~ 2 ~

 あれから一度も眞の姿を見ないまま、悦子達は夏休みを迎えていた。
 だが、眞が失踪し、深田が不可解な事故で死亡した直後である。あまりはしゃいでいるクラスメートもいなかった。
 悦子はただ毎日、街へ繰り出しては眞の姿を探していた。
「あんたね、緒方に惚れてた訳?」
 里香のあきれたような顔が浮かんでくる。だが、何故か眞を追わなくてはいけないような気がしていたのだ。
「で、これから何処を探すのよ?」
 智子が悦子に尋ねる。
 ここは悦子たちが良く利用する喫茶店だ。
「インターネットでも調べたし、いろんなデータを見たけど『水無月医院』なんて病院、無かったわよ」
「ありがと」
 悦子はどうにも困ってしまった。
 智子がコンピュータに詳しいと言うことを聞いて、インターネットで眞が入院しているはずの病院を調べてもらったのだ。
「それにな、緒方が行きそうな所を聞いてみたけど、あの日を境に見た奴はいない」
 サッカー部のエース、速水亮も協力してくれているのだ。
 亮は数少ない眞の理解者でもある。
 眞が本気になったら、俺以上のプレイヤーになる、そう言っている程だ。
「・・・手詰まり、なのかな」
 悦子が力無く呟いた。
 その時、智子がふと気が付いたようにぼそっと言った。
「そういえばさ、何時だったか忘れたけど緒方君、アンティークの時計を持ってたわね」
「え?」
「だからさ、珍しいなって思ってたの。だってパソコンの部品とか買う人間ってオタクっぽい人が多いじゃない。あんまりファッションに気を使う人っていないのよ。それなのに緒方君は結構おしゃれなアンティークの時計なんてしてたからさ」
 何か、悦子の頭に閃くものがあった。
「ありがと!」
 これは大きな手掛かりかもしれない。
「今からこの街にあるアンティークのお店を調べてみる」
 悦子が立ちあがろうとしたとき、智子が止めた。
「待って!」
「どうして?」
 訝しがる悦子に智子がにこっと笑って答える。
「今からアンティーク・ショップのリストを出してあげるわ」
 そういって鞄から小さなコンピュータを取り出す。
 銀色のおしゃれなコンピュータだ。
「そんなに小さなコンピュータがあるんだ」
「えへへ、これはWindowsCEっていうOSをつかったコンピュータよ。Windows98やNT程いろんな事が出来るわけじゃないけど、持ち運ぶのに便利だから」
「そ、そう?」
 コンピュータの事を説明されても良く判らない悦子だった。
 智子は手際良くPHSをコンピュータに繋いで、インターネットに接続し始めた。
「さて、何処のアンティーク・ショップが一番近いのかな?」
 そう言って調べようとした時に、智子が不審な顔をした。
「どうしたの?」
 悦子と亮が尋ねる。
「緒方君からメールが来てる」
「ええっ!」
「ちょ、ちょっと待って」
 智子は手早くメールを読み、不思議そうな顔をした。
「何なの?」
「緒方君が書いてきた事なんだけど、変なことが書いてあるわ」
「どんなこと?」
「うーん、ちょっと読んでみて」
 そう言って画面を出来る限り上に向ける。
 そこには不思議な文章が書いてあった。
 
『こんにちは、岡崎さん、速水さん、そして小沢さん。
 今、僕を探しているのでしょう?
 僕を追いかけたかったら、鏡の裏を良く見ること。
 それと、現実に惑わされないこと。
 
