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 戦争王国のあだ名を持つ軍事大国ロドーリル。かつては貧しい辺境の一小国でしかなかったこの国は、女王ジューネのカリスマに支えられて強力な軍事大国へと変貌していた。国民を民兵に徴兵し、他国を侵略しつづけているのだ。
 今は都市国家プリシスを攻略するのに注力しているようだが、それも長くは持たないだろう。
 軍師ルキアルが去ってからプリシスは苦戦しつづけていた。経済も滞りがちで、城門を開くのは時間の問題だと考えられていた。
 そして、そのプリシスを征服した後は、ファールヴァルトがロドーリルの標的になるのである。
「んで、そのヤバイ連中、いつ仕掛けてくるんだ?」
 牧原が眞に尋ねた。だが、その口調は現実の危機としてではなく、ゲームか何かの話をしているかのようだった。
「さあな、よく判らん。ただ、どっちにしても近い将来、としか言いようが無いな」
 眞の口調もどこか緊張感が無い。
「戦争になるの?」
 不安げに葉子が尋ねる。
 ここはランダーの城の広間である。いつの間にか眞達の溜まり場になっていた。
「ええ。間違い無く」
 眞が葉子に答えた。その瞬間に全員に動揺が走る。
 -戦争。
 第二次世界大戦の後、50年も日本が経験しなかった事が、異世界で少年少女達に降りかかろうとしていた。
 女の子達がややヒステリックに話し始める。無理も無いだろう。戦争の恐怖を散々、聞かされつづけた世代である。恐怖に引きつった表情で話しつづける少女達は、もう押さえきれない感情の波に翻弄されているようだった。
 だが、眞にしてみれば、戦争が起こるのはもう目に見えている現実なのだ。
 本当に戦争が始まって、その場でパニックを起こされるよりは、今から多少刺激を与えておいたほうがまだ幾分マシだろう、という考えである。
「ま、今日明日にも戦争が始まるわけじゃないからね」
 そう言って、眞はお茶を一口飲む。
 毒草を、加工して薬の効果を引き出した香草茶だ。ファールヴァルト王国の特産品として輸出の主力商品の一つとなっている。このお茶を作るために、眞は何度体調を崩し、何度死にかけた事か判らない。だが、その結果は世界中の貴族のみならず庶民でさえ楽しめる趣味を一つ増やしたのだ。
 高価なお茶は、一瓶で一軒の館が買える、それ程の価値がある。
 希少価値を求める好事家や貴族にしてみれば、格好のステータスだろう。
 そして、彼らは眞の格好のカモだった。
「大体、このお茶にしてもそうよ。その辺に生えている草を怪しげな方法で毒を抜いて、それでお茶にして売りさばくなんて。本っ当に詐欺と変わらないじゃない!」
 悦子は呆れたような声をあげる。
 とりあえず、戦争がすぐに始まるわけではない、と知って冷静さを取り戻していた。その反動からか、お茶について色々と文句を言い始めていた。
 確かに眞の製法では、ほとんどどのお茶も途中まで似たり寄ったりの製造をする。それを途中から製法を変えて、貴族用に味を処理するのだ。一般用でもそれほど味は悪くない。ただ、香りが良いだけなのだ。
「同じ香草使って匂いが少し良いだけのお茶が、匂いが普通のお茶の1000倍の値段なんて。立派な犯罪だよ」
 智子も口を尖らせている。
「はは。でもね、匂いをつける処理が珍しいと希少価値が出るんだ。良い例が鉛筆とダイヤモンドさ」
 眞が笑いながら解説した。その例に悦子と里香が首を捻る。
 その視線は、科学は苦手だ、と訴えている。
「いいかい、鉛筆の芯はほとんどが炭素なんだ。それとダイヤモンドもね。でも同じ種類の原子の集まりでも値段はべらぼうに違うだろう?」
「うん」
「それは、希少価値に差があるんだ」
「あ!」
 ようやく合点がいったように頷く二人であった。
「判ったみたいだね。鉛筆の芯一本に何百万円も払うやつはいない。でも、逆を言えば同じ鉛筆でも希少価値の付いたものは他の鉛筆とは違って、値段が付くんだ。例えば、有名人の持っているペン、とかね」
