~ 4 ~

 次の日から、王都エルスリードはお祭り騒ぎだった。
 もっとも、ウェイルズは悦子達が押しかけて来た時には、さすがに仰天したものだが。
「さすがにお前が選んだ男だけはある。ようもてるの」
 などと父にからかわれた時はユーフェミアも真っ赤になってしまった。
 とにかく、国を挙げての祝賀になる事が決定していた。
 戦勝の祝賀気分が醒めぬ内の新しい祝賀に、市民達は百年に一度のお祝いだと噂している。
 その婚姻により、眞がファールヴァルト王国の権力基盤を強固にすることを、ほぼ確定した。これは極めて異例の事であった。
 余所者に等しい異世界の人間が一国の王族として最高権力者となるのである。
 眞自身の能力だけではなく、周囲の協力、そして国や周囲の置かれている状況がそうさせたと言って過言ではない。
 この婚礼の話を聞いて、オランのカイタルアード王は苦笑していたと言う。
「なるほど、この様な手を打ってきたか」
 賢人王と称えられる男は、そう周囲の人間に漏らしたらしい。
 もっとも、実際に悔しがったのはプリシス側であろう。国を丸ごと譲渡して、最後にババを掴まされたような話だからだ。
 だがプリシスとしても、今更その併合の話を撤回する事などは出来ようはずもなかった。
 現実問題として、ロドーリルの脅威がそこに迫っている以上、もはや選択の余地は無い。自分達の最初の目論見と違うとはいえ、プリシスの貴族としての待遇も保証され、なおかつ以前以上の繁栄が約束されているも同然である。
 そう強硬な反対意見も出ないまま、併合の時期等に関する話し合いが始まっていた。
 同時に、ファールヴァルトは『獣の民』と『竜の部族』の長達と会談を重ねていた。
 未開の蛮族とされている両部族ではあるが、ファールヴァルト王国への合流は前向きに話が進んでいる。両部族とも、このまま大国に滅ぼされる事を警戒していたのだ。
 ロドーリルの脅威は、そのままファールヴァルトをそれに対抗しうる大国にする事への期待に繋がっていた。
 もっとも、オランを始めとする他国からは、ファールヴァルトが強くなりすぎる事を警戒する声もあるのだが、それはそれで当然だろう。
 とにかく、最初に獣の民がファールヴァルトとの融合を試みる事となった。
 既に戦士団を始めとして、相当数の獣の民がファールヴァルトの王都エルスリードや周辺の都市に移住を始めたのだ。
 戦士団はそのままファールヴァルト正規軍として再編成され、多くのものが騎士団に編入されることになった。
 これにより、ファールヴァルト正規軍の規模は一機に数千という数にまで膨れ上がる事になる。元々の騎士団からは相当な反発が予想されたが、時間が解決する問題だろう。
 純粋に戦力として考えた場合、獣人の能力を持つ獣の民は強力な戦力となりうる。もっとも、ファールヴァルトの騎士達も、眞から秘剣である「鞍馬の太刀」を学び、戦闘力では決して引けは取っていない。
 そして、魔法騎士からなる幻像騎士団は、当然ながら最強の戦闘集団としての地位を確固たるものにしていた。
 人口も一機に倍増し、二万五千を超えるにまでなっている。
 思ったよりも、街の住民とも摩擦は無く、積極的にファールヴァルトに解け込もうと努力しているようにも見うけられた。
 王都を始めファールヴァルトの各都市は今、空前の好景気にも支えられて、細かい事にはあまりこだわっていないのもあるのだろう。
「まったく、貴公の手並は大したものだな」
 シオンは心底感嘆したように言った。
「そうでも無いですよ」
 苦笑しながら眞が答える。
 婚礼の儀はプリシス併合の調印式と同時に行われる事となっていた。
 眞は王都エルスリードに大量の人間が流入してくるのを既に予測していて、今は街の設計からやり直して再建築している所である。スラム街が出来あがるのは好ましくない。
 その為、王都の再構築をおこなう事で、流入してくる人間に仕事を与え、そして同時に街を構築しなおして拡張性や機能性を向上させる。街の古くなった部分を改修して住民の意識改革を行い、流入した人間を労働させる事で元からの住民との摩擦を減らして融和を図っているのだ。
 その改修作業は魔法技術をも導入し、先進の都市設計を元に行われている。
