~ 1 ~

 夏休みに入って、さらに蒸し暑い日々が続いていた。
 眞は憂鬱な気持ちで学校に向かって歩いていく。今日からクラスの主催で行く林間学校なのだ。
「大体、なんで夏休みになってまで学校に行かないと行けないんだよ・・・」
 ぶつぶつと文句を言っても始まらない。
 眞が所属しているゲーム同好会が林間学校に参加することになっていたのだ。
 当然、自動的に眞の参加も決定してしまっていた。
 唯一の救いは、学年の中の有志で行く林間学校だということだ。
 それと、クラスでは虐められていても、部活であるゲーム同好会やよく一緒になるオカルト研究会のメンバーが一緒に行く事が決まっていたので、たぶんいつもよりマシな学校行事になると思っていた。
 だが、麗子に逢えなくなるのは、やはり寂しかった。
 あれから、つい昨日までずっと麗子の家にいたのだ。
 眞が学校に着いて驚いたのは、林間学校に行く生徒の数がそれほど多くないという事だった。
 だが・・・
「あんたも行く訳!?」
 ギョッとして振り返ると、そこには高崎里香が仁王立ちになっていた。
 良く見ると、日頃から眞を虐めている張本人たちが全員揃っている。
「まったく、せっかくの林間学校が台無しになっちゃう!」
「里香・・・」
 その横では里香と何時も一緒にいる小沢悦子が頭を抱えている。
「だって、悦子!」
「いいからこっちに来なさいよ!」
 そう言い合いながら、悦子は里香の腕を取って引きずるように連れていった。
 しかし、眞の憂鬱はますます大きくなるばかりだった。
「・・・なんでなんだろ?」
 眞が一瞬、帰ろうかと思った時に、ぽんっと肩を叩かれた。
 びくっ、として振り返ると、そこには人懐っこい笑顔があった。
「よう、なにブルーになってんだ?」
「亮くん・・・」
 サッカー部の速水亮だった。
「せっかくの旅行日和なのに、そんなにしょんぼりしてると楽しさ半減だぞ!」
「そうだけど、部活は良いの?」
 そう眞が聞くと、亮は、
「はは、特別にお許しをもらったからな。それに」
 と言い、ちら、と横を見る。と、そこには岡崎智子が笑顔で友人と話していた。
「なるほど」
 眞は感心したように頷く。
「それだけじゃないんだがな・・・」
 ちょっと声を落として亮が独り言の様に呟く。
「え?」
「何でも無い」
 だが、眞も噂は聞いていた。委員会に無届でサッカー部のエースに告白した智子になんらかの制裁があるのではないか、という話である。
「眞、頼みがある」
「なに?」
 亮は一瞬、真剣な顔になって眞に話し掛けた。
「お前も聞いていると思うが、智子の事なんだ」
「・・・噂ぐらいは」
 眞はこんなに苦しそうな亮を見たことが無かった。
「頼む。智子を護ってくれ」
「え?」
「お前、最近空手とか習っているって言ってたろ。頼む」
 眞は一瞬、言葉に詰まった。
 確かに武術は習っているが、実践する勇気があるかどうかわからない。
 しかし、亮の苦しみも判る。
 かつて起こったあの悲惨な事件の被害者が、もし智子だったら・・・
 そう考えただけでもぞっとする。
「判った。できる限りに事をするよ」
「すまん」
 眞の決意に、亮はほっとしたような表情でにっこりと笑った。
 それはいつもの笑顔だった。
 
「それじゃ、出発するわよ!」
 担任の高科葉子が号令をかけた。
 予定よりも少ないとは言え、総勢で37人と言う大人数だ。しかも、ほとんどが女子テニス部のメンバーである。
 どうやら合宿を行うついでに、林間学校に参加しようという魂胆らしい。
 ため息をついて振り返った瞬間、眞は悦子と目が合った。
「?」
 不思議に思ったが、次の瞬間、オカルト研の黒田に背中を叩かれた。
「何やってんだ、行こうぜ!」
「ああ」
 そう返事をするまもなく、眞はバスに押し込められてしまう。
 眞はちら、と後ろを見たがもう悦子は里香と話をしていた。
(なんだったんだろ・・・)
 
 目的地に到着して眞達は、担任の葉子も含めて、絶句していた。
「なあ、あのボロいロッジにこんな人数が泊まれると思うか?」
「さあ、泊まれない方に一票入れたいかな」
 オカルト研の黒田に尋ねられても、眞にはとぼけたような事しか答えられなかった。確かロッジの定員は全部で20人程度だったはずだ。
「一体、どうするんだよ・・・」
 大多数のはしゃいでいるテニス部員をよそに、葉子と眞、ほか数名は頭を抱え込んでいた。
「とにかく荷物を運んで、準備してしまいましょう」
 葉子が唸るように言った。
 
