 故にメレムアレナーは、この異世界の少年に全てを賭けてみたいと思っていた。
 カストゥール王国の栄光を復活させることを・・・
 もちろん、彼の王国を蘇らせることなど不可能だと判っている。
 しかし、新たな魔法文明を築き上げることで、カストゥール王国の威光を継承することは可能だ。
 やがて眞のクープレイがイェルド機を負かし、トレントン機を追って地上に降下してきた。
 尤も眞程の技量があればあっという間に両者から一本を取って終わっただろう。だが、それをしてしまえばデモンストレーションを兼ねた公開試儀の意味が無い。
 メレムアレナーが満足気に両機の地上戦を見つめる中、眞が鮮やかに一本を決めた。
 来賓からも、どっと歓声が上がる中、悠然とキャノピーを開けて眞が姿を現す。
 そして、イェルドとトレントンもクープレイを眞機の左右に立たせてキャノピーを開放した。
 SSIVVAの機能の一つである重力制御を働かせて、鮮やかにナイト・フレームから飛び降り、そしてゆっくりと玉座の下に向かった。
 玉座にはウェイルズ王とオラン王カイタルアード、アノス王であるレファルドを筆頭に各国の重鎮達が並んでいる。
 眞はカッと踵を鳴らして姿勢を正してウェイルズに報告の口上を述べた。
「以上にて、我がファールヴァルト王国時期主力機、魔道装騎兵・クープレイの公開試儀を終了します。来賓の方々にも、ご注目を感謝致します」
 そう言って、その場に膝を付く。
 イェルドとトレントンもそれに倣い、膝を付いて畏まった。
 来賓と観衆の視線を意識して、ウェイルズに全ての指揮権があることを強くアピールする為である。
 そうでなければ、ファールヴァルト王国に対して不安を感じる輩も現れかねないのだ。
 ファールヴァルト王国が一枚岩であることは、周辺諸国にとっても重要な用件だった。
 だからこそ、このような場で一々アピールをし続ける必要がある。
 
「だからってよ、何もあんなお化けを持ち出さなくっても良いようなもんだけどさ」
 形の良い唇を尖らせて、里香が文句を言っていた。
 眞はくすっと微笑みながらクープレイについて文句を言う里香を見ている。
 今回の御披露目は大成功だった。
 あの後でドーラの御披露目も行い、その運用価値の高さをたっぷりと公表したのである。
 そして、この式典はそのままムディール王国に対する戦争を宣言する場になった。
 だが、先ほどの紛争の勝利と新兵器の御披露目で興奮状態にある民衆や騎士達には何ら不安も無く、むしろ国威を高揚させるという眞達の狙い通りの結果となっていた。
 尤も対するムディールにしてみればとんでもない相手に戦争を仕掛けてしまった、という後悔があるかもしれない。
 総数で二万にも達する兵力を集めて、軍事的展開を始めるには相当な時間を要求される上に、それらの部隊を更にマハトーヤ山脈を越えて派遣しなければならないのだ。
 おまけにファールヴァルト王国の東側、ムディールと国境を接する森は『悪意の森』との異名を取る森がある。また、その森と連なってマハトーヤ山脈の南側には『妖魔の森』が広がっている為に、進軍速度は芳しくない。
 だからこそ眞達は多少なりとも時間をかけて戦力を整えることが出来た。
 これは魔法装置を運用したり、魔法兵器を導入できるからこそ可能な時間的余裕でもあったのだが。
 その事で里香が眞に文句を言っているのだ。
 あまりにも桁違い過ぎる兵器を導入することで、一気にこの時代の戦争を現代のような破滅戦にしてしまいかねない、という不安を感じているのだろう。
 その里香の不安は良く理解できる。
 だからこそ眞はある程度、クープレイなどの魔術兵器の運用には条件が必要なように設計していた。
「まあ、俺達の世界の核兵器みたいなろくでもない物にはしないつもりだけどね」
