~ 3 ~

(あれがシオンの言っていた金に汚い騎士ってやつか・・・)
 眞は謁見の間で、けばけばしい装飾に身を包んだ一人のアノス騎士を見ていた。
 確かに目つきがいやらしい気がする。
 おまけに明らかに他のアノス騎士とは違う飾り立てた魔法の鎧と魔法の剣を見に付けている。
 しかも、金色に輝くミスリル銀の鎧・・・
 あのような悪趣味な鎧を見たのは生まれて初めてだ。
 さすがにルエラもユーフェミアも引き攣った笑みを浮かべている。
 まあ腕は立つようだ。
 先程、仲間のグラスランナーに剣を抜いて見せた動きは、オーファンのローンダミスや眞と比べても引けは取らないだろう。
 だが、それ以上にその広刃の剣ブロード・ソードにもあきれた。
 黄金色に輝くミスリル銀製のブロード・ソード。
 悪趣味にも程がある。剣まで金にしなくても良さそうなものだろうに・・・
 シオンも困ったような笑みを浮かべて、眞を見ていた。
(コレが同僚なんて、苦労が良くわかりますよ・・・)
 そう感想を込めて、引き攣った笑みを向けた眞だった。
 アノス軍は、あの会議の後すぐにファールヴァルトに来ていた。
 アノスの王城に、“移送の門”を持ちこんで、そのままアノスの騎士達をファールヴァルトへ移動させたのである。さすがに聖王宮の聖職者達は魔法装置の運用を嫌がったのだが、非常事態である以上、仕方が無い。
 既に、オーファンとファンドリアは交戦状態にある。
 そして、ムディール軍も何時、ファールヴァルト領内に侵攻を始めてもおかしくない状況なのだ。
 あまり公には出来ない事だが、眞は“鋼の魔女”レイや“魔女”ラヴェルナ、ラムリアースの宮廷魔術師団、そして、オランの高導師であるバレンなど、大陸の要人達と通話を可能にする魔法の護符や遠見の水晶球などで連絡を取り合っている。
 これは今までのアレクラスト大陸ではあり得なかった情報網である。
 眞は情報の大切さと、それを運用する重要さを知っている為、ファールヴァルトと同盟関係や友好関係にある国や人物との直接回線を結ぶという意味を知っているのだ。
 会議を重ね、既にアノス騎士団と連携してムディール軍と戦う方向で一致していた。
 旧プリシス騎士団は一度解体していたが、それぞれ再編成されてファールヴァルト軍に編入されている。
 特に、優秀な騎士であるアメリスは将軍としても中々の人物で、眞と意気投合していた。
 他にも戦神マイリーの高司祭ロンドバーグや“黒い肌の軍師”イッシュなど、逸材が揃っている。
 プリシスの騎士達は、最初こそ眞やファールヴァルト騎士達に反発をしていた。しかし、厳しい軍事訓練や演習などを重ねていくうちに、連帯感が生まれつつある。
 元々の伝統的な騎士団がプリシス防衛戦で殆ど戦死している今、アメリスの指揮する騎士達が主流派だったのだ。
 彼らは最初から騎士だった訳ではない。
 冒険者や傭兵、民兵だった者達が、プリシスを防衛する戦での功績で騎士として取りたてられたのである。その為、ファールヴァルト軍にも馴染むのが速かったと言える。
 その意味では、眞はルキアルに感謝をしても良い、と感想を抱いていた。
 自分達が行うべき秘密工作を既に行ってくれていたのだから。
 プリシス騎士団の騎士団長だったアメリスは、眞やローンダミス、そして“成金バブリー騎士”アーチボルト、そして“白騎士”シオンと互角に渡り合える戦士だ。彼を味方に出来たのは僥倖だった。
 バブリー騎士のアーチボルトも、眞はある意味では信頼できる男だと思っている。
 謀略と策略の意味、そして価値を知っている騎士などそうざらに居るわけではない。
 策を弄して卑怯な事を行える、いわば“汚い”事を行える騎士はファールヴァルト軍の騎士にもなかなか居ない。
 まして、あの聖なる王国にこういう人材がいるとは。
(あのダークエルフの集落となら、話をつけてやれるな)
 眞はそれを取引の材料に、かなり“汚い”作戦を行うことを考えていた。
 シオンはまだ潔癖なところがあるからな、などと勝手なことを考えてしまう。
 アメリスも相当な人物だ。
