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「何の用件だ?」
下位古代語で話し掛けてきたため、眞が尋ね返した。 「ははは、威勢の良いやつだな」 リーダーらしい長身の男が豪快に笑う。 「いやな、俺達は長老の命令でこの辺りを調べに来たんだ。ついさっきどえらい爆発があったからな」 「我々もそうだ」 ランダーが息を整えて言葉を繋ぐ。 「我々も国王陛下の命でその謎の爆発を調査しに来たのだ」 「呪術師はどうした?」 「呪術師?」 「まじないを使う人間だ」 ランダーの言葉に長身の男が切り返す。 「魔法使いはいない」 なるほど、といったように、男はひょいっと肩をすぼめた。 「名前くらい名乗って欲しいな」 眞が口を挟む。 「すまんすまん。俺の名前はダーレイ。剣の牙の戦士だ」 「ビースト・マスターって奴かい?」 眞の質問に豪快に笑って答える。 「そのとおりだ」 その笑顔に眞も笑って言葉を返す。 「俺の名は眞。緒方眞だ」 「マドカ? 変な名前だな」 ダーレイがとぼけたように言う。 「ほっとけ!」 眞の密かなコンプレックスなのだ。どうして両親はこんな女の子のような名前にしたのだろう? 「はは、気にするな。それにしても、お前、強いな」 感心したように眞を見る。 その瞬間、眞は警戒した。先ほどの戦いをじっと見ていたのだろう。 気配を感じさせないで、じっとランダーの部下たちが倒れて行くのを見ていたはずだ。 しかし、彼等は援護も何もせずに隠れていた。 ダーレイはランダー以上の実力を持つ戦士のはずだ。そしてほかの男達もファールヴァルトの騎士と同等かそれ以上の使い手だろう。その上、彼等は『獣の力』を持っているらしい。 この森の中で生活しているからには野戦や妖魔相手の戦いに慣れているはずだ。 戦闘力という点を考えると、先程の状況では彼等5人でも騎士50人にさえ匹敵しただろう。 それなのに・・・ (こいつらは敵なのか、それとも味方なのか) 微かに見せた警戒の色に、弁解するかのようにダーレイが手を振る。 「おいおい、そんなにおっかない目で見るなよ」 「で、本当のところは?」 眞の言葉にダーレイが真顔になった。そして眞に言った。 「お前さんが出てきたからな」 「何?」 以外な言葉に思わず眞はダーレイに聞き返す。 「いや、お前さんが出てきたのを見てな、あの状況をどうやってひっくり返すのか見てみたかったんだ」 「それで兵士達を見殺しにしたのか?」 ランダーが殺気を帯びた声で尋ね返す。だがひょい、とダーレイが肩をすくめて答えた。 「違う。他の妖魔が来たら潰す気でいたさ」 「・・・その言葉、嘘ではないな?」 「信じる、信じないはお前さんの勝手だけどな」 ランダーは渋々引き下がる。 「こんな所で立ち話もなんだ、中に入れてくれないか?」 複雑な想いを抱くランダーと眞にダーレイが当たり前の様に言った。 ロッジの中で眞達は車座になって話し合いを続けていた。 「・・・で、これからおまえさん達は何処にいくんだ?」 ダーレイが問いかける。 「どうするかな・・・」 眞がぼんやりと考え込む。 最初に考えていた「オーファンに行く」という考えは捨てていた。 この人数をつれて長距離を旅するのは不可能だ。 「もし良ければファールヴァルトに来ないか?」 ランダーが眞に提案する。 「ファールヴァルト?」 眞の疑問にランダーが答えた。 「ああ。我々の国だ。ファールヴァルトはこの森の外れにある。まあ小さな国だがな」 「しかし、ランダー卿、貴国にこの人数で押しかけてご迷惑をお掛けしないでしょうか?」 葉子が思慮深く尋ね返す。 失礼にならないように気をつける必要がある。なにせ、相手は一国の騎士なのだ。 