~ 4 ~

 魔法の明かりが照らされる中、眞と亮、英二の三人が慌しく作業を行っていた。
 その三人の周りで十人ほどの若者達が作業をしている。
 全員が少し興奮した様子で、記録を書きこんだばかりの羊皮紙の束を手に、走り回るように仕事をしていたのだ。
 眞達がファールヴァルトに帰還してきてから、半月程経っていた。
 その間に、眞達は驚異的なペースで新兵器の開発作業を進めている。
「データは取れたか?」
 眞がその中の一人に声をかける。
「はい! 今回、『クープレイ』から得られたデータは十分です。計算予測にもほぼ合致していましたから、完成度は高いはずです!」
「わかった!」
 眞の言葉を聞き終わらないうちに、その青年は再び机上のディスプレイに向かっていた。
 ここは眞に与えられた城の地下にある、研究施設だった。
 今、眞達はまったく新しい概念に基づいた新兵器を研究、開発しているのだ。
「さて、と。大方の目処めどは立ったと見て良いな・・・」
 亮が、やれやれ、という表情で呟く。
「しかしな~、アニメじゃねえんだからよ、これを実践に投入する気か?」
 英二もあきれたような顔で呟いた。
 眞も苦笑しながら答える。
「しょうがないさ。幾ら兵隊の質が良くても、物量差には勝てないからな」
「で、あれを実践投入するってか?」
「その通りだよ、牧原君」
 眞が妙に渋い声で答えた。
 げらげらと、あちこちから笑い声が響く。
「ようやく人材も、設備もモノになってきたからな」
 亮も安心したような表情で頷く。
 眞達は、選抜した人材にユーミーリアの技術と知識を教え込み、ファールヴァルトの軍事力を増強する為の研究、開発を行っていたのだ。
 もっとも、それらの研究で得られた技術や知識は検証を重ねて、日常生活へとフィードバックすることも行っている。
「ま、金ならこの間もとんでもない量の財宝をゲットしちまったからな」
 と、眞が満足げに言った。
 当然ながら、魔法と科学技術を融合したこの新しい試みには天文学的な資金が必要になるが、この間捕らえた老竜“ヴァンディール”の持っていた金銀財宝があるので、困らないだろう。
 眞は大量のハイテク機器を召喚して、持ちこんでいた。
「さて、と。ちょいとばかり記録を再生して見てみるか」
 そう言いながら、左手に嵌めた銀色のブレスレットに目をやる。
 次の瞬間、何も無い空間上に突如、幅一メートル程度の『画面』が現れた。
 古代語魔法には、幻影魔術という体系がある。
 これはマナの力を使い、幻影や音声を生み出すと言う魔法で、眞はそれを応用してコンピュータの画面を空間に直接投影する技術を開発していた。
 それが仮想立体画像スクリーン、通称モニタ・パネルである。
 同じようにして、目の前の空間に映像による仮想キーボードを出現させた。
「さてと、『クープレイ』がどの程度動けるのかをもう一度見てみよう」
『記録ライブラリ、A-C-14を再生します』
 少しだけ機械がかった女性の声が響く。
 擬似人格によるA・I(人工知能)オペレーション・システムの『フレイア』である。
 眞は魔法技術を応用し、現代科学を超えるほどのコンピュータシステムを構築し始めていた。魔晶石をベースに強力な付与魔術により構築されたシステム、眞はそれを『ホログリフ』と呼んでいた、を基軸にして、高度なテクノロジーベースの生活圏を作り上げる為の試みだった。
 もっとも、今は魔晶石をベースにした自己成長システム素子セルの成長が十分ではない為、せいぜいこの研究施設のコンソール・ユニットを管理する程度の機能しかないが・・・
 画面の中では、巨大な人形のものが動いていた。
 どこか、昆虫のような概観をしたフレッシュ・ゴーレムのようである。
 そのフレッシュ・ゴーレムのようなものの胸部装甲が開き、その中にパイロットが搭乗していく。パイロット・スーツを着た眞である。
 パイロット・スーツはミスリル銀で織り上げられたジャケットであり、搭乗者の身体保護とフレッシュ・ゴーレムの操作を補助する機能がある。
 窮屈なシートの中にあるコンソールを操作し、起動チェックを続けるスクリーン上の眞は、やがて全てのコンソールに異常が無いのを確認した。
