~ 2 ~

 眞達は暫く歩くうちに、ここが眞達の住んでいた世界でさえない異世界だということを思い知らされていた。
 住んでいる生物が、元の世界とは若干違う上に、怪物まで出没したのだ。
 それは、子供くらいの小さな怪物だったが、敵意を剥き出しにして威嚇して、そして森の中に逃げ帰ってしまった。明らかに人間とは違う存在だったが、手に武器らしい棒切れを持っていた。
「今逃げて行ったやつ、あれは何だったんだ?」
 眞の疑問がおそらく全員の疑問だったであろう。
 小林がぼそり、と呟いた。
「あれさ、おれの意見でしかないんだけどな」
「はっきりと言ってくれ」
 眞が促す。
「あれ、ゴブリンだって思ったんだ」
「・・・俺もそう思った」
 ゲーム同好会のメンバーは、さすがに普段からゲームをやり込んでいるだけあって、モンスターの知識は豊富である。眞も今見た怪物の印象として、RPGなどに出てくる邪悪な妖精である“ゴブリン”だと感じたのだ。
 あの怪物の正体がどのようなものであれ、この世界が眞達のいた世界とば別の世界である証明にもなってしまった。あんな怪物が眞達の世界にいるはずは無い。
 警戒を怠らずに、慎重に歩みを進める眞達の目の前に突如、何かの遺跡が現れた。
 かつては塔であったと思われる建物の残骸である。
 しかし、その土台と思われる部分はしっかりとしたまま残っていて、つい最近崩壊したばかりに思えた。
 眞達は慎重にあたりを調べ、そしてドアを開いて中に入っていった。
 眞は考古学者である父親からこのような遺跡の調べ方や罠などを処理する技術を学んでいたため、ある程度までなら何とかなる自信があった。それに、野外活動も不得手ではない。彼の学んでいる古流武術は、何も試合をするための技術を学ぶわけではない。野戦や1対複数などの通常では考えられない過酷な状況で生き残る術でもあった。
 そうして慎重にあたりを調べていると、ここが何らかの研究施設だったことが判った。
 暫く調べているうちに、眞はある部屋の中に人間の少女が倒れているのを発見した。どう見てもその少女はRPGでお馴染みの『魔法使い』の様な格好で、眞達はこの世界がファンタジーのような世界なのかもしれない、と思っていた。
 とりあえず、少女をベッドに寝かせて悦子に手当てを頼む。
「小沢さん、すまないけど、この子をお願いできるかな?」
 眞に頼まれるまでも無く悦子は手当てをする気でいた。調査隊の一員としての使命感がそうさせるのだろうか。
 そうして、再び部屋の外に出て、暫く探索しているうちに眞は一冊の不思議な本を見つけた。
「魔術書だな・・・」
 それを開いて調べようとしたときに、悦子の悲鳴が聞こえた。
 
 急いで駆けつけてきた眞達が見たのは、杖を構えて険しい表情で悦子と眞達を睨み付けている、あの少女だった。悦子はベッドの脇にへたり込んで、少女を見つめていた。
「何が起こったの?」
 眞が悦子に尋ねる。
 悦子はため息をついて、自分を落ち着かせてから答えた。
「あの子を手当てしていたら、いきなり目を覚まして、あの杖を振りかぶってきたのよ」
「なるほど」
 眞は一息ついて、その少女に向き直った。
 少女は眞の腰に帯剣された刀を見て、緊張したようだった。
 何かを言おうとしたその瞬間に、眞が呼びかけていた。
「ちょっと待ってくれ。俺達は敵じゃない。危害を加えるつもりは無い」
 その呼びかけた言葉に、少女だけではなく悦子も他の仲間も驚愕した。
 眞が呼びかけた言葉は少女-ルエラにとっては耳慣れた言葉であり悦子達にしてみれば聞いたことも無い言葉、下位古代語だったのである。
「あなた達は誰なの?」
「俺達はこのあたりを調査していたんだ。その途中で君を見つけて、そこの彼女に手当てをお願いしていたんだ。別に危害を加えようとしていたわけじゃない」
「そう。でも一つ教えて。私の見たところ、あなた達はフォーセリアの人間じゃないような気がするんだけど」
「フォーセリア? それが君たちの住むこの世界なんだね。たぶん、僕達は事故か自然災害で、このフォーセリアに飛ばされてきたんだ」
「じゃあ、どうしてあなたは私と会話ができるの? この言葉はフォーセリアの言葉よ」
 ルエラの質問に眞は苦笑して答えた。
「こいつのおかげさ」
 といって一冊の魔術書を取り出した。それには『初等古代語魔術教本』と題が書かれていた。
「どうやら、こいつにかけられている魔法なんだろうけど、この本の内容やあんたのしゃべっている言葉が理解できるし、この言葉もしゃべれる。この本を手放すとだめだけどね」
 眞は嘘をついていた。
 本当のところ、魔術師である眞はルエラの下位古代語を自力で完全に理解できるし、会話もできる。しかし、それをしてしまうと説明が厄介になる。
 偶然発見した古代語魔法の教本を使って嘘をついたのだが、そうでなければ何らかのアイテムを使って同じ事をする気でいたのだ。
「そう、助かったわ」
 実際、ルエラは安堵した。目の前の人間は確実に状況を把握できている。しかも、魔法に関しても素人ではないだろう。本来、魔術書を理解するための魔力の性質を見抜いて、意思の疎通に応用するのは魔術に長けたフォーセリアの魔術師でさえなかなか気づかないことだ。
「できれば、今のこの状況とか話していただけないかしら。文字通り何にもわからないわ」
 ルエラも冷静さを取り戻して、彼らはそれぞれの情報を話し始めた。
 そうしているうちに、彼らはお互いの困難な状況を理解していった。眞達は元の世界に帰れる保証が無いことを知って、さすがにショックを受けている。
「なんてこった・・・」
 そして、このあたり一帯が別名『悪意の森』と呼ばれる危険な一帯であると聞かされ、大急ぎで帰ることにした。
「この辺がそんなに危険な地域だったとはな・・・」
 眞は改造した携帯電話で、連絡をとる。
「・・・もしもし」
 応答があったことで、思わず安堵の声を漏らした。
「無事だったんだな?」
「?そうよ、なあに、こっちこそ心配してたのに、連絡もよこさないなんて!」
 こずえの怒ったような声を聞いて安心した眞は、得た情報をかいつまんで話した。そして厳重に施錠して、誰が来てもドアを開けないように言い聞かせた。
 そして、武器や防具なども含めて、可能な限り塔の中にある品物を回収してロッジに向かって移動を始める。大量の魔法書や品物があっても、対して苦にならなかったのはルエラが<石の従者ストーン・サーバント>の呪文を唱えて石の簡易ゴーレムを作り出し、それに重い荷物を運ばせたからである。また、武器や鎧はそれぞれ全員に着用させて、持ち運ぶ手間を省くと同時に全員の戦闘能力を補強する。
 その鎧の大変な重さに、ほとんど全員が辟易へきえきしながらロッジに帰りついた。
 その眞達を女達は大笑いで迎えて、暫く眞達の機嫌をいたく損ねたのであった。
 
