~ 4 ~

 眞はさらに数体の魔神を召還していた。
 そして、それらの魔神に命じて、幾つかの魔法の工芸品を作り出していた。
 その中の一つに『遠見の水晶球』があった。これは遠く離れた場所を映し出す宝物なのだ。
 普通、遠見の水晶球は映像だけで音声は再現できないのだが、眞の作り出した水晶球は音声も聞くことが出来るという強力なものであった。他にも、紫雲と楓にも強力な魔力を付与して魔剣にしたりと、幾つかの魔法のアイテムを創造していた。
 そして、その遠見の水晶球で辺りを見ているうちに自分が行方不明になっていることを知ったのだ。
 麗子と抱き合う事で孤独は癒される。
 しかし『虐め』によって与えられた苦しみが消えたわけではない。
 虚しい思いを紛らわせるかのように遠見の水晶球を操っていた眞は偶然、深田剛の姿を発見した。
 そして、その瞬間、押さえていた怒りが爆発するのを感じた。
「あのやろう・・・」
 深田によって受けた苦痛と屈辱がよみがえる。
 眞は怒りに任せて『敵』を仕留めるために行動し始めていた。
 まず、『姿無き魔神』といわれている魔神、ゴードベルを差し向ける事にする。そして、証拠を残さずに暗殺するため、状況を慎重に見極めて行った。
 どうやら深田は眞のことを探しているようだった。数人の友人達と一緒になって街中をうろうろとしている。だが、その内に探すのに飽きたらしく、遊び始めている。
 そして、とりあえず眞には会った時にお返しをする、という事で今日は探すのを諦めたらしい。
 眞に観察されている事にも気付かず、深田達は派手に遊びまわっていた。
『そうそう、例の話はどうなってるんだい?』
 深田の友人の一人が尋ねた。
『あの女だっけか、確かサッカー部の速水の彼女』
『そうっす。委員会の警告を無視して勝手な事をやってるそうで、おしおきが必要だとか』
 その瞬間、眞は智子が狙われているのを知った。
 おそらく、こいつらは智子を襲う気なのだ。
 智子は眞の数少ない友人の一人である。絶対に護らないといけない。
 眞は自分のこと以外でも、深田達を暗殺する理由を得ていた。
 暫くしてゴードベルが深田のもとに到着した。
 そして、わざと足音を立てて深田を追跡させ、恐怖を暴走させて道路に飛び出させたのだ。
 車にはねられて横たわる深田を見ても、眞は何も感じなかった。ただ、憎むべき相手の一人が死んだだけなのだ。
 それでも・・・
「眞くん・・・」
 麗子が心配げに声をかけた。
「何でも無いよ」
 麗子は眞の無表情な横顔を見て、一筋だけ涙が流れ落ちたのを見てしまった。
「眞?」
「はは・・・どうしてなんだろ?」
 眞がゆっくりと振り向く。
「あんなに憎んでたのに・・・あれ程復讐したかったのに・・・岡崎さんを襲おうとしていたんだ・・・だから、殺した・・・」
 眞は無表情なまま言いつづける。
 麗子は、しかし眞の全てを受け止めていた。
「いいのよ・・・」
 眞をそっと抱きしめる。
 しかし、眞は感情が無くなったかのように、じっと水晶球に映るクラスメートの死体を見つめていた。
「僕は変なのかな?」
「え?」
 麗子は眞の唐突な質問に驚いた。
「人を殺しても、何にも感じないんだ・・・」
「眞・・・」
「はは・・・僕は人殺しなんだよ?」
 自嘲する様に言う眞を、しかし麗子は優しく抱きしめる。
「人を殺しても、眞は眞でしょう?」
 そう眞の耳元で囁く。
「あなたは岡崎さんっていう友達を護ったのよ。それに、私は貴方が意味も無く彼を殺してしまったとは思えないわ」
「麗子さん・・・」
 眞は驚いていた。
 麗子は人を殺めた自分を許しているのだ・・・
「女の人にとってレイプされる事がどれほど辛く苦しいか・・・それを貴方は防いだのよ」
 眞はその言葉に微かに頷いていた。
「それに、あいつには散々な目に会わされてきたし、色々と嫌な噂も聞いたしね・・・」
 眞は淡々と呟いた。
 暗闇の中、眞はじっと深田の死体を見下ろす。
「絵里香さん、敵は討ったよ・・・」
 誰かに語りかえるように、そっと呟いた。
 そして、水晶球の魔力を閉じた。
 
