~ 2 ~

 眞はルエラを連れて砦の地下室へと降りていった。そこにファリス修道女団を幽閉していたのだ。
「よろしいか?」
 丁寧に声を掛ける。眞はこれから彼女達に告げる事を思って、胸が痛んだ。
「はい」
「少し話がある」
 そう言って、迎えたルーシディティに座るように促す。
「何から話せば言いか・・・先程、アノスから連絡が入った」
 その瞬間、一瞬だがルーシディティだけでなく、修道女達全員の表情が変わった。
「悪い知らせ、になってしまうんだが・・・」
 そう言って、眞は修道女達に手紙の内容を告げた。
 眞の告げた手紙の内容を聞いて、さすがに修道女達は顔色を失っている。
 仕方が無いか。
 眞はそう思っていた。
 我ながら残酷な事をする、とも思う。
 ファリス教団から破門され、アノスから国外追放された女達を踏みにじることをしなければいけないのだから。
「あと、こうなった以上は貴方達を捕虜として遇する事は出来ない」
 その言葉に修道女達は一瞬、怯えたように眞を見た。
 ルエラはその女達を見ても、なんとも思わなかった。
 信仰に狂って他国を侵略したのだ。その処罰がこれではかなり甘いと言わざるを得ないだろう。が、眞がこれ以上の事をするのは権限外である。
「とりあえず、俺が身柄を受け取れるのは君らの内の五十人。騎士団に百五十人を与えて、残り百は傭兵隊に割り当てる事になる」
 眞は無表情に言った。
 とりあえず自分が引き受ける修道女達だけでも、今後のことを考えられる。あと、騎士団の人間であれば、妾としてでも生活は保証できるだろう。
 あとは、文字通り奴隷扱いだ。
 フォーセリアでは、国同士の戦争で捕らえられた兵士達や国民は捕虜となり、賠償や講和における交渉事項になる場合も多い。だが、今回のように国と軍の一部の無断出撃による衝突では、判断は厳しくなる。
 政治的な理由から、切り捨てられる場合も少なくは無いのだ。
 その為、公式ではないが捕虜が、そのまま奴隷として扱われる場合もある得る。
 この事を相談した時、騎士団の人間も苦笑したものだ。
 魔法騎士隊には若い騎士達が多い。恐らく、初めての者も少なくないだろう。とりあえずは女達を潰す事はしないとは思うが・・・
 だが、将軍としての信頼は暴力でも築かねばならないのだ。
 眞は、ざっと修道女達を選別して騎士団向けの女と、傭兵隊員向けの女を連れ出した。
 残りの女達はとりあえず再び幽閉する。その中にはルーシディティも含まれていた。
 彼女は、眞が部屋を出る時もじっと眞を見つめていた。
 
 眞が修道女を連れ出したときに、傭兵隊の兵士達がどよめきはじめた。
「諸君、昼間の戦い見事であった。捕虜として捕らえたファリス修道女団の女達だが、聖王国アノス、ならびに本国からの連絡により、彼女達は一切の捕虜待遇を剥奪することになった。よって、三分の一ではあるが傭兵隊の皆に与える!」
 わっと、兵士達から歓声が上がった。
「犯しても構わんが、絶対に殺すなよ。あと、明日には撤収を開始する。遊びすぎるなっ!」
 傭兵隊の女性からは、白けた反応が返ってきたが、眞は無視していた。
 そして、宴の中に降りて行った。
「た、隊長、大丈夫なんですか?」
 まだ幼さの残る魔法騎士隊の騎士が尋ねてくる。
「大丈夫だ。お前も遊んで来い!」
 不敵な笑みを浮かべて、眞は若い騎士を促した。
 そして、照れたような笑顔を浮かべた騎士が走って行くのを見送る。
「やれやれ、隊長も男だったって訳ね」
 傭兵隊の女性達がじっと食べ物をかじりながら話している。
 あちこちから修道女達の悲鳴が聞こえてきた。