 つまり、眞は、そのお茶が『滅多に手に入らない』状況を創り出して、莫大な価値を創り出しているのだ。魔法の薬も同じである。実のところ、眞達の力を持ってすればもっと大量生産は出来る。だが、それでは最大の商品である「希少価値」が半減してしまうのだ。
 その為、眞はわざと少量のみ生産し、高値で売りつけているのである。
「お前、本当に汚いねえ」
 加藤が呆れたように言う。
「誉め言葉と受け取っておくよ」
 眞もけろっとしている。
 もっとも、そういう手法で資産を得ているお陰で葉子やクラスメート達がランダーの城に居候していられるのだ。眞がそれだけ稼いでいる証拠でもあった。
「でもよー、退屈なんだよな」
 牧原が欠伸を噛み殺しながら言う。テレビの無い生活がもう丸2ヶ月以上続いているのだ。いい加減、退屈も限界に達している。もっとも、他にする事が無いので言葉の壁は乗り越えていたのだが。
「しょうがねえなあ」
 とは言うものの、眞自身テレビを見るのも良いか、と考えていた。
「それじゃ、テレビを持ってくるか」
 眞が言うと、全員が、えっ?、というような顔をする。
「出来るの?」
 悦子が思わず尋ねてしまう。
「いいか、古代語魔法には召喚魔術ってのがあるんだ。この魔術を使えば何とかなる」
「それじゃ、俺はプレステ2も欲しーぜ」
 牧原が思わずリクエストしてしまう。そうなると、あとはなし崩しである。
「ビデオデッキがあるといい!」「DVDもな!」「ソフト、どーすんだよ」「アダルト物持ってきてくれ!」
 もう滅茶苦茶だった。
「とりあえずな、お前ら、まずはテレビとビデオのセット!」
 眞が宣言した。
 まったく、俺はドラ○もんじゃねえんだぞ!
 そう心の中で毒づきながらも、召喚するためのリストを作る。
 <物体召喚コレクト>は、異世界からでも物体、生物も含めて、召喚する魔術儀式である。そう簡単には試みる事は出来ない。あと、最大の問題があった。電波と電気である。
 一般に電化製品は電気が無いと動かない。常識である。それも、ちゃんと規格に合わせた電気が必要なのだ。日本だったら50/60hz、100Vの定格交流電流がそうだ。もし、電気が存在していても、製品がこの規格に合わない場合、日本国内では原則として使用できない。
 あとテレビ特有の問題があった。放送電波である。
 電波に乗った放送情報が届かないと、そこに移るのは単なる砂嵐だ。その為、放送用の電波をフォーセリアで受信するか、別の方法を見つける必要があった。
 眞は、自分の持つ物見の水晶球が異世界さえも映し出す事を知ったので、それと同じ試みをしようと考えていた。
 自分達のいた世界に魔法装置というか、魔法の品物マジック・アイテムを送り込んで電波を受信し、それをフォーセリア側に転送するのである。実は、既にその品物は作ってあるのだ。そしてその魔法装置を元の世界に送り込む方法も考えてあった。
 眞が塔で見つけた魔法の品物は、実のところ莫大な量だった。その中に、一つの像があったのだ。
 その魔法の彫像は、異界への門を開く事の出来る魔法が付与されていた。だが、魔法装置の小ささゆえか、その開く事の出来る<次元の門ディメンジョン・ゲート>は余りにも小さかったのである。
 結局、眞はその魔法装置を使ってもとの世界に帰る事を断念し、それを別の方法で活用する事にしたのだ。その別の方法とは、元の世界から手に入れる必要のあるものを、その異界の門を通じて手に入れる事だった。
 そして、電気の供給も方法はあった。
 古代語魔法には、実のところ電気を操る呪文が比較的多い。現在伝わる呪文にも、<電撃ライトニング>や<電撃束縛ライトニング・バインド>といった呪文がある。その為、古代語魔法を使って電気を発生させる方法は、決して難しくは無いのだ。そして、魔晶石の一種に、電撃の魔力を封じたものがある。
 眞はそれに目を付けた。
 電気を魔力で発生させ、それを瞬間に消費するのではなく、継続的に安定させて供給する方法があれば、十分に代用品になる。