 その一つが街灯の設置である。
 総石畳となった街の大通りに鉄柱を立て、それに暗くなると自動的に<明かりライト>の魔法が発動するように魔力を付与した水晶球を嵌め込んだのだ。
 こうする事で、街は明るく照らされて市民が安全に活動できる時間を増やしていた。結果、ファールヴァルトの経済はさらに上昇している。
 あと、眞の行い始めた改革の一つが、「交番」の設置であった。
 今までにも衛兵の詰所はあったのだが、もっと機能的に活用できるように改良したのだ。人員を効率良く配置し、犯罪の検挙だけでない、様々な機能を持たせたのだ。
 これは住民にも非常に好評だった。
 他にも、救急施設を作りだした。馬車を使って、怪我人や病人の所に薬師や医療師を連れて行ったり、そのまま患者を診療所に運ぶのだ。こうする事で、非常時の死亡率を激減させた。
 最初は人々は高額の治療費を恐れて、誰も利用しようとしなかったが、眞は「健康保険」の概念を導入していた。
 つまり、国民の収めた税金から予め医療費を積み立てておいて、非常時にそこから支払う、という方法である。こうする事で、人々の医療に対する気持ちは大幅に変化したのだ。
 死亡率の低下は、そのまま人口の上昇率の向上に繋がる。それは国力の増大にも直結するために、非常に有効な案だった。
 また、王立魔法学院の門戸を一般人にも広げた事もある。
 一般に、他国では賢者の学院に代表される魔術師ギルドの学費は非常に高額である。平均して一年で一人銀貨一万枚もの大金なのだ。
 それゆえ、他の国では魔術師になれるのは貴族の子息たちか裕福な商人の子供達に限られる。
 だが、ファールヴァルト王立魔法学院では学費は基本的に無料としたのだ。それどころか、奨学金として成績の上位のものには一月あたり、かなりの金額を支払われる。成績の良くない学生は、奉仕活動などを割り当てられるため、学生達は競って勉強に励んでいた。ただし、他国の魔術師達とは決定的に違う点が一つある。
 魔術師達がそのまま貴族の一員として国政にも参加する、と言う点であった。
 これは古代語魔法を、政治に応用すると言うファールヴァルト独特の方法である。その為、ファールヴァルトの魔術師達は魔術を神聖視することなく、現実の手段として利用する事を求められる。
 王立魔法学院は、そのまま王宮付きの宮廷魔術師団でもあるため、ファールヴァルトは国として魔術師を養成することになった。
 魔法使いの数は、そのまま国力の向上に繋がる。僅か二十数騎の幻像騎士団が、銀の剣騎士団を三十騎ほど指揮し、同時に傭兵隊を運用したとはいえ、自軍にほとんど損害を受けずに、アノス・正義の光騎士団、千二百騎を討ち破ったことからも、それは容易に想像できるだろう。
 それ程の武勲と政治改革、経済的成功を同時に行った眞に、シオンが素直な敬意を抱いても不思議ではなかった。
 事実、眞の示した先進的な行政改革は他国も見習うべきところが多く、隣国オランから、果ては遠くオーファンからも使者が訪れて、その政治知識の講義を受けている。眞は、貴族政治の長所と短所だけでなく、民主主義政治の長所と短所をも知っているため、より良い政治を試みる事さえ出来るのだ。
 そして、技術革新をある程度読めるため、思い切った対策を立てることも出来る。これは、産業革命を経た現代人にしか出来ない、いや、現代人でさえ中々思いつかない発想だろう。
 眞も、彼のクラスメートたちも賢明なのは、現代人達の持つ異常に進歩した科学知識を不必要に使わない点であった。
 もっとも、それを説明したところで理解できる人間がフォーセリアに居るかどうか怪しいものだが。現実問題として、知識を受けるものは、その知識を受け止め切れるだけの素養が必要になる。それは社会そのものが、その知識を受け入れる事が出来る基盤を持っていなければならないことをも意味しているのだ。
 そして現在のフォーセリアでは、その基盤が眞達の世界に比べて余りにも貧弱過ぎる。
 その為、眞達は自分達の持つ『知識』という力を厳重に管理していたのだ。
 だが、眞はその知識などを上手く活用すべく、王立魔法学院で少しずつ教育しはじめていた。もっとも、フォーセリアと眞達の世界では物理法則が若干違うのか、完全には眞達の世界の理論が通用しなかったのだが・・・
