エピローグ

 少年が現れて、そして去っていってからもう一年以上が過ぎていた。
 アミは自分の情報ライブラリに残されていた少年の映像を見詰めて微笑んでいた。
 不意に現れて、そして突然去っていった異世界からの異邦人。
 別の世界の、この日本国連邦に繋がっていくであろう日本という国の少年。
 今のぬるま湯に浸っているような自分たちに、不思議な生きる力を残していったのかも知れない。そう思える瞬間がある。
 あの起こってしまった殺人事件の最中、彼だけが光の剣一本を手にしただけで立ち向かっていったのだ。
 でも、アミの心にもアミの友人の心にもその気高き姿は焼き付いている。
 やってみようと思う。
 かつて“シン”と呼び、最期に“眞”と本当の名前を思い出した少年の残してくれた何かを見出したい。死に物狂いで生き様とした、あの輝くばかりの命の躍動を自分たちにも宿してみたいのだ。
 情報ライブラリに残っていた、アイキドウという古の武術を習得した老婆が近所に住んでいることを知った二人は、学校帰りにそこに通い始めている。
 もう継承者も無く、失われるのを待つばかりだと覚悟をしていた老婆は、その意外な来客に驚きを隠せずにいた様子だった。
 産まれた時から高度なシステムとガーディアン・ユニットに護られていることに慣れている若いふたりの身体は、一年がかりで漸くまともに動くようになった。
 初めて投げられた瞬間の事を思い出すと苦笑してしまう。
 素で感じられる重力に身体がぐるん、とひっくり返される感覚に軽いパニックさえ覚えてしまったほどだ。それが今では拙いながらも二人で投げ合い、受身をとって稽古をつけることさえ出来る。
 様々なことを教わりながら、試行錯誤して自分たちで見出していく歓びは学校で教わる勉強や、情報ライブラリに頼って情報を得るだけのものとは違う、何と新鮮な歓びなのだろうか。
 アミ達の噂を聞きつけて、他のクラスメート達も何人かが一緒に稽古を始めるようになったし、他の様々な事を始める仲間達も現れ始めていた。
 まずは、最初の一歩を踏み出せばいい。
 そんな勇気を与えてくれた少年は、今も見知らぬ世界で戦い続けているのだろうか。
 出来れば、時々でも構わない。
 忘れずにいて欲しい、そうアミは願っていた。
 そして同時に確信していた。
 彼は、私のことを忘れずにいてくれる。
 
 
 

-完-

 
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