 眞の考えている策略を、呆れながらも実行しているのだから。
 そして、眞はこの場にいる戦力をどう割り振るかを考え、そして告げていった。
 
(それにしても、あの男は只者じゃないな・・・)
 一人のエルフが内心で呟くのを聞きとがめた者はいなかった。
 そのエルフの名はスイフリーと言う。
 口の悪い者からは「白粉を塗ったダークエルフ」とか「付け耳をしている」などと揶揄されているが、れっきとした“普通の”エルフである。種族の上では。
 その彼は、姿を隠して会議の場にいた。
 アーチボルトがアノスの騎士である以上、今回の戦争に参加しないわけには行かない。
 その為、彼もファールヴァルトにやってきたのだ。
 当然、グラスランナーのパラサ、女魔術師のフィリス、女戦士であるレジィナ、そして“生臭坊主”のグイズノーも一緒に居る。
 ファリスの神官戦士であるクレアも今回は参戦せざるを得ないだろう。
 そして、そのスイフリーから見ても化け物がこのファールヴァルトには揃っていた。
 戦士だけでも、大陸有数の戦士であるアーチボルトやレジィナと匹敵する、もしくは同等以上の戦士として“鋼の将軍”緒方眞、ファールヴァルト騎士のランダー、獣人の戦士ダーレイ、そして旧プリシス騎士のアメリス、そしてファールヴァルト銀の剣騎士団長ファーレン、幻像騎士団の騎士隊長レイフィールムと、とんでもない人数が揃っている。他にも、アノス騎士のシオンも若いがアーチボルトと互角に渡り合う騎士である。
 そして、高導師級の魔術師も鋼の将軍を始めとして、“白銀の魔女”ルエラ、宮廷魔術兵団長のマークスなど、優れた人材が揃っている。しかも、魔術兵団には導師級の魔力を持つ魔術師だけでも二十名以上いる。
 古代語魔法を同時に使いこなす魔法騎士団も、決して無視できない力を誇る戦闘集団だ。
 他にも、大量の冒険者を編成した傭兵部隊や、ゴーレム部隊、獣人の部族から集められた“獣牙隊”、竜の部族の者を中心に、幾人かの騎士を編成した“竜騎士団”など、周囲の国から見れば震え上がるほどの戦闘力を編成していた。
 だが、これほどの混成部隊を指揮するのは至難の技だろう。
 それを、まだ十六歳という年齢で行っているのだ。
 その素質は計り知れない。
 騎士としても功績を上げ、そして自ら魔術師としてもファールヴァルト王国最強の実力を誇る魔法戦士。そして、獣の民との同盟を確固たる物とする為に、獣の民から妻を娶るだけでなく、自ら獣人としての能力を身につけたのだ。
 さらに、野生の竜、しかも最上位の老竜を捕らえて竜の部族を従える事にも成功した若者は、すでに伝説的な存在として、このファールヴァルトと周辺の国に無視できない意味を持っていた。
(化け物だな、あの少年)
 スイフリーは、目の前の少年が単に超人的な活躍を行うだけの人間でなく、汚く卑怯な策略にも長けている事を見抜いていた。
 自分がこの場に居る事は、おそらく何人かの人間にはばれているだろう。
 しかし、それを知りながら全員、知らん振りをしている。
 それは、既に自分の素性さえ知られている、という事だろう。
 そのスイフリーの予測は完全に当たっていた。
(どうやら、アレがバブリー騎士のお仲間らしいな)
 眞は完全にスイフリーの存在に気が付いていた。
 ダーレイもランダーも、そしてアメリスやファーレンも視線で合図を送ってきている。
(とりあえず、無視して良い)
 そう視線を送った。
 全員、視線だけで頷き、会議に戻る。
『眞、あの隠れているエルフ、どうするの?』
 ルエラが<心話テレパシー>の術を使って話しかけてきた。
『どうもしないさ。どうやらあの金ピカのお友達らしい』
『成金騎士の友人は覗き趣味なんてね・・・呆れたわ』
 本当に呆れたような口調で答えるルエラに、眞は思わず苦笑をしそうになってしまった。
 とりあえず、会議は各軍をどのように割り振るかで決定していた。
 まず、アメリスを中心としたファールヴァルト軍はプリシス方面を警戒する。そして、山越えで進入するであろうムディール軍を迎え撃つのは、ファールヴァルト軍の銀の剣騎士団と傭兵部隊、そしてアノス軍の半数。