 数日後、再び遠見の水晶球の魔力で街中を見ていると、偶然、クラスメートの小沢悦子の姿を見かけた。不思議な事に自分を探し回っているようだった。
「なんで小沢さんが僕を探しているんだ?」
 眞は驚くと同時に興味が沸いてきた。
 そして、申し訳無いと思いながらも後をつけてみる事にしたのだ。
 どうやら、悦子は単なる好奇心で眞を探しているわけでは無い様子だった。かといって教師に命じられて眞の行方を探しているわけでも無さそうだ。
 暫くして悦子は眞の住んでいるマンションにやって来た。
 どうやら昨日も来たらしい。何度かチャイムを鳴らして、じっと待っている。
 しかし、何の返事も無いので帰って行った。
 悦子は途中でPHSを取り出して電話をかける。どうやら岡崎智子と話をしているようだった。
 不思議な組み合わせだ。
 岡崎智子と小沢悦子は、普段からそう親しい間柄ではない。どうやら眞を探すのに協力を頼んだようだ。
「それなら・・・」
 眞は小さなノート・パソコンを取り出して、もう一台のコンピュータに接続する。
 小さなノート・パソコンはWindowsCEを搭載した携帯用パソコンだ。眞はこのコンピュータを改造してかなり自分の好きなように使えるものにしていた。
 幾つかのデータをパソコン本体から転送して、取り外した。
 そして魔法の鏡を取り出す。
 小さなノート・パソコンを映しながら古代語の合言葉を唱えた。
 そして、その鏡を覗いて満足そうに笑う。鏡の中に眞のパソコンが映っていた。
 眞が覗き込んでいるのに!
 そのまま魔法の鏡をテーブルに向けて別の古代語の合言葉を唱える。その瞬間、ノート・パソコンがもう一台テーブルの上に現れた。
 新しく現れたパソコンの電源を入れて、完全に動作することを確かめてフル・リセットする。
 これで完全にデータなどが消えうせたことになる。
 携帯電話もコピーを取った。
 眞の携帯電話は実は携帯電話ではない。
 内部は付与魔術で作った通信モジュールが組み込んであり、『世界中の通信システムに直接接続する』システムなのだ。
 番号自体は正規の携帯電話の番号である為、怪しまれていない。当然、電話はタダがけである。
 新しく作った携帯電話の番号を設定し直して、悦子に送ることにする。
「あとは岡崎さんのROMだな。確か、僕のパソコンと同じ奴だから・・・」
 そう言いながら岡崎と速見の携帯用コンピュータのROMを用意した。あとバッテリーを雷晶石という魔晶石を組み込んだ永久バッテリーに変える。
 ちなみに携帯電話もこの永久バッテリーに変えてあるため、無制限に使用が可能である。
「こんなもんか」
 荷物をパッケージにまとめた。
「何処かに出かけるの?」
 眞の行動を面白そうに眺めていた麗子が尋ねる。
「うん。クラスメートにちょっとやってもらうことが出来たから」
 そういって立ち上がり、魔術師の杖を手に取って呪文を唱え始める。
万物の根源、奇跡の源、至高なるマナよ・・・我が姿を変えよ・・・我の描きし姿は現実の姿とならん・・・
 <変身シェイプ・チェンジ>の呪文で女性の姿となった眞は麗子の前でくるり、と回った。
「へへ、どう?」
「凄いじゃない!」
 麗子もここまで見事に変身するとは思わなかった。
 そしてそのまま麗子の家を出た眞は喫茶店で話し込んでいる悦子と智子、亮の三人に電話をかけて自分を追跡させる事にしたのだった。
 
「お前、何処に行ってたんだよ!」
 亮の言葉が眞には嬉しかった。
 あれから3日が経っていた。結局、眞は伊豆の最南端で悦子達と会ったのだ。
「ちょっと、旅行に行こうと思ったんだ」
 眞がそう言うと、智子が怒った様に言った。
「あんたね、人騒がせも程があるよっ!」
「ごめん」
「まったくもう・・・」
 だが、とりあえず智子の怒りもそれ程大きくは無かった。
 むしろ・・・
「・・・で、結局の所、学校サボってふらふらとこんなところをうろついていた訳ね?」
「・・・うん」
 悦子はかなり怒っている様子だった。
(なんでこんなに怒られないといけないんだ?)
 眞は少し焦っていた。
「あんたが行方不明になっている間にね、深田君が死んじゃったんだよ!」
「・・・知ってる」
 悦子が眞を睨み付けた。
「知ってたなら、どうして誰にも電話とかしないのよ・・・」
 眞は、しかし睨み付けられても答え様が無かった。
 まさか、自分が魔法と魔神を使って深田を殺したとは言えない。
「誰に電話するのさ?」
 眞が逆に尋ねた。
「速水君に電話しても良かったじゃない、岡崎さんにだって・・・」
「・・・悪かったよ」
 眞は謝った。
 悦子が一瞬、きょとんとする。
「ごめんよ。テレビとかで深田君が死んだって聞いて、皆を困らせているのに電話出来なかったんだ。本当にごめん」
 悦子は暫くあっけにとられていた。が、突如、ぼろぼろと涙を流してしまった。
「・・・ばか、ばか、ばか、ばか。あんたって本当に馬鹿だ!」
 眞は思わず亮を見てしまった。
 渋い顔をしていた亮だったが、突然吹き出す。
「ハハハハハ・・・」
「な、何だよ、亮くん!」
 げらげら笑いながら亮は眞を抱きしめた。
「何でも無い。さあ、帰るぞ!」
 そう言って、眞を引きずりながら駅に向かって歩き始めた。
 
 
 

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