~ 1 ~

 ファールヴァルト王国の王都エルスリード。
 その王都にある小さな城ではささやかな茶会が開かれていた。
「あいつ今、何やってんだかね・・・」
 高崎里香がぼんやりと呟く。
 その呟きに、小沢悦子がのんびりと答えた。
「さぁ・・・まだ、竜とか追っかけてるんじゃない?」
「良くやるよね」
「ほんとだね・・・」
 そう言いながら、ティーカップに注がれたお茶を口に含んだ。
 ファールヴァルト特産の極上品の紅茶である。
 このお茶一瓶で城が建つ、とさえ言われるような逸品らしい。
 もっとも、この城では当たり前のように飲まれているお茶なのだが。
 ティーセットも、とんでもない代物である。
 見事な銀の装飾が施されたティーカップと、ティーポットの組み合わせは、大地の妖精族ドワーフの名匠の手による品だ。ティースプーンと、数々の銀食器はミスリル銀製の古代王国期の品。
 ちなみにテーブルと椅子の一揃えは隣国オランから献上された品であり、テーブルクロスは古代王国の太守が使っていたという代物だ。
 見た目は一見、地味にも見える。
 だが、その組み合わせは信じがたいほどに見事な調和を生み出していた。
 当たり前のようにお互いがそれぞれの美しさを出しながらも、それが調和を崩していない。
 この城の主の趣味とセンスの良さが判る。
 しかし、これらの品全てで、おそらく小さな国なら丸ごと買い取れるだろう。
 もっとも、これらを揃えた本人は別に金額など気にもしていない。気に入ったから使う、それだけだろう。
 そんな贅沢が許されるかどうかは別として。
  
 でも、あの人ならそんなことは気にしたりしないわ、きっと。
  
 ユーフェミアはぼんやりとそんなことを考えていた。
 ファールヴァルト王国の王女として生まれて、今までこのような贅沢などした事が無い。
 今、つまんでいるお菓子など、一皿で銀貨五百枚はする代物だ。
 金貨にジャムを塗って食べているような気になる。
 しかし、まだ21歳の女性にとって、極上のお菓子は魅力的過ぎる。
 最初こそ遠慮しようかと思ったのだが、ついつい手が止まらないのだ。
「やっぱり、これはおいしいですね」
 高科葉子も、おいしそうに口に運んでいる。
「あ、やっぱりそう思います?」
 嬉しそうにユーフェミアが同意する。
 今年の夏まで、国民もろとも餓死寸前だった国だったのだが、今ではファールヴァルトはアレクラスト大陸でも有数の富を持つ国家となっている。
 それは、ユーフェミアと目の前の美女達の婚約者である異世界の若者、魔法騎士・緒方眞の功績だった。突如現れた、この異世界の若者は見事な知恵で破産寸前だったファールヴァルトの財政を立て直している。
 そして、魔法騎士団を編成して、隣国アノスとの紛争にも勝利した。
 それどころか、隣国だった都市国家プリシスを併合し、ファールヴァルトを大国の仲間入りさせるほどの豊かな国にしているのだ。
 その比類無い功績に、父王ウェイルズは眞にこの国を継ぐ地位、つまりユーフェミアの夫にしたのだ。それは、恐らく貴族達や民衆の不安を解消する意味もあったのだろう。
 いつかは、異世界の魔法騎士は元の世界に帰ってしまうかもしれない・・・
 その不安を解消するために、眞と自分を婚約させた。
 だが、ユーフェミアはそれに政治を重ねていなかった。
 王国の危機を次々に乗り越えていった若者に、いつしか心の底から惹かれていたから。
 父は、もう既に嫁がせた気で居るらしい。
 ユーフェミアを眞に与えたこの離宮に住まわせている。
 宰相のオルフォードも騎士団長のファーレンも眞を高く評価しているのだ。貴族達や騎士達も眞に尊敬を抱いている。
 その為、おおむね好意的に迎えられているのだ。
 唯一の例外は旧プリシスの貴族達だろう。
 国を丸ごと差し出して、得た身分は最下級の貴族位では洒落になっていないからだ。
