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「眞様」
突如、眞は侍女の一人に声をかけられた。 「何だい?」 「はい。薬師のタルド様よりお 眞はその言葉に微かに瞳の色を変える。 そして、“古の姫”を発見した状況を思い出していた。 ヴァンディールから、彼の財宝を見せられたときの事だ。 あの膨大な宝物の山の中に、数人の遺体を発見したのである。 全員が女だったが、驚いた事に氷付けになっていた。そして、彼女達は明らかにカストゥール王国の衣装を身に纏っていたのだ。 さらに驚いた事に、その女たちからは生命の精霊力を感じたのである。 生きている古代王国の人間! その事実は、あまりにも重大な意味を持っていた。 現在、古代王国に関する知識はまったくといって予想の範囲を超えない。知られていない事が多すぎるのだ。 蛮族たちによる反乱と古代王国の滅亡は、その偉大なる王国の歴史や文化などを完全に失わせてしまった。 古代語魔法に関しても、カストゥール王国で使われていた本来の呪文体系は失われ、現在は理解できているものだけを使っている、という程度なのだ。 もし、その時代に生きていた人間が時間を超えて現代に甦った場合、その意味は計り知れない。 その為に、眞は極秘裏にそのカストゥールの女達を館に移送し、蘇生作業を始めたのだ。 クープレイの開発作業を行う傍ら、“古の姫”とコード・ネームをつけた女性達の解凍作業と、治療を行うべく準備を進めていた。 そして、ようやくその蘇生作業の最終段階にまでこぎつける事に成功したのである。 「すぐに向かう」 そう言って、眞は地下に向かっていった。 地下の施設には、既にルエラと亮、英二、智子だけでなく悦子、葉子、里香、ユーフェミア、エリステス、ティエラ、さらにはウェイルズ王とランダーまでもが揃っていた。 「申し訳ありません、遅れました」 そう言って、ウェイルズ王に詫びる。 だが、国王は笑ってそれを止めた。 「はは、私は単なる野次馬にすぎん。硬くなるな」 「は!」 眞はその言葉に一礼し、そして治療用に用意したカプセルに向かう。その透明のカプセルの中には人口羊水が満たされ、五百年以上眠っていたであろう女性達を包み込んでいた。 眞は、コンソールに向かって作業をしている亮に声をかける。 「亮、状況は?」 「特に異常は無いな。意識レベルは4程度に回復しているから、目が覚めるのは時間の問題だと思う。ただな、五百年なんて時間のコールド・スリープだろ、意識が残っているかどうかは判らんぜ」 「まぁ、記憶喪失でなければ儲けもんってやつだな」 そう言いながら、眞はもう一つの椅子に腰掛けた。 恐らくは精霊魔法の< その呪文を用いれば、極めて長時間の間、仮死状態で存在できる。他にも、精神の精霊魔法である< 「それにしても、眞ってさ、女の人とばっかり縁があるわね」 何処か冷たい声で里香が野次を飛ばしてくる。 (な、何も反論が出来ね~・・・) 冷や汗を掻きながら、眞は引き攣ったような笑みを浮かべる。 「俺もそう思うよ・・・」 そう言いながら、女性陣からの冷たい視線の集中砲火を受けるしかなかった。 「まあまあ、そう虐めなさんな」 英二が軽い口調で言って、椅子から離れる。 首をとんとんと叩きながら、コーヒーを飲んだ。アレクラスト大陸ではなかなか手に入らないので、ユーミーリアから送ってもらっているのだ。 その送り主は、これまた眞と関係のある北条麗子という女性である。 (あいつも一生、女に苦労しそうだな) などと考えてしまう。 (兄貴みて~にならないと良いけどさ) そうしみじみと思い出してしまった。 英二の兄は、良くモテた訳ではない。しかし、自分の彼女と付き合っている間に、別の女にも引っ掛けられてしまったのだ。 悪い事に、それが彼女にもバレてしまったのである。 (よりにもよって、両方ともアタリに成らなくても良いような話だけどよ) 今、英二の兄は“二人の子供”のパパである。 だが、眞の女に関する要領の悪さというか運の悪さは英二の兄を超えているだろう。 (心の中だけでも応援してやるからな・・・) そうとしか言えなかった。 やってきた経緯はともかく、そのコーヒーは流石に美味かった。 「んで、眞。あの変なロボットはなあに?」 悦子が興味に駆られて、眞に質問を投げかけた。 