『ダイナミック・エンパス・リンクの連動を確認』
『異常ありません!』
 モニターの中で、眞はその言葉に満足した様子で頷いていた。
『OK、それじゃあクープレイを起動する』
『了解』
『クープレイ起動!』
 記録画像から、作業員達の声が響いた。
 いつの間にか作業を行っていた若者達が全員、その仮想スクリーンの中の光景に見入っている。
 コクピット・ハッチを開いたまま、眞はクープレイを起動させた。
 昆虫のような装甲殻に包まれた強靭な両脚が、ゆっくりと、しかし力強く立ちあがっていく。
 機械音など、全く立てずにクープレイと呼ばれた人型の兵器が聳え立った。
『さて、基本的な運動を確認する』
 眞の声が響き、クープレイはゆっくりと歩行を始めた。
 
「にしてもよ、良くアレだけの物をこんな短期間に完成させてたな」
 英二が呆れた様に言う。
 眞は、実際の問題として二月に満たない時間でこれらのシステムの基本設計を終えていたのだ。
「まあ、元々のアイデアは俺達の世界にいたときに考えてはいたんだ。それをどう実行するかが問題だったけどな。魔晶石をベースにしたホログリフ素子の開発はこっちで始めたんだけど、古代語魔法に人工知能の付与に関する呪文と、それを研究した魔術書があって助かったからな」
 もっとも、今のシステムはかなり貧弱でしかない。
 ホログリフ素子は、魔力の結晶体である魔晶石をベースにしているが、一種の魔法生物のような存在である。自己増殖をし、細胞分裂により自動的に成長する生きたコンピュータ・・・
 それが現在の科学でさえ実現できない人工知能コンピュータでもあった。
 もっとも、そのクリスタル素子セルは成長が植物程度でしかない為、そのシステムの最終的完成には気の遠くなる時間が必要だろう。
 OSである『フレイア』は、現在の所十二、三歳程度の少女の人格が与えられている。
 これからホログリフが成長するに従い、徐々に『彼女』も成長していくだろう。
 もっとも、その為には何十年という時間が必要になるだろうが・・・
 眞の構想では、統合システムである『ユグドラシル』を機軸に、各種のサービスまで完全にハイテクでサポートした総合的情報国家の設立までがある。
 その為には、魔法と現代科学技術を融合した『魔法科学技術テクノロス』を完成させる必要もあった。その最初の試みが、この実験工房、通称『ダイダロスの金床』である。
 無限の魔力の塔があれば、恐らくより高度な魔法技術を用いることも不可能ではないだろう。が、眞は今、それを用いるのは早すぎると考えていた。
 事実、まだ魔法科学技術は研究を始めたばかりなのだ。
 例えるならば、核分裂の原理が判らないのに、核ミサイルをいじり回す訳には行かない、という事である。ましてや核融合技術など・・・
 今はこつこつと、小さな技術、知識を積み重ねていく段階なのだ。
 だが、その段階で、既に魔法科学技術は現代科学を遥かに凌駕するものがあった。
 バイオテクノロジー関連では、創造魔術との連動を行い、既に人間の完全な遺伝子マップを手に入れているし、その遺伝子の働きさえもほぼ完全に掌握していた。
 そして、どのような遺伝子がどのような機能をもたらすか、さえも理解されつつあるのだ。
 ロボット工学は付与魔術とも連動して、クープレイのようなロボット兵器さえも開発できるレベルに達している。コンピュータ工学に関しては、言うまでも無いだろう。
 クープレイを始めに、現在開発を進めているロボット兵器の事を、眞達は『魔道装騎兵ナイト・フレーム』と呼んでいた。元々、古代語魔法にはゴーレムを創造する技術がある。
 眞は魔神から直接知識を得た為に、これらの魔法を知っていた。だが、試験的にゴーレムを創造したり、発掘した古代王国のゴーレムを運用して見た結果、実践投入には耐えられない、と判断せざるを得なかった。
 自律して動けない兵器である以上、戦争に投入するなど論外である。
 そもそも、古代王国の時代にはゴーレムは基本的に防御の為にしか配置されず、戦略的に運用する場合は必ずと言って良いほど、無線操縦が行われていたらしい。