 だが、眞はファールヴァルトの国政に参加させて、本当の忠誠心を持つ貴族や功績を上げた者を更に上位の身分に引き上げる事で巧みにファールヴァルトの中にプリシスの歴史を消化していった。
 政治的にはもうファールヴァルトの貴族達が本来の仕事を果たすだけで良い。
 もっとも、今は父王の病も癒されて、ユーフェミアが政治の場に立たなくても問題は無い。だから今は他の貴族の娘同様、のんびりとお茶を飲んでいる毎日だ。
 同じように眞に嫁いだルエラだけは宮廷魔術師団の第三位という立場から王宮詰めの毎日だ。
 特に、眞が竜狩りに出かけている今、魔術兵団を指揮していなければならない。
 おかげでおいしいお茶やお菓子にあり付けない、とぼやいている。
 もっとも、この城の主である眞はお菓子どころかまともな食べ物も無い状況で竜を追いかけているのだろうが・・・
「大丈夫だよ」
 悦子がユーフェミアの不安を見透かしたように答えた。
 本当にカンの鋭い少女だ。
「きっと、あと何日もしないうちに、その竜をとっ捕まえて帰ってくるって」
 その「竜を捕まえる」ということが問題なのだが。
 そう思ったのはユーフェミアだけではない。
 慣れないような仕草で窮屈そうにお茶をすすっていた浅黒い肌をした少女も、お人形のような愛らしい少女もそう思っていた。
 浅黒い肌の少女は獣の民の少女である。
「ティエラさんも、竜ってそう簡単に捕まらないって思いますよね?」
 お人形のような少女が獣人の娘に尋ねた。
「そうね、エリステスは童話の竜を知っている?」
 ティエラは良く親達が子供達に聞かせる竜の話をした。
「はい」
「眞が捕らえようとしている竜は、その童話の竜よりも強いのよ」
 確かに、そのティエラの言葉は真実だ。
 眞は竜の部族の信頼を得る為に、竜を捕らえに出かけたのである。ただ、その竜が問題だった。
 この近辺で最強の竜である『嵐の暴君』と呼ばれる竜なのだ。
 その強さは古竜にさえ匹敵するという。
 雷を操り、嵐を巻き起こすという竜を、倒すのではなく捕らえようというのだ。
 その話を聞いたとき、ユーフェミアとルエラ、ティエラ、エリステスの四人は卒倒してしまった。それほど、この近辺の者にとって嵐の暴君は知られているのだ。
 もっとも、眞はそれをやってのけるだろうとファールヴァルトの騎士達は信じている。
 それほどまでに『鋼の将軍』の名は意味を持っているのだ。
「眞は大丈夫ですよね・・・」
 不安げにエリステスが呟いた。
 幾らなんでも嫁いで間も無いのに、13歳の若さで未亡人になるのは考えたくない。
「あれは殺しても死なない人間だからね・・・」
 里香がお茶をすすりながら、自分に言い聞かせるように言った。
 
 その頃、眞は熱く焼きあがった鹿肉にかぶり付いていた。
「ふへー!」
 同じように口いっぱいに肉を押し込んだ亮が、眞に尋ねた。
「へ、ほうふんほ?」
「はふ」
 ごっくん、と肉を飲み込んで言いなおす。
やっこさんが出てくるまで待つさ。どうせ、集団で飛び掛かってっても勝てねーからな」
「確かにな。あのヤロー、マジで化け物ばけもんだぜ」
 その言葉に、何人かの近衛騎士が頷いた。
 全員が巨大な焼肉を抱え込んでいる。
 一度や二度、魔獣にあしらわれた程度で立ち直れないような軟弱な人間はファールヴァルトの騎士などやっていられない。平然と焼肉に齧り付いて、竜狩りの対策を練っている。
 眞達はこの竜の領域に踏み込んで、その夜に嵐の暴君の襲撃を受けたのだ。そして、眞を中心として速水亮とランダー、牧原英二、二人の魔法騎士、五名の近衛騎士が反撃をして、ぼろぼろになったのだ。
 死人が出なかったのは僥倖ぎょうこうだった。
 何とか嵐の暴君を撃退したものの、眞達は次の日一日、動けない程の状態だったのである。
 だが、これで眞はあの竜の強さも掴んでいた。
『竜の心を惹き付けるのです』