 もっとも、戦場では珍しい事ではなかった。
「違いますよ・・・」
 寂しげに呟いた一人の女性兵士に回りで食事をしている同じく女性兵士達が注目した。
「どういう意味?」
「あんなに激しく感情の精霊が揺れ動いているの、見た事が無いです」
「え?」
 そのハーフエルフの少女は、涙を流していた。
「隊長、心の中で泣いてる。でも、でも、その悲しみも苦しみも全部隠して、感情を完全に押さえ込んでる・・・あんなに、激しく感情がゆれてるのに!」
 その少女の言いたい事が、瞬時に理解できた。
 あの、異世界の将軍はファールヴァルト軍の為に、この決断を下さなければならなかったのだと。決して、望んで女達を蹂躙させている訳ではないのだ。
 強い将軍でなければならない。
 それを維持するためには、武人として優秀なだけでは駄目なのだ。
「そっか・・・」
 そのハーフエルフの少女よりも、少し年上だろう女剣士は優しく精霊使いの少女を抱きしめる。
 勝利の狂宴きょうえんは徐々に盛り上がりを見せて行った。
 眞はさんざんに酒を浴びて出来あがっている傭兵達や騎士達の間を廻っていた。
 上機嫌になった兵士達や騎士から酒ばかりでなく、修道女までも勧められたが、酒だけをもらい、女の方は丁寧に断っていた。
 実際、皆が酔っ払っている間にも報告書をまとめなければならないのだ。
 さすがに、犯されて虚ろな目で横たわっている修道女達を見ると胸が痛む。しかし、もとを正せばアノス軍が侵攻してきたせいである。その責任まで感じてやる必要は無い。
 酒宴は夜半過ぎまで続いた。
 そして、眞は自室に篭って被害の記録やアノス軍の戦死者名簿、遺品の目録などを整理していた。
 いくら酒を飲んでもまったく酔えなかった。
 明日からまた大変な作業になるだろう。
 千人もの騎士を失ったアノスには申し訳無いが、賠償も厳しいものにならざるを得ない。それに、今更ながら人を殺した嫌悪感が出てくる。
 だが、それに慣れない自分に救いも感じていた。
 ルエラにはもう、最初の報告を持って王城へと飛んでもらっている。
 今回の戦で、魔法騎士隊や銀の剣騎士団、傭兵隊からは完全に信頼を得ていた。なにしろ、自軍の三倍近いアノス軍、しかもアレクラスト大陸最強の騎士団の一つである“正義の光”騎士団千二百騎を打ち破ったのである。
 『鋼の将軍』の名はファールヴァルト軍の中で絶大な意味を持ち始めていた。
 ただ、あの愚かな将軍の行いが眞を不愉快にさせていたのだ。
 ほぼ勝敗が決まっていた戦いを無益な殺し合いにさせたアノスの将軍は、許しがたい存在だった。しかし、蘇生させてもう一度首を斬る訳にも行かない。
 いつの間にか軽く酔いが回り始め、その酔いは眞の苛立ちを深めていた。
 ふと、思いついて眞はあの修道女達に文句を言いたくなった。そのまま立ちあがり、地下牢へと向かう。闇に包まれた砦は、どこか虚ろな空気に包まれていた。
 恐らく、多くの騎士達が修道女達を抱いているのだろう。あちこちの部屋から女達の嬌声が聞こえてくる。
(彼女達も災難だな。自分達で招いた事とは言え・・・)
 眞は愚にもつかない事を考えながら階段を下りて行った。
 そして扉を開いた。
 修道女達は一瞬びくり、としたが、じっとしている。
「何かご用ですか?」
 ルーシディティが静かに尋ねた。
「何も無い。まったく、ろくでも無い事をしてくれたもんだ、ってね」
 眞は皮肉に満ちた言葉を叩きつける。
「それは、アノスの聖騎士達が起こした軍事行動の事ですか?」
「当たり前だろう」
 その言葉に、ルーシディティは言葉を詰まらせてしまった。