 特に、火薬等に代表される爆発物は、眞達の世界とは大きく作用が異なる。
 眞は実験の一つで、火薬を作ってみたのだ。しかし、なぜか爆発しなかった。単に、シュー、という音をたてて燃え上がってしまっただけなのだ。幾度かの検証で、眞は、フォーセリアでは魔法によらない爆発は起こらない、という事を付き止めた。
 あと、核反応も同様である。
 眞はこの世界に一緒に持ち込んだパソコンを用いて、核反応の制御の計算を行ったのだが、計算結果ではフォーセリアにおいて、核反応は起こらない事が判ったのだ。
 
「じゃあ、なんでこの世界は出来あがったんだ?」
 牧原と加藤が、文字通り狐か狸に抓まれような顔をして尋ね返す。
「さあな。神様とやらに聞いてくれ」
 眞も投げやりに答えるしかなかった。
 だいたい、核反応さえ起こりえない世界でどうやって太陽(本当に眞達の思っている太陽かどうかは不明だが)が燃えているのか、謎である。
 古代王国の文献にさえ書いてない以上、その正体は不明だ。もっとも、眞達の世界の太陽も、本当のところその正体は判っていないため、似たり寄ったりなのかもしれない。
 おそらくは強力な魔力の場が巨大な炎の場を創りだしているのだろう。決して重力で水素が核反応をしているのでは無い事だけは確実に言える。
 大体、平ったい世界でまともに重力が発動していることさえ笑い話だ。話に聞くところによると、地中の奥深くに住む重力の精霊が重力を創りだしているとか、大地の精霊が重力を創り出している、など、眞達にしてみれば馬鹿馬鹿しいような話だった。
 世界の根源の原理が、丸っきり異なっていて、人が生活できる範囲で、見かけ上同じに見えるだけなのだろう。
 いい加減な話である。
 だからこそ、神々は上位古代語などというもので世界を創らなければならなかったのかもしれない。
 どちらにしても、眞はフォーセリアにおいて核戦争の危険が無いことを知って安心していた。あんな危ないものは無いほうが良い。
「案外、楽園エデンとか理想郷シャングリラってのはカストゥール王国の魔法都市の事だったのかもな」
 眞が呟いた言葉は、以外に真実だったのかもしれない。
 もっとも、その真相は闇の中だ。
 ここまで世界が異なっていて、人間や(大体において)生物が同じなのも相当に変な話でもある。
「ぜってー、神様って連中はどっかで俺達の世界からアイデアをパクったに違いねー」
 眞達はそう結論づけてしまった。
 これは後に両方の世界で一般的になる理論になった。
 あと、眞達は自分達の世界に名前を付ける事にした。いつまでも名無しでは都合が悪いのだ。
「何が良いかねー」
 散々話し合った結果、ユーミーリアという名前を付ける事にした。
「で、何だい、そのユーミーリアっての意味は?」
 小林が眞に尋ねた。
「ユーミールって言葉から取ったんだ。ユーミールってのは、北欧神話に出てくる巨人の事だ。この霜の巨人の死体から世界が出来たって伝説がある。ま、世界中にある巨神伝説の一つだけど」
「じゃあ、何で北欧神話なんだ?」
「語呂の問題」
 眞があっさりと答えた。
「なるほど」
 小林も、その他のメンバーも合点が行ったようだ。もっとも、眞自身に大した理由があった訳ではない。要するに『カッコイイ』名前を探し当てただけなのだ。
 これ以降、眞達のいた世界の事は『ユーミーリア』という名でフォーセリアの賢者達に知られることになった。
 後に『ユーミーリア』と言う名前は、東京に創られる『日本魔術大学』において、この『世界』の一般的な名前として紹介され、広まって行くのであるが、それはまだまだ先の話である。
 
「・・・それで、フォーセリアとユーミーリアの間では、魔術や精霊力に互換性がある、と」
 目の前の椅子に座る美しい女性魔術師が眞に問いかけるように語りかけた。
 “魔女”と綽名されるオーファンの天才女魔術師、ラヴェルナだった。
 眞はその完璧な美貌の魔女に、自信ありげに答える。
「はい。それが証拠に自分達が古代語魔術を使えます。そして、この世界で私達が存在している以上、精霊力も変わりが無いはず。それ以上に、魔術的に互換性が無ければ『次元の門』は開き得なかったはずです」