 竜の部族の長の言葉が思い出される。
 しかし、どうやるのかまでは教えてもらえなかった。
 要するに、竜と心を通わせる事らしい。
「でもよ、どうやってあいつと心を通わせるんだよ。そこいらのおねーチャンとは違うんだぜ」
「とりあえず、とっ捕まえてから考える」
 眞は英二ににやっと笑って答えた。
「は?」
「いやな、考え方を変えた。とっ捕まえるために心を通わせるんじゃ、こっちの体がいくつあっても足りねー。だからな、まずはとっ捕まえてから心を通わせてみる」
「アホかーっ、おのれはっ!」
 呆れた様に英二が突っ込んだ。
 あの化け物を、まずは捕まえるなどとは自殺行為だ。
「策はあるさ」
 眞は自身ありげに笑った。
「まあ見てろ」
 
 事の始まりは、例によって政治がらみだった。
 竜の部族との同盟と王国参加について話し合っていたときの事である。
 数人の若者が、竜を崇めるべき部族が国に組みこまれるのは部族の掟に違反する事だ、と反対意見を出してきたのだ。
 確かに竜を崇めるということは、自由であることでもあるのだ。
 国という枷に縛られては竜に近づけない、という事情もわからなくは無い。しかし、そのままでは他国に滅ぼされるという事情もあった。
 そこで、長老は眞に内密の願いをしたのだ。
 竜を捕らえてくれ、と。
 その途方も無い話を聞いたとき、ユーフェミアだけでなくルエラやティエラ、エリステスは見事に卒倒した。竜を倒すだけでさえ至難の業なのだ。捕らえるともなれば、どれ程の危険があるか判ったものではない。
 オーファンの建国王、“竜殺し”リジャールはアレクラスト大陸最高の戦士だと言われている。その最高の戦士を以ってしても竜を倒すだけで精一杯だったのだ。しかも、アレクラスト最高の魔術師の一人である“偉大なる”カーウェスと、マイリー神殿の最高司祭である“剣の姫”ジェニという傑出した人材の援護の元、である。
 そして、眞が捕らえようとしている“嵐の暴君”は、リジャール王の倒した“邪竜”クリシュよりも格段に強い、“神殺し”とも言われる古竜にも匹敵しようかと言う強さなのだ。
 ルエラから、その話を聞いた悦子と里香は熱を出して寝込んでしまった。
 だが、眞はそれ程に危険な申し出を受けていた。
 当然とも言えるが、ウェイルズ王をはじめとして王国の重鎮達は最後まで止めようとした。
 余りにも危険過ぎる、というのが理由だった。
 だが、眞はその使命を果たそうと考えていた。
 竜の部族が崇める竜を支配すれば、部族の若者達とて反対は出来ないはずだ。それ以外にも、竜を支配すれば軍事力の向上にも繋がるし、『鋼の将軍』として武勇を挙げれば外交での武器にもなる。
 そう考えて、眞は竜を捕らえるためにこのフィンブル山脈までやってきたのだ。
 そして『嵐の暴君』を一目見て、眞は絶対にあの竜を捕らえてみたいと思った。
 何故だかは判らない。
 ただ、惹かれた、としか表現できなかった。
「だが、眞。如何にしてあの竜めを捕らえるのだ?」
 ランダーが心配の色を隠さずに尋ねる。
 確かに、眞は大陸でも有数の実力を持つ戦士であり、強力な魔法を操る高位の魔術師でもある。精霊使いとしても決して低い実力ではない。その眞の実力をもってしても、一度はあの竜に打ちのめされたのだ。
 まったく、あの老竜エルダー・ドラゴンはとんでもない化け物だ。
 そう全員が考えている。ただ一人を除いて。
 眞はふと、竜の部族との会談を思い出していた。
 
「我らは遥かな古代より竜を崇めてきた部族なのです」
 目の前に座る、竜の部族の長老は眞に対して静かに語ってきた。
 竜の部族-正しくはバゼリア族という、未開の部族である。
 彼等は遥かな古代、神話の時代から竜を崇め、竜の力を継承してきた部族だった。古代王国の侵略にも屈すること無く、古からの生活を頑なに護りつづけているのだ。