「信仰に狂って、挙句の果てに他国の政治とかが気に入らないから武力でどうこうしようってのが、そもそもの間違いなんだよ」
「だったら、私達を殺せば良いではありませんか」
 ルーシディティも苦しげに反論する。
「それが勝手な言い草だってんだ!」
 眞もいい加減、頭に来ていた。自分達のした事が間違ってた、失敗したで簡単に『死』を考えるのは、本当の責任を知らない証拠である。
「何で、俺達がここに来た時に自殺でもなんでもしてなかったんだ?」
 刃のような鋭さで眞が聞く。
「結局のところ、自分達の幻想を夢見ていただけなんだろうよ」
「私達はファリスへの信仰故に従軍したのです!」
 むきになってルーシディティも反論する。
 その姿を眞は一笑して、罵った。
「神への信仰を理由に、人を殺そうとするのは結局のところ、その神への冒涜じゃないのかい?」
「・・・」
 ルーシディティは、何も答えられなかった。確かに、ファリスへの信仰を理由に他国への干渉や軍事行動は許されないだろう。ファリス以外にも神は存在し、その信仰は同じように神へのものなのだから。
 愚かなのは自分達だ。
 ルーシディティは自分達を呪っていた。
 自分達は結局のところ、他国へ侵攻した聖騎士と同じであり、同じように愚かだったのだ。
 修道女達の多くは、聖騎士達と婚約を交わし、その婚約者達の武勲のためにも従軍した。そして、婚約者達は全員戦死し、その騎士達を殺した敵国の騎士達や兵士たちの慰み者にされているのだ。
 ルーシディティ自身、この遠征前に一人の騎士と婚約をしたばかりだった。しかし、その騎士は目の前の若者の手に掛かって死んでいる。
「俺にあんたらの婚約者達を殺させたのは、間違いなくあんたら自身でもあるんだぜ」
 眞が蔑む様に見下した。
「判っています・・・」
 修道女達は、涙を流している。
「だが、もう遅い。戦争の代償は、ただ死ぬだけじゃ済まない」
「・・・判っています!」
 ルーシディティは思わず叫んでいた。
「私の婚約者も、この戦場で死んだばかり。家族の元へも帰れず、教団から破門されて、故国からも追放されたのですから・・・」
 眞は、その泣き伏す修道女を見ても、心は動かなかった。
「別に、戦場じゃ珍しくないだろうさ。ファールヴァルト軍の兵士や騎士も、家族持ちだしな」
「私達はこれからどうなるのですか・・・?」
 泣きながらルーシディティが尋ねる。張り詰めていた神経が切れてしまったのだろう。
「・・・ついて来な」
 眞は立ちあがって、ルーシディティを連れ出した。他の修道女達が不安気に見ている。
 恐らく、その不安や疑問は彼女達も同じなのだろう。
 だが、それは後でルーシディティに伝えさせれば良い。
 暫く歩いて、自分の部屋に戻った。
 その部屋からは庭の宴が良く見えるのだ。
「見てみろ」
 そう言って、眞はルーシディティを窓に近づけた。
「!」
 息を呑む気配が伝わってきた。
 庭では、まだ兵士達の宴が続いている。あちこちに燈された焚き火の明かりに、何人もの全裸の修道女達が浮かび上がっていた。
 そして、その修道女達に群がっている男達も・・・
「あれが、あんた達の行いの結末さ」
 眞は冷酷に告げる。
「そ・・・んな・・・」
 ルーシディティは、口元を押さえながら呟いた。
 肩を震わせるルーシディティの姿に、眞はふと欲望を覚えてしまう。それは眼下で繰り広げられる狂宴がそうさせたのかもしれなかった。
 ルーシディティの肩に手をかけて、自分の方に向かせた。
 修道女は、びくり、と身体を震わせて、おずおずと向き直る。その蒼ざめた顔は、これから起こることを予期しているかのようだった。