 眞は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
 膝の上に横になって自分を睨め付けている里香の、猫のような瞳をじっと見詰めた。
「どうだか」
 拗ねたように甘える里香をぐっと抱き寄せて、眞は唇を重ねる。
 そっと髪を撫でて、眞は里香の唇をそっとついばんでいった。
 微かに触れるようなキスに耐えかねたように、里香はそっと口を開く。そのまま舌を絡めて、熱く甘い唇付けを交わした。
 髪を撫でていた手が不意にうなじをすっと撫で上げ、耳の裏を弄ぶ感覚に里香は背筋がぞくぞくするような感覚に襲われてしまった。
 全身がとろけてしまいそうな気がして、里香はそのまま眞に体重をそっと預ける。
「ん・・・」
 思わず甘い吐息が漏れてしまう。
(やだ・・・本っ当にコイツ、キスが上手いんだから・・・)
 里香は、もう周囲の状況を忘れてキスの快楽に溺れてしまいそうになっていた。
 だが、頬を微かに上気させて、身体をもじもじさせながら甘える里香の耳に、妙にわざとらしい咳き込みが聞こえてくる。
「ごほん、ごほん」
 ふと降り向くと、悦子が口元に手を当ててじっと見ていた。
「う・・・、何よぉ・・・」
 真っ赤になって抗議の声をあげてみるが、その里香の微かな抵抗はあっさりと別の声に覆されてしまう。
「まったく・・・この子達はいつの間にそんな大胆なことを覚えたのかしらね」
 葉子がからかうような声で里香と眞に問い掛けた。
 かなり激しい質問に、里香は完全に黙り込んでしまう。
「だって・・・眞は凄くキス、上手なんだもん・・・」
 消えてしまいそうな声でなんとか反論らしいことをごにょごにょと口にした。
 だが、とうの本人はけろっとしたまま、
「日々の修練の賜物」
 などと笑っている。
「何が日々の修練なのよ・・・」「何の目的で修練しているんだか」
 呆れたような声で美女軍団の文句が飛び交うのを軽くいなして、眞はすっと立ちあがった。
「あ~、都合が悪くなったから逃げるんだ」
 エリステスのツッコミに思わずひっくり返りそうになりながら、眞は困ったように笑って肩を竦める。
「はは、ちょっと外に出てくるよ。すぐに戻ってくる」
 そう言って、眞が部屋から出て行くのを見て、全員が、はぁっ、とため息を付いた。
 しかし、ティエラだけは眞が愛刀を手にして出ていったことに気付いて、微かに表情を変える。
 豪勢な居間だが、間取りと家具の配置は完全に頭に入っている。
 そして、彼女は獣人化すれば暗闇さえも見通す目を持っているのだ。
 
 眞は廊下に出て、そのまま扉に<鋼の扉ハード・ロック>の呪文をかける。
 こうすれば、易々と進入を許すことは無い。
「早速、馬鹿のお出まし、か・・・」
 一人ぼそっと呟く。
 視線の先には、一人の若い女性の姿があった。
 確か、この館には半年ほど前にやってきたはずだが、それ以前はプリシスの王城に勤める侍女だったはずだ。
「眞様、どうなさいました?」
 そっと微笑んで恭しく尋ねてくる。
 一見すれば真面目で几帳面な侍女の態度である。
 眞の放つ凄まじいまでの剣気の中で、微笑を浮かべていられるならば、ではあるが。
 老竜さえも屈服させた魔法戦士である眞の放つ気をまともに受けて笑っていられるような侍女など、アレクラスト大陸には何処にもいないだろう。
「どうにもせんよ」
 そう答えながら、眞はぞっとするような笑みを浮かべた。
 だが、その侍女はその眞の放つ殺気に気付かないかのように、平然と眞に近づいていく。
「そうですか。でも、それ程の殺気を放たれていては、何か起こったのかと思ってしまいますが」
 そう言った瞬間、侍女の姿が消えた。
 その瞬間、眞も信じがたいほどの鋭い踏み込みで紫雲を抜き打ちに放つ。
 ギインッ!!