 その事は西部諸国から使者として参上した“ヘッドライナーズ”の鋼の魔女レイからも指摘されていた。彼女達のグループはかつて、このようなゴーレムの制御を行う要塞を破壊した経験があるのだ。
 その話を聞いた眞は、ゴーレムを改造して人が操縦する事を考案した。
 これが魔道装騎兵の原理である。
 これらの研究作業に必要な資金に関しては、なんら心配は無かった。
 眞がヴァンディールと共に手にいれた財宝の量にはとんでもないものがあったである。
 竜を捕らえた後で、見せられた財宝の量を見た眞は、それを持ちかえる手間を考えて、そのまま埋めてしまおうかとさえ考えたのだ。
 事実、十体のゴーレムと幻像騎士団、そして手の空いた人員を総動員して、丸一週間以上の運搬作業を行ってさえ、財宝が減った様子が無い、という報告が続いている。
 竜の部族と交渉を行う傍らで、宝物搬送の指揮を取りつづけていた若い騎士からもそのような報告を聞かされた眞は、やはり埋めてしまったほうが良かった、などと激しく後悔していたのである。
 金銀や宝石だけでなく、古代王国の貴重な遺産、膨大な宝物などで既にファールヴァルト王国の王城にある庭はもう埋まってしまっているのだ。
 宰相のオルフォードが『これから何処に財宝を積むつもりですか?』という冷たい視線を送ってきたことは良く理解できた。
 今、それで頭を悩ませているのは眞も同じなのだから・・・
 アレクラスト大陸の資産家達は、さぞ蒼ざめているだろう。
 これだけの金銀や宝石が一気に流出したら、文字通りアレクラスト大陸の経済は一気に崩壊する危険がある。
 事実、眞が竜を捕らえるのに成功し、莫大な財宝を手に入れた、という噂が広まった時に、物価が激しく変動したのだ。大量に貴金属が流出すれば、その価値に依存している貨幣価値は暴落する。
 結果、物価は逆に暴騰してしまうのだ。
 そして大不況になる。
 眞はウェイルズ王と共同で金銀の流出の制限を行うことを宣言し、その影響をかろうじて食い止めてはいる。
 だが、物価が元通りに戻るにはまだ多少、時間がかかるだろう。
 その為、取りあえず、有り余る金に任せて道楽とも言える研究を行うことにしたのだ。
 噂で聞いたところによると、同じように有り余る金に物を言わせて冒険を成功させている冒険者がいたらしい。現在の消息は不明らしいのだが、どうやらオランを中心に細々と活動をしている、という話だ。
 もっとも、そのパーティの戦士の一人があの、アノスの騎士だというのだから笑い話である。
 それを聞いた眞の感想が、こうである。
『あの国に、そんな面白い騎士が残っていてくれたら、あの馬鹿の集団が暴発することも無かっただろうに』
 この感想を聞かせたランダーとシオンは苦笑するしかなかった。
 シオンは自分の国の騎士を揶揄されたにもかかわらず、思わず笑ってしまったのだ。あまりにも的を得た感想だったから。
 剣の腕では、シオンはあの騎士とも互角以上に渡りあうだけの自信はある。
 だが、目の前で笑う魔法戦士や、あの金と謀略に汚い戦士には別の方法でやられるだろう。
 そうやり返された事を思いだし、眞は思わず苦笑してしまった。
 もっとも、言われた事は的を得ている。
 眞は戦いを行う場合、必ず勝つ状況を作り出すのだ。実際に刃を交えるときは、その結果を出す為だけに過ぎない。
 だが、実際の戦力の差を埋めるだけの質の差を生み出す事は、現実問題として容易な事ではないのだ。
 あの、アノスとの戦も『空中からの奇襲』と『魔術を効率良く運用』した結果、相手の虚を突いただけである。魔術を同じだけ使いこなす国が相手ならば、数の差は絶対の意味を持ってくるのだ。
 その為、その数の差を跳ね返すだけの『戦力』の差を生み出す為に、眞達の行っている研究は必須だった。
 人殺しの研究を行う、という生理的嫌悪感が拭い去れる訳では無かったが・・・
【なあ、これからどうなるんだ・・・?】
 突如、ダイナミック・エンパス・リンクを用いて、亮が尋ねてきた。
 ちら、と亮を見ると画面を見つめて、技術者と話をしている。
(タスク展開をやってるな)
 そう判断し、眞もそれに答えるために、D.E.L.ダイナミック・エンパス・リンクを展開した。