 塔で手に入れた“混沌魔術”という四大魔術の一流派、おそらく異端であろうが、の魔術書が役に立った。実際、混沌魔術は四大魔術の拡張とも呼べるものであり、特に精霊力エレメントの複合、展開について極めて充実した内容があった。
 最終的に、眞は出力500W、電圧100Vの安定した交流電流を供給する魔法の壷を開発することに成功した。
 その夜。
「ほらよ、メイド・イン・ジャパンの液晶薄型テレビだ」
 眞が持ってきたテレビは、50型の大画面液晶テレビだった。実は、もともと眞のマンションにある自分の持ち物を召喚してきたのだ。当然、ビデオデッキもある。
「すげー、お前、どうやったんだ?」
「眞、おまえ天才だ!」
 もうクラスメート達は大はしゃぎだった。これで退屈な生活から開放されるだろう。
 眞は、電気を供給する魔法の壷に、分岐付きの延長ケーブルを挿し込む。そして、テレビとビデオを順番に繋いで行く。
 そして、ビデオデッキから出たアンテナコードを何やら不思議な物体に挿し込んだ。
「何それ?」
 智子が不思議そうに眺める。
「ああ、これね。こいつは半分だけこのフォーセリアにあって、もう片割れは今、俺達の世界にある。片割れが受信したテレビ電波をこっちのこの装置に転送して、あとは普通の電波としてアンテナ線に出力する、そういう仕掛け」
「なるほど」
 智子は感心したように言った。
 悦子達は、とりあえずさっぱり訳がわからない。それよりも2ヶ月ぶりのテレビが見たくて、先程からうずうずしているのだ。
 もっとも、その片割れは麗子の家に転がっている。先程、連絡をとってアンテナ線に繋いでもらったのだ。その際に、一悶着あったのだが。
 悦子をチラッと見て、絶対に内緒にしておこう、と眞は心に決めた。
「何か不思議な事をやっているな」
 ランダーがやってきて、眞の手元を興味ありげに見ている。
 この世界では、当然ながらテレビは無い。古代王国にもこんなものはあったかどうか怪しいだろう。もっとも、魔法の発達した古代王国では、テレビのような、しかし、まったく原理の異なる娯楽があったかもしれないが。
「へへ、これは僕らの世界の代表的な娯楽の品物です」
 眞が面白そうにいう。
「ほう。それではゆっくりと見せてもらおうかな」
 ランダーはソファに腰掛けて眺めている。
 眞は手際良く配線を終了し、そしておもむろにスイッチを入れた。
 だが・・・
「ああーん!」
 そこに映ったのは、あろう事か裸で喘ぐ若い女性だった。
「やだあっ!」「こらっ!」「おおーっ!」・・・
 一瞬、ちょっとしたパニックになった。どうやら、映画か何かのシーンだろうか。
 しかし、いきなりは危険過ぎる。
 ランダーは思わずソファからずり落ちそうになってしまった。
「悪い悪い」
 そう言いながら眞はチャンネルを切り替えて、他の局を確認する。
「あー、ビックリした」
 そう言った眞の頭に誰かがチョップを入れる。
「こら、ビックリしたのはこっちだよ!」
 悦子が眞の頭に手を置いたまま睨みつけていた。まったく、2ヶ月ぶりに見るテレビがアレだとは。
「ごめんよ」
 そう言いながらも眞はチャンネルを順番に変えていく。
「ケーブルの番組も、BSも全部持ってきてるから、大変だ」
「ふーん」
 確かに、その通りである。文字通り何百もあるチャンネルを捜しまわるのは至難の技だ。とりあえず民放の局とNHK、そしてケーブルの映画チャンネルやその他の娯楽番組をセットした。
 しかし、何人かの男から出た『プレイボーイ・チャンネル』のリクエストは却下された。プレイボーイ・チャンネルは24時間、アダルト番組を放送するというケーブル・テレビのチャンネルだ。
「貴方達、まだ未成年でしょっ!」
 こういう時、堅物の女教師ほど強敵はいないだろう。
 だが、眞はこっそりとセットしておくのを忘れなかった。所詮、テクノロジーを握った者の勝利である。
「俺には何が何だかさっぱりわからんが」
 ランダーがテレビを見ながら呟いた。日本語で放送されている番組を、ランダーが理解できたら、それこそ凄いだろう。