 眞は近衛騎士たちを連れて、この部族を訪れていた。
「竜を崇めてきたのですか?」
 眞は興味に駆られて尋ねてみた。
 ユーミーリア-眞達が名付けた、彼等の世界-には竜など存在しない。
 しかし、世界中でその伝説が語られ、もっとも有名な怪物でもある。このフォーセリアには本物の竜が実在するのだ。
 興味に駆られない筈は無かった。
 しかも彼等バゼリア族の男達は、ほぼ全員が竜語魔法を使えると言う。
 アレクラスト大陸では、竜語魔法を使うものは殆ど居ないとされている。唯一確認されている竜語魔法の使い手たちは、“湖岸の王国”ザインに自治領を与えられて生活するアリド族くらいのものだ。あとはノーブル・リザードマンと呼ばれるリザードマン達の上位種族が竜語魔法を使うと言われている。
 もっとも、確認されているノーブル・リザードマンの集落は存在しない為、信憑性に問題があるが・・・
 竜語魔法の使い手達が知られていない理由の一つに、その特殊性がある。
 もともと、竜を信仰する竜司祭達は束縛される事を嫌う。
 その為、王国、という形はおろか教団さえ形成する事はしない。また、他人からどう見られても平然としているほど自由を求めているためにファラリスの教えと誤解されている場合も少なくないらしい。
 他にも、毒を神聖視する、生の食物を好む、といった竜司祭達の行動が邪教として見られる原因ともなっている。
 特に既存の教団は、この竜の従僕達を嫌う傾向があった。
 ザイン王国がかつてモラーナ王国という名前だった時代に、エア湖の湖岸に住むアリド族を滅ぼしそうとしたのも、この竜への信仰を邪教だと思ったためである。
 それが、逆にこのバゼリア族に警戒心を抱かせる結果になったらしい。
 そして近年のロドーリルの拡大主義、ファリス教団右派を中心とした宗教原理主義の台頭などが脅威になってきていたのだ。
 バゼリア族のブレア族長は、ファールヴァルト王国とアノスのファリス教団の激突を知り、ファールヴァルトに接触を試みたのだ。
 要するに「敵の敵は味方」という訳である。
 だが、実際に会ってみて眞はこの未開とされていた部族が、実は非常に独自色の強い文明を持った集団である事を見抜いていた。
 常識に違いがある、という意見も文官達の間から聞かれたのだが、それを言うならば眞達の『常識』もフォーセリアのそれとは大きく異なっている。
 幾度かの会談を経て、両者の間にパイプが出来あがって来ているのは良い兆しでも合った。
 どちらにしても、両者が協力をし合わないと両方とも大国に滅ぼされてしまう、その恐怖と危機感がお互いに対する懸念と不信感を和らげていた。
 とはいっても、ファールヴァルト王国の貴族や文官達からは眞に対する信頼が大きい。戦争に勝てる軍人としてだけでなく、経済を飛躍的に高め、なおかつ洗練された政治システムの導入により、堅牢な教育基盤の確立、それによる産業や施政の補強など、様々な実績をあげているからである。
 教育の充実など、本来ならば貴族側が独占しておきたい情報なども徹底的に民衆に身に着けさせるのだ。当然のように貴族達からは反発が大きかった。
 しかし、眞がテレビを用いてユーミーリアの繁栄を実際のものとして見せて、納得させたのだ。
 ただ、貴族政治も眞は維持している。
 要するに、一般市民からでも能力次第で貴族になれるチャンスを与えるようにしたのだ。
 ただし、一般人からは原則として一代限りの貴族位しか得られない。
 代々連なる貴族には、逆に権限だけでなく責任も大きい、という政治を試みている。
 要するにリーダーシップと責任、義務、権限の一体化である。
 この方法は意外なことに貴族からも好評だった。
 民衆が裕福になれば、貴族は今以上に裕福になるからである。それ以外にも、貴族の貴族たる所以が明確になった、というのがその理由なのだ。