 耳にあるピアスに手をやる。そして、ピアスに内蔵された端末からユグドラシルのインターフェースに接続を行う。そして、タスク展開を始めた。
 一瞬、五感の感覚がぶれるような感じがする。
 心が時分割で分離するような感覚。
 その次の瞬間、眞の意識は二つに別れて展開されていた。
【これから、だけど・・・可能な限りクープレイとかSSIVVAシヴァを実践運用し始めたほうが良いだろうな】
【そうか・・・】
【ああ。オーファンも、ロマールも政情不安な状況が加速していく危険がある。それに、ミラルゴとムディールの関係も、な】
 眞達は、画面を見つめて技術的な話し合いを続けながら、『マルチタスク』により展開された『タスク』の一つの中で政治的な話を行っている。
 この『マルチタスク・オペレーション』は、精神魔術と『ユグドラシル』システムの補佐により実現されている、高度な精神制御システムだ。
 “人格”を時間単位に分割し、それぞれのキャラクターに制御を割り振る事による“マルチタスク”を行うようにする、この技術は、ユグドラシル・システム内に展開されている擬似空間での作業を含め、肉体的な制限を受けないタスクをほぼ完全に実行するだけの能力がある。
 現に、眞と亮は技術者達とクープレイについて話し合いを行いながら、同時にD.E.L.による政治的な会話を行っていた。
 もっとも、今の技術では展開できるタスクはせいぜい2つか3つである。
 これはユグドラシル・システムの能力容量と、彼らの『人間』としての“OS”の性能に限界があるためだ。眞の構想とユグドラシルによる予測演算結果では、最大展開できる“タスク”の数は数千にもなり、ユグドラシル・システムの補佐を受けたその“マルチタスク展開”により、人間の生産性、創造性は飛躍的に向上するはずだった。
 だが、現実問題として、その“マルチタスク”は眞達のように慣れてきた人間でさえせいぜい2つか3つという貧弱なものでしかなかった。
【軍事的な緊張が爆発する前に、こいつを完成させたいんだがな・・・】
 眞は独り言のように呟いた。
【ですがマスター、恐らく人間の脳神経ネットワークの持つ性能を考えれば、マルチタスク制御は厳しいと思います】
 フレイアが眞の言葉に潜む問題点を指摘する。
 現時点での“マルチタスク”の実装には致命的な欠点があるのだ。
 恐らくは人間の脳機能が本来、時分割によるマルチタスクを行う、などという前提で設計されていない為、タスクを展開する数に限界があった。そして、更にまずい事が判明したのだ。
 分割された制御人格タスク・キャラクターの一つが“クラッシュ”してしまった場合、展開されている他の制御人格にまで影響が及んでしまうのだ。
 そうなった場合、マルチタスク展開している人間は意識を失い、ユグドラシル・システムによる緊急保護を行わなければ失神してしまう。
 そして、一週間程度はまともに動けなくなってしまうのだ。
 これでは、マルチタスクの利点を打ち消してお釣りが来るほどの欠点となってしまう。
『出来の悪い、どこぞのOSのようだな』
 と言うのが眞達の本音による評価だった。
 フレイアと眞が膨大な予測演算を行って出した結果は、
【分割する各“タスク”は原則としてセカンダリ・レベルに押さえた擬似人格のレベルに押さえるべきだと思います。その上で、それらのタスクを客観的に統合、管理するOSとしての主人格の存在が不可欠ではないでしょうか】
 というフレイアの言葉に集約されたのである。
 だが、元々人間には無い機能を実現する、という試みは余りにも困難を極めた。
 一朝一夕には出来そうに無い。
【付け刃で行うのは、リスクが大きすぎる、という事か・・・】
 英二の残念そうな声がした。
 このマルチタスク・システムが無ければ、クープレイを始めとする開発途上の兵器群も、新しい統合管理システムも、その価値は十分の一以下になってしまう。
 おまけに、SSIVVA(Super Self Integrated Vast Variable Armor-超自己統合型大規模多目的兵装、通称“シヴァ”)の機能にも支障が出てきかねないのだ。
 オプション兵装の展開が出来なければ、SSIVVAとはいえ単なる良く出来た鎧に過ぎない。
