~ 3 ~
戦が終わって半月が過ぎて、ようやくアノスから使者が到着した。
もっとも、本来は一部の騎士団が暴走し、ファールヴァルトに侵攻したことを知らせる早馬だったのだが、既に戦は終了したことを受けて、急遽、“正義の光”騎士団の中から数名と同行していたパルドス枢機卿が講和条約締結のための交渉を開始する羽目になった。 だが、アノスとの講和交渉は、予想通り難航した。 アノスとしては騎士団の一部が暴走してファールヴァルトに侵攻したことは、確かに問題だったが国家として戦争をした訳では無い。そのため、国家として賠償をするのは問題がある、との考えだった。 しかし、ファールヴァルト側は、その騎士団を指揮、監督する王国の責任を挙げ、アノスに国家としての賠償を求めたのだ。 アノスの騎士隊長シオンは、ファールヴァルト側の怒りも、もっともだ、と思った。 事実、オランやミラルゴ、ムディール等から事実確認のため、使者がアノス王城に来訪している。そして、彼らは直接口にはしなかったものの、アノスに対する非難の眼差しを向けていたのだ。 他国の使者達は、アノスに対して極めて高い警戒心を抱いた様子だった。 当然だと思う。 騎士団の一部が暴走しての事とはいえ、宗教を理由に内政干渉をされ、それが受け入れられないからと言って武力侵攻する国を他国が信頼するはずが無い。 せめて遠征隊を指揮した聖騎士ラドルスが生きていれば、責任を追求できたのだろう。しかし、彼を始めとして責任を問える人間は全員、戦死していた。 それに、彼らは既に聖騎士資格を剥奪されている。 国家としてこの軍事侵攻を行ったわけではない事を示すために、法王レファルドⅣ世は即座にラドルスらの騎士資格を剥奪した。アノスとしては全騎士団の内の五分の一の騎士を処罰すると言う前代未門の不祥事だったが、逆にそれが裏目に出てしまった。 他国には、アノスの国家としての責任逃れと受け取られてしまったのだ。 結果的に賠償せざるを得ないだろう。 そうしなければ、アノスの国家としての信用と信頼は失墜する。 だが、余りに屈辱的な賠償をすると、国家の威信にも関わってきてしまう。 アノスにしてみれば騎士団の五分の一を失い、多額の賠償を行って、周辺諸国の警戒まで招いたのだ。まさに踏んだり蹴ったりの状況だ。 ついシオンは、ラドルスもとんでもない事をしでかしてくれた、などと思ってしまう。 ふと、正面の席に座る眞を見た。 いつもの人懐っこい笑顔は無く、厳しい表情で折衝をしている。この聡明な若者が交渉相手である以上、アノスに勝ち目は無い。 (まさか、この少年が僅か五十の騎士と傭兵隊だけで、我が“正義の光”騎士団の勇者達を打ち破るとはな・・・) それにしても、何も全滅させる事は無かろうに。 シオンは素直な感想を頭に浮かべてしまう。 話に聞くところによると、アノスの騎士達は魔法で混乱させられて、壊送し始めていたらしい。そして、魔法での攻撃など受けた事も無い聖騎士達は恐慌をきたして自滅したのだ。 そして、更に悪い事があった。 騎士隊長ラドルスが、もはや勝てぬ、と思ったのだろうか、玉砕の命令を下したのだ。 これは、生き残った騎士達の証言で明らかになっている。 結果として、アノスの騎士達は僅かに百数十騎しか生き残らなかった。 しかし、生き残った騎士達は、既に騎士資格を剥奪されている。その上、< その上で、アノス国内からの出国も禁止されることになった。 そして、もう一つの問題がある。 ファリス教団は、神官戦士団と修道女団を失ったのだ。 二百の神官戦士団と三百という数の修道女は、教団として破門せざるを得なかった。だが、損害はそれだけではない。 逆に、周辺国のファリス神殿との関係がぎくしゃくし始めてしまったのだ。 それと修道女達の問題があった。 アノスとしては従軍した修道女達を破門し、国外追放としたのだ。だが、彼女達の多くは貴族や騎士の娘である。 確かに修道院に入るとき、家族から離れているものの、親としては何とかしたいのが情である。 しかし、もはや元修道女達はアノスには帰れない。 ファールヴァルトに留まらざるを得ないのだ。 おそらく、騎士達の愛妾として遇される者も少なくないだろうが、それでも日常生活から切り離されて神学だけを勉強してきた彼女達は困難な人生を余儀なくされると思われた。 そして、彼女達の名前は捕虜名簿には載っていない。 彼女達はアノスからも見捨てられたのだ。 