「食料やその他の品か・・・まあ、何とかできるだろう」 そのランダーの言葉に、眞は気付くものがいくつかあった。が、とりあえず黙っておく。 眞は、遺跡の中で発見した宝物で初歩的な古代語魔法を身につけた、という事にしてある。そうすれば、下位古代語で会話するのも困らない。おまけにこれからとりあえず何らかの形で魔法を使わざるを得なくなっても、言い訳に苦労せずに済む。 そして、例の遺跡で発見した魔術書は今、葉子の手元にある。 これで彼女は下位古代語で意思の疎通ができるため、話し合いに参加できるのだ。さらにルエラのイヤリングは悦子が身につけて皆のために話し合いを通訳していた。 「暫く俺たちの集落にいる、という手もあるがな」 ダーレイも彼等の集落に来ることを提案する。どうやら眞達に興味を持ったらしい。 「ファールヴァルトまでどれくらいかかるんだい?」 「いい質問だ、眞。ここから王都までなら歩いて4、5日かかるだろう」 「4、5日もかかるのか?」 眞は驚いてしまった。 「森が大きいのだよ。だが、ここから一番近い私の館までだったら2日の距離だ」 「2日か・・・」 眞が考え込む。そして、思わず葉子の顔を見てしまった。 「難しいの?」 「いやね、先生、知っての通りあんな怪物がわんさか出る中を2日もかけて移動するのは危険じゃないかと思ってさ」 「でも、そのランダーさんの御宅に行かないと・・・」 「そう。この怪物だらけの森の中に閉じ込められる・・・」 葉子も、今の状況の厳しさを思い知らされていた。移動するにも、ここでサバイバルをするにも非力な女生徒がほとんどの現代っ子ばかりだ。 そして、ファールヴァルト王国の兵士達は傷ついているもの達ばかりである。騎士5人もそれぞれ傷つき、疲労しきっていた。 しかも、護衛するはずの兵士は辛うじて動ける者達で12人。自力で動けない者は4名もいるのだ。 「考えていてもしょうがないじゃない!」 凛とした声が響き渡る。 「ティエラ・・・」 ダーレイが驚いたような声を出した。 発言したのは獣の民の娘、ティエラだった。 「答えは決まっているじゃない。ファールヴァルトか私達の集落、どちらかに行くしかないのよ?」 その挑みかかるような視線に、眞の迷いが晴れる。 「・・・そうだな。よし、俺達はファールヴァルトに行くか」 その旨を全員に告げる。 「ち、ちょっと待ってよ!」 「あの森を抜けて行くの?」 「怪物が出てきたらどうするのよっ!」 ・ ・ ・ 予想通り、反対意見が続出した。 しかし、眞はそれくらいは予測していた。 わざと自分の意見を一方的に述べて、逆に反対意見を言わせて議論させるように仕向けたのだ。 何かを言われただけでは人は反対することしかしない場合がある。特に自分の考えと違う場合は・・・ 眞は全員で議論するように仕向け、そして現在の状況を自覚させたのだ。 「それじゃあ、どうすれば良い?」 一通り意見が出尽くした頃合を見て、逆に眞が問いかけた。 やはり、というかその質問に答える者はいない。 「・・・じゃあ、どうするかはあんたが決めてよ!」 ふてくされたように里香が言う。 内心、面白くないのだ。 今まで散々見下して虐めてきた少年が急にリーダーシップを発揮して、自分に意見するのが納得いかないのである。だが、現実問題として他の誰も、何も出来ないのが事実なのだ。 「俺は眞の意見に賛成だ」 亮があっさりと賛成する。 実際、亮は眞の意見が正しいと思っていた。しかし、女生徒達がヒステリックに叫ぶのを見て言葉を言うタイミングを失っていたのだ。 「あたしも緒方君の意見に賛成」 「悦子・・・あんた・・・」 里香は信じられない、といった顔で悦子を見ていた。 「現実問題として、ここに居続けるのは危険だよ」 優しい声で里香に言う。 「俺も賛成だな」「俺もな」 何人かが続けて眞の意見に賛成した。 