 そして夜。
 眞達はキャンプ・ファイアーを囲んでバーベキューを焼いていた。
 とりあえず部屋の割り当ては女性を優先させて、男は庭でテントでも張ろうという話になっている。しかし、天気予報によれば、今夜から雨が強く振るらしく、その対策を兼ねて話し合っているのだ。
「う~ん、困ったわねえ・・・」
 女子テニス部のキャプテンの田村こずえが困ったような声を出している。
 まさか、部屋の数が足りない上に嵐がくるとは予想していなかったのだ。
 突如、全員で話し合っている途中で、やはりというか大粒の雨が降り始めた。遠くから雷鳴も聞こえて、本格的な嵐になりそうだった。
 女の子達は、案の定きゃあきゃあと騒いで、ロッジに戻り始めた。
「とりあえず、全員中に入りなさい。あと、念のため車に置いてある物とかは全部手元に置いておくようにしたほうがいいわね」
 葉子がそう言って、全員、ロッジに戻って行った。
 眞達がロッジに戻った直後に、狙い済ましたみたいに雨が滝のように振り始めた。
 狼狽するメンバーに、さらに良くないニュースがあった。
 TVをつけて天気予報を聞いて、眞達は途方にくれてしまった。
 雨はこれから激しくなり、外出は控えたほうが良いということ。そして、いくつかの道路が封鎖されていて、その道路の中にはここから市街地に帰るための道も含まれている、という事である。
「どうするよ、おい」
 眞達はとにかく、携帯電話を使って連絡をとり、救援を呼ぶことを考えた。
「へえ、おめーケータイ持ってたのか」
 牧原が驚いたように眞を見る。
「一応、何かあったら困ると思って」
「気が利くな」
「そうかな?」
 眞は電話をしようとして、驚いていた。
 しかし、ついさっきまで繋がっていたアンテナがなんの反応も見せなくなっていたのだ。
(変だな・・・魔法を使って通信するシステムなのに・・・まさか、魔法的な異常なのか?)
「おかしいな。アンテナが通じてない」
「何でだ?」
「わかんないよ。さっきまで繋がってたはずだけど・・・」
 どう言うことだろう、と訝しがる眞達は、次の瞬間、暗闇に閉ざされてしまった。
 突如、停電になってしまったのだ。
 いきなり闇の中に放り出された女達は、パニックを起こしたように悲鳴を上げつづけていた。
 その凄まじいまでの絶叫に眞達は耳をおさえて、懐中電灯を取り出そうとする。
 暗闇の中で鞄の中を探っていた眞は指先に懐中電灯を探し当て、そしてスイッチを入れた。
 一瞬にして光が溢れだし、真っ暗な部屋を照らし出していた。
 その暗闇を切り裂く光に助けられて、次々に懐中電灯がつけられていく
 部屋が明るく照らし出されて、ようやく女達もパニックから回復し始めていた。
 しかし、その瞬間にかなり大きな地震が起こり、上も下もわからない状態になってしまった。
「落ち着いて!」
 眞が必死になってパニックを起こしている女の子達を落ち着かせようとするが、まったく効果があがらずに混乱は加速して行く一方だった。
 その大きな揺れのなか、眞は何故か耳鳴りを感じていた。
 奇妙な感覚が眞を襲う。
 なぜか、眞はメリーゴーランドに乗っているような感覚に襲われていたのだ。
 頭がふわふわとして、なぜかゆっくりと建物が廻っている感じがした。
 どのくらい時間が経ったのだろうか。
 地震がそれほど長く続くはずが無い。せいぜい2,3分も経っていないだろう。
 その強いゆれが収まって行くにつれ、パニックも次第に収まって行く。
 