「あれか? あれは『クープレイ』っていう『 「ないと・ふれーむ?」 「良くアニメでロボットとか見ると思うけどさ、あれの魔法版」 「・・・知らないよ」 女の子にロボットアニメを期待してはいけない。 そう思ったのは亮だけではないだろう。 「そうねぇ、私達の世代で見た、ロボットアニメって、『Zガンダム』とか・・・」 「何それ?」 葉子は、里香にあっさりと聞き返されて世代の差を感じてしまった。 「・・・判らなければ良いの」 葉子は思わずしゃがみこんで“の”の字を床に書いてしまう。 お兄ちゃんとのチャンネル争いに負けて、見続けさせられた『Zガンダム』、『ドラグナー』が葉子のロボットアニメの知識であった。 「あたしらが知ってるのって、『セーラームーン』とかだよね」 悦子と里香が呑気に話し合っている。 ちなみに、『セーラームーン』が流行ったのは、彼女達が小学生の頃の話しだ。 葉子の言った『機動戦士Zガンダム』は、もう15年近く前の話である。眞や悦子達がまだ幼稚園に入る前の話だ。わかれと言う方が無茶だろう。 「あたしさ、LDボックスで『ダンバイン』見たけど」 「・・・マニアックだぞ、それ」 思わず亮は智子にツッコミをいれてしまった。 「大体、どこでそんなもん手に入れたんだ?」 英二も聞いてしまう。 「前に通販で見つけたんよ。んでもってプレーヤーはおがっちゃんに借りた」 「あ、そうか。あいつ映画よく集めていたからな」 「なにそれ、『だんばいん』って」 里香が興味深々、といった様子でたずねてくる。 智子が、よくぞ聞いてくれた、といった様子で答えはじめた。 「う~ん、シチュエーションは今のうちらと似ているね。“バイストン・ウェル”って中世のような異世界に落ちた主人公が、昆虫に似たロボットに乗って戦うって話でね・・・」 とりあえず、眞と英二は智子がアニメ講座を開いてくれている間に、作業を進める事にした。 “俺は一体どうすれば良いんだ?”という表情で見ている亮は、とりあえず女性陣の面倒を見ていてもらうことにした。 眞は“よろしく頼む”と口パクでお願いして、作業に戻った。 亮は恐らくその意図を理解したのだろうか、それとも単にアニメ講座から逃げたかったのかは判らないが、 既に眞達もマルチタスクは展開完了している。 それを認識した亮は、眞達に話しかけた。 【で、これから如何するんだ?】 【まあ、蘇生処理が完了するまで待つしかないだろうな。最悪、ルーシディティの出番だな】 その眞の言葉に、英二も頷くしかない。 【あのファリスのねぇちゃんか・・・】 英二はあのファリスの修道女はあまり好きではなかったからだ。 どうも、神官とやらは好きになれないのである。 だが、ルーシディティが優れた神聖魔法の使い手である事は認めざるを得なかった。高位の奇跡を起こす事も出来、その実力は“聖なる王国”と異名を取るアノスにおいても屈指の実力があるとされる。 アノスにして見ればとんでもない損失だっただろう。 だが、今はそれがありがたい。 なにしろ、< しかし、眞も、出来ればルーシディティとは顔を合わせたくは無かった。 幾ら戦闘が終わった直後で気が立っていたとはいえ、自ら穢してしまった女性に向かって平然としていられるほど無神経ではない。 ルーシディティは、別に気にした様子は無かった。が、眞は彼女の姿を見るたびに罪悪感を感じてたのだ。 【気にすんな、って言っても無理だしな】 亮が出来るだけ軽い口調で話しかけてくる。 【まぁ、この作業で片をつければ万事OKだ。気を引き締めてやるぞ】 その言葉に込められた亮の心遣いが、眞は嬉しかった。 【マスター、患者達の意識レベルがレベル5に上昇しました。覚醒可能レベルです】 【そうか・・・】 フレイアに細かな指示を出しながら、眞はウェイルズとランダーに報告を行う。 「陛下、ランダー卿、“古の姫”達が目覚め始めました」 「そうか」 「素晴らしいな」 二人の言葉を聞きながら、コンソール・パネルを操作する。 「間もなく、だと思います」 英二もモニタ・パネルに映し出される数値を見て、答えた。 グラフに描かれた縦棒が、徐々に上昇していく。 「覚醒反応がありました」 「意識レベルが6に上昇。急速に覚醒しています」 【意識障害発生確立、0.03%です。あと17秒で覚醒します】 「よし、そのまま安定を維持。羊水の排水準備」 【了解】 眞達が忙しく処理を始めた。 