 さらに、ムディールの同名の王都に侵攻をかける部隊に残り半数のアノス軍とファールヴァルト軍。
 この戦略を聞かせたとき、その場に同席したアノス騎士達は騒然とした。
 アノスは国として、他国に侵略しない、という講和条約を結ばされたばかりである。
「アノスという国がムディールに侵攻を行うわけではありません。ファールヴァルトがムディールに侵略を受け、それを同盟国として救援すると言う理由です」
 その説明を聞いて、アノス軍の将軍は呆れてしまった。
 ムディール軍が侵攻しているのを知っていながら、わざと知らないふりをして奇襲させ、そしてそれを理由にムディールを逆に制圧する、などとは・・・
 殆どギャングのような手口ではないか。
 だが、ファールヴァルトとしては、ムディールこそが背信行為をしている、という理由がある。
 なにしろ、ファールヴァルトによるプリシス併合を承認しておきながら、国力が付き切らないうちに侵略を行う、などというのは余りにも卑怯な話だと言うわけだ。
 そして、オランもこのムディールの背信行為にも等しい軍事侵攻に対して、ファールヴァルトの軍事的行動を黙認する、という返答を返してきていた。
 これは大きな大義名分である。
 もともと、ファールヴァルトの魔法の薬の上得意はオランの貴族である。その信じがたい効能の薬を失うくらいならば、この反則にも等しい軍事的行動を認める気でいたのだ。
 アノスにしても、ムディールはイースト・エンドとの交易上のライバルである。
 ファールヴァルトとは講和条約を結んだ時点で、友好条約も結んでいる。
 はっきり言って、ほとんど何の交流も無いムディールよりはファールヴァルト王国の方が遥かに都合の良い相手なのだ。
 さらに、ファールヴァルトが早急にムディールを制圧しなければならない理由があった。
 それは、オーファンの問題である。
 ファンドリアとの戦に於いて、オーファンは敗北はしないだろうが、少なくとも楽に勝てる相手ではない。騎士団は強くなくとも、暗殺者ギルドや盗賊ギルド、そしてファラリスの暗黒騎士団こそが強力な相手だからだ。
 ファールヴァルトが早急に手を打てば、それはファンドリアにもロマールにも大きなプレッシャーになり得るのだ。
 それがラヴェルナとレイに伝えた軍事作戦の真意でもあった。
 ファールヴァルトとしても、ムディールをそのまま解放するにしても、占領するにしても、二つの拡大路線を歩む大国と隣接することを避けられるようになる。
 他にも恩賞問題が絡んでくるだろう。
 西部諸国の母体となったザンティ王国の例を見るまでも無く、恩賞問題は国を滅ぼしかねないほど大きな意味がある。
 ムディールとの戦争を行えば、それの脅威を排除しただけでは問題を解決する事にならない。
 地位と報奨金は問題無い。
 だが、領土問題は頭が痛い話になる。
 ファールヴァルトがこの夏以来の領土拡張により土地を得られたとは言え、何も無い土地を領土に与えるわけには行かないのだ。
 そして、その大部分の土地は幾つかの部族に自治権を与えた土地である。
 勝手に分割して与えるわけには行かないのだ。
 その為、ムディールからは軍事侵攻のペナルティーを払ってもらわなければならない。
 この事はオランのカイタルアード王やリジャール王からも承認を得ている。
 国の運営に頭を悩ませているのは彼らも同じだからだ。
 ムディール攻略にアノス軍と傭兵部隊を投入する理由がそこにある。
 恩賞に関して、アノス軍の騎士であれば前回の汚名を回復するだけで済むし、傭兵部隊であればお金で済む。
 国が大きくなればなるほど運営の苦労は比例する以上に大きくなっていくものだ。
 ただ、眞はこの戦争で不必要な死者を出したくは無かった。
 眞とて戦争に対する嫌悪感は人並みにあるつもりだった。
 それでも為政者として、権力者として決断をせざるを得ない現実がある。
 戦争開始の決断を遅らせれば、それだけ被害が拡大する危険があるのだ。