 リビングに全員が集まって、全員が腰を下ろして落ち着こうということになった。
 しかし、このような異常事態が立て続けに起こるものだろうか。
 それも午前中は真夏日を思わせる日差しだったのに、いきなり嵐になるとは。
 そして最後には地震まで起こったのだ。
 このような異常な現象など、今までに経験したことも無かった。
 しかし、あの地震が最後だったらしく、今のところ他には何も起こっていない。
 眞達はとにかく、次の日に天候を調べて可能ならば山を下りて林間学校を中止しようという結論に達した。
 そして、次の朝。
 眞達は自分たちがとんでもない状況に置かれていることを思い知らされていた。
 窓の外には、森が広がっていたのだが学校で調達したバスが無かったのだ。そして、その目の前に広がる森は、奥多摩の森ではなく、見たことの無い樹木の森だったのだ。
 しかもあった筈の道も消えていた。
 女生徒達はすっかり震え上がり、泣き出していた。
「こ、ここは何処なのよ・・・」
「家に帰りたいよぉ・・・」
 混乱をきたした女達のなかで、唯一、悦子だけがかろうじて平静を保っていた。
「緒方君、ここは一体何処なの?」
「わからない。日本じゃないことは確かみたいだけど」
 眞が困惑したように答えた。
 その答えに悦子の表情も曇った。
「どういうこと?」
 眞は、つとめて冷静に説明を始めた。
「あの木なんだけど、自分も見たことが無い。それにさっき、亜熱帯に住むらしい鳥の姿を見かけたから」
「そんな・・・」
「本当だよ」
(召還した魔神達は、まだここにいる。グルネルの一体だけが元の世界に取り残されている)
 気付かれないように精神を集中して、自分のマンションに佇んでいる魔神に呼びかけた。
グレン、聞こえるか?
聞コエル
何が起こったか判るか?
次元ノ壁ニ亀裂ガ生ジタノデアロウ
そうか・・・
 眞はグルネルとの心話を切る。
 携帯電話は・・・電波が切れている。
 おそらく次元の壁を通しては流石の魔法電話も繋がらないらしい。
 眞の知る召還魔術の呪文を使えば、ある程度は物品を召還することも可能なはずだが、それでは眞が魔術師であることが知られてしまう。
(最後の切り札だな)
 そして少しだけ考えた。
 自分の考えが本当ならば、それは大変な事態である。
「とにかく、ここからは離れたほうが良いだろうな」
 眞の言葉に、全員が眞を見る。
「どうしてだ?」
「わからない? 今、この場に留まっていても危険が増すだけだよ。ここが何処かは知らんが早く離れて人里に向かったほうが無難だ」
「待てよ。ここが何処か判らん以上は、下手に動き回らないほうが得策じゃないか?」
「確かにそうだね・・・でも、僕達は何処かもわからない所に放り出されたんだ。何とか状況を打開しないと、何が起こるかわからない」
「う~ん・・・」
 眞と牧原の会話は続き、とりあえず、この一帯を調査しようということになった。
「それじゃ、誰が行くの?」
 葉子が心配げに尋ねる。本心ではだれも外に出て欲しくなかった。
 しかし、誰かが調査をしなければ状況がわからないのだ。
「まず、僕が行きます」
 眞が手を上げた。
 これには全員が驚いた。
「あんた・・・」
 里香が目を丸くして呟く。
「僕が言い出したから、自分がまず行きます。それに僕はちょっとだけど武術を習っているから」
 そう言って、旅行用鞄の中から長細い袋を取り出す。
 そして、袋の中から日本刀を引き出した。
「きゃあ!」
 何人かの女生徒が悲鳴を上げた。
「あと、僕にはこれがあるから、多少の事なら大丈夫だよ」
 眞はベルトに刀を装着するホルダーを付けて、帯剣する。
 愛刀の紫雲を抜き、軽く握る。そうすると少し気合が出てきた。
 葉子と悦子は眞を感心してみていた。
 この厳しい状況を冷静に判断する能力を、この気弱な少年はいつの間に身に付けていたのだろうか。
 だが、葉子は教師として言っておかないといけない事があった。
「緒方君。そんな物騒なものをどうして林間学校に持ってきた訳!?」
 ぎくり、として眞が言い訳を始めた。
「こ、これは練習用に持ってきただけなんだけど・・・」
「木刀か模造品イミテーションにしなさい!」
「はい・・・」
 みんながどっと笑い、その瞬間、緊張が飛んでしまっていた。
「さて、それで誰が緒方君と一緒にいくの?」
 何人かがぱらぱらと手を上げた。
 その中には悦子が混じっていた。
「え、悦子!」
 里香が狼狽したように言う。
「行ってくるわ」
 悦子が笑って答える。
 その悦子を止めようと里香や友人が説得しようとする。
「危険よ!」
「ジャングルなのよ!」
 その友人達の言葉を聞いても悦子の心は変わらなかった。
「私も行ってくるの」
 里香はヒステリーを起こしたように
「だって、緒方が行くんだよ!」
 と叫んでしまった。
 一瞬、辺りがシーンと静まり返る。
「だからだよ」
 悦子が静かに言う。
「ずっと、酷い目に合わされてきて、それでも緒方君は外を調べに行くって言ってくれたんだよ。いくら武術とか習ったって言っても、怖いはずだよ。でも、それでも、私達の為に行ってくれるんだよ?」
 そう言って、悦子は眞を見た。
「足手まといにはならないから」
「・・・判った」
 悦子は里香をぎゅっと抱きしめて、耳元でささやいた。
「大丈夫だよ」
 その悦子を、里香は抱きしめる事しか出来なかった。
「・・・それで、後は?」
「僕が選んで良いですか?」
「良いわよ」
 葉子が眞に頷いて、皆も了承する。
「それでは、マッキー、来てくれ」
「オーライ」
 牧原は買い物に付き合うような口調で了承する。
「それと・・・」
 眞はてきぱきと調査隊のメンバーを選んで行った。
 
 まず、眞を中心に悦子、それに牧原と黒田、小林、加藤の6人でチームを組んで、調査に出かけることにした。男が8人しかいない状態で、この人数が外に出るのだ。ロッジの守りは相当薄くなってしまう。しかし、このあたりの調査は行わなくてはならない事である。
 とりあえず、眞は手元にある携帯電話を即席で改造して携帯電話同士で交信できるようにしてある。これで交互に交信ができるから、大きな助けになるはずだ。
 眞は紫雲と楓を腰に帯剣し、そして幾つかの装備を入れたバックパックを背負う。そして出発した。
「それじゃ、行ってくるよ」
 そして眞達は森の中に消えて行った。
 
 
 

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