 ルエラもその考えに賛成だった。
「確かに、世界系列が同一の物であり、私達の世界がそれぞれ『世界』の単なるバリエーションの一つでしか無いのならば、次元転移が起こった理由も、古代王国の魔術師達が『世界見せかいみの塔』で行っていた試みにも理由はあります」
「ならば、“魔界”も我らの存在する世界系の一つと言えよう」
 一人の高位の魔術師が、そのルエラの言葉を補足する。
「バレン導師・・・」
 眞が驚いた声を出していた。
「ですが、お互いの世界が交わることは好ましくないと思いますが」
 一人のハーフエルフの女性が発言した。
 同じく魔術師の杖を持っているが、美しい魔法のドレスを着こなしている。
 西部諸国の女傑であるレイの名前は眞も知っていた。
 西部諸国の一つ、ベルダイン王国の傭兵であり、ベルダインの無敵将軍アクセルロッドからの書状を託されてきた美しき鋼の魔女。
 戦後の混乱の中、ファールヴァルトという東の果てにまでやってきたということは、西部諸国の関心の高さを物語るのに十分だろう。
 この眞の館で行われている会談は、アレクラスト大陸の歴史として公式には公表されていない。
 だが、この私的な晩餐会は、恐らくフォーセリア世界における最大の意義を持つ会談の一つに数えられるだろう。出席者は、“剣の王国”オーファンから“魔女”ラヴェルナ、“賢者の国”オランからバレン高導師、ラムリアースからは“真理の探求者”エレスト、西部諸国から代表として“晴天の霹靂ブルー・サンダー”レイなど、それぞれの国でも極めて重要な人物達が集まっていた。
 他の王国からも、もちろん魔術師ギルドの幹部や宮廷魔術師などが出席している。
 会談の内容は両世界の今後のあり方や、眞の知る政治的知識、その他にも魔術的な展望など、極めて高度で濃い内容だったとされている。しかし、その内容上、各国の最高機密として扱われ、極めて限られた人間のみが知るに留まった。
 ランダーも、シオンもその場に同席し、この賢者達の話し合いに参加した。もっとも、政治絡みの話題以外はさっぱり理解できなかったが。
 各国の重鎮達も、本来はファールヴァルトのプリシス併合に立ち合う、との名目でこの国にやって来たのだ。そして、内密に異世界の魔術師と会い、魔法騎士団編成の真意を測るという使命もあった。
 だが、その使命以上に異世界からやって来たと言う若者と話し、その異界の知識を得る事にも興味を持っていたのだ。
 眞は来賓達にテレビを見せ、僅かばかりとはいえ、ユーミーリアの姿を見せた。
 また、友好の証に、と幾つかの日本製品を持たせている。
 和やかに会談も終わり、各国大使達はプリシス併合式で再開する事を約束し合って眞の館を後にして行った。
 眞だけでなく、ファールヴァルトとしても各国の重鎮達との人脈が出来あがったのは大きな意味がある。今はまだ比較的政情が安定しているとはいえ、ファンドリアとオーファンの不穏な関係や、西の“十人の子供達”と“十字路の王国”ロマールとの戦争など、アレクラスト大陸には暗雲が立ち込め始めているのだ。
 その暗雲の一つが、ファールヴァルトの隣国であるプリシスとロドーリルの間にある戦火だった。
 そして、ファールヴァルトがプリシスを併合する事により、今度はファールヴァルトがロドーリルと直接刃を交えることになる。
 オランからはこの併合により、プリシスを含めたフィンブル山脈一帯と、カーン砂漠に至る一帯を領土にする事を受諾する書簡を受け取っていた。
 そのプリシスの併合式は、もう目の前に迫っている。
 既にロドーリル軍はプリシスから退却をしていた。まともに戦えば、オラン、アノスといった周辺の大国と戦う可能性があるのを恐れたのだろう。
 ファールヴァルトは早速、急使を派遣してプリシスの貴族やプリシス王セファイルからプリシス軍の指揮権を引き継いでいた。プリシス貴族達は渋い顔をしてファールヴァルトの使者達を迎え入れたが、既に決定された事であり、また、自分達から願い出た事であるため、反論も出来なかった。
 ファールヴァルト軍は着々とプリシスの王城を始め主要な施設や機間を接収し、既にプリシスを実行支配している。