【・・・5・・・4・・・3・・・】 カウント・ダウンもほぼ終了している。 そして、カプセルの中では女性達が数百年の眠りから目覚めようとしていた。 【・・・2・・・覚醒確認しました】 そして、羊水の中の女性が一人、うっすらと目を開けた。 だが、自分が水の中に浮いている事を認識したのか、女はパニックを起こしたように暴れ始める。 「フレイア! 落ち着かせろ!!」 亮がとっさに叫んだ。 羊水が徐々に排水されていき、カプセルの中の女も回りにいる人間に気が付いたようだった。 『気が付かれましたか?』 混乱しきっていた状況で、突如、聞きなれない声がした。 -下位古代語! 驚愕を覚えるのを押さえきれなかった。 突如、気が付いた場所は、見慣れない物が沢山ある場所だった。しかも、自分達は水の満たされたガラスの棺のようなものの中にいたのだ。 恐怖を感じて暴れて始めたが、すぐに水がなくなっていき、そして聞きなれた言葉-下位古代語で話しかけられたのだ。 「こ、ここは・・・?」 情けない、とは思うが声が震えるのを押さえきれなかった。 『ここはファールヴァルト王国にある眞様の館です』 「“ファールヴァルト”?、“マドカサマ”?」 良くわからない答えだ。 『私の名前は“フレイア”。現在の状況を、かいつまんで説明いたします。今は新王国暦524年の12月です。そして、ここはアレクラスト大陸の東部にあるファールヴァルトという王国の王都、エルスリードです』 「新王国暦? ま、まさか!」 『はい。カストゥール王国は今より五百年ほど以前に滅亡しています。現在の暦はそのカストゥール王国が完全に滅亡してから始まった暦です』 「・・・我が王国が・・・滅亡・・・」 『大丈夫ですか?』 「・・・済まぬ。フレイア、殿」 『フレイア、とお呼びください』 「私の名はメレムアレナー。カストゥール王国の太守の娘だ。いや、だった、か」 そして、曇りの取れたカプセルの外を見て、何人もの人間が自分達を見ているのに気が付いた。 「あの者達は?」 『私のマスターと、マスターが使えている国王陛下、そしてマスターの奥方達と、同僚の方々です』 とりあえず、危険ではなさそうだ。 そう思って、ふと自分の姿が気になった。 まさか、全裸ではないだろうか! 思わず自分の身体を見下ろしてしまう。だが、メレムアレナーは薄い、身体にぴたっと張り付くような下着のような物を着ていた。 裸よりはましだが、これでは身体の曲線が剥き出しではないか・・・ だが、素肌を晒しているよりは良い。 『カプセルを解放します。歩けますか?』 「大丈夫だと思う」 『わかりました』 そして、メレムアレナーの目の前にあったガラスのようなものが開いていった。 それは、メレムアレナーが五百年以上味わえなかった外気だった。 ふらつく脚で、何とか外に出る。 さすがに脚ががくがくして、一瞬だけよろめいた。 「大丈夫ですか?」 少年の声が響く。 「大丈夫だ。済まぬ」 メレムアレナーはそのかけられた言葉が下位古代語だったので、少しだけ安堵を覚えていた。 そして、その声を発した少年を見て更なる驚愕を覚えてしまった。 その少年の瞳は、深い青と紫という色をしていたのだ。 (まさか・・・!!!) 一瞬にして、過去の、しかし自分達にとってはついさっき起こった出来事を思い出してしまう。 あの霜の巨人と同じ瞳・・・ 「あなたは人間だったのか?」 思わず尋ねてしまった。 「?」 少年が怪訝そうな表情をしたのを見て、メレムアレナーは羞恥に顔が赤くなってしまう。 「とにかく、これで身体を拭いてください。風邪をひきますよ」 そう言って、眞は大きなタオルを渡した。 「かたじけない」 メレムアレナーは、そのタオルを受け取り、そして濡れた身体を拭く。 「気分は悪くありませんか?」 その少年の言葉に、あの巨人の言葉が重なる・・・ 「いや、大丈夫だと思う。ありがとう」 「さて、と。こちらの方々ももうすぐ覚醒するはずです」 そう言って、眞は他のカプセルを指し示した。 「あ、失礼。自分は緒方眞、と言います」 眞は古代からの客に挨拶をした。 「私はメレムアレナー。カストゥール・・・古代王国の付与魔術師の娘だ」 「では、私のほうからご紹介させていただきます。こちらは私が仕える主君、ファールヴァルト王国の国王ウェイルズ・ガーランドⅣ世であらせられます。