 今は1時35分。
 あと3分で白いうさぎが目の前を通る。
 そのうさぎが不思議の国へ導いてくれるから、決断すること。
 
 それじゃ。』
 
 今の時間を反射的に見る。
 1時35分ちょうどだ。
 メールの送信時刻は昨日の夜中だった。
 しかし、なぜ眞はこの時間に悦子と亮、智子の3人がこの場所でメールを読む、と判ったのだろうか?
 三人で顔を見合わせる。
「なんだ・・・」
「これって・・・」
「どうして・・・」
 思わず声が重なってしまった。
「と、とにかく白いうさぎを見つけなきゃ」
 悦子が緊張した声で言う。
 智子も亮も頷き、周りを見始めた。
 もう数分もしないうちに『白いうさぎ』が現れるはずだ。
 智子も急いでコンピュータやPHSをしまい込む。
「どこにその白うさぎが現れるんだ?」
 亮も焦ってきょろきょろしている。
 その時、智子のPHSが鳴った。
「もしもし」
『岡崎さん、緒方です』
「緒方君!?」
 ぎょっとして悦子と亮が智子を見る。
『窓の外を見て』
「え?」
『いいから』
「う、うん」
 智子が窓の外をみる。
『二人にも言って欲しいんだ』
「わかった。小沢さん、亮、窓の外をみて」
「え?」
「お、おい」
 二人とも驚く。が、そのまま指示にしたがった。
『さて、あと10秒。7・・・6・・・』
 三人とも緊張が高まってきた。
『3・・・2・・・1、それだよ』
 三人とも驚いた。
 その白いうさぎは『Playboy』のマークだった。
 赤いスポーツカーの窓に小さな白いうさぎのシールが貼られている。
『さて、どうする?』
 そういって眞の電話が切れた。
「どうするって・・・」
「私は行くわ」
 悦子が智子に答える。
 亮も智子に言った。
「俺達も行こう」
「わかったわ」
 そして、三人は喫茶店を飛び出した。
 
 水谷恵は、面食らっていた。
 仕事で立ち寄った所、突如三人の高校生達につかまったのである。
「で、私に何か?」
 その高校生たちに尋ねる。
「あの、ちょっと失礼な質問かもしれませんが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 三人のなかの一人の女の子が話し掛けてきた。
 綺麗な子だ。
「何を?」
「実は・・・」
 恵の聞いたその話は、ちょっと信じがたいものだった。
 彼女達は失踪したクラスメートの少年を追いかけている、というのだ。
 その少年の送ったメッセージが自分を見つけるきっかけになったこと、その状況の指摘が驚くほど正確だということ、そして、そのメールはその瞬間に送られたものではなく、あらかじめ送られたものだったこと、等・・・
 だが、
「残念だけど、その男の子の事は知らないわ。一体、どういうつもりで彼は私の事を貴方達に教えたのかしら?」
 恵の答えに、悦子達は落胆してしまった。
「彼はメールにこう書いてきたんです」
 智子はそういって、眞のメールの内容を恵に教えた。
「う~ん、判らないわね・・・」
 恵はその不思議なメールの内容を聞いて、考え込んでしまう。
 謎だらけの文章だ。
『鏡の裏』、『現実に惑わされるな』、『白いうさぎが不思議の国へ導く』。
 これらの言葉に鍵が隠されているかもしれない。
「えっと、ですね。もしかして恵さんは何処かアンティーク・ショップをご存知無いでしょうか?」
 突如、悦子が尋ねた。
「アンティーク・ショップ?」
「ええ、そうです」
「何軒か仕事でまわっているけど・・・」
 悦子達は思わず顔を見合わせていた。
「すみませんが、そこへ連れて行ってもらえませんか?」
「ええ、構わないけど」
 恵はその突然の成り行きに戸惑いながら、しかし心の何処かで何か目の前の高校生たちに協力してあげたい気持ちが沸いてきていた。
「それじゃ、ちょっとこの仕事を片付けてくるから待っててちょうだい」
 そう言って、恵はビルの中に入っていった。
 
 十分ほど経って、恵がビルから出てきた。
 その手にかなり大きな紙袋が握られている。しかし、当の本人は怪訝そうな顔をしていた。
「お待たせ。これ、悦子ちゃん宛ての荷物よ」
「え?」
 変な話だ。悦子はこのビルに立ち寄った事も無ければ、知り合いもいない。
 差出人の名前も無い。
「昨日、届けられたそうよ。これを私に預けてくれって。どうやらこれを預けた人物は貴方達の事も私の事もお見通しって感じよ」
 恵は少し緊張した声で呟いた。
 急いで車に乗り込む。
 そして紙袋を開けると、その中には幾つかの品物が入っていた。
 まずは手紙だ。
 そして3つの携帯電話。
 さらに一台のコンピュータ。これは智子の持っているのと同じタイプのものだ。
 コンピュータを入れるためであろうバックパックが一つ。
 あとは電源コードや幾つか細々した物が入っていた。
 悦子は手紙に目を通す。
 