 本来、SSIVVAとは魔術兵装を柔軟性を持って展開、運用する為の兵装である。
 付与魔術により装備された魔法兵器を用い、統合された情報管制によりその運用効率を極限まで高めた究極の兵装であるはずだった。
 しかし、マルチタスクによる情報管制が出来ないのであれば、その兵装の火力の高さがかえって危険を生み出してしまいかねない。
 戦場で魔法兵器による同士討ちなど、考えただけでもぞっとする話だ。
 もっとも、SSIVVAを装備した人間を殺すなど、並大抵の努力では出来ないだろうが・・・
 シミュレーションでは第零階梯レベル0の兵装を装備した一般的な兵士一人が、下位魔神5体を易々と屠っていたのである。
 第五階梯レベル5の兵装を展開した人間ならば精霊王や魔神王とも互角に渡り合える計算になる。だが、そんな兵装はまだ開発も始まっていない上、装着可能な人間などいないだろう。
 SSIVVAに限らず、クープレイ等の魔術兵器は基本的に着用者や装備者にかなりの技量を要求するのだ。
 第零階梯レベル0のSSIVVAでさえ、それなりの戦士としての能力と、兵装を操るだけの古代語魔法の知識、そして訓練が要求される。
 ちなみに、眞は好奇心からレベル3のSSIVVAを展開したのだが、天才的な実力を誇る眞でさえ試験が終わって気絶してしまったのだ。それ程の反動に耐えられるようになるためには相当な訓練を積まなければ成らないだろう。
 その為には時間が必要なのだ。
 現時点で第零階梯レベル0のSSIVVAを装備できる人材は僅かに五人しかいない。
 そして、SSIVVAは魔道装騎兵に搭乗する為には必須の装備である。
 魔道装騎兵を操縦する為に必要には文字通り、全身で情報をやり取りする必要があるのだ。その端末としての機能がSSIVVAには装備されている。
 同時に強力な魔力による保護機能で、ナイト・ノーツの人体を保護するのである。
 そうで無ければ、人型の巨大兵器など操縦できないからだ。
 だが、第零階梯レベル0とはいえSSIVVAを装備できる人材をようやく鍛え上げ、ファイナル・βバージョンのクープレイも仕上がりつつある。
 実地配備が始まるのは、それ程遠い日ではなさそうだった。
 だからこそ、ユグドラシル・システムとマルチタスク制御を完成させなければならなかったのである。
 だが、現実問題として肝心の機能が実現できていない以上、不本意だが今のままで御披露目おひろめするしかないだろう。
 他にも『ドーラ』という爆撃機の完成も急がなければならないからだ。
 ドーラはナイト・フレームとは異なり、単純に飛行して攻撃を行う単なる爆撃機である。
 操作も、それほど難しいものではなく、構造も単純なために既に初期生産の準備に入っていた。アノスとの紛争行われる以前から開発は行われていたものの、訓練や試験に手間取り、結局、実戦参加には間に合わなかったのだ。
 しかし、ようやくパイロット達の訓練も終わり、実戦配備の準備が整ったのである。
 
 彼女は、自室のソファに腰をかけてぼんやりと羊皮紙に書かれた内容に目を通していた。
 オーファンの宮廷魔術師、ラヴェルナ・ルーシェンである。
 この美しい魔女は、しかし、目を通した羊皮紙に綴られていた事柄に衝撃を隠せない様子だった。
 希代の大天才とさえ呼ばれるこの美貌の魔女に、ここまで衝撃を与える事実、とは・・・
「まさか、リトラー殿下が・・・」
 そう、オーファンに巣食う怪物は後継者問題なのである。
 最近になって突如、認知された第三王子リウイの与えた衝撃は少なくなかった。
 いきなり歴史に登場したリウイ王子は、魔法戦士として無限の魔力の塔を建造した高位の魔術師を打ち破り、中原の危機を解決する、という活躍をした。
 そして、ザイン・ロマール間の紛争においても、分裂していたザインの各勢力をまとめ、なおかつロマールの将軍代行を一騎打ちにて倒す、という武勲を上げている。
 その上、その時に邪竜クリシュの転生竜を捕らえる、という離れ業も演じていた。
 これらの武勲は、現在のアレクラスト大陸においては事実上最高のものだ。