「あ・・・」
 眞の手がルーシディティの胸を鷲掴む。
 そのままベッドに押し倒し、そして修道衣を捲り上げて美しい女の身体を曝け出した。
「ああ・・・」
 怯えた様に震えるルーシディティを眺め、下着を毟り取った。
「や、優しくしてください・・・初めてなんです・・・」
 その懇願を聞いても眞は手を休めない。ただ、眞は苛立ちを欲望に置き換えて発散させたかった。
 そして、眞はルーシディティの身体に覆い被さる。
 眞は狂ったように若い修道女を犯し、その苛立ちと得体の知れない衝動をルーシディティにぶつけて行った。
 
 三日後に、眞達はファールヴァルト王国の王城へと帰還した。
 王都は戦場からそれほど離れているわけではなかったのだが、戦利品や捕虜を連れているため、急ぐ事は出来なかった。それに戦いに勝った以上、多少のんびり帰っても良いだろう。
 それに、幾ら勝ち戦だったとは言え、兵士達の疲労は激しい。
 魔法騎士隊も、あの上空からの突撃で相当に精神的に消耗しただろう。
 伝令の早馬だけ先行させて、本隊は多少の余裕を見て王都に到着した。
「ファールヴァルト軍、千二百騎のアノス騎士団撃破」の知らせは、既に王都エルスリードを包んでいた。
 興奮した民衆が表通りに詰め掛け、喝采を送っている。
 銀の剣騎士団に続き、魔法騎士隊、そして傭兵隊が行進していった。
 そして、手錠をかけられ、捕縛されたアノスの騎士達とファリス修道女団が連行されていく。
 この時ばかりは民衆から罵詈雑言が飛び交った。
 修道女達のうち三分の一程は全裸で、明らかに暴行を受けた様子だった。しかし、民衆は自分達の国を侵略しようとした者達に、投石までして怒りをぶつける。
 もっとも、すぐに衛兵に取り押さえられたが。
「野蛮だね・・・」
 悦子はその凱旋の様子を見て、なぜかそう思っていた。
「そうね。どうして女の人を暴行して、そのまま連れてくるのかな・・・」
 里香も判らない、といった様子でつぶやく。
「しょうがないさ。ここは、言うならば僕らの世界で言う中世のあたりだ。僕らの、今の時代の常識では全然考えもつかないだろう」
 亮が二人に言った。
 この凱旋に参加しているのは三人だけでは無かった。東京からフォーセリアに飛ばされた全員がパレードを見ていたのだ。
「戦争なんて残酷だよ・・・」
 悦子は泣きそうになりながら言った。だが、それはあくまでも現代人の感覚でしかない。
 現実にはファールヴァルトの民は、勝利に熱狂しているのだ。
 悦子達は、今更ながらその『常識』のギャップに驚き、混乱していた。
 凱旋の隊列はゆっくりと王城に入城しても、エルスリードを包む興奮はいつまでも醒めなかった。
 
「よくやってくれた」
 国王ウェイルズは、アノス軍を撃破したとの報告に喜びを隠せなかった。
 謁見の間に居る騎士や文官達も興奮を隠せない様子である。それもそうだろう、辺境の一小国が大陸でも有数の大国の騎士団を打ち破ったのだ。
 それも自軍にほとんど損害も出さずに、である。
「魔法騎士眞。本日を以って魔法騎士隊を正規の騎士団とし、その将軍に命ずる」
「有り難き幸せに存じます」
「魔法騎士隊の名前をこれより幻像ミラージュ騎士団とする」
 眞はその褒美を受け取った。
「本来ならば領地を与えねばならんのだが、此の度の戦では新しい領地は得られなかった。ゆえに済まぬが領地の件は保留してもらいたい。代わりにと言っては何だが、城下にある離宮を汝の館として自由に使うがよい」
 無いものは出せないのだ。それは仕方があるまい。だが、城下の離宮は一体、だれの為に建てられたものなのだろう。王族の誰かが住む為の宮殿だろうが・・・