 最初こそプリシス市民からは反発の声が聞こえたものの、接収の翌日からファールヴァルトや他の国からやって来た商人や旅人達が増え始めたことでファールヴァルト王国による統治を受け入れ始めた。
 国民にしてみれば国の名前が変わっただけで、生活には影響は出てこない。むしろ、ファールヴァルトとの交易だけでなく、以前からあった旅人達との交易などが復活したため、歓迎さえしていたのだ。それに、もはやロドーリル軍に包囲され、攻撃されるという重圧から逃れられたのである。喜びこそすれ、自分達をその重圧と恐怖から開放したファールヴァルト軍を疎ましく思う空気はなかった。
 もっとも、その雰囲気は眞が密偵達を使って情報操作をした事でもあったが。
 眞はかなり前から密偵をプリシスに送り込み、プリシスの盗賊ギルドの幹部達と秘密裏に会合を重ねていた。そして、盗賊ギルドをファールヴァルト王国の諜報機関として併合する事で合意していたのだ。
 プリシス盗賊ギルドも、このままではロドーリルに潰される事を予期していたのだろう。
 驚くほどすんなりと話がまとまっていた。
 プリシス貴族のお抱え密偵達も、その役目を終えてファールヴァルト王国秘密情報機関として再生した盗賊ギルドで新たな任務を与えられている。
 それはプリシス貴族達の監視であった。
 眞は経済と情報を支配する事で、既に事実上プリシスを支配していた。
 プリシス貴族達の思惑はどうであれファールヴァルトによるプリシスの支配は着々と進み、事実上の併合はもう完了していると言ってもよい。併合式は単なる祭りでしかなかった。
 その他にも、眞はドワーフ族とも同盟を結んでいる。産業を起こすには、この大地の妖精達の協力は必要不可欠だ。
 眞はファールヴァルトでドワーフ達の好む酒を大量に生産し始めていた。
 洗練された科学知識と今までの職人達の技術を巧みに融合し、他では真似の出来ない素晴らしい出来栄えの酒を作りだしている。
 その出来栄えはファールヴァルト近郊に住むドワーフの族長、“鋼鉄の腕”バーゼンをして「神々でも、これ程の酒は飲めなかったに違いない」とさえ言わしめたほどの逸品であった。
 このエールやワイン、ウィスキーやブランデー等を交易品にし、ファールヴァルトはドワーフ族との同盟関係を結んだのだ。
 また、エルフ族ともお茶を交易品にして交流関係を結んでいた。
 これにより、プリシスの人口を加えた場合のファールヴァルトの人口は十万を超える事になる。
 ファールヴァルト王国は今、歴史の表舞台に登場する切っ掛けを手にしたのだ。
 
 併合式の式典は華やかなものになった。
 同時に眞とユーフェミア王女、プリシス皇太女であるエリステスの婚約も発表され、式典は多いに盛り上がった。
 また、悦子達もユーフェミア王女と共に眞に嫁ぐ事も発表されて、多いに周囲を驚かせていた。
 だが、もともとのファールヴァルト国民や獣の民にしてみれば、一人の男が多数の妻を娶る事は、別に驚くべき事ではない。そして、その風習を他国の人間もすぐに受け入れている。もっとも、眞とユーフェミア王女の婚姻に絡んで、複数の妻を娶ることになったのは、多分に政治が関係していた。
 一番の問題はプリシスとの結びつきだ。
 いかにしてプリシスの貴族に力をつけさせずにファールヴァルトの中に消化していくか、それが今回の併合と同時に発表されたファールヴァルト貴族とプリシス貴族達との婚姻関係に現れている。
 だが、ウェイルズ王はそんな事には一切触れずに威厳に満ちた声でプリシス併合を宣言していた。
 眞も堂々と演説を行って、今後のファールヴァルト施政に尽力をすることを宣言している。同時に魔法騎士達を軸にした空挺兵団の編成も宣言した。
 ファールヴァルトは地形のバラエティーに富んだ土地である。その事は逆に地上での兵力の展開性や機動性に大きな障害になる。そこで、空軍力を編成することになったのだ。
 もっとも、ほとんどの市民達は眞の演説の内容よりも、その脇に控える女性達の衣装に目が行っていた様だが。
 美人ぞろいの悦子達7人がそれぞれに工夫をした衣装を着こなしているのだ。
 目立たないはずが無い。