 これに匹敵する武勲を上げた人間は、ファールヴァルトという辺境の小国に突如現れた異世界の魔法騎士しかいない。
 あの少年とも思える程に若い魔法騎士は、しかし、破綻寸前だったファールヴァルトの財政を瞬く間に建て直し、そして軍事的にも大陸最強の騎士団の一つであるアノスの“正義の光騎士団”の千二百騎を撃破すると言う武勲を上げている。
 他にも行政、軍事、経済的な成功を次々と上げ、プリシスを話し合いの上で非戦闘併合して領土を広げるという、為政者としても名誉を得ているのだ。
 比較される隣国ラムリアースのフレアホーン王は、若いながらもリジャール王とも対等に政治が出来る程の俊才である。
 隣国のほぼ同じ年齢の偉大なる王、武勲を上げて名声を得た腹違いの弟、そして遥か彼方の英雄・・・
 それらの英雄に比べ、リトラーはいかにも影が薄かった。
 武勲は上げられない、文官には自分よりも遥かに優秀な、文字通り足元にも及ばぬラヴェルナという天才がいる。そして、そのラヴェルナの夫はリジャールに惹かれてこの国に仕官したローンダミスである。
 また、鉄の槍騎士団の騎士団長ネフェルはリウイ擁立に武力行使も辞さぬ、と考えた人物だ。
 彼に賛同する騎士が多かったことを考えると、恐らくオーファンの後継者にリウイを、と考える騎士も少なくは無いだろう。
 恐らく、それらの事実がリトラーにとって重圧となってしまったのだろうか。
 最近のリトラーはふせぎ込みがちで、何かに追い詰められたような表情を見せるときが多かった。
 そして、それと関係してか、モラーナ王国からの騎士達と、リジャールに惹かれて仕官した騎士達との間に大きな溝が出来つつあったのである。
 最近では、旧モラーナ貴族を中心として、リトラー王子に武勲を上げさせる為の行動を画策する者達さえいる。
 これらの事を考えて、ラヴェルナはその余りの困難さに頭を抱え込みたくなっていた。
 最悪、オーファンは分裂の危険さえあるのだ。
 事の発端は、リジャール王が軽い病で床に伏せられた事だった。
 病状は対した事は無かったのだが、その事が一機に宮廷内に動揺をもたらす結果となってしまった。
 かつて懸念された事である。
 いつか、リジャール王が崩御されたときに、オーファンはどうなってしまうのか、そういった不安が王国のそこかしこから聞こえるようになってきたのだ。
 同時に、旧モラーナ王国の貴族達がリウイ王子の排除を画策し始めていた。リジャールの忠臣達である騎士団からの支持の厚いリウイ王子が、実の所、最も王位継承者に近い立場にある。
 特に、ザイン王国とロマールとの間で行われた戦は、民衆にもリウイ王子が最もリジャール王の血を濃く継いでいる事をアピールしてしまった。
 民衆は英雄を求めるものである。
 そして、ザイン王国からも内密にではあるがリウイ王子支持の意思が示されていた。
 無理も無い話だと思う。
 何しろ、リウイ王子はザイン王国の内乱を収集し、ロマールに侵略される危険を打ち破った英雄である。オーファンの王位継承者であっても、救国の英雄が隣国の次期国王であるならば、逆にヴィミー宰相やカッセル子爵、雷魚騎士団の騎士たちとも面識のある人物である以上、信頼される事はあっても警戒される事は無い。
 現に、オーファン領内のモラーナ公国の騎士達からも支持の声が聞こえるほどだ。
 それがリトラー王子を擁する側には面白くないのである。
 ファンドリアに対する武力侵攻さえも噂に上っていた。
 旧領を回復すればファンドリアと言う邪悪な国を討伐する事にもなる。そして、領土を回復すれば、それは非常な名誉である。
 主流派から外されるか否かの瀬戸際に立たされた旧モラーナ派の貴族たちの思惑は、限りなく危険な色を帯び始めた、とラヴェルナは考えている。
 そして、ファンドリアに対して警戒心を抱く各教団の右派勢力とも同調を始めそうな気配があった。
 中原地域にも戦乱の気配が広がりを見せ始めていた。
「この状況に、あの若者達ならばどう立ち向かうのでしょう・・・」
 ふと、独り言が口を突いてしまった。
 リウイと、そして眞の姿を思い浮かべてしまう。
 あの、かたちは違うとは言え、圧倒的な行動力と決断力を持つ二人の若き英雄ならば・・・