 そして思い出した。
 ユーフェミアにはかつて兄が居た事を。
 皇太子だったユーフェミアの兄、ロイドは、十年程前に病で亡くなっていたのだ。
 だが、その宮殿を使うのは・・・
「構わぬ。主の居なくなった宮殿など、廃墟になって行くのみ。我が国を救った鋼の将軍が主となるならば、ロイドも納得しよう」
 眞の心を読んだように、王が眞に告げる。
 ちら、と周囲の様子を覗ったが、別にだれも反対をする気配など無い。
 この戦に勝った事で、ようやくファールヴァルトの人間になれた気がした。
 そして、その王の申し出を有りがたく受けた。
「御意」
 魔法騎士隊も、戦に参加した騎士達や傭兵隊にも褒美が出され、戦勝の宴が催される。
「此の度の戦、本当に良く勝ってくれた。ささやかながら宴を用意させてもらった。存分に楽しんでくれ」
 そして、宴が始まった。
 当然のように、その場には悦子達も招待されている。なにしろ、戦勝の将軍の身内扱いをされている以上、当然でもあった。
 一通りの挨拶などが済んで、後は勝手に酒を飲んだり、食事を取ったりしている。
「眞」
 眞が振り返ると、そこには悦子がいた。
 恐らく新調したのだろう、美しいドレスを纏っていた。
「悦子・・・」
 悦子は、そっと微笑んで共通語で言う。
「おめでとう、将軍様」
「やめてくれよ。ようやく、落ち着けるんだ」
 その眞の反応に、悦子がくすくすと笑う。
「でも、どうだったの、その戦いは?」
「・・・悲惨だったよ」
 日本語に切り替えて言った。このような言葉は戦勝の宴で言えるものではない。
「そう・・・」
 悦子も日本語で返した。その一言で悦子は理解できた。眞は、なにも好き好んで一千以上の騎士と神官戦士を何百も殺し、修道女達に暴行をした訳ではないことを。
 これは戦争なのだ。
 しかも、現代戦と違い、人が人と直接殺し合う戦争。
 眞は指揮官として決断しなければならなかったのだ。
「ま、でもこれで暫くは楽になるだろうな。アノス騎士団を打ち破った国に、侵略を仕掛けようなんて馬鹿が居るとは思えないし」
 再び共通語に切り替えて、眞が言う。
「でも、忙しいんでしょ?」
「とりあえず、その城下の離宮に引越ししないといけないからね」
「あ・・・」
 そう言えばそうだった。
「当然、悦子も、皆も一緒に来るんだよ」
 悦子は、その言葉が嬉しかった。当たり前のように一緒にいると言ってくれる。
「うん」
 にっこりと悦子は頷いた。
 その時。
「お邪魔してもよろしいかしら」
 鈴の音が響くような声がした。
「あ、ユーフェミア王女」
 慌てて悦子が慣れない礼をする。
「大丈夫よ」
 ユーフェミアはにっこりと微笑んだ。だが、悦子とユーフェミアの間に一瞬、見えない火花が飛び交ったのを、眞は感じていた。
(危険かも・・・)
 その眞に気付いてない様子で、ユーフェミアが話し掛けた。
「ところで眞、今後のアノスに対する講和はどうなりましょう?」
「厳しい交渉になると思います。なんでも、アノスの騎士団は王命に従わず、無断で出撃したとの事。アノスとしては国家的な賠償は避けたいと考えるでしょう」
「賠償といっても、我が国は何が必要になりますか?」
 ユーフェミアは、一瞬悩んだ。
 別に騎士団に大きな損害があるわけでもない。財政は、むしろ大国のアノスやオランを上回るほど潤っている。食料も溢れるほど有り、城下にもう二十も食料庫を増築している。
「とりあえず、何も必要は無いのですが、賠償を受け取らないと、他の外交にも影響が出ます故」