 眞の試みは、まだ定着には相当な時間がかかるだろう。しかし、その努力が実になることを眞は信じている。
 その、眞の政治方法は他国の政治にも少なからぬ影響を与え始めていた。
 オランは学問所を設立し、オラン国民に教育を普及させる努力を始めている。学問所の設立にあたっては、カイタルアード王とマナ・ライ最高導師が直々に眞と会談を持ち、その協力を仰いだと言う。
 ファールヴァルトには現代人の洗練された知識や技能があるために、高度な大学などが準備されている。ちなみにアレクラスト大陸初の高等教育機関としてのファールヴァルト王立大学が設立されていた。初等教育から大学までの高度な教育システムである。
 眞達も、テレビの放送大学やインターネットでの情報により猛勉強をしている。
「学校に通ってたときよりも、ずっと勉強が楽しいよな」
 そう言ったときには、さすがに葉子は拗ねてしまった。
 教師の目の前で、そう言う事を言われては立つ瀬が無い・・・
 だが、眞にはある目標があるのだ。
 いずれはフォーセリアとユーミーリアが交流する日が来るだろう。
 その時に、今のままのフォーセリアではアメリカや中国と言った野心のある国に攻め込まれる危険があるのだ。その為の備えをしておく必要があった。
 どうせ人権だの自由貿易だの、難癖を付き付けて来るに決まっている。
 そのための対応策を今から練っておく必要があるのだ。
 眞はユーミーリア世界を大混乱に陥れることさえ考えている。
 だが、その前に立ちはだかる困難を解決する必要があるのだ。
 その困難とは、アレクラスト大陸に立ち込め始めた戦乱の兆しだった。
 ファールヴァルトはプリシスを併合したものの、問題が無いわけではない。むしろ、「指し手」ルキアルの出身母体である。彼の息のかかった人間も多いはずだ。
 その為に、謀略にも気を配る必要があった。
 それはロマールの仕掛ける罠を警戒するという意味も有る。
 もっとも、相手を罠にかける、という手段はルキアルの専売特許ではない。眞もかなり姑息な手段を平然と使う。プリシスの貴族から、「お前ほど狡い人間は見た事が無い」などと言われて、平然としているくらいだ。
 眞はファールヴァルト王国の軍備増強を急いでいた。
 切り札でも有る古代語魔法は、現代では失われた魔法が多い。
 特に、付与魔術は現代では多くの呪文が失われているが、眞は物体に魔力を付与する事も、ゴーレムを創り出す事も出来る。
 他国の非難はあえて無視して、多数のゴーレムと魔獣を実践配備しているのだ。
 だが、まだまだ基盤を確立したとは言えない。
 そうした事情からも、軍事的な行動の機会が欲しかった。
 だが、あまり派手にやりすぎると、今度は他国からの不信と警戒を招く。だからこそ、眞はロドーリルには攻め込んでいないのだ。
「暫くはロドーリルに身代わりになってもらわないとな」
 眞はそう考えている。
 極秘裏に新兵器を開発しているのも同様の理由だ。
 魔獣の軍団などは、どちらかというと人目を引き付けておく囮だった。
 もっとも、実践経験を積ませる為にも、兵士や騎士団には魔獣狩りをさせている。これにより、多数の魔獣を軍団に組み入れる事に成功していた。
 そして、今、竜を崇める部族と連合を結ぼうとしているのだ。
「竜を崇める、というのは一言では説明できませぬ。我らは竜に近づく為に竜を崇めておるのですから・・・」
 族長の言葉は、如何に竜を崇める者と、そうでない者とが異なる精神構造メンタリティーをしているかを物語っている。もっとも、宗教を信じる者とそうでない者とでも大きく異なるのだが・・・
 会談は、しかし終始和やかに行われた。
 竜の部族は宴を用意して、眞達を歓迎してくれた。そして、眞達もファールヴァルト王国からの使者として大量の精製した鉄やミスリル銀を鍛えた宝剣などを献上していた。
 もともと、ファールヴァルト王国もこの近辺で生活していた蛮族がその起源である。その為、比較的友好な雰囲気で話し合いは行われた。