『小沢さん、岡崎さん、速水さん。
 
 不思議の国へ向かうように決めたみたいですね。
 ようこそ、と言いたいところだけど、それは僕のところに辿りついてからにしましょう。
 
 これらの道具はその冒険に必要なものです。
 うまく使いこなしてください。
 
 この中の携帯ですが、特殊な物なので便利です。ほとんどどんな所からでもかけられるし、使い放題ですよ。
 おおっと、非合法じゃないからね!
 安心して使うように。
 岡崎さんに聞けば判りますが、この携帯を使えばかなり早いスピードでインターネットにも繋がります。
 岡崎さん、携帯の接続だけど、そのコンピュータの携帯接続用のコネクタに普通にケーブルを差し込んでください。ドライバはこのROM(プログラム等を記録してある読み出し専用メモリー)に焼いてあるので自動的に接続できます。
 デバイスの名前は『New Mobile Phone TypeⅢ』です。
 あとはそのまま使えるので。
 
 それと、この小さなコンピュータですが、重要な道具なので注意して使いこなしてください。
 メールの設定等は岡崎さんにやってもらうといいですよ。
 冒険に必要な情報等はすべてこのコンピュータに入力してありますから使ってみてください。
 同じ内容のROMを入れてあります。
 これは岡崎さんのコンピュータ用と亮さんのコンピュータ用の2種類。自分のデータをなくさないように!
CFメモリも入れてあるので、それを使ってください。512MBもあれば当分は大丈夫でしょう。
 
 ネットに繋いだら、スタート・メニューから『オンライン版ヴァリアント・レイ』をプレイしてみてください。(これは傑作だよん!)
 
 後はヒントを見逃さないようにしてください。
 どこで会えるかはお楽しみ。¥(^_^)
 
 あ、そうそう。
 敵のキャラクターに出会ってもその場でバトルは危険だよ。
 まずは会話をすること。
 RPGの鉄則ってやつね。他にもルールがあるけど、それは岡崎さんが詳しいよ。
 