里香達も判っていたのだ。どちらにしてもここには居続けられないという事を。しかし、決断して何処かに移動する、そういう判断を下す勇気が無いのだ。 「・・・判ったわよ!」 半分やけになったよな感じで、里香達も賛成した。 「それじゃ、ランダーさんの御宅にお邪魔しましょう。済みませんが、ご厄介になります」 言葉の後ろ半分を下位古代語に変えてランダーに返答した。 「構いませんよ」 あっさりとランダーが答えた。 「それじゃ、俺達も厄介になるか」 にやにやと笑ってダーレイも言う。 「な!」 さすがに驚いた表情でランダーが絶句してしまう。 「なに、只でとは言わん。食料くらい持って行くさ。それとも、俺達がいると迷惑かな?」 「・・・そんな事は無い」 渋い顔でランダーが答えた。確かに、この森で生活している獣の民の協力があれば、森を抜けるのも容易だろう。 そっと、眞の様子を覗う。 眞はそのランダーの視線に気付き、苦笑しながらも頷いた。 とにかく、これで危険を可能な限り減らして、移動することが可能になったのだ。 夜中、もう全員が寝ていた。 悦子はなぜか急に喉が乾いて目が覚めた。 パジャマの上に上着を羽織ってキッチンに向かう。 ペットボトルの水を取り出し、キャップを開けて一口飲んだ。 そして、窓の外を見ると、眞がふらふらと歩いていた。 眞の横顔は月に照らされているとはいえ、普通ではない程に蒼ざめている。 だが、悦子に見られていることに気付かず、眞はそのまま森のほうへと歩いていった。 眞は自分の手がどうしようもなく震えるのを止められなかったのだ。 心の底から嫌悪感が涌き出てくる。 あのゴブリンどもを斬った感触が手から離れなかった。 ベッドに潜り込んで、暫くして興奮から醒めてくると、徐々に嫌悪感が涌き出てきた。 どうにもこうにも吐き気を押さえきれなくなり、ロッジから抜け出てきたのだ。 夜風にあたって気分を紛らせたかった。 しかし、急に吐き気がこみ上げてくる。思わず地面にしゃがみ込んで吐いてしまった。 「げほっ!・・・」 むせ返ってしまうが、それでも立ち上がる気になれない。 口の中に溜まった唾を吐き出していると、後ろから声をかけられた。 「大丈夫?」 ぎくっとして後ろを見た。 そこには、泣きそうな顔をした悦子が立っていた。 「気持ち悪いの?」 心配げに尋ねてくる。 しかし、眞はそっぽを向いて答えた。 「大丈夫」 「・・・本当?」 悦子は答えながら、反射的に思いついた事があった。 目の前の少年は怯えているのだ。 いじめという過酷な経験がそうさせたのだろうか、悦子に自分が嘔吐している姿を見られたくないのだろう。嘔吐しているのを見られる事で、再びいじめを受ける事を警戒しているのだ。 悦子は、急に涙が出てきたのに自分でも驚いた。だが、その涙を止めようとは思わなかった。 悲しかったのだ。悔しくもあった。 自分達がしてきたことが原因で、目の前の少年が、誰にも弱みを見せられないようになってしまったから・・・ 「お・・・ざわ・・・さん・・・?」 眞は、一瞬、何が起こっているのか判らなかった。 突然、悦子が後ろから抱き付いてきたのだ。 何が何だかわからないまま、じっとしていると悦子が涙を流している事に気が付いた。 「・・・どうしたの?」 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」 戸惑いながら、問いかけた眞に、悦子はひたすら謝りつづけている。 「え?」 「私・・・里香たちが緒方君をいじめているの・・・知ってて何にも出来なかった・・・」 悦子が泣きながら言葉を紡ぐ。 眞はじっとして、悦子の謝罪の言葉を聞きつづけていた。 「・・・ごめんなさい・・・私、勇気が無くて・・・」 「うん。