 鍛えぬかれた鋼がぶつかり合う鈍い音が響き、侍女は鮮やかに宙返りをして着地した。
「ほう。流石は“鋼の将軍”と呼ばれるだけはある。恐るべき太刀筋だな」
 侍女は何時の間にか、その右手に緩く反った小剣ショート・ソードを手にしている。
 魔力を付与された紫雲の一撃を受け止めて、なお刃が砕けていないところを見ると、魔力を帯びた小剣らしい。
「なるほど、噂通りの化け物のようだな」
 そう声を出しながら、更に三人の人影が現れた。
 暗緑色の装束に身を包んでいる男達だった。
 その見のこなしからは、彼らが暗殺技術を身に付けた人間であることを示している。
 だが暗殺を任務とする人間が、姿を表すなどというのは普通では考えられない。
 とすると・・・
 眞の考えを読んだかのように侍女が、いや、侍女として勤めていた女が艶やかに微笑んで言葉を紡いだ。
「ふふ、ご推測の通り、私達の任務はもう達成されているわ。古の姫達とお前達の開発した魔道装騎兵を頂いて、貴方を抹殺すれば、ね」
 しかし、眞はその暗殺者の言葉を鼻で笑う。
「は、お前等は俺が想像していた以上の馬鹿らしいな。俺がそれを予測していなかったと思うか?」
 その言葉に、暗殺者達の表情が変わる。
「お前さん達のお仲間だがな、地下で死体になっている頃だ」
 元々、地下の工房『ダイダロスの金床』は魔法システムで封鎖されていて、部外者は入れない。そして万が一、侵入者があった場合に備えて幾らでも防御機能が発動できる。
 そして、眞は魔神を召還して防衛の為に配備しているのだ。また、今日、御披露目をした日に襲撃があるはずだと考えて、亮と英二もSSIVVAを装備して地下で待機していた。
【その通りだな。こっちは片付けたぜ】
 狙い済ましたかのようにD.E.L.で英二から連絡が入る。
 自分達の計画が完全に失敗したことを悟って、流石に動揺を覚えたのか、暗殺者達はじりじりと包囲を固めた。
 古代王国の魔女と魔道装騎兵を手に入れられないならば、せめて鋼の将軍だけでも仕留めようと考えたのだ。
 だが、それは甘い考えだったことを三人の男は知ることも出来なかった。
 暗殺者達は絶妙なタイミングで三方位から一斉に仕掛ける。
 普通、一対一では歯が立たない相手でも、二対一ならば相当有利に戦うことが出来るのだ。複数の相手に対して集中力を発揮することは非常に難しい為である。
 しかし、余りに多い人数で仕掛けることはお互いの自由を阻害しあってしまい、結果として不利になってしまう。
 その意味では三人というのは、お互いの動きを阻害せずに、そのコンビネーションを最大に発揮できる最大の数と言えるだろう。
 事実、彼らは今までに幾人もの強者を闇の中で葬ってきたのだ。
 だがこの暗殺者達が仕掛けた瞬間を読んだように、眞は動いていた。正面から突っ込んできた敵を無視して、紫雲を雷槌のように薙ぎ払う。
 大刀の切っ先が大気を切り裂いたように見えたのは目の錯覚では無かった。
 眞の右手後方から飛び掛ろうとしていた暗殺者は、次の瞬間に首が跳ね飛んだことに気付くことは無かっただろう。
 距離にして3メートル以上ある間合いから、眞は大刀の一閃で大気を切り裂き、真空の刃で暗殺者の首を切り飛ばしたのだ。
 しかし、目の前でそのような離れ業を見せられても、暗殺者達はそれをまるっきり無視して眞に飛び込んでいく。目の前で仲間を殺されても、任務を達成する為には何の動揺も感じないように訓練されているのが暗殺者という存在である。