 アレクラスト大陸で世界大戦の火蓋を切らせるわけには行かない。犠牲が少ないうちに戦争を終結するには、電撃的な戦争開始による短期決戦以外に方法は無かった。
 そう、理屈では判る。
 そして、政治家であった祖父の姿がそれに重なる。
 人が嫌がる事を決断しなければならない。それは祖父が無言のまま語りたかった事ではないだろうか。
 テレビに映し出された祖父を、メディアの人間は悪魔のように罵っていた。
 だが、自分の目で見た祖父は、信念を貫こうとする一人の男だった。
 自分の党の中からも批判を受けながら、黙々と責務を果たして、そして不可解な死を遂げた祖父。
 その最後に見たものは一体なんだったのだろう、と眞は考えている。
 父は祖父を憎んで、眞を連れて良く外国へと出かけていた。
 日本国内に居てはマスコミや政治勢力に面白おかしく扱われるだけだと思ったのだろう。
 だが、皮肉にもその海外での生活が眞に最も強い衝撃を与えてしまっていた。
 眞が14の時、たまたま出かけた南米のとある国で内戦に巻き込まれてしまったのだ。
 目の前で繰り広げられた殺し合いは、眞に冷酷な“現実”を見せ付けていた。
 “殺さなければ、殺される。”
 眞をかばって、銃弾に倒れた少女から銃を取って、そして、眞は初めて人を殺した。
 恐怖と怒りに駆られて、なにも考えられずに気が付いたら引き金を引いていたのだ。
 しかし、それは眞を苦しめるだけでしかなかった。
 敵を殺しても、殺された人は甦るわけではなかった。
 愛する人を、大切な人を護るには殺される前に殺すしかない。その哀しい信念は、その瞬間に眞の心に焼き付いてしまったのだろうか。
 救助隊が眞を発見したときには、眞は無表情なまま、じっと少女の髪を撫でていた。
 殺される前に敵を殺す、理屈では、その眞の考え方は正しい。
 しかし、気持ちの良い話ではない。眞自身、そう思う。
 前回のアノスとの戦いで、あれほどの被害を与えてしまった反省から、今回は反則にも等しい策で王城のみを占拠するという計画を立てたのだ。
 それは人を殺す、という生理的な嫌悪感と同じ程度に、戦後の領土運営を考えていたからである。
 大軍を以ってムディールに侵攻を行えば、必ず途中の街や村で殺戮や略奪、暴行が行われるだろう。そして、王都に侵攻した場合でもそれは同じだと考えられる。
 そのような行いを受けた民衆が素直にファールヴァルトの支配下に下るとは思えない。
 だからこそ、ピンポイントで王城を占拠し、それからゆっくりとファールヴァルト軍を進軍させてムディール占拠を演出するのである。
 それを冷静に考えられる自分に嫌悪感を抱き、そして、自分の行いに嫌悪を感じられる事で眞は少しだけ安心していた。
(俺も一応、人の子なんだな・・・)
 などと考えてしまう自分が可笑しかった。
 だが、優秀な軍人として、政治家として、非情な決断を下さざるを得ないことも理解している。
 それが、自分が選んだ道の代償。
 “普通”とは違う生き方を選んだ者が負うべき十字架・・・
 この場に居る者達は、その血の重さと痛みを魂に刻み込んで、なお運命に逆らう事を選んだ“罪人とがびと”であった。
 そう、それは運命に逆らうという罪。
 あるいは呪いなのだろうか・・・
 だが、それでも人はその運命に抗おうとする。
 しかし、人は神の如く全能でも全知でもない。それゆえに、過ちを犯し、その命を朱に染めてしまう。
 “将”を名乗る者は、全てその責務を背負うのだ。人の生命を、兵士達をただの駒と割りきり、戦争という名のゲームを行う、という責務を。
 眞は、それを理解して、そして鋼の将軍としてファールヴァルト軍を指揮する事を選んだ。
 それは十六歳の少年にとって、余りにも過酷な、そして非情な選択だった。
 ファーレンはその事を痛切に感じていた。
 だが、それを行わなければ、ファールヴァルトは滅亡していただろう。
 そして、眞は再び将軍として戦場に立とうとしていた。
 
 
 

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