「あ、そう言えば一つ忘れてた」
「何を、だ?」
 眞はごそごそとスピーカーのセットを取り出した。それを音声出力のコネクタに接続する。
「何だか、ごちゃごちゃと訳のわからないものを、良くいじれるものだ」
 ランダーは心底から感心していた。
 このフォーセリアの騎士にしてみれば、現代文明のテクノロジーは、古代の魔法と同じく『さっぱりわからない物』なのだ。
 その訳のわからない物を両方とも操れる眞は、ランダーにしてみれば、正直言って天才以外の何者でもなかった。
 そして、ふと気が付いた。
「フォーセリアの共通語ではないか!」
 眞が増設したスピーカーから、確かにフォーセリアの言葉である共通語が流れていた。
 画面の中では、眞達が最初に着ていたような服を着た人間達が喋っている。しかし、スピーカーから聞こえる話し声は確かに共通語なのだ。
「へへ、同時翻訳は上手くいっているみたいだね」
 眞が改心の笑みを浮かべていた。
 どうやら、眞達の言葉をフォーセリアの言葉に通訳してくれる装置をつけたようだ。
 暫く眺めていて、眞達はふと気が付いた。
 今はフォーセリアの時間で昼前なのだ。それなのに、日本では夜の番組を放送している。
「なあ、確か今はまだ昼飯前だよな」
 眞はぼそっと呟いた。
「ああ」
「じゃ、何で『ウリナリ』をやってんだろ?」
 返答した亮に、眞は尋ねる。
「時差があるんだろうな」
「そんなもんか・・・」
 恐らくビデオがフル活躍しそうな気配だった。
「あーあ、つまんねー。俺、飯食いながら『笑っていいとも』見たかった」
 牧原がちょっと拗ねたように言う。贅沢な話だ。
 ふと、眞が気付くと、何人かの侍女が扉の前でこっそりと覗っている。手招きして呼んだ。
 38人の現代人と数人のフォーセリア人が見守る中、フォーセリア史上初の異世界からのテレビ放送が始まった。
 
「とりあえず、プリシスへの交易路は確保してあります」
 眞はウェイルズ王に問われて、当たり前のように答えた。
 沈黙の間という部屋が王城にはある。窓も無い、扉を締め切れば物音が一切外には漏れないという会議場である。ここで話し合われる内容は、その国にとって最重要機密であることが多かった。
 その沈黙の間に、眞と国王ウェイルズ、オルフォードとファーレン、そしてランダーが集まっている。今後のプリシスへの対応を、最終的にはロドーリルへの対応を話し合う為である。
 ファールヴァルトには今、膨大な財産と食料がある。ウェイルズは、それらの物資を用いてプリシスを援護することを考えていたのだ。
 眞もロドーリルの脅威は当然のように考えていた。プリシスには申し訳無いが盾になってもらわないとファールヴァルトが直接、ロドーリルと国境を接することになる。ロドーリルと戦火を交えるには、この国はまだ国力が足りない。
 その為、今はプリシスに敗れてもらうわけには行かないのだ。
 だが・・・
「ですが、陛下、問題があります。ご存知の通り、プリシスは城塞都市国家。防衛には強いのですが、結果として生命線である交易に深刻な影響があります。このままでは、恐らくあと一年、いえ、半年と持たないでしょう」
 眞の指摘は、プリシスの長所と短所が表裏一体である事を示している。事実、プリシスを訪れたときにも物を買う代価が底を尽きかけている様子が窺い知れた。
 当然ではあるが、交易とは買う相手と売る相手が必要になる。プリシスは買う相手が訪れず、売る相手が来ない、という二重の苦しみを味わっていると言って良い。ファールヴァルトの薬も、欲しいのだが買えない、といった声がちらほらとあったのだ。
 都市国家であるがゆえに特産品も無く、プリシスの経済は死につつあった。
「わが国としてはプリシスがロドーリルの軍門に下ることは避けねばなりません。しかし、プリシス自身が自力で戦争に勝てないのならば、わが国としての方策は二つしかありません」
 そう発言すると、眞にウェイルズとオルフォードは眞に注目した。