 ユーフェミア王女は、特別に仕立てたドレスを身に纏っている。純白のドレスに金と銀の糸で繊細な刺繍を施し、幻想的な雰囲気を出している。ルエラは古代王国の塔で発見した魔法のドレスを着込んでいた。いつもの魔術師の長衣ローブ姿からは信じられないほどの優雅さと美しさが見て取れる。
 そして、悦子と里香はユーミーリアから持ってきたドレスである。悦子は淡い青を基調としたドレス、里香は黒と赤を基調にしたイタリア製のドレスを着込んでいる。
 眞はどこであんなものを見つけたのか、暫く頭を捻っていた。
 葉子は、驚いた事に日本の着物を着ている。化粧は、本来の白粉おしろいではなく、ナチュラルメイクで仕上げている。髪も高く結い上げて、本来の日本的な着方とはずいぶんと違う、大胆な着こなし方だ。
 もっとも、眞はうっかり「着付けを知ってたんですか?」などと聞いてしまい、葉子にパンチを食らってしまった。
 この三人のドレスを調達するのに、眞は魔法装置を操って、大量の洋服をフォーセリアに持ってきていた。もっとも、盗んだわけではなく、『映しの鏡』を用いてコピーと実体化をひたすら繰り返したのだ。
 ティエラは獣の民に伝わる伝統的な衣装を着ていた。
 もっとも着飾っているのは彼女達だけでなく、出席している全員が凝った衣装を着込んで、式典を更に華やかなものにしていた。
 ただし、華やかなのは式典だけで、貴族達や騎士団は今後の展開をめぐって臨戦体勢を整えている。ロドーリル軍は引いたとはいえ、何時再び攻めて来るか判らないのだ。
 更に、一機に膨れ上がった人口を上手く管理しないといけない。もっとも、広大な土地も手に入れた為、入植を行ったりしてもまだ余裕がある。
 ただ、防衛線を確保する必要もあり、良い事ずくめなだけではなかったが。
 その緊張は宴の席にも出ていた。
 実際、ファールヴァルト貴族だけでなくプリシスの貴族達も宴どころではなかっただろう。
 しかし、宴というのも形を変えた外交なのだ。招待した側もされた側も、お互いに顔と名前を覚えあって人脈を築き上げなくてはならない。そして、お互いの手の内を読みあう。
 結局のところ、戦争とはその外交がエスカレートしただけに過ぎないのだ。
 だが、ロドーリルはまったく立場が異なる。あの国は他国を侵略し、自国の利益を得る事しか考えていない。
 ロドーリルの女王ジューネは、常日頃から「自分達は選ばれた人間である」「他国の人間は奴隷に過ぎない」と公言していると言う。そのような人間と、話し合いなど持てない。
 だから、眞はロドーリルは国としてではなく単なる脅威としか見なしていないのだ。
 それは式典に出席した他国の使者達も同感だっただろう。
 もっとも、眞には当面の『敵』として、ロドーリル以上の強敵がいる。
「お前ねー、なにもその若さで人生の楽しみを捨てるこたぁねえだろう」
 加藤にそう揶揄されても、眞には何も反論が出来なかった。
 実際、眞は何度か逃げ出そうと思ったくらいなのだ。
 ちなみに人生の墓場に足を突っ込んだのは眞だけではなく、亮もさっさと智子と婚約をしていた。
「上手く智子にそそのかされた・・・」
 式典の後で、二人で飲んでいる時にそう言ったらしい。
 眞の館には頻繁に貴族達やクラスメート達が訪れ、会食などを重ねている。
 しかし、彼らとの会談で得られた情報は決して明るいものではなかった。
 大陸の各地で広げられている小競り合いや軍事的緊張は益々その深さを増し、何時、何が切っ掛けになって燃え上がるかもしれない。
 そして、かつてカストゥール王国が滅びる元凶となった魔精霊アトン・・・
 眞は目の前に横たわる困難を考えて、その途方も無い現実に圧倒されていた。
 だが、何処かでそれを楽しんでいる自分にも気づいていた。
 眞の傍にいる自分が護るべき人達を考えて、若い魔法戦士はその全てを賭けて困難を打ち砕くことを心に決めた。それがいかなる代償を支払うことでも・・・
 この瞬間に、本当の意味で歴史が変わり始めたのかもしれない。
 ファールヴァルトという国で、フォーセリア世界とユーミーリア世界の歴史が動き始めていた。
 
 
 

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