 あと、速水さんはかなりのゲーマーだから、その他のゲームのルールや鉄則はご存知のはず。他にも結構な雑学が必要になるからね w(^。^)w
 
 それでは、健闘を祈る、ってね。
 
 P.S. これらのグッズのお金は要らないよ。』
 
 何のことだかさっぱりわからない。
「なによ、この手紙!」
 悦子は少し恐怖を感じはじめていた。
 しかし、ここまできたら後には引けない。
「えーっと、なになに。ほー、緒方君もしゃれた事するようになったじゃない」
 智子が関心したように言う。
 亮は不思議そうな顔で手紙を読んでいる。
「このROMね。その前に、小沢さんの新しいコンピュータを見せてもらっていい?」
「良いも悪いも。それに私のことは悦子でいいわよ」
 智子はにっ、と笑って、
「OK、それじゃ私のことも智子でいいよ」
 そう言って智子はコンピュータを調べ始めた。
「あちゃあ、緒方の奴め、すごい事したもんだ」
 智子が驚嘆の声をあげる。
「どうしたの?」
「いやね、本来WindowsCEって画面表示とか処理性能とか結構問題があるんだけどね」
 智子が悦子に答えながら、眞の送りつけてきたコンピュータを指差す。
「緒方の送ってきたこれ、バリバリにチューンアップしてあるの」
「どんな風に?」
「画面の表示が格段に早くなってる。それに、ほれ、相当大きなファイルをワープロで開いても、全然遅くならないよ。さらに付属のプログラムも改造してある。ワープロも表演算もデータベースもそう。インターネット・エクスプローラもバリバリにチューンアップされて、本家Windows98のインターネット・エクスプローラ5.0とまるっきり同じことが平然とできる。ついでか、WindowsCE自体をマルチ・ウィンドウに改造してあるし、まるっきり別物みたい」
 なぜか自慢げに言う智子に、悦子は質問をしつづける羽目になっている。
「それって凄いことなの?」
「もち。これだけの改造をアプリケーションだけじゃなくOSもろとも出来るなんて、化け物じみたプログラマだよ」
 難しい事を立て続けに言われても、ピンとこない悦子だったが、とにかく眞が凄い事をしたことだけは理解できた。悦子が密かに眞の事を感心している間にも、智子はどんどんと新しいコンピュータを調べて行く。
「へー、すごいじゃない。辞書に地図、各種ソフトウェアにメーラ、おまけにかなりのフォントも入れ込んであるねぇ。おまけに結構遊べるようにチューンナップしてあるか。流石は天才ハッカー」
「え?」
 悦子の疑問の声に、亮が説明する。
「奴は文字通りの天才ハッカーなんだ。小沢さん、ハッカーってなんだかわかるかい?」
「ううん」
 悦子が首を横に振るのを見て、亮が説明を続ける。
「ハッカーっていうのはコンピュータを自由自在に操る人間のことなんだ。特に彼らのネットワークに関する知識や技術は凄まじいものがある。おまけにどんなセキュリティでもかいくぐってしまえるようなハッカーもいるんだ。つまり、コンピュータの世界の魔法使いとでもいった存在なんだ」
「それって凄いことなの?」
「ああ、彼らが本気になったら、アメリカや日本の国家機密は極秘情報さえ筒抜けだよ。それどころかこの社会のすべての情報、お金や信用情報、戸籍、なんでも自由に操られてしまう」
「そんな・・・」
 その凄まじいまでのハッカーの能力に悦子は背筋が冷たくなるのを意識していた。もし、眞が復讐の為にその能力を使ったら・・・
 その推測を否定するように智子が笑った。
「悦子、緒方君はそういう事をするほど馬鹿じゃないわよ」
「どうして?」
 怪訝そうに尋ねた悦子に智子が答えた。
「だって、そんな事したって何の得にもならないじゃない。むしろ、緒方君だったら別の方法を選びそうな気がする。カンだけどね」
 そう言って智子はひょい、と肩をすくめた。
 そして自分のコンピュータの蓋を開けて、ROMの交換を始めた。
「さて、これからどうするの?」
 恵が声をかける。
「そうですね・・・恵さんの仕事を優先してほしいんですが」
 悦子の答えに恵はくすっと笑みを浮かべた。
「ありがと。それじゃ、近いところから廻ることにしましょう」
 恵は車を発進させる。
 暫く車を走らせた時、智子が作業を終えた。
「さて、これで全てが完了。悦子、そのケーブルを使ってコンピュータとその携帯を繋いでみ」
 言われるままに悦子がコンピュータに携帯を繋ぐ。
「繋いだら、そのインターネット・エクスプローラを立ち上げて」
 悦子は画面のアイコンをダブルクリックしてインターネット・エクスプローラを起動させた。
 次の瞬間、ログオンの画面が出て、パスワードを入れてOKボタンを押した瞬間にインターネットの情報が画面に現れた。
 信じられないようなスピードだ。
「すごいね、この携帯」
 悦子が関心したように呟く。
「でしょ?」
 智子がなぜか自慢げに言う。
「この携帯の伝送速度、つまりインターネットに接続する速さなんだけど、2Mbpsもあるの。つまり、今までの電話線よりも30倍以上も早いのよ」
「へえ~」
 これほどの技術の携帯電話が何故、今、手元にあるのか不思議だったが悦子達は気にしない事にした。今までにも十分に驚かされているのだ。
「さて、これでオンライン版のヴァリアント・レイに接続するのか」
 亮が不思議そうに言い、アドレスを打ち込んだ。
 そうすると、画面にRPG風のゲームが現れた。
「なるほど・・・」
 悦子がなぜか感心したように言う。
 
 こりゃ、コンピュータをちゃんと勉強しないと化石になっちゃうね。
 
 内心そう思いながら、悦子は画面を食い入るように見ている。
 暫くゲームで遊ぶうちに、大体のルールがつかめてきた。
 これは、剣と魔法の世界をベースに生活を行う人間のゲームなのだ。
 そしてチャンスをつかんで冒険者になる事が出来たり、王様にさえなれるシミュレーション・ゲームのようなものなのだ。
 そのゲームをプレイしているうちに、車は最初の目的地である一軒のアンティーク・ショップにたどり着いた。
「さて、着いたわ」
 恵がそう言って、ドアを開ける。
 そこは、学校からかなり離れたところにある高級住宅街だった。
 かなりの豪邸が立ち並んでいる。
「あ、あの・・・こ、ここは違うんじゃない・・・かな?」
 悦子の戸惑ったような声に、恵は苦笑する。
 そりゃそうだろう。こんなところにあるアンティーク・ショップに高校生の男の子が一人で買い物にくるとは思えない。
 暫く恵が仕事を済ませる間にも、悦子達は『ヴァリアント・レイ』をプレイし続けていた。
 
 悦子達がだんだん退屈に感じ始めた時にようやく恵が帰ってきた。
「ごめんね!」
 恵が舌をぺろっと出して謝る。
「退屈だったでしょ?」
「いいえ。・・・ちょっとだけ」
 恵はにこっと笑い、車のエンジンをかけた。
「さて、と。次は『三國堂』だけど」
「構いません」
 悦子の答えに、またにこっと笑って恵は車を発進させる。
 
 
 

~ 3 ~

 
inserted by FC2 system