「一つはロドーリルに宣戦布告をして、プリシスの負担を引き受ける」
 それを聞いて、ウェイルズはぎょっとした顔をする。
 眞はその主君の顔を見て、言葉を続けた。
「もう一つはプリシスを併合することです」
 一瞬、沈黙の間が静まり返った。
「なんと・・・」
 騎士団長のファーレンが驚きのあまり、絶句してしまった。
「プリシスを併合する、だと?」
「その通りです」
 眞は全員にプリシス併合の具体性と妥当性を説明して行く。
 プリシスの独立性はその都市構造にある。しかし、それは同時に交易に対して致命的な弱点になるのだ。都市が完全に包囲された場合、経済の流れが完全に停止する。しかし、空路を利用して交易できるファールヴァルト王国だけはプリシスと交易を維持できるのだ。
 だが、それにも問題がある。
 他国の交易団とはいえ、軍事力にも即転用がきく航空力がプリシスに自在に出入りすることは、プリシスの独立性さえも脅かすのだ。
 そして、仮にファールヴァルト王国がロドーリルを打ち破った場合、逆にプリシスはファールヴァルト王国の領土に覆われる結果になる。その場合、既にファールヴァルトは強力な独自の交易を築き上げている為、プリシスの交易は事実上ファールヴァルトに支配されてしまうのだ。
 ファールヴァルトがロドーリルに敗れた場合、プリシスは更に不利な状況に立たされる。
 どちらにしてもプリシスの独立性は既に失われていると言っても過言ではない。
「ロドーリルとファールヴァルト、どちらに併合される方が良いかは異論が無いと思います」
 眞はそう締めくくった。
「だが、政治的に問題が多すぎる」
 オルフォードが渋い顔をした。
「確かに問題はあります。しかし、我々のほうにも選択の余地がありません」
 そう言いながら、眞は数通の手紙を取り出した。
「本日届いた内密の打診書です。オランのカイタルアード王、ムディールのティン王、そしてプリシスのセファイル王からです」
 緊張する手で蝋封を解く。確かにオラン、ムディール、そしてプリシスの国王達からであった。
 ウェイルズの表情は、手紙を読み進むうちに徐々に険しいものに変わっていく。そして、その3通の手紙に目を通したウェイルズは、思わず深い溜息をついてしまった。
 手紙には表現こそ違っているが、「プリシスをファールヴァルトへ併合する」事について書かれていたのだ。この話の出所はおそらくセファイル王であろう。
 かの国王は既にプリシスの独立性が失われているのを承知なのだ。そしてファールヴァルトに併合を願い出たほうがロドーリルに征服されるよりも良いと言う事も。
 そしてセファイル王はファールヴァルト側に一方的な条件にならないようにオランとムディールに仲介を願い出たのだろう。
 賢明な判断と言える。
 少なくともロドーリルに全てを奪われるよりは良いだろうから。
「陛下?」
 オルフォードが心配そうに尋ねた。
「うむ・・・眞の言葉、真実になりそうだ」
「その手紙には何と・・・」
 ファーレンも主に尋ねる。その手紙の内容如何では、ロドーリルを相手に戦争をする事になるのだ。
「プリシスのセファイル王からプリシスの併合を願い出る手紙であった」
 沈黙の間に集まった全員に緊張が走る。暫くの間、だれも息一つしなかった。いや、出来なかったと言って良い。
「して、オランとムディールは?」
「その仲介をする、との事である」
 オルフォードは嘆息した。
「眞、どう思う?」
 ランダーが尋ねた。
「今はまだ機が熟していません。自分の部下達もまだ訓練が終了していませんし、経済も確固たる基盤を構築しきれている訳ではないので」
 そして、あと三ヶ月時間が要る、と眞は答えた。
「それに、現状のままプリシスを併合する場合、問題があります」
「何だ?」
 ウェイルズの問いに眞は少し躊躇いながら答える。
「現状ではわが国にかなり不利な条件を飲まされる危険があります。人口でも、経済でも向こうの方が優れているゆえに、一歩誤ると、この国を乗っ取られる危険さえ考えられます故」
「確かに・・・」