「すげえな、この魔力付与の技術ってのは。この紫雲と楓にこんな魔力を付与できるんだせ」
 眞は魔力を付与した愛刀を手にして、まじまじと眺めている。
 紫雲と楓は既に魔力を付与してあったが、塔で発見した魔法の宝物を用いてさらに強力な魔力を付与したのだ。そして両方とも眞の気に入ったとおりに仕上げることが出来た。
 眞は自分の愛剣を、強力な魔力の付与された魔法の武器としたことで、少しはしゃいでいる。
「それで、これからどうするつもりなの?」
 ルエラが眞に尋ねる。しかし、そう尋ねられても眞には答えることはできなかった。
 
「わかんねえ」
 ルエラは塔で見つけた魔法の耳飾の魔力で日本語をしゃべれるようになっている。そして、これからの行動を一緒に話し合っていたのだ。
「もし、良かったら、何処かの国に行かない?」
 ルエラの言葉は唐突なものだった。驚いた顔で眞が尋ね返す。
「何処かの国?」
「そうよ。このフォーセリアには幾つもの国があるわ。私もお父さまを失ったばかりだから、何処にも行き場所が無いし」
 寂しそうな顔でルエラが答える。
「この森の近くには、『賢者の国』オランや『最果ての王国』ムディールもあるわ。それに『聖なる王国』アノスといった国もあるわね。あと、・・・勧めないけど『鉄の王国』ロドーリルも近いわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それらの国のことをもう少し詳しく教えてくれないか」
 眞が慌てて尋ね返した。ルエラは、時々、眞達が異世界から来たのだということを忘れたかのように言うときがある。その眞の表情を見て、ルエラはまた自分が失敗したことを悟って、顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい。そうね・・・まず、オランから教えるわ。オランという国はね、このアレクラスト大陸最大の国よ。アレクラスト大陸は、このフォーセリアに幾つかあるとされる大陸のひとつで、私達が今いる大陸のこと。オランは、もっとも人口の多い国と言われているわ。賢者の学院と呼ばれている魔術師のギルドが初めて興ったのもオランなの。その魔術師ギルドの長は、大賢者にして究極の魔術師と呼ばれるマナ・ライ。国としては・・・」
 ルエラの説明はかなりの時間だったが、簡潔にまとまっていてこの辺りの国の関係や土地柄が良く理解できた。そして、この辺りも決して安全な世界ではないと言うことも・・・
 眞はルエラに尋ねる。
「君は何処に行きたいんだい?」
 ルエラの表情が少し曇る。
「私は、行ける場所が限られてくるわ。魔術師だからロドーリルには行けないし。それに父がオランの貴族だったけど、反逆の罪で国を追われているし・・・」
「君の父親は、独立した魔術師だったんじゃないのかい?」
 牧原の疑問はルエラにとってつらいものだった。
「私には産みの父親と育ての父親がいたの。産みの父親はそのオランの貴族だった人で、育ての父親はあの塔で命を落とした魔術師なの・・・」
 そう言うなり、ルエラは涙を溢れさせて泣き出してしまう。そのルエラを、眞と悦子が優しく抱きしめる。
「そうか。思う存分泣いてしまいな」
「泣きたいときに泣かないと、後で苦しいわよ」
 ルエラはしゃっくりをあげて泣きつづけた。
 暫く泣いてから、ルエラは平静さを取り戻し、そして最初の話を再開した。
「それで、どこの国に向かうの?」
 眞は暫く考えて、ルエラだけではなく全員に宣言するように言う。
「俺はオーファンに向かうのが良いと思う」
 それは以外な答えだった。ルエラは驚いて聞き返す。
「眞、どうしてオーファンにするの?」
 その質問ももっともである。ルエラは、オーファンはかなり遠い道のりだと説明していたのだから。
 ルエラは眞にオーファンに行きたい理由を尋ねようとした。
 しかし、その時、眞はロッジの外に微かな物音を聞きつけた。
 全員に緊張が走る。
 その物音には微かに金属音が混じっていて、どうやら動物ではなさそうだ。
 そして、数は―かなり多かった。
   
 
 

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