 だが、眞も鞍馬真影流の継承者として非情なまでの修練を積んでいるのだ。
 この千二百年以上の歴史を誇る古流の技は、如何なる状況、相手でも冷静に対処する術を体系付けているのだ。また、鞍馬真影流の技というか運用術の中にも暗殺術くらい存在する。
 最も非情な暗殺者の一つには日本の忍者の名が挙げられる程だ。鞍馬使いと異名を取る正統継承者達にしてみれば、暗殺者は当たり前に想定している敵の一つに過ぎない。
 その鞍馬真影流の師範をして“鬼”という評価を言わしめた程の眞にしてみれば、この程度の暗殺者などは問題にならないのだ。
 流れるように紫雲を操り、眞は正面から突っ込んできていた男に斬りかかる。
 魔法の小剣で武装しているようだが、斬撃を受けられなければ意味が無い。左足を切り飛ばされ、バランスを崩した瞬間、胴を真横に薙ぎ払われてその男は絶命した。
 その瞬間、斬られた男の影から女が斬りかかる。
 攻撃をした直後の、無防備な一瞬を狙っての見事な攻撃だった。普通ならその一撃で簡単に仕留められていただろう。
 った、と思った次の瞬間、女は驚愕の表情を隠せなかった。
 眞はその攻撃があらかじめ判っていたかのように、あっさりと回避していたのだ。
 真後ろから迫る最後に残った男が、旋風の如く鋭い踏み込みで斬りかかった。目の前の敵には魔法以外にも大気を切り裂いて相手を斬るという離れ業がある、という事を念頭に入れて、その技を用いさせないように一気に勝負を仕掛けるつもりだった。
 少なくとも、この間合いでは真空波を飛ばす余裕は無い、と判断しての攻撃だった。
 まるっきり防御を考えていない、捨て身の攻撃であれば如何に鋼の将軍とはいえ、簡単に避ける事は出来ないはずだ。
 その予想は、しかし再びあっさりと覆されていた。
 剣を振るう時間は無かったが、眞はあっさりと紫雲から右手を離して半歩だけ後ろに身体をずらす。
 それだけで男の刃は眞の身体を外れて宙を虚しく通り抜けるだけだった。
 最後の一瞬で、驚愕の表情を見せた男の脇腹に眞は掌を押し当て、凄まじい寸打を放つ。
 男の身体を異常な衝撃が通り抜け、暗殺者は自分の内臓と脊椎が粉砕された事を他人事のように感じていた。
「ば・・・かな・・・」
 手練の暗殺者をあっさりと葬り去った目の前の相手が、自分達の想像している以上の敵だったことに今更ながら気付き、女はその美貌を歪める。
「化け物め・・・」
 まだ年端も行かない少年が、まさかこれほどの使い手だったとは想像さえも出来なかった。
 だが、あの三人はギルドでも屈指の暗殺者だ。
 その三重撃は破ることは出来ないとさえ言われていた攻撃を、あっさりと返り討ちにしたことは現実である。
 自分が立ち向かっても勝ち目は無いだろう。
 技量ではない、何かとてつもない恐怖を感じるのだ。
 目の前の少年は、剣を構えることさえせずに穏やかに問い掛けてきた。
「誰に依頼されたのか、答えてもらうよ」
 その言葉に、女は冗談を聞いたような気になる。どこの世界に依頼者の名を明らかにする暗殺者がいるのだ。
 答える代わりに、小剣を構える。
「ま、聞いても答えが返ってくるとは思わなかったけどな」
 そう言って眞も笑みを浮かべた。
 だが、眞は次の瞬間、弾かれたように後ろに向かって紫雲を一閃させる。
 キィンッ!