当然、アノスからは将来においても彼女達の名誉回復は成され無い。 シオンはその境遇を哀れに思う。しかし、彼女達自身が招いた事でもあった。 多分に政治的な意味もあるのだろう。おそらく、法王やファリス教団中道派は、今回の暴走を理由に教団右派を押さえ込むつもりなのだ。 その結果、彼女達は切り捨てざるを得なかったのだ。 捕らえられた聖騎士によると、ファールヴァルト軍の将軍は修道女達を無傷で捕虜として遇していたらしい。だが、アノスから切り捨てられた女達をいつまでも保護できず、結果として捕虜待遇を撤回せざるを得なかった。 だが、シオンは眞がその努力をしてくれた事に内心では感謝していた。 それは同時に眞が他国の騎士と異なり、平然と弱者を踏みつけることを良しとしない高潔な人物である証拠であった。彼が預かる事となった修道女達は、まだ幸せかもしれないだろう。 結局、アノスは一方的な賠償に応じざるを得なかった。 莫大な金額と、向こう十年間の食料提供、それと物資の供給である。 決して少ない賠償ではない。 だが、各国の注目がある手前、その要求を突っぱねる事は出来なかった。 同時にファールヴァルトのみならず各国に対する領土不可侵と内政不干渉の確約も文書に記載させられた。 こうして、ファールヴァルトとの講和条約を結んだのだ。 ファールヴァルト側に有利な、ほとんど一方的な条約であった。 会談が終わり、講和記念の宴が開催されていた。 もっとも、シオン達アノスの騎士は、どこか居心地悪げにしている。既にファールヴァルトの騎士達は先日の軍事衝突を気にしていない様子だった。 自軍にほとんど被害が無かったためだろう。 アノスの騎士達も、本来自分達に責任があるわけではなく、暴発した一部の騎士達の行動であったため、卑屈になっていない。 ただ、居心地が悪いのはファールヴァルトの宴に慣れていない為である。 もちろん、アノスにも宴はある。 だが、ファリス教団の教えを国教とする性格上、あまり華やかな訳ではない。 そして、ファールヴァルトの宴は他国とはまったく異なる雰囲気なのだ。 広間の中央では、真紅や、その他の鮮やかな色のドレスを纏った美しい踊り子達が情熱的な踊りを踊っていた。 煌びやかなスカートと袖飾りとは対照に、ぴたっと密着した、身体の線の浮き出ている薄いドレスで激しく身体を動かして踊るファールヴァルトの踊りは、禁欲的な生活を送っているアノスの騎士には刺激的過ぎたのかもしれない。 「シオン卿、よろしいですか?」 ふと、気が付くと眞がすぐ傍にいた。 「構いませんが」 グラスを両手に持っている。いつもの人懐っこい笑顔で、シオンにグラスを勧めた。 「一杯、いかがですか?」 「それでは、お言葉に甘えて」 シオンはグラスを受け取って、口を付けた。 素晴らしいエールだ。 「今回の戦は、不幸でした」 「もう済んでしまった事です」 眞の言葉に、シオンはあっさりと答える。 お互い、浮かれた様子は無かった。 眞とて殺したくて千もの騎士を殺したわけではない。元はと言えば、ラドルスが独断で出撃しなけでば、そして玉砕を命じなければこれ程の被害を出さずに済んだのだ。 それでも、眞はその責任をラドルスの事にはしていない。無益な突撃に、冷酷な反撃を命じたのは自分自身だ、と自覚している。 それが判る以上、シオンにも何もいう事は無かった。 今回の事を責め合うよりも、お互いに今回の不幸を乗り越えて、両国関係を修復、発展させなければならないのだ。 宴を催したのは、ウェイルズ王のそのような心遣いだろう。 とにもかくにも、戦争が終結した事は喜ばしい事だった。 聞くところによると、先日のアノスとの激突の隙を狙ったのか、ロドーリル軍が動いていたと言うのだ。 だが、鋼の将軍である眞が迅速にアノスとの衝突を決着させたことにより、ロドーリル軍は進攻を中止したのだ。もし、あのまま衝突が長引いていればファールヴァルトは征服され、アノスもそれに巻き込まれていた危険性があったのである。 だが、そのロドーリルのファールヴァルト進攻軍はそのままプリシスに向かっていた。 プリシスとしては災難のようなものだ。 そのロドーリル軍の総数は一万を超え、その猛攻は凄まじいものがある、と聞き及んでいる。 辛うじて、まだ持ちこたえてはいるようだが、それも時間の問題だろう。 そう悟ったプリシス王、セファイルはプリシス併合を申し出る親書をファールヴァルトに送ってきたのだ。 