もう良いよ・・・」 眞はそっと悦子の手を握り締める。 どれくらい、そうしていたのだろうか、悦子は眞に微かに体を預けていた。 2人とも落ち着きを取り戻していた。 眞は背中に悦子の温かい柔らかさを感じていた。そして、悦子は眞の意外に引き締まった筋肉質な身体にどぎまぎしていた。しかし、なぜか悦子は眞から離れたくなかったのだ。 だが、眞はシャツ越しに悦子の意外に豊かなふくらみの感触が伝わってくるのに困っていた。しかも、悦子はパジャマの上に上着を軽く羽織っただけなのだ。 ちょっと刺激が強すぎる。 突然、悦子は自分が下着をしていないパジャマで眞に抱きついている事に気が付いた。 自分のブラをつけていないままの胸を、眞に押し付けている状態なのだ。 顔が真っ赤になっていくのを止められない。 時間が止まってしまったかのように、2人とも動けなかった。 夜風が木々のざわめきを奏でて、そして眞達の脇を通り抜けて行く。 2人とも息がこの心地よい静けさを壊してしまいそうで、お互いにじっと息を潜める。 そうしている内に、だんだん最初の驚きが静まってきた。 「う、うがいしたほうが良いよ。お水、飲む?」 「う、うん」 悦子は必死にさりげなさを装って身体を眞から離した。そして、不自然にならないように胸を隠して、水のボトルを眞に差し出す。 悦子の差し出したペットボトルを受け取って、眞は一口水を口にふくんだ。そして、口を洗って吐き出す。それを何度か繰り返している内に口の中の不快感が取れていった。 「ありがと」 悦子はペットボトルを受け取って、微笑む。 さっきの妙な雰囲気は、もう何処かに行っていた。 悦子がハンカチを濡らして眞の口元を拭う。 「何?」 眞の問いかけに悦子は微かに笑って答えた。 「口元。すこし汚れてたから」 慌てて眞が口に手をやる。その眞に悦子はにっこりと笑いかけた。 「もう取れてるよ」 「ごめん。ハンカチ、汚れちゃった」 その眞の言葉に、悦子は首を横に振る。 「全然、大丈夫だよ」 いつの間にか2人は並んで地面にしゃがみ込んでいた。 眞は愛刀を引き寄せて、悦子の反対側、自分の左側に置く。 「その刀、おが・・眞くんの?」 「え? あ、うん。僕のだよ」 悦子の言葉に、眞は少し驚いて答えた。 少し頬を赤らめて、しかし悦子は真っ直ぐに眞を見つめていた。 「ありがと」 「何で?」 「あの時、その刀でみんなを助けてくれたから」 「それは・・・別に構わないよ」 眞は不思議そうに悦子を見つめる。 「怖かった?」 「・・・怖かった、よ。でも、それは、あの怪物に対してじゃなかった」 「え?」 悦子から、ふと視線を外して眞は独り言の様に答える。 「自分が怖かったから」 「どういう意味?」 悦子の問いかけに眞はそっと上を向いて言葉を紡ぐ。 「あの戦いの最中、ゴブリン達は別に強くなかった。はっきり言って目をつぶっても勝てた。でもね、あのでっかい奴、ミノタウロスだっけか、あいつと戦っている時に、いきなり楽しくなったんだ」 「え?」 眞は、今度は少しうつむいて話しつづける。 「あのミノタウロス、強かったな。少し気を抜くと、あの魔法の斧に捕らえられそうだった。でも、全身の神経を集中させて奴と戦っている内に、だんだん面白くなってきたんだ。何処まであいつの攻撃を読みきれるか、どれだけ自分は強くなったのか、試してみたくなったんだ」 悦子は黙ってその独白を聞きつづける。 「勝負を決めたのは、別に相手に情けを感じたわけじゃない。単に退屈になったんだ」 「退屈?」 「うん。自分があいつよりも絶対的に強い、そう判って、戦う事に興味を失ったから」 眞の言葉は、悦子には理解できなかった。 「それで、さっきベッドの中で眠ろうとしたら、いきなり怖くなったんだ」 「え?」 