 眞も苦笑するしかなかった。
 自分がやって来た当初は、国家の売却さえ検討されていた国と同一の国とは思えない。
「じゃあ、余った土地でももらえば?」
 悦子がふと思いついたように口に出した。
「面白いかもな・・・」
 眞は悦子の言葉に、今後の賠償問題のきっかけを得ていた。
 だが・・・
「でも、今くらいは宴を楽しみましょう」
 悦子とユーフェミアが同じ事を言い、眞を踊りの輪に引っ張って行く。
 その夜は久し振りに和やかな時間が過ぎていった。
 今日一日くらい、楽しんでも罰はあたらないさ、そう眞は思う。どうせ明日からは死ぬような忙しさになるに決まっている。
 ランダーの館からの引越しが済んで、文字通りの大人数が家族になって生活し始めた。
 眞に与えられた離宮は、想像していた以上に大きかった。小さな城のような物である。
 それに、ウェイルズ王は執事や侍女達、それに騎士見習いや従者まで与えてくれていた。騎士見習い達はまだ、十歳ほどの少年達だが、将来、騎士叙勲を受けたら、そのまま眞直属の騎士になるのだろう。おそらく、魔法騎士にせよ、との事だと思えた。
 それと、五十人のファリス修道女達であるが、そのまま眞の館で預かる事になった。残りの修道女達は、それぞれ騎士達が引き取ったりして何とか処遇が決まったのだ。もっとも、傭兵隊に割り当てられた修道女達の中には娼館や店に売られたものも少なくなかったが。
「何で、こんなに女をかき集めてくるのよ!」
 悦子は仰天してしまった。眞はそのまま頭を抱えている。
 まさか、自分が五十人全員を引き取る羽目になるとは思いもしなかった。だが、確かに考えても見れば下手に全員を解放するわけにも行かないのだ。
 とりあえず元修道女達を館で下女として働かせる事にした。もっとも、五十人からの下女が必要になるような仕事などなかったが。
「おめーなー」
 牧原も呆れている。
「言うな・・・」
 眞は賠償交渉よりも苦戦しそうな気配に、頭が痛くなってきた。
「でも、フォーセリアでは一人の男が複数の妻を娶るのは、珍しく無いそうよ」
 葉子が笑いをこらえて言った。
「先生、笑い事じゃないよ」
「ごめん・・・うふふ・・・ご、ごめんなさい・・・」
 眞の抗議にも、葉子は笑いを押さえきれない様子である。
 ルエラも、にやにやと笑っていた。
「ま、エレミアの王族は何十人って奥方を娶っているらしいから、いいんじゃない?」
 笑いながら、とんでもないことを言う。
「それに、館に住む人間も少なくなったんだから」
 ルエラの言葉は確かに的を得ていた。
 当初、眞は全員がこの館に来るものだと思っていた。しかし、全員、なんとか自分のする事を見つけて頑張っていたのだ。
 この世界に来た男のうち、既に眞はファールヴァルトの重鎮となっている。
 それ以外にも、亮はランダーの屋敷で騎士になるための修行をしていた。当然、智子も一緒にいる。当然といえるかどうか、何人かの女の子もくっついていたが。
 あと、牧原は魔法騎士になるべく、必死の訓練をしている。王城の他の騎士見習い達と一緒になって眞の講義や稽古を受けていた。
 加藤と小林、それと水谷は魔術師になるべく、王立魔法学院で厳しい授業を受けている。もっとも、眞の魔術書で初歩の呪文自体は唱えられるようになっているのだが。
 他の皆もそれぞれ、文官として仕官しようとしたり、下町で職を得ていた。
 そして、少なくとも週に一回はこの城に集まって騒ごうということにしている。この城に残っているのは、眞を除けば、悦子と葉子先生、それに里香の三人だけだった。
「まさか高崎さんが残るとは思わなかった」