その内容は、まずプリシスをファールヴァルトの一都市として併合を願い出る。ただし、セファイルがそのままプリシス太守となる。騎士団はファールヴァルト騎士団と合流し、そのままファールヴァルト正規軍として再編成する。セファイル王の娘を始め、有力貴族の子息達をファールヴァルト貴族達と婚姻させ、両国を融合するための柱とする、等であった。 もっとも、老獪なプリシス貴族達のことだ、上手くすれば逆にファールヴァルトを乗っ取ろうとするだろう。その為の方策を練った上で、併合に踏み切ったほうがファールヴァルトにとって都合が良い。 ウェイルズ王の考えも同様だった。 そこで、数人の重鎮だけを伴って、沈黙の間で会議を開いていた。 「眞、貴卿に尋ねたいが、この併合の件、どう思うか?」 ウェイルズは眞にさりげない口調で切り出した。 「すんなりとは行かないと思います。特に、プリシス貴族は何とかして自分達の利権を護ろうとするでしょうから、一筋縄では行かないでしょう」 「確かにそうだ」 ウェイルズは眞の答えに頷く。 「ですが、プリシスには弱みがあります。あの貴族達は経済力を持っていません。それに対して我々は貴族がそれぞれ、商人達を取り込んで、経済力と政治力を持っています」 「ほう」 ウェイルズは、さすがに興味を持った。経済と政治の力関係は、もちろん熟知しているからだ。 「従って、プリシス貴族の子息達には その場にいる全員が、半分あきれかえったように眞の言葉に感心した。よくもまあ、これほどの策を考える事が出来るものだ。 「プリシスの貴族は、我が国の下級貴族達と結びついてもらいます。そして、プリシス騎士団は、一度解体し、再編成する。その間に、我が国の商人達にプリシスの経済を 「ははは、見事なものだ。相手の申し出に添った形で都合の良いように解釈する、か!」 ウェイルズも、宰相のオルフォードも笑いが止まらなかった。 「それでは眞。貴公にもその中核を担ってもらわねばならんな」 眞は、さすがにそのウェイルズの言葉がとっさには理解できなかった。 「陛下・・・」 「察したようだな。我が娘を頼めるか」 あまりにも唐突な申し出だった。 「なに、貴公の想い人とも結ばれれば良い。我が国では複数の妻を 確かにそうだろう。ウェイルズも2人の妻がいた。ランダーも3人の妻を娶っているし、ほとんどの貴族だけでなく、一般庶民でも複数の妻を娶ることは珍しくない。 なんでも、この国の母体となった民族の習慣だったのだそうだ。 だが、眞は迷った。 王の申し出を受ければ、自分はファールヴァルト王国の次期国王となる。そうなれば、今以上に元の世界に、日本に帰ることが困難になってしまう。 自分だけなら、まだ良い。しかし、そうなれば悦子達はどうなるのだ・・・ 「少しだけ、考えさせてもらえませんか?」 ウェイルズは優しく笑みを浮かべて頷いた。 「構わぬ。だが、出来る事ならば良い返事を聞きたいものだ。無理にとは言わぬが・・・」 国王として、この若者ならば国を託しても良い、そう思っていた。 そして娘が、この異世界の若者に好意以上の気持ちを抱いている事も承知していた。国を支える貴族達も、眞の実績に納得している。そして、不安も抱いていた。 もし、眞が元の世界に帰ってしまったならば・・・ その不安は、裏返せば眞に対する信頼と親愛の証だった。 眞にも、その事は痛いほど理解できる。 夜、自分の館に帰ってからも眞は考えていた。 「どうしたのよ?」 食事をしている時に、悦子が尋ねてきた。さすがに館に帰ってきても、ぼんやりと考え事をしている眞が気になったのだろう。 「うん・・・今日、会議があったんだ。プリシスの併合について、ね」 「それって・・・」 さすがに最高機密の内容だろうが、眞は機密に触れない程度にかいつまんで説明していく。 そして、悩みの原因を話した。 「ウェイルズ国王が、僕にユーフェミア王女を任せると言われたんだ」 その言葉に、ルエラを除いて全員がぎょっとした。ルエラは面白そうに、にやにやしている。 「そ、それで、どうするの・・・?」 動揺を、なんとか押さえ込んで悦子が尋ねた。 「陛下は、僕の力を評価してくれているからね・・・」 「いいんじゃない?」 ルエラが口を挟んだ。 「ちょっと、どう言う意味よ!」 悦子がむっとしてルエラを睨みつけた。 「だって以前も言ったけど、この国では一人の男の人が複数の妻を娶るのはあたりまえなのよ」 「あ・・・」 そうだった。