悦子は意外な言葉に驚きを隠せなかった。 眞はあの騎士達でさえ歯が立たなかった怪物をあっさりと倒したほどの剣士なのに・・・ 「自分が怖くなったんだ」 「あ・・・」 一瞬、沈黙が辺りを支配していた。 悦子は、眞の心が少しだけ判ったように思った。 「戦いを楽しんでいる自分。師匠に言われた事がある。僕の心には鬼が住んでいるって」 「鬼?」 「そう。鬼だそうだ。あの瞬間までわからなかったけど、あの時の僕が鬼なんだ」 悦子は急に苦しくなってきた。 思わず叫ぶように眞に言葉をぶつける。 「眞は鬼じゃないよっ!」 ぎょっとして、眞は悦子を見てしまう。 「眞は、鬼なんかじゃないよ。強くて、優しくて、繊細で、そんな沢山の色を持った『緒方眞』っていう私のクラスメートだよ」 眞は、何も言えなかった。 泣きそうな顔で悦子は言葉を続ける。 「その師匠は眞のこと、何にも知らない!」 そう言って悦子は俯いてしまった。そのまま泣き出してしまう。しかし、肩を振るわせながら、悦子は必死になって眞に語りつづける。 「私、いっぱいの眞を知ってる・・・クラスでいじめられてても、学校には他に友達がいて、速水君と岡崎さんは眞のこと、大事に思ってて、ゲームとかパソコンとかする仲間がいるって・・・それだけじゃないよ・・・ちょっとはずれのマンションに1人で住んでて、そのマンションから見える風景はきれいだけど、ちょっと寂しい事も・・・」 あっけに取られながらも、眞は悦子の言葉にじっと聞き入っていた。 「凄く、頭が良くて・・・コンピュータとか簡単にいじれちゃう事も・・・本当は冗談が好きで、馬鹿な事とか出来るのも・・・アンティークが好きで、本を読むのも好きで・・・それから・・・」 眞はそっと手を伸ばして悦子の髪を撫でる。 いつの間にか悦子は喋るのを止めて泣き続けていた。 そのまま、悦子は眞に身体を預ける。眞の肩に縋り付くようにして暫くの間泣いていた。 眞は悦子の肩を抱いて、泣き止むまでじっと抱きしめていた。 「・・・ごめんね」 悦子はそっと呟く。 「何で?」 「いきなり泣いちゃって、びっくりしたでしょ?」 「うん・・・」 肩を抱いている眞の手を、悦子は左手でそっと触れた。 驚いて手を引っ込め様として、しかし、眞はそのまま悦子の肩を抱き続ける。 「小沢さん?」 眞はそっと尋ねる。 「悦子、でいいよ」 悦子は眞の手をいじり続けながら向こうを見て言った。 「え、悦子・・・ちゃん?」 「・・・なあに?」 まだ横を向いたまま悦子が聞き返す。 「・・・どうして、今日はこんなに色々してくれたの?」 悦子は突然くすくす笑い出した。 「何でだと思う?」 「・・・?」 きょとん、としている眞に悦子はくすくす笑いながら振り返る。 綺麗だ・・・ 思わず眞は見とれてしまった程、悦子は美しく見えた。 「なあに?」 うっすらと頬を赤らめて、悦子が尋ねる。 「綺麗だなって・・・」 思わず口に出して、眞は真っ赤になってしまった。 「ありがと」 悦子はにっこりと笑って眞を見つめる。 そして、ゆっくりと目を閉じた。 眞は、そうする事が自然であるかのように悦子の唇にキスをする。 一瞬のような、永遠のような時間、2人は唇を重ねつづけた。 風が2人を包んで、ゆっくりと2人は魔法の瞬間を終える。 「眞・・・」 「ん?」 「中に入る?」 悦子の言葉にちょっと眞は考え込んで、首を横に振った。 「ちょっと稽古して、それから戻るよ」 「じゃあ、見て良い?」 「いいよ。じゃあ、悦子はロッジの傍にいて」 「うん」 悦子はちょっと離れてロッジの傍に移動した。 眞はゆっくりと刀の柄を握り、そして稲妻の様に抜刀した。そのまま流れるように型を繰り広げる。 まるで剣舞のような、幻想的な稽古だった。 森の木々と月だけが2人をじっと見守りつづけていた。 |