そして、こちらの騎士はランダー卿。私の先輩に当たる騎士です。それから・・・」 メレムアレナーは、眞のその説明を聞きながら、実の所感心していた。 まさか、蛮族がこれほどにまで高度な生活を行っているとは・・・ 少なくとも自分達の知る蛮族は、織物を着る習慣も無く、テントや獣の皮を住居にしている者達ばかりだったのだ。 カストゥール王国のそれ、程には発展していないようだが、それでもかなり洗練されている礼儀が伺える。 それに、目の前にある不思議な装置は、見たところカストゥール王国の魔法装置とは違う魔法文明の物と思えた。 古代語魔法も使うのか・・・ ならば、話は早いだろう。 もっとも、自分の侍女やジェルメラに説明をするのが厄介だろうが。 「メレムアレナー殿?」 眞がぼおっとしていたメレムアレナーに声をかけた。 「な、何か?」 「いえ、気分が良くないのか、と思いまして。もし、よろしければ湯でも浴びられますか?すぐに用意させますが」 「そう・・・、それよりも、私の供の者は何時、目を覚ますと思われるか?」 「それは、判りかねます」 その時、亮が叫んだ。 「眞、次の覚醒が始まった!」 「判った!」 そして、戦場のような忙しさが始まった。 次々と覚醒していく古代からの使者達を手当てする為に、眞達は死に物狂いで働きつづけていた。 全員、一時的に恐慌状態を引き起こしていたものの、眞達は、すぐに鎮静剤を投与して落ち着かせる。あとはひたすら栄養剤を与えて、タオルを与えて身体を拭かせたのだ。 その戦場のような時間が終わって、ようやく一息付いていた。 とりあえず、眞達は上の階に上がって寛ぐ事にする。 メレムアレナー達には、お風呂に入らせる事にした。お湯を浴びて、すっきりさせたほうが気分も落ち着くだろう、と考えたのだ。 「あ~、忙しかったぜ・・・」 眞が疲れたような声を出した。 文字通り大変な作業だったのだ。だが、その甲斐はあったようである。 古代カストゥール王国の、しかも太守の娘を現代に甦らせる事に成功したのだ。 彼女からは聞きたいことが幾らでもある。 だが、それ以上に彼女の気持ちが心配だった。 「でさ、あの美人のお姉さんをどうするのよ」 里香が尋ねてきた。 「とりあえず、あの人達はこの館の離れに住んでもらうよ。・・・他の場所だと、危険が多い」 眞は後ろ半分を、声を潜めて答える。 「危険?」 悦子も声を潜める。 「ああ。考えても見ろよ、古代王国の魔術を復活させられるんだぜ。よその国が何か馬鹿な事を考えないはずが無いだろう」 「あ・・・、なるほど」 「そういう事」 ユーフェミアも、それは考えていた。 「そうですね。もし、彼女がここにいれば、眞の作っている新兵器を使ってでも護れるのでしょう?」 「だと良いけどね」 念の為、眞の館には亮と英二も泊り込むことになっている。 そして、SSIVVAを装着可能な兵士を常に二人、警護の為に配置しているのだ。 特に眞達は現在、装着可能な SSIVVAを展開している人間は、基本的に休息を取らなくても無限に活力を与えられる。その為、何日どころか、何ヶ月、何年でも戦闘行為や作業を継続可能なのだ。 クープレイも、すぐに出撃可能なように準備を完了していた。 エリステスも、あの新型兵器には驚いたようだった。 同時に、あの古代の姫君を護らなければならない、という理由も・・・ そして、やはりファールヴァルトを狙う国家は存在していた。 突如、眞の持つ魔法の護符が輝き、国境警備隊から連絡が入った。 『将軍、国境警備隊のシールズです。緊急の連絡、申し訳ありません!』 「構わん、何が起こった?」 眞は瞬時に将軍の表情になり、聞き返した。 たしか、シールズ隊はムディール方面に駐留する部隊のはずだ。 「ムディール軍が不穏な動きを見せています。かなりの規模の軍が集結を始めました」 その瞬間に、ルエラと視線を交わす。 亮も英二も緊張した表情で魔法の護符を取り出して、各々連絡を取り始めた。 「判った。すぐにこちらからも増援を派遣する準備を始める」 ルエラは、魔法の水晶球を操って、ムディール方面に展開している国境警備隊の連絡してきた座標の状況を映し出した。 そして、全員が息を飲んだ。 「なんてこと・・・」 ユーフェミアが辛うじて声を出す。 そこには、数千を越える騎士団と、恐らくは一万を超える民兵が集結を始めていたのだ。 |