すっかり忘れていた。 だが日本の文化で育った悦子達には、一夫多妻制は馴染まないだろう。 「でも、しょうがない、か」 悦子も納得するしかなかった。なにしろ、眞はこの国どころか、このあたりの国々に対しても影響力がありすぎる。いきなりその重責を放り出す事など許されるはずも無い。 「悦子、良いの?」 里香が悦子に尋ねた。 「うん。だって、眞はこの国にとって必要な人だもん・・・」 「判った・・・」 「だから、里香、貴方も自分の気持ちに素直になりなよ。それに、先生も」 一瞬、食堂が静まり返った。 その言葉に、葉子も里香も、眞さえも心底から驚いていたのだ。もっとも、その理由は三人では異なっていたが。 「え・・・つこ・・・知ってたの・・・?」 辛うじて、里香が言葉を搾り出す。 「知ってたよ。だって、親友だもん」 悦子は里香ににっこりと笑って言った。 「先生だって、眞のこと、好きなんでしょ?」 「・・・そうよ」 葉子は、少し力が抜けたように言う。 「でも、決して言うまい、って決めてたわ」 「それは、年上とか、先生っていう立場だから?」 悦子は優しく聞いた。責める気持ちなど無かった。 「そうよ。でも、それだけじゃ無いわ。眞君にはあなたがいるから。」 葉子は、どこか透き通ったような笑みを浮かべて答える。 「先生も、素直になって良いと思う」 悦子はどこかほっとしたように言った。 「あーあ、すっきりした」 「悦子・・・」 里香は悦子をじっと見つめ返した。 「言っとくけどね、里香も先生もルエラさんも、私はあきらめた、なんて言うわけじゃないからね」 見つめられた悦子は、照れたように言う。 「私は『好き』っていう気持ちも、彼を『愛してる』のも、負けないよ」 「・・・望むところよ」 里香も悪戯っぽく笑う。 「ちょ、ちょっと待ってくれ。いいか、君らはそうすると日本に帰れなくなるんだぞ!」 突然の事の成り行きに、眞が慌てて言った。 「そんなの承知の上だよ」 「当たり前じゃない」 「知ってるわよ」 あっさりと三人とも答える。 「へ?」 あっけに取られた眞に、三人とも笑って続けた。 「眞、女ってのはね、好きな男と世界とどっち取るか。男に決まってんじゃん」 里香がけらけらと笑いながら言った。 「少なくともあたしはそう。多分、ほとんどの女はそうじゃない?」 その言葉にルエラも笑いながらいう。 「この大陸にも、男と国と天秤に賭けて国を滅ぼした女の人っているわよ」 「勘弁してくれ・・・」 えらい事になってしまった、と眞は心底から思ってしまった。 「それじゃあ、私達をお嫁さんにしてください」 「と言う事で、よろしくね」 「 口々に言われて、眞は自分がもう何処にも逃げられないのを悟っていた。 だが、眞には素直に頷けない理由もあった。 「・・・俺には人を幸せになんか出来ないよ」 その言葉に、全員が眞を見る。 眞は皮肉気な笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。 「俺みたいな人殺しは、結局、人を不幸にしか出来ないさ」 「そんな事無いよ・・・」 悦子は、悲しい気持ちで眞を見ていた。 眞はその戦いで誰よりも苦しんでいたのだ。そして、その事を自ら選んだ事を認めている。 「俺は、誰かを幸せにする方法なんて知らない。家族の暖かさも知らない俺には幸せなんて何か判らない。俺に出来る事は人を殺して、政治を行って、それさえも誰かの不幸を礎にしてしか出来ないんだ」 「駄目だよ・・・そんな事、そんな風に考えちゃだめだよ・・・」 必死になって悦子は語りかける。 葉子は、同じ事を言った人を知っていた。葉子の祖父は旧日本軍の軍人だった。 おそらく、あの不幸な大戦は不可避のものだったのだろう。しかし、祖父は自分の部下を大勢亡くし、それでも何かをしなければならなかった事を呪っていた。 戦争など、誰も好んで行いたくは無かったはずだ。 だが、あの時代はその決断を求められた。日本を護るために出来るぎりぎりの選択だったに違いない。たとえ、それがどのようなものであったとしても。 そして、その結果、日本は戦争に負けた。 だが、祖父達に対する今の知識人や教師達の意見とは何なのだろう。 あたかも祖父達を、自分達の血族を悪魔や鬼のようだと罵り、自分達の、その場に居もしなかった自分達の考えが正しく、絶対的真実だったと言うのだ。 葉子も祖父に対する後悔がある。