 会わせてみたいものだ、と思う。
 考え方も、性格、そして方法論もまるで違うように見える二人だが、ラヴェルナには実の所、二人は意外にその内面では似ているのではないか、と思えるのだ。
 リウイは、文字通りの直情型である。冷静に考える事も出来るが、最後の最後には自分の信念に従って行動をする。
 眞は見たところ、極めて冷静に思慮をまとめ、そして緻密な策を張り巡らして行動する。
 だが、千二百もの騎士を全滅させるに至ったあの紛争でも、眞は最後までアノス騎士の全滅を回避しようとしていたらしい。
 魔法を使ったのは、あくまでも無益な殺し合いを避ける為だったのだろう。
 ラヴェルナが見たところ、眞が使った策はアノス軍を混乱させ、戦闘意欲を削ぐ事に目標を置いていたと思える。だが、アノス軍の指揮官の暴走、そして統制を失ったアノス騎士たちを迎撃するファールヴァルト騎士団の安全を優先させる、という指揮官として当然過ぎる判断があの大惨事に繋がってしまったのだろう。
 和平交渉の席に同席したラヴェルナは、眞の表情が微妙に曇っている事に気が付いてしまった。
 それでも、あの少年は強い戦士を、冷静な指揮官を演じなければならなかったのだろう。
 ラヴェルナはその事に気が付いていた。
 そして、ローンダミスも同じ事を指摘していた。
「騎士というものは、冷静に人を殺さなければならないからな」
 その言葉の重さが良く理解できる。
 もし、あの少年が取り乱していたら、他国の騎士たちはファールヴァルトという国そのものを軽く見てしまうだろう。
 逆に、年端も行かない少年が冷酷に敵を殲滅した、という事実は外交上でも絶対の意味を持つ。
 ファールヴァルト、という国を、そしてその国に住む自分の護るべき人達を護る為に、あの少年は残酷な芝居を演じなければならなかったのだ。
 そうしなければ、異世界の将軍の利用価値が無くなる、と愛する夫はラヴェルナに告げていた。
 その『事実』こそが、あの少年に畏怖を与え、そして他国への強烈な意思表示になる。
 だが、ラヴェルナはあの年端も行かない魔法騎士の真の心を理解できた。
 眞は、魔法の薬を大量に他国へ輸出し、庶民の助けにする為に活用しているのだ。そして、先進の医療技術や知識をこのオーファンにも、オランにも与えている。
 既に十人を超える薬師や治療師達が、ファールヴァルトで先進の医療技術や薬学を勉強していた。そして、社会保険や教育制度の充実など、見習うべき政策をどんどん研修させているのだ。
 ラヴェルナ自身も、ユーミーリアの洗練された政治学などを学び、それをオーファンに反映する為の政策を考えている。
 その中で理解した事は、眞が国民こそに気を使っている、という事だった。
 だが、政治家として、軍人としての眞はファールヴァルトの安全を最優先にせざるを得ない。噂で聞こえている新兵器の開発は、その責任から来るのだろう。
 もっとも、それらの新政策に対する諸外国の反発は少なくない。
 古い伝統にしがみ付いて、貴族達の利権に踏み込むこれらの新しい概念は、どうしても彼等からの反発を生んでしまうのだ。
 それがまともに機能できるのは、おそらくファールヴァルト本国と、新興の国であるこのオーファンだけだろう。
 ファールヴァルトにおける眞の信任は絶対的なものがある。
 王族さえも餓死しかねないほど困窮していた状況を覆し、大陸でも有数の富を誇る国にしたのだ。その規模を拡大するに従い、どうしても従来の国を運営していた権力構造を変えなければならない。
 それは逆に、政治システムに新しい血を入れる事に繋がっていた。
 そして、新しい政策による豊かさを知った貴族達こそが、その改革の原動力にもなっていた。
 だが、既に豊かな国にはそうした必然があまりにも少ない。
 その改変に辛うじて対応できる程度に若いのが、オーファンだけなのだ。
 フレアホーン王も、ラヴェルナに賛同してはいるものの、国内の貴族達による抵抗からか身動きが取れないでいる。
 他の国は、推して知るべしだろう。
 だが、少なくともオーファンだけでもその『新しい風』を受け止めたい、とラヴェルナは考えていた。
 ようやく完成した印刷機により、書物をどんどんと発行できるようになったのは嬉しい事だ。