 軽い金属音が響いて、二本の短剣が転がった。
「まったく、お客の多い夜だな」
 呆れたように呟き、眞は紫雲を構える。
 だが、今の一撃の鋭さは先ほどの暗殺者のそれとは一線を画する鋭さだ。
 眞の技量を以ってしてもかろうじて気配を感じ取れるほど見事に気配を消している。
 だが、動いたことで気の揺らぎが残っていた。
 気配を一度掴んだら、眞はそれを逃がさない。しかし、それ程の使い手が相手だと、複数を相手にするのは危険が増す。
(この女と、短剣を投げてきた奴が一緒に掛かって来られると面倒だな・・・)
 そう考えると同時に、影から声が響いた。
「なるほど、今の連中を軽くあしらえる訳だ」
 抑揚の無い声。
 とりあえず、その声を無視して手早く呪文を詠唱する。
“万物の根源たるマナよ、我が元に在りし屍を動かす力となれ。去りし魂を呼び寄せ、偽りの生を与えん”
 その呪文の詠唱が終わった瞬間、眞が斬り捨てた暗殺者達の屍が動き始めた。
 古代語魔法には死霊魔術と呼ばれる体系がある。
 “死”を研究し、不死の生命力を操るという魔術。その業の中には良く物語に出てくる動く屍、いわゆるゾンビーという怪物を生み出す呪文があるのだ。
 しかし通常、ゾンビーは知性を持たず、命令を聞くことさえままならない厄介な創造物である。だが、カストゥールの古代語魔法はその欠点を補う呪文と創造物の開発に成功した。
 それがブアウ・ゾンビーという存在だった。
 これは、呪文の対象となった死体が生前持っていた肉体的な技能や知恵を持った行動が取れる怪物である。
 本来ならば禁断の呪文として封印されている呪文だが、眞は何の躊躇も見せずにこの呪文を自ら斬り殺した暗殺者に用いていた。
「ヒッ!」
 女暗殺者は、そのおぞましい光景に血の気を失ってしまう。
 如何に暗殺者としての訓練を受けていたとしても、生存本能が死してなお動き始めた屍に反応してしまうのだろうか。
 そのまま屍達は眞の指示に従い、女暗殺者を取り囲んだ。
 死者に囲まれた女は、完全に脅えきってしゃがみこんでしまった。
「ほう、自ら斬り殺した敵を呪文で操るとは、面白い。だが、お楽しみは次回にさせてもらおう」
 その言葉を残し、姿を見せないままその短剣の主は去っていった。
 完全に気配が去っていったことを確認し、眞は完全に脅えている女を振り返る。
「さてと、洗いざらいしゃべってもらおうか」
 その言葉に壊れた操り人形のように首を縦に振る女がそこにいた。
 余りの恐怖に、暗殺者としてよりも人間として恐怖に屈してしまった様子だった。
(そりゃあ、同僚の死体に取り囲まれてりゃ、な)
 眞は微かに憐憫の想いを抱きながら、英二とのD.E.L.を展開する。
【とりあえず、一人だけお客さんが残っているんだわ】
【そりゃ、丁寧に御持て成ししてやらんとな】
 とぼけた返事に眞は苦笑してしまった。
 だが、その言葉にこの女の相手をしてもらおうと考える。
【でだ、おめーにこの女を持て成してもらおうと思ってな。よろしく頼む】
【何!?】
 かなり焦った口調の英二に、内心で舌を出しながら眞は真面目な口調で告げた。
【いやな、女を責めるのはお前の得意技だから】
【人を変態のように言うんじゃない!!】
【変態みたいなもんじゃん】
 智子がいきなり交信に割りこんできた。
 あとは智子に任せて、英二にこの女を預けることにする。
【聞いたよ、こずえから。あんた、すんごい事したんだって?】
【あ、あの女のことを信じるのか?】
 声に動揺が混じっていた。
【信じるに決まってんじゃん。英二さ、この前あの娘に何したのか、リストアップしてあげようか?】
【・・・いや、いい】
 その会話を聞きながら、眞は下手な漫才よりも面白い、などと感想を抱いてしまう。
 脅えて震えている女を見て、不意に別の憐憫の感情が沸いてきてしまった。
(この女、壊されちまわないといいけどな)
 だが、とりあえず死体と血で変わり果てた廊下を片付けないと、自分が殴り壊されそうだとも思う。
 自分が片付ける訳ではないのだが、責任は全て眞に帰結するのだから面倒な話だ。
 目の前に広がる光景に、吐きそうなのか口元を押さえている侍女達に笑いかけて、館に詰めている騎士や兵士達に片づけるように指示を与えて、眞は長い一日が終わったことを感じていた。
 
 
 

~ 2 ~

 
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