かつて、自分も愚かな知識人達と同じ事を言い、祖父の行いを責めた事もあったから。 しばらくして、自分で歴史を調べてみる機会があり、自分の行いを悔やんだ。 しかし、その時にはもう祖父は他界しており、葉子は祖父に謝る機会を永遠に失ってしまった。 同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。 「眞、貴方は私の祖父と似ているわ」 そう言い、葉子は自分の想いを全て打ち明けて行った。 「・・・きっと、貴方も祖父も、同じ理由で戦ったんだと思う。ただ一つだけ違うのは、祖父の戦いは既に終わっていて、貴方の戦いは今、始まったばかりという事」 葉子は静かに、しかしこれ以上無い程の力を込めて眞に訴える。 眞に縋り付きたい訳ではない。ただ、理解して欲しかった。 「眞、女ってのはさ、ただ幸せになりたいから一緒になりたいわけじゃないよ」 里香も静かに語りかける。その眼差しは限りなく優しく、落ち着いていた。 「あんたが人を殺したのって、決して自分が人を殺したいからじゃ無いでしょ。私達の居場所を作るために戦ったんだと、私は思っている。だったら私達だって同じだよ。眞に人を傷付けさせて、殺させて、自分達だけ無関係な顔をしたくない。そんなこと出来ない」 「里香・・・」 眞は驚いてしまった。まさか、そういう風に言われるとは思いもしなかったから。 「眞が人を殺して、私達を生かしてくれている。それくらい、判ってるよ。だから、眞が人殺しなら、私達だって人殺しだよ。ううん、自分の手で何も出来ないのに、眞に人を殺させて、安穏の生きてる私達のほうが、もっとずるいよ。私達は、眞一人に苦しみを背負って欲しくないよ」 その悦子の言葉は、おそらくクラスメート達全員の気持ちだったのだろう。だから、皆はそれぞれ一人で頑張ろうとしているのだ。 「人を殺す罪なら、私達も一緒に背負うよ。それが私達の結論」 里香も、いつの間にか眞を愛していた。だが、その眞の自分を儀性にして皆を救おうとする事は彼女の心が許さなかった。 「家族なら、これから手に入るよ。私達が、眞の家族になるんだよ」 「私達が、貴方の帰る場所になるのよ」 「もう、独りぼっちだなんて考えないで」 「ああ・・・」 ここまで言われて、「嫌だ」と言える人間がいるのだろうか、などと愚にもつかない事を考えてしまう。 だが、眞は嬉しかった。ようやく、自分の居場所を見つけた気がする。 彼女達のためなら、この幸せの代償ならば、どんな事でもする、眞はそう心に決めた。 いつの間にか、全員が笑顔で眞を見つめていた。 急に照れくさくなってくる。 「じゃあ、眞は一機に7人の奥さん持ちになるの?」 ティエラが呑気な声で言った。既に自分を数の中に入れている。 もともと、ティエラは「眞の子供を産むために来た」と宣言して付いて来たのだから・・・ あの後の騒動は、思い出したくは無い。 眞は女の恐ろしさを、まざまざと思い知らされたのである。 「何で7人なの?」 悦子が不思議そうに言った。この場にいるのは5人である。あとはユーフェミア王女だけのはずだ。 「だって、きっとプリシスのお姫様も眞に嫁ぐはずだと思う」 ルエラは、それもあったか、と思う。 時々、ティエラはルエラでさえ見当もつかない事を予測して見せるのだ。確かにそれはあり得る。 と言うよりも、ほぼ間違い無い。 ファールヴァルトとして権力の集中を図りたいはずだ。それなのに、みすみすプリシスの王族を取り込まないはずは無いではないか。 ユーフェミア王女とプリシスの王子が結びつく事は無い。そんな事をすれば、プリシス側の権力は大きくなりすぎてしまうからだ。確か、プリシスの王子には宰相であるオルフォードの孫娘と縁談が決まるはずだ。だが、眞とユーフェミアが結ばれなければ、当然、プリシスの皇太子との縁談を断るのが難しくなるだろう。 だからこその今回のいきなりの話なのだ。 もっとも、その話の出所は眞の案がきっかけになってのことなのだが・・・ 自分でまいた種とはいえ、どうもウェイルズ王に上手く利用されたような気がしない訳でもない。 あと、ふと一つだけ思うことがあった。 (もう暫く、いや、あと最低でも10年以上は独身で遊びたかった・・・) だが、それはもう叶えられないささやかな夢でしかなかった。 そんな眞の想いなど知る由も無く、目の前にいる女性陣は無邪気にフォーセリアと眞達の世界の結婚式の違いについて話し合っていた。 |