 また、眞は幻獣を捕らえ、乗騎している英雄として、またファリスの狂信者の軍団を打ち破った解放者として迎えられていた。
 元々、この部族の男達は勇敢な戦士達が多い。そして、ファールヴァルトの騎士達も大国の騎士達のように気取っている人間ではなく、歴戦の戦士である。お互いにすぐに打ち解けていた。
 そして、話し合いはファールヴァルト王国に統合する、しないでは無く、いつ、それを実行するかになっていった。
 その時に、数人の部族の若者から反論が出たのだ。
「我らは竜を崇める自由な部族。如何に友好な間柄とは言え王国に縛られる事は出来ぬ」
 そう言って立ちはだかる若者を見て、長老達は苦い顔をした。
 竜を崇める者としては当然の言葉なのかもしれない。しかし、長老は長として政治を行わなくてもならないのだ。
 このまま孤立しつづければ、やがては大国に滅ぼされる事になるだろう。しかし、竜に近づく行き方を捨てられない事も事実だった。
 その夜、長老は眞を尋ねていた。
「先程の我が部族の者の言葉、許していただきたい」
 そう詫びる長老に、眞は笑いかける。
「ミゲール長老、頭を上げてください。私は何とも思っておりません。むしろ、あの若者の言葉が好ましく思えております」
「ありがとうございます」
 ほっとしたように微笑む長老に、眞は椅子を勧めた。
「さて、と。おいでになられた理由、お聞かせいただけますか?」
「流石ですな。見抜かれてしまいましたか」
 そう言って、ミゲール長老は笑った。
「いかにも、私の用件はあの若者の事ではありません。いえ、その話も関わってきますかな・・・」
 長老は溜息をついた。
「単刀直入に言いましょう。眞殿に竜を捕らえていただきたい」
「竜を?」
 眞は驚いていた。
 それにしてもいきなり竜を捕らえよ、とは。
「左様。あの若者達も含め、何人かの部族の者達は王国に組み入れられる事を警戒しております。しかし、眞殿が竜を捕らえたならば、我らはその竜に従ってファールヴァルト王国に交われば良い、と言えましょう」
「要するに、竜を支配すれば竜に従う者もその臣下になる、と」
「その通りです」
 眞は一瞬だけ考え、そしてその話を引き受けた。
 翌日、魔法の護符でルエラ達に連絡をとり、その話を伝えたのだ。
「そんなの、不可能よっ!」
 真っ青になったルエラが必死になって反対をしていた。その隣ではユーフェミアとティエラが真っ白になって椅子に腰掛けているのが見える。
 エリステスは既に気絶していた。
 無理も無い。
 竜を捕らえる、などとほとんど狂気の沙汰である。
 少なくともまっとうな神経の持ち主ならば考えもしないだろう。
「眞・・・」
 ルエラが何とか引き止めようとしているのが判る。彼女達はもともとフォーセリアで生まれ育った人間だ。竜の恐ろしさは少なくとも現代人である眞や悦子達よりも詳しい。
 だが、その危険な賭けに勝たなければファールヴァルト王国は危機を迎える事にもなる。
 眞はそう説明し、絶対に生きて帰ることを約束した。
 悦子も里香も、当然だが葉子も真っ白な顔で半泣きになっている。
 眞の無鉄砲さが彼女達に心労をかけているのは承知していた。
 しかし、それでもやらなければならないのだ。
 プリシス貴族達に対する牽制も必要になる。
 今回の会談と計画が失敗すれば、彼等に一枚、余計なカードを渡す事になってしまうのだ。この危険な賭けに勝てば大きな勝利になる。失敗すれば考える事が出来なくなるだけの事だ。
 そう考えれば気が楽になる。
 しかし、眞には護るべき人がいるのだ。
 だからこそ賭けに出て、必ず勝つ必要がある。
 それは眞が一番望むところだった。
 
 
 

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