プロローグ#2 ~ 東京 2000年 ~

 夏の日の夕暮れ。
 静かに雨が降り始めた中を一人の少年が走って行く。もっとも、その姿を誰も気にも留めない。
 この街では誰もが常に誰かと一緒にいて、しかし、その誰もが孤独でもあった。
 雨の中を走る少年は、いよいよ諦めたかのように一軒の店に飛び込む。
 その店は少年がよく立ち寄るアンティーク・ショップだった。
「いらっしゃい」
 店のオーナーである初老の男性が微笑む。
 あまり物を良く買わないこの少年は、決して良いお客さんではない。
 しかし、オーナーにしてみれば少年の16才という年は孫のような存在だった。
 だが、その少年は何時も何かに傷ついたような表情をしている。
「こんにちは」
 少年はいつもどおりの挨拶をして、それから店内に陳列してある骨董品を眺め始める。
 この店は主に明治から昭和初期にかけての舶来の物を主に売買している。その中には当時の貴重な資料となるようなものがたくさんあった。
 暫く、見て回るうちに少年は戸棚の中に一冊の古い本が有るのを見つけた。興味を抱いた少年は、その黒い革表紙の本を手にとって読み始める。
(なんの本なんだろう)
 少年は不思議に思いながらも、読み進めようとした。が、時間の事を思いだして躊躇ちゅうちょしてしまった。
 もうすぐ6時になる。
 早く帰らないと、今日はマズイ。
(幾らだろう、この本は)
 値段を確かめようとして、値札が無いことに気が付いた。いつもなら、どの品物にも値札が張ってあるのに。
 少年はそう思いながら、オーナーに尋ねてみようと、カウンターに歩いて行った。
「すいません、この本ですけど、幾らなんですか?」
「どれどれ」
 オーナーは、その本を手にとって値段を確かめようとして、やはり値札が無いことに気が付いた。
 裏表紙や本の後ろなどを見てみても、値札は見つからなかった。
 やれやれ、といった表情でオーナーが少年に答える。
「はは、うっかり値札を付けるのを忘れてしまったようだよ。そうだな、この本は・・・2千円でどうだい?」
 少年は思わず驚いてしまった。
 こんな豪華な装丁の本がたったの2千円だなんて!
 何かの間違いではないだろうか?
 しかし、オーナーはいつものように微笑んでいる。
 この本が2千円であることは間違い無いようだ。その値段なら、今持っている小遣いでも買える。
「それじゃ、買います」
 財布から千円札を2枚取り出して、オーナーに手渡した。店のオーナーはお金を受け取り、そして領収書を少年に手渡す。
 そして、少年は店から出て行った。
 その後ろ姿を見ながら、男性が呟いた。
「はて・・・あんな本、何処にあったのかな」
 少年が鞄に入れた本を思いだしながら考え込む。
 確か、その革の表紙には金文字で何か書いてあった。英語ではなかったような気がする。
 オーナーは知る術が無かったが、その文字はこの世界の物ではなかった。
 それは上位古代語という異世界の言葉であった・・・
 そして、その文字が読めるものがいたら、こう読めただろう。
 その革の表紙には金色の文字で『魔神を統べる者の書』と書いてあった。
 
 
 

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