「ですから、この手紙の返事は保留にすると時間と条件を稼げます」
 眞は一つのアイデアを得ていた。
「ファールヴァルト王国としては、只で使われるわけには行きません。ですからプリシスを併合しない場合のことを前面に押し出せば良いのです」
 その言葉に、一同は面食らったような顔をした。
「どういう意味だ?」
 オルフォードが疑問を口にした。おそらく全員の疑問が同じだっただろう。
「まず、わが国が単独でもロドーリルに負けぬ力を持つ、と示すこと。そして、その上でプリシスを併合しなくても問題は無い事を返答するのです」
 眞の言葉は、ある意味で最も厳しい選択支だった。この人口一万の小国が一五〇万の大国に勝たねばならないのだ。
「無茶だ!」
 ランダーは思わず叫んでいた。幾らなんでも自殺行為に等しい、という理由からだった。
「無茶ではありません。数の差は、そのまま長所と弱点に繋がるからです」
 そして、眞は勝算があることを告げた。
 暫くの間、誰も口をきかなかった。各人が自分の考えに没頭してしまったかのようにじっと考えつづけていたのだ。
「よかろう」
 その王の言葉に全員が注目した。
 ウェイルズは何かふっきれたような表情で宣言するように言った。
「わが国としては、大国には振りまわされない。その上でロドーリルが攻めてきた場合、独力でこれを撃破する」
「御意」
 その場にいる者達は畏まり、その王の決断を受け止めていた。そして、眞を信じていた。
「では早速ですが、同盟を結ぶとしましょう」
 眞が言う。
「貴公は先程、併合には早すぎると言ったではないか!」
 ファーレンが叫んだ。眞の言葉は明らかに矛盾をしている。
 しかし、眞はしらっとした顔をして続けた。
「同盟と言ってもプリシスとではありません」
「何?」
「『悪意の森』に住む『獣の民』と、『魔剣の山脈』に住む『竜の部族』とです」
「奴等か・・・」
 ファーレンは渋い顔をする。無理も無い、と眞は思った。
 獣の民は、いわゆる獣憑きの蛮族だと考えられている。そして『竜の部族』は、竜を崇める原始部族として思われていた。
 だが、獣の民は獣の力を持つ屈強な戦士の集団であり、竜の部族は失われた竜の秘術を操る部族である。
 協力を得られれば、心強い味方だろう。
 実は、眞はダーレイからはこっそりと協力を取り付けてある。
 ダーレイ達、獣の民も危機感を感じていたのだ。このままでは強力になった周辺諸国から侵略され、征服されるかもしれない。そう考えた長老達は、ひそかにダーレイと連絡をとり、王国騎士となった眞に協力して獣の民の存在を認めさせようと考えたのだ。
 それは眞の狙いとも合致する。
 その故、眞は獣の民をファールヴァルト王国の正式な国民に認めさせようと考えていた。
 もし、獣の民と竜の部族が正式な国民となれば、ファールヴァルト王国の人口は3万を超えるようになる。そして、軍事力だけを考えれば他国と比較しても劣らなくなるのだ。
「ふむ・・・面白い」
 ウェイルズ王は興味を持ったように頷く。
「我が国が強くなれば、大国に上手く使われなくなる、か」
 ファーレンはまだ納得が出来ない様子だったが、眞は時間が解決する問題だと思っている。最初、この堅物の騎士団長は眞の魔法騎士隊構想にも反対したのだ。しかし、今は魔法騎士隊の有用性を誰よりも理解している一人であった。隊長を失った下級騎士達を眞の部隊に率先して移動させてくれているのだ。
「我が館に住み込んでいる獣の民の戦士が力になってくれると思いますが」
 ランダーも眞の意見に賛成する。
 その意見を受けて、ウェイルズ王は決断した。
「よかろう。我が国は最初に獣の民と同盟を結ぶ。それが成功した後に、かの竜の部族とも同盟を結ぶことにする」
 この計画さえ上手く行けば、ロドーリル軍の脅威に対抗できるはずである。
 しかし、意外な方向から危機はやって来たのだ。
 
 
 

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