 魔術師である彼女には、その見たことも無かった機械は古代王国の遺産よりも素晴らしく思える。
 どうして誰も思いつかなかったのか、不思議だった。
 自分が今、手にしている書類も、全く同じ内容で他の文官にも渡っている。
 実に不思議な気がするのだ。
 一枚の板に、文字を一つ々々かたどった金属の小片を並べて、一枚々々のページの内容を作り出すのだ。そして、その出来あがった『原型』を蝋で模り、その型を基に陶器の『版型』を作るのだ。
 その出来あがった版型の文字の部分にインクをつけて、羊皮紙に押し付けるだけで簡単に同じ内容の書類が幾らでも複製できる。
 版型を保存しておきさえすれば、後から幾らでも印刷する事が出来るのだ。
 しかも、陶器の版型は羊皮紙と違い、割らない限りは劣化する事も無い。
 この最新の技術は、各国の魔術師ギルドやラーダ神殿、そしてこのオーファンにも導入が始まっていた。貴重な資料から逐次、版型に取って保存するのだ。
 印刷技術により、ラヴェルナの著書である『アレクラスト博物誌』と『見聞禄』も簡単に、そして正確に写本をする事が出来た。
 手書きによる書類は、まず読めるものではない。
 ラヴェルナはそのことを痛切に感じていた。文字を良く書くはずの魔術師ギルドの回覧文書でさえ、何が書いてあるか読めないときがあるのだ。
 自分達が日常使っている共通語や西方語、そして下位古代語の読解に<言語読解トランスレイト>の呪文を使わなくては成らない、など文字を使う魔術師にとっては恥以外の何になるだろうか。
 だから、今までは少なくとも王宮に上げる公文書はラヴェルナ自身が逐次書き直していたのだ。
 特に、書類をまとめるはずのマデル導師の字は汚い事で有名だからだ。
 しかし、印刷機が魔術師ギルドにやってきてからは、その必要もなくなった。せいぜいが文字のつづりを確認するだけで済む。
 今までのように、どれが何の文字なのかを解析する必要が無いのは気が楽になる。
 ラヴェルナは生まれて初めて、心から技術に感謝をしたものだ。
 そしてローンダミスからも同じ感想を聞かされたのである。
 回覧されてきた書類を自力で読めるようになった、と冗談交じりに言われたときには、ラヴェルナは同じ言葉をカーウェス最高導師から聞いたのを思いだし、暫く笑い転げていたのである。
 そういう意味でも、眞はオーファンの貴族や民衆から評判が高い。
 リジャール王、リウイ王子と並んで眞の肖像画も飛ぶように売れているらしい。
 もっとも、ローンダミスやラヴェルナ自身の肖像画も売られているらしいので、少し気恥ずかしい気がするのだが。
 それがリトラー王子の悩みの原因の一つでもあるのだろう。
 民の心も、臣下達もリウイのほうを向いているのだから・・・
 さすがに口に出してこそ言わないが、ローンダミスも内心ではリウイ王子に剣を捧げたい、と考えているのだろう。
 ラヴェルナ自身は、正直言って時期国王にはどちらがなっても良い、と考えている。
 リウイ王子は自分の弟子でもあるし、魔術師ギルドで共に学ぶ学友でもある。
 リトラー王子は、下位古代語を勉強しているとはいえ、リウイのように本格的に学んで古代語魔法をも身に付けているという訳ではない。
 親近感、といえばリウイに強く感じるのだ。
 そして、リジャールの血を強く継いでいる、と思わせる、リウイのあの行動力はリトラーには決して感じられないものである。
 だが、リウイが王位を継承する事で国が乱れるのならば、それは臣下として回避しなければならない事なのだ。
 もっとも、同じような危惧は実の所、ロマールにも存在する。
 二人いるロマールの王子は、本来ならば王位に最も近いはずの皇太子よりも弟王子のほうが優れた人物である。
 それゆえに、近い将来、オーファンと同じような王位継承に関する乱れが予想されるのだ。
 中原でも強い武力を誇る二つの大国が乱れれば、それは危険な呼び水に成りかねない。
 不穏な空気がアレクラスト大陸を覆いつつあった。
 
 
 

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