「なによ、何か不満なわけ?」
 挑発するように里香が見つめる。
「いや、真っ先に出てくかな、って思ってた」
「へへん、予想外れでごめんよ」
 屈託無く笑う里香の笑顔には、かつての面影はなかった。
 里香自身、眞とゆっくり話しをしてみて、どうしてあんなに嫌悪感を感じていたのか不思議だった。
 悦子の勧めもあって、二人は既に和解している。
 ただ、何故ここに居座っているのかが不思議だったが、深く考えないようにしている。
 それ以外にも、ルエラも眞の城に住む事になった。あと、獣の民のティエラも一緒に住んでいる。
 結果として女ばっかり残る事になったのだ。
(最近、俺は女難の相でも出てるんだろうか・・・)
 眞はどうして急に女に振りまわされるようになったのかわからなかった。
 恐らく、引き金は麗子だったのだろう。
 その夜。
 悦子と里香は久し振りにゆっくりとお風呂に浸かっていた。
 二人だけではない。
 葉子とルエラ、それにティエラも一緒に入浴している。
 フォーセリアでは、実際のところお風呂の習慣がほとんど無い。どうやって身体の清潔を保っているかと言えば、お湯で身体を拭くくらいのものである。
 本来は水を貯めておくちょっとした室内のプールを、眞が温泉に改造したのだ。ちょっとしたものとはいえ、学校のプールと同じ位の大きさがある。
「うーん、贅沢だよねぇ」
 里香が伸びをした。
 計算してみれば、もう二ヶ月以上もお風呂に入っていないのだ。
 現代人からすると汚い話である。
 悦子が感慨深げに言った。
「当たり前にお風呂に入るのって、贅沢だったんだね・・・あたしなんか毎日2回入ってたよ」
「うーん、本当だね。そういえばさ、あたしらの世界でも、中世ヨーロッパとかって、お風呂入ん無かったよね」
「その通りよ」
 葉子が答えた。
「キリスト教の影響もあったんだろうけど、お風呂は中世の時代に一度、習慣が途絶えたわよ。でもその前のローマ時代とかでは、いわゆる大衆浴場なんかもあって、割と一般的だったらしいわ」
「へえ~」
 それは二人にとって初耳だった。
 だが、二人にとってはお風呂の話し以上に気になることがあった。
「先生、どれくらいあるの?」
「へ?」
「だって、すごいバスト」
 葉子は反射的に隠してしまった。
「な、何を言ってるの!」
「いいなあ、あたしなんか『ぺちゃ』だよ」
 里香が自分の胸を見ながら言った。
「それにしても、悦子、あんたは何を食ってそんなに成長したんじゃ!」
 そう言って、里香は悦子の胸を鷲掴みにした。
「きゃあ!」
 いきなりの事に、慌てて悦子も胸を隠しながら逃げ惑う。
「えーい、この発育過剰娘め!」
 そう言いながら悦子と里香は、お風呂の中をばちゃばちゃと暴れ始めた。
 実際、葉子も悦子もセクシーアイドル顔負けのスタイルをしている。
「ふーんだ、胸の大きさが魅力の全てじゃないわよ・・・」
 ルエラも自分の胸を見下ろして溜息をついた。
(まるでハーフエルフだわ・・・)
 そう思って、ちらっと隣にいるティエラを見る。
 しかし、見た事を後悔した。
(どーして、こんなに違うんだろ・・・)
 ティエラも悦子や葉子に負けないボリュームだった。
 だが、悦子や葉子と同じ世界の人間である里香はルエラと対して変わらない。ということは別に世界の違いが胸の大きさに関わっては来ないらしい。
(私も眞の薬を使ってみようかしら)
 などと、思わず考えてしまうルエラだった。
 夜はまだまだ長い。
 
 
 

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